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第41話 感じの悪いパン屋の名前は半月堂

「こりゃ良い押し麦だね、高かったんじゃないかい?」


 エドラさんが大鍋一杯の押し麦をご機嫌でかき回している。


「例の貯蔵焼けの押し麦なのよ」

「え、あの塩からポリッジにするしか無い奴かい? どうして?」

「聖女候補さまが治してくれたの」

「そりゃすごいっ、あの酷い押し麦をねえ」

 

 やめろう、褒めるなよう、ニマニマしてまうよ。


「私の郷里に、聖女ビアンカさまが、飢饉の時にサイロ一杯の腐れ麦を治したって伝説があるわ」


 ソレーヌさんが、上級貴族食のソースを作りながら言った。

 ビアンカさまも悪さだけしてた訳じゃないのね。

 確かに飢饉の時の非常用には良い手段かもしれないな。


「本物の聖女候補さん、なんだねえ」


 ソレーヌさんがしみじみと言った。


 ちなみに、本物の聖女候補の私は絶賛皿洗い中であります。

 昨日、イルダさんが捕まったので、後始末してなかった模様。

 じゃぶじゃぶ。


「とりあえず、塩の方は煮えたよ、マコトさん、コリンナさん、先に食べちまってくださいよ」

「はいはいー」

「塩ポリッジ、嫌な思い出しかないわ」

「大丈夫大丈夫、昨日までの、三、四人しか完食できない塩からポリッジとは違うさ」


 私とコリンナちゃんと、あと二人ぐらいしか完食できなかったのかよう。

 ポリッジをお椀によそって貰って、キッチンの隅で食べる。

 まかない、まかない。


 ぱくり、おおおおおおっ。


「「おいしいっ!!」」


 塩味なのに美味しい。

 ほのかな塩気と、鶏ガラの出汁が良い塩梅ですな。


「これは塩味も馬鹿にできないな」

「そうだねえ、スプーンが止まらないね」

「そうだろうそうだろう、ああ、やっぱり美味しいって言って貰うと嬉しいねえ」


 エドラさんがしみじみとつぶやいた。

 そうだろうねえ、私も実家がパン屋だから解るよ。



「おいっ、グズ女どもっ!! 早く出てこいっ!!」


 ロッカールームの方から下品な怒鳴り声がした。

 男の人? 女子寮なのに?

 メリサさんが小走りでロッカールームに行った。


「何ごと?」

「ああ、半月亭の馬鹿坊主だよ」

「お客さんに対して、怒鳴るの?」

「ああ、馬鹿だからね」


「明日はいらないってどういう事だよっ!! 舐めてんじゃねえぞっ!! てめえっ!!」


 怒鳴り声がここまで聞こえてきた。

 聞くに堪えないな。

 私はポリッジの椀を置いて立ち上がった。

 コリンナちゃんが、やっちまえ、というように親指を天に向けて突き出した。


「マコトさん、行かない方が」

「ありがとうジョイアさん、でも私は責任者だからっ、真っ先に喧嘩する権利があるんだっ」

「喧嘩上等なんだ、すごい聖女候補さんだね」


 ソレーヌさんが笑いながら言った。


「まーかーせーてー」


 私はロッカールームのドアを開けた。


「うるさいっ!! 誰が騒いでいるのっ!!」


 ロッカールームには勝手口があって、大柄な赤毛の男が怒り狂っていた。


「誰だ、おまえっ!! 生徒がなんでこんな所に居るんだっ!!」

「お前こそ誰だ? なんで男が女子寮で何騒いでやがる、護衛女騎士ドミトリーガードを呼ぶぞっ」

「あ、いや、勝手口まではよ、入って良いことになってんだ。おいっ、メリサ、お前じゃ話にならねえっ、イルダを呼んでこいよ、イルダをっ!!」

「イルダさんはしばらく帰ってこないよ」

「ああん? じゃあ、メリサが責任者かよ、ブスが生意気に」

「責任者は、私だ。マコト・キンボール、男爵家の娘だ」


 男爵と聞いて、男はぐっと詰まった。


「あ、そ、そうかよ、ですかい。あー、あんたさまが、その、責任者って訳ですかい?」

「そうだ、お前は誰だ」

「は、半月堂のハ、ハンスだぜ、……です。こ、この女がだな、明日からパンはいらねえって、ふざけた事を言いやがって、ですね」

「おまえんちのパンは買う価値がない、今日のパンだけ置いて帰れ」

「なんだとっ!! てめえっ!! うちのパンを馬鹿にしてんのかっ!!」

「市価の三倍で、腐りかけの黒パンを持ってくる馬鹿なパン屋は変えるに決まってるだろう、ふざけんなっ」


 ハンスの顔が憎悪でゆがみ、赤黒くなった。


「男爵令嬢かなんかしらねえがっ! 契約ってもんがあんだよっ!! 女子寮の食堂にパンを入れるのは半月堂だってなあっ!!」

「ロッカールームに入ってくんなっ! 勝手口までだろうがっ!!」

「ふざけんなっ、てめえっ、小娘っ!!」


 はは、チンピラめ、ちょっと煽ったらつかみ掛かってきやがった、馬鹿め。

 さっそく閃光魔法を出そうとしたら、ハンスが止まった。

 ぬ、生意気に自制心がありやがったのか。

 と、思ったら違う、ハンスの首筋をがっちり誰かがつかんでいた。


「おい、おまえ、今、あたしの大事な聖女さまにつかみかかろうとしたか?」


 な、なんでリンダさんが居るのだ。

 コワイコワイ、リンダさんが、恐ろしい殺気をゴゴゴと出しながら笑っておられる。


「せ、聖女さま?」


 リンダさんはそのままハンスの頭を戸口に思い切りぶち当てた。

 とんでもない音と、ぎゃんと犬の鳴くような声がして、女子寮がすこし揺れた。


 ガーン!!


 ガーン!!


 ガーン!!


 何回も何回も、ガラス玉のような目をして、リンダさんはハンスの頭を、力いっぱい、戸口にたたきつける。


「ちょ、ストップ、ストップ、死んじゃう、リンダさん、ハウスッ!」

「ええ? いいじゃないですか、こんな奴、死んでも」

「死んだら困るよっ! というか、何しにきたのっ?」

「聖女さまの手作りポリッジが食べられると聞きまして、大聖堂から走ってきました」


 くんなよっ! しかも甲冑姿で走るなよっ!


「もー、後で食べさせてあげるから、そいつから手を離して」

「わーい」


 可愛く言っても、手に血だるまになった男をぶら下げているから台無しだよ。


「大丈夫かー」


 ヒールを掛けてやろうと思ったが、これはハイヒールじゃないとだめだな。

 ショック症状を起こして、ぶるぶる震えているハンスにハイヒールを掛けた。


「はあはあ、なんだ、なんだよ、こいつっ」

「あ”?」

「わあああ、嘘です嘘ですっ! ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」

「威圧すんなっ」

「てへっ」


 ぜんぜん可愛くないからなっ。


「聖女……? おまえ、ひよこ堂のっ、おまえっ」

「ああ? おまえだと?」


 また、リンダさんが、ずわっと固体化するような殺気を出した。


「ひいいいっ」

「やめろい、話が進まないからっ」

「はーい」


 もー、返事だけは良いんだから。

 私は、ハンスに向き直った。


「ハンス、半月堂の店主に伝えなさい、腐りかけの黒パンを市価の三倍の値段で生徒に食べさせて、心が痛まない半月堂はパン屋を名乗る資格がないわ。問題はもう明るみに出ている。お前の店はもう終わりだから、荷物をまとめて王都から出ていきなさい。とね」


 ハンスは恐怖の色を浮かべて、ぶるぶる震えながらうなずく。


「聖堂騎士団で半月堂を殲滅しますか? 跡地に塩をまく感じで」

「やめなさい」


 リンダさんが言うと、ぜんぜん冗談に聞こえない。


「ハンス、いけ。伝言を忘れるな」


 ハンスは悲鳴をあげながら、全速力で逃げ出した。

 半月堂の暴挙を止められなかった責任を名月堂に取らせて、取引先を半分ぐらい奪うのも手かなあ。

 でも、名月堂のパンは、王室御用達だけあって、さすがの美味しさなんだよなあ。

 店もでっかくなると、末端が腐り出すのかね。


 視線を感じて振り返ると、食堂のスタッフが恐怖の色を浮かべて戸口からのぞき込んでいた。

 うんうん、リンダさんはコワイよね。


「大丈夫大丈夫、リンダさんは、私の命令は聞くから、怖くないよ」

「聖女さまの命令は何でも聞きます」


 リンダさんの返事を聞いて、スタッフ一同がドン引きした。


「ああもうー、ここで待ってて、ポリッジ作ってきてあげるから」

「久しぶりに寮の食堂で食べたいのですが」

「あんた部外者でしょ、それに食堂に出すポリッジは私は作ってないのよ」

「まってます」


 即答だ。


「甘いのがいい? 塩味がいい?」

「甘いのが良いです」

「蜂蜜か、ナッツは入れる?」

「両方ー」


 リンダさんは満面の笑顔を浮かべた。

 こうしてると、普通に綺麗で可愛いお姉ちゃんなんだけど。

 怒ると物理的にコワイからなあ。


 エドラさんと、メリサさんに、甘々ポリッジの作り方を教えて貰いながら、小鍋でポリッジを作った。

 なるほど、押し麦を投入するタイミングと火加減が美味しさの秘訣かー。


 コリンナちゃんが寄ってきた。


「なあ、マコト、あの狂犬はなに?」

「リンダさん、リンダ・クレイブルさんよ」

「あれが大神殿の狂天使かあ。くわばらくわばら」


 エドラさんも寄ってきた。


「怖い人だけど、ハンスの馬鹿をぼこぼこにしてくれてスカッとしたね」

「本当にね。あいつは馬鹿で配達ぐらいしかできないくせに、威張り散らしてさあ」


 ソレーヌさんも寄ってきた。

 というか、狭い、散れーっ。


 できあがったポリッジを鉢に盛って、蜂蜜とナッツをかけた。

 トレイに乗せて、ロッカールームに持って行く。


「できたよー」

「おお、良い匂いですね。あたしの在学中は、女子寮のポリッジと言えば名物でして、上位貴族の方たちも、わざわざ下級貴族食にして食べていたもんですよ」


 その頃からはずいぶん変わっていたのだねえ。

 私は昔を知らないから、塩からポリッジでも、寮の食事は、こんなもんかと我慢してたけど。


「熱々だから気をつけてね」

「はい、いただきます、女神さまに日々の糧を感謝します」


 リンダさんはお祈りをしてから、ポリッジを食べ始めた。


「美味しい、美味しいですよ、聖女さま。ああ、なんだか母様のポリッジの味に似てるなあ。甘々で懐かしい」


 しみじみしながらリンダさんはポリッジを食べていく。

 本当にもう、私の事でキレる以外は結構温厚でいい人なのになあ。


 私の事で怒らないで、いつもおとなしくしていてくださいよ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リンダさんは面白コワいwww
[良い点] リンダさん好き(*´艸`*) ハンスはざまみろだけど 本気で死にかけてたっぽいのでガクブル でもリンダさん好きです 狂天使も手なづけられちゃうマコトちゃん 素敵 あまあまポリッジ 高カロ…
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