第3話 楽しい三年間は一気に過ぎてしまうわけで
マリア様の教本で、中級光魔法を全部覚えた頃には、三年が過ぎ去り、アップルトン魔法学院に入学する日が近づいてきた。
これより上の上級魔法は、マリア様の教本では無くて、秘奥義経典とよばれる本で勉強しなくてはならないらしい。だが、暗号のような言葉で書かれていて、誰も解読ができないとのこと。
教会総本山の宝物庫から運んでくると、教皇様がお約束してくれたが、私に読めるのだろうか。
まあ、今は魔王様とかは居ないので、学園生活を送るなら中級までの光魔法で大丈夫だと思うけどね。
……、あれ、私は魔法学園で何を学べばいいのだろうか。
光魔法の教授とかはいないはずだし……。
いや、いやいや、学校は大事、なんか青春して友情とか育めばええんや。
他の系統の魔法を知るのも経験だしさ。
はははは。
しかし、この三年間は楽しかったなあ、男爵家の両親も、パン屋の両親も、神殿の人たちもいい人ばかりだったし。
勉強もいっぱいしたので、魔法学園の入学テストの成績も上位だったぜ。
マナーもばっちり、ダンスも上手くなったし、これでどこへ出しても恥ずかしくない、乙女ゲーの主人公だね。
やったね。
入学を控えた前日、私はクラークお養父様に書斎に呼ばれた。
いつもにこやかなお養父様だけど、今日は引き締まった真面目な顔をしていた。
「今日はね、マコトに、一言、学園での行動の注意をしておこうと思ってね」
「なんでしょうか」
「少し早いけど、政治の話を一つだけしようか」
「政治、ですか?」
「吹けば飛ぶような男爵家の娘が政治に関わる事はない、と思っている顔だね」
うーん、どうだろうか、乙女ゲームの流れから行くと、第一、第二王子に構われるし、悪役令嬢も公爵なのだから、政治とか関わってくるかもなあ。
「これから行くアップルトン魔法学園には、王子さまたちも通われるし、マコトはなんと言っても聖女候補だ、いろいろと難しい事もあるだろう」
「はい、そうですね」
「きっと、公爵令嬢や上位貴族の令嬢とぶつかる事もあるだろう」
「はい」
そうなんだよなあ、乙女ゲームでは、平気で第一王子に声をかけたり、デートしたりしてたけど、ここは現実世界なんだよな。
第一王子の婚約者たる、ビビアン・ポッティンジャー嬢ともめたら、お養父様にも火の粉が掛かるんだよね。
ほかの攻略対象にも、ちゃんと婚約者とかいるし、波風立てるのはよくないんだわ。
なにより、私は、あんま、イケメンとの恋って興味が無いんだよなあ。
ああいう物は、はたから見て、カップリングを妄想して楽しむもので、渦中に入ってキュンキュンするものでもないのだな。腐女子的には。
ゲームの中では、あまり語られなかったけど、ゲーム内のマコトが好き放題に王子様とかを攻略できていたのは、たぶん、王家が聖女を取り込みたい、という気持ちが背景にあったと思うんだ。
だから、結構不敬な事も許されていたんだろうね。
今生でもがんばれば、第一王子を落として、王妃になり、悪役令嬢を没落させる事もできるだろう。
だけどさ、公爵家が没落すれば多大な失業者も出るし、人死にも出るだろうね。
そんな重い責任は、私は負えないなあ。というのが正直なところ。
前世でも初恋一つしてこなかった喪女の私には手におえないぜよ。
「そんな時はね」
「はい」
引きますよ、お養父様、公爵家に睨まれて、ご迷惑をかけるわけにはいかないし。
お義兄様が報復で騎士を首になったりしたら大変だしね。
これでもかというぐらい引いて引いて引きますよ。
「マコトの思うようにしなさい」
「はあっ?」
今、なんと言った、このお養父様。
「マコトはとても優しくて、賢い娘だ。学園ではマコトの思うとおりに行動してかまわないよ」
「なななな、何を言ってらっしゃいますのか、お養父様! 公爵家ともめたら、男爵家なんか木っ端みじんに吹っ飛ばされますよっ」
「かまわないさ、マコトが信じて行動した結果がそうなら、私も、ハンナもなんとも思わない」
「ばばばば、馬鹿な事をおっしゃらないでくださいましなっ! こ、こんな小娘の肩にキンボール家を乗っけていいんですかっ! 貴族は存続が第一でしょうっ!」
「私は歴史学者だよ、マコト。君のような子は、自分を信じて動く事、それが最終的に上手くいくものだ。英雄の資質と、私は呼んでいる」
「いや、ちょっ、私、小市民ですよ、そんな英雄だなんてっ」
重い、お養父様の信頼が激重だよっ。
なんだよ、英雄って!
私はただの、光魔法で武装したテンションの高い小娘で、そんなに、そんなに。
お養父様は、ふんわりとやさしく笑った。
その顔をみたら、私は何も言えなくなった。
お養父様にとって、私は、王様から依頼されただけの養女だというのに。
血もつながっていない娘だというのに。
この人は、本気で私を信じ切っている。
胸が熱くなった。
目から涙がぱたぱた落ちて、スカートにしたたり落ちる。
「お養父様……、私は、私は、学校とか行きたくない、ずっと、ずっとこの三年間のままで、優しい人たちに囲まれて、勉強して暮らしたい、です……」
「だめだよ、マコトはこれから何回も居場所を変えていくんだ、そのたびに大きくなる。私とハンナをおいてね。マコトは、どこまでも大きくおなり、どこまでも高く飛びなさい」
「あじがどうごさいましゅ。わたしはがんびゃりましゅ」
「寂しくなったら帰っておいで、ここはお前の家なのだから」
もう、私は号泣ですわ。
おいおいと、子供のように泣く私の頭を、お養父様は優しくなでてくれた。
いつまでも、いつまでも。
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子供のように、わんわん泣いて、ちょっと落ち着いた私は、ベッドに入ってため息をついた。
お養父様は、ああ言ってくれたけれども、甘えちゃあ駄目だね。
とりあえず、悪役令嬢との衝突は避ける方向で。
第一王子には近づかない事ですよ。
腹黒イケメンとお近づきになっても、こちらには百害あって一利なしでございます。
積極的にフラグを折っていこうではありませんか。
王妃さまなんて忙しそうでごめんだしっ。
とりあえず、どの攻略相手とも好感度を上げなければ、ゲームは友情エンドにすることができる。
切ない名曲「負け犬乙女の挽歌」が流れ、スタッフロールの後に、私とカロル嬢が、密造リンゴ酒を飲んで大騒ぎしているスチルが手に入るわけだ。
ちなみに、この友情エンドでは、全ルートで唯一、悪役令嬢の生存イベントがある。
わがまま放題のビビアンさまに、さすがのケビン第一王子も切れて、往復ビンタを食らわせるのだ。
ビビアンさまのガチ泣きを、主人公マコトは物陰から家政婦のようにそっと見る、というイベントがある。
でも、王子様と婚約破棄はされてないから、結婚するんだろうけどね。
うむ、それがよかろう。
ビビアンさまも、公爵家が没落したり、婚約破棄の上に斬首とかに比べれば、平和平和、平和でよかろうなのだ。
私の方は、穏やかな学園生活を過ごして、そのあとは聖女さまとして、神殿で適当な仕事をしてたのしく暮らしましょうぞ。
治において、乱をもとむるなかれ、でございますよ。
目指せ、友情エンドだ!
めでたく学園生活の方針が決まったので、枕を直して寝た。
とにかく、明日の入学式は早起きをして、ケビン第一王子との出会いイベントを潰そう、そうしよう。
ああ、でも、生イケメンどもと、生カロル嬢を見るのが楽しみだなあ。
うふふふふ。