第37話 食堂の現状を探ると色々出てくるわけで
とりあえず女子寮食堂の現状を把握しよう。
食べ終わった食器を持って、返却口に置いた。
カウンターに、さっき鳥のソテーを交換しようと言ってたお姉さんが居たので声をかける。
「おねえさん、お名前は? 私はマコト・キンボールよ」
「メ、メリサです、キンボールさま。そ、それよりも、イルダさんはどうなってしまうのでしょうか」
「イルダさんって、あのコックさん?」
「はい、エステルさまを怒鳴りつけて、ど、どうなってしまいますか?」
「エステル先輩はやさしいから、そんなにむごい事にはならないと思うよ」
メリサさんは、ほっと息をついた。
イルダさんの事を本当に心配していたようだ。
「それよりも、明日の朝の調理は大丈夫? ちゃんと回せる?」
「だ、大丈夫です、残った者で、いつものお料理をお出しできますから」
いつもの塩泥ポリッジかあ。
コリンナちゃんと顔を見あわせて、しかめっ面を交わした。
「エステル先輩に頼まれて、私がしばらく食堂を監督する事になったんだ、ちょっと仕事の流れを説明してくれるかな」
「貴族のお嬢様が入る場所ではありませんので」
「大丈夫、元々はパン屋の娘だから、同業同業」
「パン屋と料理人は、はたして同業だろうか」
「どっちも口に入る物を作ってるんだから、同業だよコリンナちゃん」
強引にそう言い張って、私は厨房の中に入った。
なぜかコリンナちゃんも一緒だ。
十二畳ぐらいある、女子寮食堂の厨房はピカピカに磨き上げられていて、とても清潔だった。
ちょっと意外かな。
もうちょっと手抜きな現場を想像していたのに。
「おじゃましまーす、三角巾とエプロンを貸してください」
「あ、はい、どうぞ」
やっぱり衛生管理は大事だしね。
コリンナちゃんにも三角巾とエプロンをしてあげた。
「これを着けると、料理人、って感じになるわね」
「似合っているわよ、コリンナちゃん」
「マコトは付け慣れているのか、様になってるわね」
大鍋、魔石の給水給湯設備、大型魔導コンロ、魔導冷蔵庫、へー、良い機械がそろってるなあ、さすが王立の施設。
「パン焼き釜まであるのね、使ってないみたいだけど」
「パ、パンは業者の人が持ってきてくれますので」
「ところで、あの朝のポリッジを作っているのは、誰?」
コリンナちゃんがメリサさんに聞いた。
そうか、君は憎い憎い泥塩ポリッジの謎を解きたかったから付いてきたのね。
「わ、わたし、です、すいません……」
君かーっ!
「あれはどうやったら、あんなに不味く作れるの? わざと?」
「いえ、その、あれは……、ああしないと食べられないんです」
「え、今でもしょっぱくて食べられないけど」
「も、もっとです」
「は?」
メリサさんは、貯蔵室へ私たちをつれていった。
そこには、カマスに入った押し麦があった。
なんだか色が茶色い。
少しすくって匂いを嗅いでみる。
なんだかかび臭いような、腐ったような嫌なにおいがした。
「こ、この押し麦は塩を強く利かせないと臭くてたべられないんです」
「あの状態で完成形なの?」
「は、はい……」
「これは、飼い葉用?」
「ち、違うと、思います……」
素材が酷いから、あのポリッジにしかならないのか。
「これは貯蔵焼けした押し麦ですわね」
「ユリーシャ先輩!」
「ほほほ、我が家は南の穀倉地帯が領地ですのよ、穀物に関しては一言ありますわ」
「ちがいます、厨房に入るときは、三角巾をしてエプロンをしてくださいっ」
「あ、そっちですの、でも私は……」
「絶対ですっ」
「はい……」
まったく、料理に髪の毛とか入ったらどうすんだ。
異物混入は食べ物屋にとって悪夢なんだぞ。
ゆりゆり先輩にも三角巾とエプロンをつけてあげた。
美人は何を付けても、絵になるから、ずるいよなあ。
エプロンの前がおっぱいでパンパンになっておる。
くそうー。
「貯蔵焼けした押し麦は安価に売られているのですか?」
「売れませんわ、コリンナさま、廃棄するか、飼料にするかですわ」
「つまり、只同然の穀物を手に入れて、差額をポケットに入れてたんですね」
「横領かあ、あんなに美味しい物を作れるコックさんなのにねえ」
「誤解ですっ、イルダさんはそんな事はしませんっ!!」
「え、でも」
「この押し麦は、出入りの業者が押しつけてきたものなんですっ!」
「なんでそんな事を、業者を変えればいいじゃん」
「それは、その……」
歯切れが悪いなあ。
「イルダさんのお家は、王都の繁華街で黄道亭というレストランをやっておりまして」
「黄道亭は超一流のレストランですわね。なるほど味が似ておりますわ」
黄道亭はゲームでもデートコースにあったなあ。
ケビン王子とか、ロイド王子を連れていくと喜ばれるぞ。
「本店はお兄さまが後を継ぐので、イルダさんは別のお店を立ち上げるために、箔付けとして、魔法学園女子寮の食堂を引き受けられたんですけど……」
うん、歓迎会とかの味を見れば、イルダさんなら、どこにお店を出しても繁盛店になったろうね。
「学園側と仲介に立って下さった大貴族の方が、その、いろいろな無理を言ってこられて、ええと、こちらの紹介した仕入れ業者から、言われた通りの値段で買えと……」
「あーー」
「あーー」
「イルダさんも抵抗なすったんですが、言うとおりにしないと、黄道亭にも迷惑がかかるぞと」
「それでは、儲けは出ませんでしょうに、前年度の舎監生に相談しなかったんですの?」
「その、前舎監生さまも、その、暗に賄賂を要求してこられまして……」
「ああ、そうでしたわ、悪い噂が絶えないお方でしたわ」
メリサさんは悔しそうに唇をかみしめると、ポロリと涙をこぼした。
「イルダさんは、貴族と商売をするというのはこういう事なんだと、下級貴族の生徒さんたちには申し訳ないけど、仕方がないからと、立派な料理人の方なのに、節を曲げてがんばってらっしゃって……」
……、あ、やばい。
私は、料理を出すカウンターから首を出した。
「アンヌさーん、もしくはマルゴットさ~ん、いますかー」
あの二人は諜報メイドだから、呼べば来るかも。
「およびですか、マコトさま」
「なによう」
二人とも呼んだら来た。
諜報系メイドすげえや。
どこに隠れておったのだ?
「ちょっと良くない所をつついてしまったみたいなの、女子寮食堂のイルダさんが護衛女騎士の詰め所に確保されてるから、口封じされないようにガードしててくれないかな」
「かしこまりました」
「あ、アンヌさん、カロルの方の仕事とかは大丈夫?」
「大丈夫です、お嬢様から、マコト様が何か言ってきたら何でも聞いてあげて、と言われております」
んもーっ、カロルってば、どこまで気が回るのかね。
今度お礼にチューしてあげよう。
うっしっし。
「アンヌが行けば大丈夫よね」
マルゴットさんがふくれっ面で、そう言った。
「うん、ごめんね、呼びつけちゃって」
「いや、マルゴット、君も行ってきたまえ」
ヘザー先輩も衝立の向こうから顔だけ出してマルゴットさんに命令した。
この人も神出鬼没だなあ。
「はあい、お嬢様。行くわよアンヌ、足をひっぱらないでね」
「ふっ、マルゴットの癖に生意気だ」
仲良しなのかな? 諜報メイドたちは。
「さて、僕も厨房の中で話を聞きたいね」
「なんでも知りたがるんですね」
「諜報系貴族だからー」
「三角巾とエプロンを着けてくれたら良いですよ」
「僕にも着けてくれないか、舎監として話を聞きたい」
「エステル先輩もですか」
とりあえず、芸風が似ている宝塚系令嬢二人に三角巾とエプロンを装備してやった。
ついでに一緒に入りたそうにしてたメリッサさんにも三角巾とエプロン。
さて、事情聴取再開だ。
厨房に戻ると、コリンナちゃんが、何かをアバカスで計算して、羊皮紙に書き写していた。
「なにしてんの?」
「悪徳貴族がどれくらい食堂からお金を抜いていたか、概算を書き出してるんだよ」
「やっぱりコリンナさまは凄いですわ、卒業したらアップルビー家に来ませんこと?」
「いーやーでーす」
公爵家の誘いを断れる男爵家令嬢というのもレアものだなあ。
エステル先輩と、ヘザー先輩に、ゆりゆり先輩がコリンナちゃんが出した数字をみせながら説明している。
三角巾エプロンの、エステル先輩、ヘザー先輩は、妙に似合っていて可愛いな。
メリッサさんは普通に町娘みたいになって可愛い。
「パンの値段も、市価より相当に高いな」
「これでは、下級貴族食にしわ寄せが行くはずだね」
エステル先輩とヘザー先輩が続けて喋ると、どっちの台詞かわからなくなるなあ。
「イルダさんは、上級貴族食の質を落として、下級貴族食の底上げをしようとはしなかったのかい?」
「それは、その、大貴族さまが、自分の娘の口に入る食事の質を落とすことはゆるさんと。もう、イルダさんは足が出た分を自分で補填してまで頑張って……」
「愚かな、なぜ、僕なり、学園長なりに相談してくれなかったんだ」
悔しそうにエステル先輩は言った。
「もう、誰が信頼出来るのか、イルダさんには解らなかったんだと思います。もう聖女さまにおすがりしないと駄目かもねえ、と昨日言ってました」
「相談するなら、ちゃんとしてほしかったなあ。いきなり助けろと言われても困るよ」
「ごめんなさい、イルダさんは、それくらい追い詰められてたんです」
まったくもう。
困った料理人さんだなあ。
悪徳貴族に絡まれたら、もっと偉い人に相談する、それが駄目だったらもっと上だよ。
ゆりゆり先輩ぐらいまで行けば、横やりとかはねのけて改善できただろうにさ。




