第35話 カリーナさんに無茶苦茶感謝されて面はゆい
学園への帰り道、カロルに植物紙のノートを売ってる文房具店を教えて貰った。
が、高い。
まだ一枚一枚手漉きをしてるからなのか、もの凄い値段だよ。
これは、植物紙一枚が羊皮紙の三倍の計算で、羊皮紙よりも薄いもんだから枚数も出て、偉い値段になってるっぽいなあ。
欲しいけど、ちょっと手がでないなあ。
「いやはや高いね」
「高いけど、薄くて軽いから人気が出てるの、きっと将来は安くなると思うわよ」
うん、きっと遠い未来には百ドランクぐらいで買える。
今はうん万ドランクという強気の値段だが。
いくら私でも、うん万ドランクのノートにBL漫画は描けないわ。
卒業までに、価格がどれくらい下がるかなあ。
未来に期待だね。
そう思って、文房具店を出た。
がっくりと肩を落として歩く私を、カロルがぽんぽんと背中を叩いて慰めてくれる。
うおおん、カロル~。
「カロルはなんで、そんな馬鹿高いノートに筆記してるの?」
「ちょっと、植物紙の使い勝手を試したくてね。軽くて薄いから後から凄く読みやすいのよ」
知ってる、前世で散々使ってた。
ブランドはツバメノート、万年筆で書いても裏写りしなーい。
結局、書けるなら羊皮紙でも、いいじゃーんとか思われそうだが、甘い。
羊皮紙は携帯に難がある上に、保存形態が巻物なのだよ、スクロールってやつね。
だからかさばる上に、読み返し難いのさ。
さらに、束になってないので、途中がどっかいったりして、探すのが大変。
まあ、竹簡よりはましだけどさ。
古代中国に転生しなくてよかった。
というか、パソコンを誰か開発してくれー、できればノート型のやつ。
などと考えていたら、ひよこ堂前ですよ。
クリフ兄ちゃんに挨拶をして、明日の朝のパンを買う。
カロルも、パン見本箱効果なのか、買ったことのないパンを買っていた。
ひよこ堂を過ぎれば、学園はすぐそこであるよ。
放課後特有の、わーんとした遠い生徒の声の響きが聞こえてくる。
「まだ、三日なんだよね」
「ん、なにが?」
「マコトと出会ってから。なんだか、もっともっと昔からの友達みたいな気がするわ」
「そうだねえ」
私の方は、もっと昔からの友達だけどね。
ゲームの中のカロルだけど。
でも、現実で動いているカロルの方が可愛い。
意外にお茶目だったり、怖かったりするけど、やっぱりカロルは良いよね。
前世の、全国百万人のカロルファンに自慢したい。
私は生カロルとお友達だぜー、と。
そう思うと、自分でも意外なほどの幸福感が沸き起こってきた。
うふふ。
「なによ、マコト」
「いや、なんか、嬉しいなって」
「ふふふ、変なマコト」
女子寮に入り、階段でカロルと分かれて、私は205号室へ。
あら、コリンナちゃんしか居ない。
メイド組はお仕事かな。
「おかえりー」
「ただいま、コリンナちゃん。ごめんね、派閥闘争に巻き込んじゃって」
「まあ、しょうが無いわよ、マコトのせいでも無いし」
コリンナちゃんは手元で何やら赤い小石で出来た、ソロバンみたいな物をはじいていた。
「それは何?」
「アバカスよ、計算の補助具」
ほうほう、やっぱりソロバンのたぐいでしたか、縦に置いて、石を左右に振り分けるのね。
コリンナちゃんの指は、パチパチパチパチとリズミカルに、結構早く石を弾いて、結果を羊皮紙に記入している。
「で、なにしてるの?」
「オルブライトさま……、じゃない、カ、カロルのお部屋に行って、眼帯のメイドさんから錬金販売所の帳簿を分捕ってきたの、いまは記帳と検算よ」
「もう寄親のお役にたっているのか、有能な文官よのう」
「文官の仕事にお休みは無いのよ、常時動いていないと」
偉い文官は、命令される前に仕事を探してやっつけるのだな。
すばらしい。
「お茶でも入れるかな、コリンナちゃんも飲む?」
「ちょうだい、あと、クッキーも」
「はいよう」
お部屋のケトルを持って、廊下の流しに行く。
いつの間にか、魔導コンロの前に小さな椅子が置いてあった。
誰かが置いてくれたのね。
ありがたく座って、お湯が沸くのを待つ。
火魔法が使える人がいれば、お部屋の中で簡単にお湯が沸かせるんだけどなあ。
逆に水魔法が使える人がいると、飲み物を冷たくしたり出来る。
こう考えると、光魔法はまぶしいだけだなあ。
なんか無いかな。
光るおもちゃを作るとか。
おもちゃ?
えーと、馬車の部品として送られてくる、ああいう物に、光魔法を付与して、こう、ピカピカ光らせてですな……。
うーん、何の意味も無いな。
本物のおもちゃを光らせると、子供は喜びそうだけどなあ。
などと馬鹿な事をつらつら考えていたら、お湯が沸いた。
部屋に戻って、お茶を入れる。
クッキーをチェストから取り出して、お皿に並べる。
「お茶、入ったよー」
「ん、ちょっとまって、もう少し、うん、ご名算」
帳簿の数字が合致したようだ。
羊皮紙に結果を書き込んだ後、コリンナちゃんはティーテーブルにやってきた。
リスみたいにカリカリとクッキーを噛むコリンナちゃんは、やっぱり、くっそ萌える。
ドアが開いて、制服を持ったカリーナさんが入ってきた。
「ああ、マコト、帰ってきたのかい、お嬢様も一緒かい?」
「メリッサさんはユリーシャ先輩と職員室じゃないかな、クラスを変えると言ってたから」
「そうかいそうかい、これ、あんたの制服、ボタンを直して洗濯しておいたよ」
「わあ、ありがとう。あれ? でも、アンヌさんが洗濯するって持って行ったんだけど」
「アンヌさんに頼み込んで譲って貰ったよ、私にはこんな恩返ししかできないからさ」
そう言って、カリーナさんはベランダに私の制服を干した。
お隣にはカーチスの上着を干した。
両方とも洗濯してくれたらしい。
「別に恩返しとか、気にしなくていいのに」
「そうはいかないよ、お嬢様は溺れ死ぬかもしれなかったんだ、命の恩人だよ。それにアップルビー様がアンドレア家の寄親になってくれるって伝えたら、旦那様も飛び上がって喜んでらっしゃったよ。みんなあんたのおかげさ」
「そんな事は無いよ、寄親の事はユリーシャ先輩が偉いんで、私は別に」
カリーナさんは私の方を見て、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「偉いのはあんたさ、あたしはねえ信仰が薄い人間で、女神さまなんかもどこかにいらっしゃるかもしれない、でも人には関係ないよね、というぐらいの人間さ、でもね、そんなあたしでもマコトが聖女なんだってのは解るよ。あんたは特別さ」
「そ、そんなことないよっ、別に普通だしっ」
「馬鹿だね、この聖女は、どこの令嬢があまり好きでもない娘が池に落とされた時に、裸ん坊になって飛び込んで助けられるかい。魔法とか教会とか関係なく、そんな事を普通にできる奴を、みんなは聖女ってよぶんだよ」
や、やめてよう、私は調子に乗りやすいたちなんだからね。
天狗になっちゃう。
にまにましちゃうぞ。
「まあ、マコトは普通じゃないよね。魔力鑑定式で光魔法とか出て、平民が王様に会って、さらに貴族になんかなったら、 増長慢になって、もっと大いばりすべきだよ。こんな気さくなお馬鹿は普通じゃないよ」
「ちがいないね」
二人は愉快そうに笑った。
もう、コリンナちゃんまで、その褒めてるのか貶めてるのか解らない褒め言葉はやめてーっ。
「うちのメリッサお嬢様は、甘ったれで、わがままな所があるけど、本当の所は素直で良い子なんだよ。おねがいだから大事にしておくれよ。マコトの派閥に入れば安心だろうけどね」
「うん、仲良くやっていけたら良いなと思ってるよ」
ふう、褒められ慣れてないから、直球で褒められると照れるぜ。
ノックがしたので、どうぞと言うと、アンヌさんが入ってきた。
「ケーベロス様、カロリーヌお嬢様からのお言葉をお伝えします」
「あ、私ですか、はいはい」
コリンナちゃんが、アバカスを片付けながら返事をした。
「ケーベロス家のご当主に、お嬢様が寄親就任のご挨拶をいたしたいとの事、つきましてはご都合の良い日にちとお時間をお教えねがいたいと」
「あー、早めにやっちゃった方がいいよね、今から実家に行って聞いてくるね」
「よろしくお願いいたします」
派閥が動くと、お礼状とかご挨拶が頻発するなあ。
私もカーチス兄ちゃんが派閥に勧誘したいという、マリリン・ゴーゴリーさんと顔合わせしないと。
きっと可愛らしいご令嬢なんだろうなあ。
なにせ、マリリンだし。
「あ、アンヌさん、これ、帳簿できましたよ。持って行ってカ、カロルに見せてあげて」
「もう出来たのですか、素早いですね」
「検算と表記を変えただけだし」
アンヌさんが羊皮紙をめくって確認している。
「確かにこれなら見やすく、ミスも減りそうです。さすがですね」
「ケーベロス家は王都下水道局の下っ端官吏だからねえ、書類仕事ならまかせてー」
「ありがとうございます、お嬢様にさっそくお見せします」
ケーベロス家って、名前は餓狼のようなバリバリの武家みたいなのに、王都の下水道の仕事をしているのか。
アンヌさんが私に向き直った。
「マコトさま、お嬢様のご制服はそのまま、私にお託しください」
「え、洗濯しないと悪いよ」
「アンヌさん、あたしが洗濯して届けるよ」
カリーナさんが、私とアンヌさんの会話に、割って入ってきた。
「いえ、それではあまりに……」
「いいんだよ、餅は餅屋っていうだろう、ハウスメイドの仕事を見せてあげるよ」
「ありがとうございます、カリーナさん」
「礼は言わないでおくれ、私がマコトの役に立ちたいんだよ」
アンヌさんは、ふわりと微笑んだ。
「それでは、よろしくお願いいたします」
ふむ、家事の腕は、諜報系メイドより、ハウスメイドの方が上なのかな。
私なんかでは、違いがわかりかねるけど。
メイド道は奥が深い。




