第30話 カーチス視点:マコトは馬鹿だから、ほっとけないんだ(2)
Side:カーチス
「それでは、事故なんだね」
「はい、お友達同士で楽しくおしゃべりしていた時の不幸な事故ですわ」
くそ、そう言われてしまうと、これ以上の追求はできないか。
押された、押してないと証拠の無い水掛け論になる。
「そんな事よりも、先ほどの金的令嬢のケビン第一王子さまへの暴言、あれは見過ごせませんわっ。不敬罪で訴えるべきですわ」
あ、やべえ、あれはさすがに問題になる。
下手をすれば、マコトの退学もあり得るぐらいの問題だ。
やばいなあ。
どうにかしないと。
「あ、あれはだなあ……」
言い訳を始めようとした俺を、ケビン王子がさえぎった。
「あれは僕も悪かったのだ」
「ケビン第一王子さまだけの問題ではございませんわ、王家を敬愛する国民全体への侮辱ですわよ。私から行政府へ告発させていただきますわっ」
「それはやめてくれたまえ」
おろ、この流れはなんだ?
「なぜですのっ、王子様がパン屋の娘などに侮辱されるだなんて、国民として許せませんわっ!」
「彼女はパン屋の出身かもしれない、だが、今の彼女は、未来の聖女さまだ」
「まだ聖女さまではありませんわ、候補にすぎませんっ」
「光魔法が使える人間は、聖女マリアさまご生誕から百年間、一人も生まれていない。キンボール嬢は確実に将来、聖女さまとして教会に君臨する。その時に不敬罪の事を持ち出され教会と王国の関係が悪化したら、どれだけの損害が出ると思っているんだい、デボラ嬢」
ケビン第一王子は沈痛な面持ちで言った。
デボラ嬢は納得できないようだ。
「それは、そうかもしれませんが……。でも、これから正しい聖女候補さまが現れるかもしれないでしょう? あの方は聖女にふさわしくありませんっ」
「デボラ嬢、歴史上、同時期に複数の光魔法が使える者が生まれた事はない。聖女と聖女、勇者と聖女、勇者と勇者、が同時期に出る事はないんだ」
そうだったのか、知らなかった。
歴史の本や童話等でも、勇者と聖女はいつも単独で出ていて、子供心に、なんで力を合わせて戦わないのだろうか、と思っていたが、単に百年単位で一人ずつだったのか。
不敬罪を責められたらやばいと思ったが、ケビン王子が上手いこと丸めてくれたな。
助かった。
後でマコトをとっちめないといけないな。
最低限の礼儀は持ってもらわないと、こっちの心臓が持たないぜ。
長身の女生徒が校舎の方から悠然と歩いてきた。
リボンは緑だから、三年生だな。
「あらあら、派閥のお友達が池に落ちたのに、だれも心配をしませんのねえ、ポッティンジャー公爵派閥のご令嬢さんたちは薄情ですこと」
うん? だれだこの、胸の巨大な女は?
「ユリーシャ様!」
「こんにちは、カロリーヌ様」
マコトの言っていた、おっぱいの先輩か、なるほど、凄いおっぱいだ。
どーんとしている。
腰も張っていて、これはなかなか鑑賞しがいのあるご令嬢だ。
「こ、これから行くところですわ、まずはケビン第一王子さまに、ご報告をと思いまして」
「デボラ様、少し事態を甘く見ておりませんか?」
なんだか、ニコニコ笑ってるのに、圧がすごいなこの先輩。
なんだかトラブル慣れしてる気配がある。
すごい人が聖女派閥に入ってくれたな。
「な、なんですの、こ、これからメリッサ様のお見舞いにいきますのよ」
「自派閥のお嬢様が溺れているのに、何もせずに棒立ちして、対立派閥の長に助け出された。それに関してお礼も申し上げていませんわね」
「あ、あの方は、そのパン屋の娘さんですわ、将来はどうあれ、今は男爵令嬢で身分が低いのですから」
「あら、王立アップルトン魔法学園のご令嬢は、身分の低い方にお礼の一つも言えない高慢な人ばかりなのかしらね」
「た、対立派閥ですしっ、頼んでもいないのに、彼女が勝手に助けたのでっ」
「関係ありませんわ、ご恩は、ご恩ですわ。ポッティンジャー公爵派閥の方々は、そんな事もわからない無礼者ぞろいなのかしらねえ」
すっごい正論で、ぐいぐい責めていくな。
「か、必ず、金的令嬢さまにはお礼状をさしあげますわっ、それでいいんでしょうっ」
おっぱいの先輩は、にやああと黒い笑顔を浮かべた。
怖い、何かこの先輩怖いぞ。
「デボラ様、あなたはね、罠に掛けたつもりで、その相手に大きな借りを作ってしまったんですわよ」
「そ、そんな事はっ」
「そして、ポッティンジャー公爵派閥は、不愉快に感じたら、お仲間の令嬢も池に突き落とし、助けもしないという、酷薄な印象がつきましたのよ」
「そ、そんなこと、そんなことありませんわっ! だ、だいたい女子寮の副舎監のユリーシャ様には、なんの関係の無いことですわよっ!!」
いま、おっぱい先輩、獲物が罠にかかったという顔をしたぞっ。
「情報収集が遅くってよ、デボラ様、私、昨日付で聖女派閥に入れてもらいましたの」
「なっ、なんですってーっ!」
あ、正式に入ってくれたのか。
いや、なんか、すげえ安心感だなっ。
おっぱい先輩は派閥対人無双特効を持っているっぽい。
三大公爵の一角が聖女派閥に入ったと聞いて、ご令嬢の群れは一律に青ざめた。
ケビン王子も驚愕している。
情報の開示としても、良いタイミングだな。
にこにこ笑っているのはマリリンだけだ。
彼女は、諜報能力とか、政治理解とかは皆無っぽいな。
すこしは勉強すべきだぞ、マリリン。
「メリッサ様のご実家、アンドレア家は良いワインをお作りになってますわ。私、お父様に、アンドレア家の寄親になってくれるように頼むつもりですのよ」
「そ、そんな、公爵家が子爵家の寄親なんて……」
「派閥抗争ってね、敵に意地悪するだけじゃなくて、味方に恩義を大盤振る舞いするものなのよ、デボラ様」
すげえな、公爵家に寄親になると言われて断れる子爵家があるだろうか。
しかも新興のポッティンジャー家ではなく、王家に連なる由緒正しいアップルビー家だ。
これで、ポッティンジャー公爵派閥は仲間を虐めるという悪評がつき、聖女派閥は敵でも助け、厚遇するという器の大きさをアピールできるわけか。
ほれぼれする追い込み方だな。
「は、派閥なんか関係ありませんわっ、失礼いたしますっ」
デボラ嬢は顔をしかめて、ご令嬢の群れを引き連れて去っていった。
残されたのは、俺たちと、ケビン第一王子だけだった。
「ケビンさま」
「ななな、なんだい、ユリーシャ嬢」
「もう、中立は捨てても大丈夫ですわよ、攻め時ですわ」
「そ、そうは言っても、ビビアンは僕の婚約者で」
「本当は、あんな方は大嫌いなくせに」
「そんな事はないよっ、ユリねえっ!」
「悠長な事を言ってると、二年生になった時、人死にが、両手の数を超えるほどの人死にがでますわよ」
「まだ、なんとかなる、と、思うんだ、ジェームズ翁が亡くなった今」
「ケビンは馬鹿ね、英雄が亡くなったからこそ危ないんじゃないの」
「そ、そんなことは……」
「私は聖女さまを一年間支えますから、あなたも王家の一員として恥ずかしく無い選択をしなさい」
「わかった……、ありがとう、ユリねえ……」
ケビン第一王子は肩を落として校舎の方へ去っていった。
おっぱい先輩は王子の従姉妹なのか。
まあ、公爵さまだもんな。
「まあ、こんな時間ですわ、みなさんで外にランチにいきませんこと?」
「いいですが、午後の授業が」
「さぼりましょう、マコトさまはどちらに」
「今、女子寮へ、メリッサ嬢とお風呂に入ってるのでは?」
「まあああ、早く言ってくださいましっ、私も一緒に入りたいわっ!」
「は、はあ」
は?
何言ってんだ、この姉ちゃん。
わ、小走りで移動しはじめた。
釣られて、みんなも歩き出した。
「ユリーシャ先輩はやり手で、凄い人よ」
並んで歩いているカロリーヌが小声でそう言った。
「あ、ああ」
「公爵令嬢で、女子寮の副舎監だったから、派閥闘争にも明るいわ」
「やり手だよな」
「温厚で、思いやりがあるので、女子の間では、エステルさまと並ぶ、憧れのおねえさまなのよ」
「女子派閥対策にもなるのか、無敵の人だな」
「でも、マコトと同じぐらい、頭がおかしいわ」
「……」
それは相当だぞ、カロリーヌ。
超有能だが、性格に難ありは、マコト一人でいいというのに。
大丈夫か、聖女派閥。
「あの、カーチス様」
「なんだ、気安いぞ、コウナゴ」
「私の名前は、コリンナです」
「……」
「コリンナです」
「二度も言うな、解った、コウナゴというのは、俺がお前に授けた愛称だ。我が家の領地の沿岸で取れる、お前のように小さな可愛い魚だ。俺の大好物だ、光栄に思え、コウナゴ」
「コとナしか合ってません」
「だまれ、身分差とはそういう物だ」
「……俺様キャラかよ……」
「なにか言ったか?」
「いえ、何も」
なんというか、生意気な男爵令嬢だな、コウナゴは。
「カーチスさまは、コウナゴ大嫌いだったじゃないですか、うちで出しても残してましたよ」
「カロリーヌ嬢も黙れ」
子供の頃を知ってる女とは、まことにやっかいな物だ。
魚は小骨が多くて嫌いなんだ。
あと、生臭いし。
「コウナゴは……、揚げると美味しい……、よろしく、コリンナ嬢」
「はい、よろしくおねがいいたします、クレイトン様」
貴様っ! エルマーには、にこやかで礼儀正しいではないか、人によって態度を変えるのか、まったく度しがたい男爵令嬢め。
こいつも、きっと、愛だの恋だの、べたべたした事ばかり考えている、そこいら中に生えている凡庸令嬢なのだろう。
俺が目を掛けてやるには当たらないな。
まあでも、同じ派閥になるのだ、少しは優しくしてやってもいい。
ありがたく思うのだな、コウナゴめ。