第29話 カーチス視点:マコトは馬鹿だから、ほっとけないんだ(1)
Side:カーチス
どわっと、隣のA組から大声が響いてきた。
また、マコトが何かやらかしたのか?
マコトと同室の、コウナゴとか言うメガネ女が窓にへばりついた。
俺も外を見てみる。
中庭をもの凄い勢いで駆けていくマコトの姿が見えた。
その向こうには、沢山のドレスを着た令嬢と、池で溺れる女の子が見えた。
なんだ、何が起こってる?
ええい、考えてもしょうが無い、走るっ。
走りながら考えるのが騎士というものだろう。
「あ、ちょっと、カーチスさまっ」
コウナゴが何か言ってるが、おまえの家は男爵家だ、俺に直答はゆるさんっ。
聞かなかった事にしてやる。
無視をして、B組の教室を飛び出した。
廊下に出ると、駆けてきたカロリーヌとぶつかりそうになった。
「なにがあった、カロリーヌ嬢?」
「マコトが窓から飛び出して行ったの。池で溺れた子を助けに行こうとしてるんだわ」
走りながら、言葉を交わす。
令嬢然としたカロリーヌが廊下を走るのは異常事態なので、あたりから驚きの視線が飛んでくる。
「マコトは泳げるのか?」
「わ、わからない。わたしは職員室にいくわ、カーチスは池に向かって」
「わかったっ」
「まってくれー……」
エルマーは走るのが遅い。
運動をしろ、毎朝4キロランニングだ。
コウナゴも一緒についてきている。
「エルマーはゆっくりこい、コウナゴはタオルを用意してこい」
「わかった……」
「わ、わたしは……」
「直答はゆるさんっ、お前はマコトではないっ」
ここの所は、はっきり言っておかないとな。
昨日は何を勘違いしたのか、俺を呼び捨てにして、ため口をたたいてきた子爵令嬢が居たので、説教して泣かしてやった。
本来の俺は気難しく、女嫌いの硬派騎士なのだ。
……、うむ、最近の俺のマコトへの態度を見ると、確かにでれでれした堕落してしまった男に見えるかもしれないな。
だが、仕方が無い、マコトは馬鹿だから、ほっておけないのだ。
階段を駆け下り、廊下の窓から、外に飛び出る。
出入り口を使ってられるかっ!
中庭を疾走する。
しかし、先ほどのマコトの速度は、身体強化の魔法を使っているな。
二年生で教わる魔法を、もう使っているのか。
身体強化は騎士としても重要だ。
俺も武道大会前までに覚えるか。
そんなことを思っていたら、裸のマコトが胸に少女を抱えてこちらに歩いてきた。
「マコト、って、おまえっ、うわあ」
全裸、ではないな、かろうじて。
下着と、靴下と靴を履いている。
それ以外は裸だ。
学校の中庭で、淑女が裸だ。
おっぱいも、お尻も平たいが、その、裸である。
俺の胸の中に甘酸っぱいジャムのような粘ついた物がいっぱい湧き出してきて、息苦しくなり、マコトの裸から目をそらしてしまった。
なんという。
なんという。
頬が熱い。
だが、マコトは怒気を身にまとい、まったく恥じらう事もせず、堂々と立っていたので、エロさはない。
神々しい、神話の時代の女神のようであった。
おっぱいとお尻が無いが。
無意識に俺は制服の上着を脱いで、マコトに差し出していた。
彼女は両手が濡れ鼠の少女で塞がっているので、やさしく肩に掛けてやったら完璧なのだが、それでは、マコトの裸が目に入ってしまう。
それは困る、理由は詳しく言えないが、とても困る。
「たすかるよ」
「マコト、大丈夫?」
カロリーヌが俺のさしだした上着をひったくり、マコトに掛けてやった。
助かった。
ありがとうカロリーヌ。
おまえは昔から気の利くやつだった。
エルマーもやってきた。
「こいつらが……、やったのか」
令嬢の群れを見て、エルマーが凍り付くような声を出した。
うん、こいつは元々そういうクールで人を寄せ付けない奴だよな。
なんで、マコトの前では、体だけ大きくなった弟みたいな雰囲気を出してなついているのか。
カロリーヌとの関係も含めて、マコトは色々おかしいよな。
無意識に魅了的な能力を発動させているのか?
それとも、これが英雄のカリスマなのか?
「そんなことは後でいいよ、今すぐメリッサを着替えさせないと、女子寮に行くから、ここは頼んでいい? カーチス」
「おう、任せておけ、早く行ってやれ」
あの悪質な令嬢の群れをとっちめる事から始めるか。
大部分が男爵から子爵の令嬢、一人だけ、伯爵位ぐらいのドレスを着た女がいるな。
ドレスのグレードで地位が解るので、C組の馬鹿令嬢どもは便利だ。
「また、君か、マコト・キンボール嬢!!」
「……どいてくださいよ」
しまった、反対側から、ケビン第一王子が近づいて来たのを見落とした。
王子が小道に立ち塞がる形になってるぞ。
マコトも裸で寒いだろうに。
「何があったんだっ、話を聞くまではここを動くわけには……」
「どけって言ってんだよっ!! 聞きたい事があんなら、あそこで群れてるドレスどもにきけよっ!!」
ちょ、おまっ、マコト、王子を怒鳴るのはまずいっ。
いくらお前でもやりすぎだ。
いや、寒いのは解るし、気持ちも解るけどよ。
「お、王子に、王族に、不敬で」
王子の額に青筋が浮いている。
さすがの王子も、裸の男爵令嬢から怒鳴りつけられたのは初めてだろう。
やべー。
やべー
「ケビン王子っ! 行かせてやってください、マコトの腕の中の子が危ないっ」
とりあえず、助け船をだしてみた。
王子がはっとした。
マコトの状況に、今、気がついたようだ。
一国の王子が裸ん坊の女の子の前に立ち塞がるのも、またまずいよな。
「あっ、そ、そうか、すまん」
思ったより素直に王子はマコトに道を譲った。
マコトは馬みたいな速度で女子寮に向かって爆走していった。
俺の上着が落ちなきゃいいが。
まあ、上着ぐらいでは焼け石に水の状態だけどな。
「なにが起こったのだ、説明してくれないか、カーチス」
「俺も来たばかりで、状況を把握中です。あの片メガネの女に聞くべきではないでしょうか」
「ふむ、お話を聞かせてもらえないか、デボラ・ワイエス伯爵令嬢」
「お名前をお覚えいただいていて、とても光栄でございますわ、ケビン第一王子様」
「デボラ・ワイエス……伯爵令嬢……、人呼んで鶏卵令嬢だったか」
俺がそう言うと、デボラ嬢の眉がきゅっと上がった。
こいつの領地では鶏の飼育が盛んで、敵対する派閥からは、鶏卵令嬢と揶揄されている。
ちなみに、バリバリの諜報系貴族で、ポッティンジャー公爵が寄親になっている、筋金入りの派閥の幹部だ。
「何があったか聞かせてほしい」
「はい、私たちが池のそばでおしゃべりをしていたところ、アンドレアさまが足を滑らせて池に落ちてしまいましたの。それで、パン屋の娘さんが、なんだか怒って駆けてきて、服をお脱ぎになって、池に入ってアンドレアさまを助けてくださいましたのよ。でも、私たちがアンドレアさまを池に落とした、助けるのを妨害したと、的外れな難癖をおっしゃられて、私たち、困ってしまいましたの」
「あくまで、マコト・キンボール嬢が誤解をしたと、そういうのだね、デボラ嬢」
「助けようとしたと言うが、ロープもないし、誰かを呼ぶ風にも見えなかったがそれは」
「いきなりの事で、私たち慌ててしまいまして、このドレスでしょう、水の中に入ったらどうなるかわかりませんし」
まあ、ドレスで池に入ったら普通に溺れるか。
思ったより深い池のようだしな。
「なぜ、君の服の肩には足形がついているんだい?」
「金的令嬢さまに踏まれましたの」
「どういう状況なのかね?」
「池から飛び出てきた、金的令嬢さまが、じゃまだとおっしゃられて、私を踏み台にして飛び上がりましたのよ」
そういうのは、目の覚めるようなオレンジ色のドレスを着込んだ、体格のでっかい令嬢であった。
顔はごつく、いかめしく、発達した筋肉がドレスを盛り上げていた。
なんでこいつは、女騎士じゃなくて、ご令嬢をやってるのだろうか。
「おだまりなさい、マリリン」
「はい、デボラさま」
あー、思い出した、ゴーゴリー男爵家の令嬢だ。
王立騎士団に、こいつそっくりの兄貴がいる。
というか、ゴーゴリー家は、なんでこいつを女騎士として育てないんだ?
せっかくの素質がもったいない。
「カ、カーチス様が、私に熱い視線を……、きゃっ」
向けてるとも、マリリン、俺はお前が欲しい。
軍事的に。
おっと、コウナゴがタオルを持ってやってきた。
だが、もう、そのタオルは必要はない。
間の悪い女だ。
「ありがとう、コウナゴ、だが、もうタオルは必要は無い」
「あ、あの、カーチスさま、私は……」
「だまれ、直答はゆるさん」
コウナゴは口をへの字にして黙り込んだ。
下々の者が、目上に不満の表情をみせるのも礼儀知らずにあたる。
マコトの友達とはいえ、マナーのなっていない娘め。
カーチス視点、つづく




