第2話 男爵家の修行が厳しゅうございます
どうも、マコトです。
今現在、王都の西北下級貴族街に連れられてきました。
メインストリートから少し外れた裏路地にひっそり立つのがキンボール邸でございますよ。
邸といっても、まあ、庶民の邸宅の二倍ぐらいのちんまりしたお屋敷でござるな。
キンボール男爵家というのは、いわゆる法衣貴族という、領地が無くて、国のお仕事をして俸禄を貰っている貴族さまですな。
ちなみにご当主のクラーク卿は王立歴史資料館の館長さんをやっておりますです。
私は将来、歴女になってしまうのでしょうか。
歴史上の人物でカップリングを作る作業が始まるのでしょうかな。
ちなみに、新生マコトとなって、漫画の腕はどうなっているのかと確認したところ、腕が動かないが、デッサン力とかは元の通りなんで、三ヶ月ぐらい腕を慣らせば画力は復帰すると思う。
だがしかし、なんというか、この世界、筆記用具と紙の進歩がなってない。
いくらなんでも羊皮紙で漫画は描けないよなあ。
かといって植物紙を開発するのもなあ。
いや、とあるアニメのおかげで植物紙の作り方はわかるのだけど、大変だしなあ。
印刷機を作るのもなあ。
王宮の淑女さまたちにめくるめくBLの世界を布教するのは無理そう。
くそうくそう。
将来、聖女さまとかになって、権力を持ったら、祈祷書の印刷である、という名目で、漫画用原稿用紙や、金属ペン、濃いインク、印刷機の開発をしよう、そうしよう。
創世神話とかBL化してやろう、うむうむ。
などと考えながら、馬車を降りて、執事さんに先導されてキンボール邸内に入る。
大きな応接間に入ると、髭の優しそうなイケメンおじさまと、優しそうな美人さんの奥さんがいた。
あと、青い髪に青い目のイケメンのお兄さん。
……誰?
「やあ、きたね、マコト。私がクラークだ。気軽にお養父様と呼んでくれたまえ」
「まあ、かわいいわ、私はハンナよ。あなたのお養母様よ」
「僕はブラッド、この家の長男だよ。あまり家にはいないけど、仲良くしようね」
わあ、キンボール一家は、みんな温厚そうでいいなあ。
とりあえず、練習したカーテシーをする。
「はじめまして、今日からお世話になる、マコトと申します。よろしくおねがいします」
お養父様、お養母様の眉が、ほおという感じに上がった。
お義兄様も、うむ、という感じにうなづいた。
どうやら、私は気に入られたようだ。
何より。
メイドさんが紅茶を入れてくれる。
お茶受けは焼き菓子だった、ぱくりと一口食べる。
おお、あまり甘くなくておいしい。
この世界のお菓子は、これでもかーと砂糖が入っていて馬鹿甘いのだが、元日本人の口にはこれくらいが丁度いいね。
「あまり甘くなくてごめんなさいね。最近お砂糖が高くて」
なんと、ハンナお養母様の手作りでしたか。
「いえいえ、おいしいですよ。私はこれくらいの甘さが良いです」
「やあ、僕のあたらしい妹は口が大人だね。僕も母さんの味付けが好みだよ」
ブラッドお義兄様がふんわりと笑う。
つか、お義兄様はイケメンで耽美だな。
「お義兄様は、何の仕事をなさってらっしゃいますの?」
「僕は国境警備隊騎士団に所属しているよ、いつもは国境の砦に詰めているんだけど、新しい妹ができるって聞いてね、急遽帰ってきたんだ」
「それは素晴らしいお仕事をなさっていらっしゃいますのね」
「マコトはすごいね、言葉遣いがもうお嬢様だ」
「いえいえ、まだまだですわ」
おほほほと私は優雅に笑った。
というか、日本の同人漫画描きの技量をなめんなでございますわ。
こちとら、どんな口調も書き分けてたんですのよ、お嬢様言葉なんか自由自在なのだぜ。
おほほほほ。
「さあ、マコト、王立魔導学園に入学するまでの三年間、覚える事、学ぶことがいっぱいだ、一緒に頑張ろうではないか」
お養父様はにっこり笑ってそうおっしゃった。
「わたしねえ、本当はブラッドみたいな男の子よりも、マコトみたいな女の子がほしかったの、夢が叶って嬉しいわ、仲良くしましょうね」
「母さん、ひどいよ」
あたたかくて居心地の良い応接間に笑いが咲き乱れて、私の男爵令嬢生活は始まったのだった。
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男爵令嬢マコトの朝は早い。
嘘です。
パン屋の頃は朝が早かったですが、令嬢になったら、もう少し寝ていられます。
お日様が昇ったら、メイドさんが起こしてくれます。
うむ、貴族生活は快適快適。
朝ご飯は、お養父様、お養母様とダイニングで一緒に食べる。
普通の洋食の朝ご飯で、パンと目玉焼き、ハムかソーセージ、これにスープが付く。
日本製ゲームのなんちゃって中世ヨーロッパなので、普通においしいよ。
ここが、ガチ中世だったら食べられない物がたくさんあっただろうなあ。
午前中はマナーと、国語、歴史、ダンスのお勉強です。
算数に関しては問題無いと、家庭教師の先生の折り紙付きでした。
これは別に私が算数が得意なわけじゃなくて、日本の初等教育の水準が高すぎのようです。
パン屋娘のマコトのままだったら大変だったろうなあ。
というか、これはアレか?
マコト・キンボールを主人公として完成させるために、異世界から高瀬真琴の記憶を呼び出して合体させたのかなあ。
パン屋娘のマコトのままだったら三年でゲーム主人公のマコトにはならんやろう。
言ってみれば、私はゲームを操作するプレイヤーとしての魂なのだろうか。
うーむ、うーむ、謎は深まるばかりだなあ。
まあいいや。
しかし、さすがは主人公のスペックです。
頭の働きは何倍かにクロックアップした感じだし、ダンスとかの身体能力の方は何十倍にもステータスアップしてる。
これが、人生勝ち組の体なのかー。
これだけの物覚えの良さならば、さぞや勉強も、運動も楽しかろうよ。
すばらしい。
家庭教師の先生方も、ブラボーブラボーと賞賛の嵐ですね。
私も調子にのって、たまに帰ってくるブラッドお義兄様に剣の練習を付けてもらったりした。
才能あるってさー、うへへへへ。
さて、午前中のお勉強がすんだら、お昼をいただいた後、馬車で大神殿へ。
午後からは、教会で光魔法の練習です。
ちなみに、神殿の神官さんたちは、水属性か、土属性であります。
教皇さまも水属性なんだよ。
水と土にも治癒魔法があるので、神殿での治療なんかはそちらでやっている模様。
でも治癒の力は圧倒的に光の方が上らしい。
光魔法の習得は、聖女マリアさまの残した教本で覚えていく。
ほんと、魔法のコツがわかりやすく書いてあって、挿絵もかわいいし、マリアさまは凄いよ。
この本が無かったら、魔法を覚えるのにずいぶん時間が掛かっただろうね。
そうやって魔法の勉強をしたり、ときどき尼さんたちのお手伝いをしたりしますな。
神殿の主神は、光の女神さまをお祀りしております。
女神さまは本当にいるのかなあ。
私の死亡時には、白いお部屋でチート能力とか授けてくれませんでしたが。
それでも、神殿はとても静謐で趣があるんだよね。
夕方、大ドームの二階から王都を見下ろすと、赤く染まった空に雲が流れて、とても綺麗で。
こんな綺麗な世界は、きっと女神さまがお作りになられたのだろう。
などと、柄にも無く敬虔な思いがわいてきたりして。
「マコトねえっ、あそぼーっ!」
「あそぼうよっ、マコトお姉ちゃんっ」
「よしよし、遊ぼうか」
大神殿には、孤児院が併設されていて、大ドームで私がうろうろしていると、孤児たちに見つかり遊びを強要されたりするんだな。
太陽が水平線に消えるまで、孤児たちと私は息を切らせて遊び回る。
日本の泥巡とか、ケンケンパとか教えてみたりしたぞ。
楽しく遊んだら、実家のひよこ堂によってパンを買って、男爵家へ帰る。
ひよこ堂のパンは、お養父様にも、お養母様にも大好評であるよ。
そして、お養父様とお養母様と私で晩ご飯である。
お養父様に歴史のお話を聞いたり、お養母様に王都の噂話を聞いたりして、楽しくお食事をしたのだった。
夜になったらお風呂に入り、ちょっと読書をして寝る。
だいたいこんな感じに私は楽しい日々を過ごしていたのだよ。
うむ、振り返ってみると、ちっともつらそうではなかった。
修行が厳しかった、というのは嘘であります。
すまねえ、すまねえ。
季節毎のお祭りや、行事も、男爵家一家で出かけて、楽しい思い出を作ってもらったんだな。
どうして、自分の子でもないのに、こんなに良くしてくれるのか、お養父様とお養母様に聞いて見たことがある。
「うむ、大人というのは、子供を育てて社会に恩返しをするんだ。マコトも将来、家庭を作ったら、我が子に同じように良くしてあげればいいんだよ」
「ブラッドの時は初めての男の子で大変だったの、マコトになって、やっと余裕をもって、子育てを楽しめているのよ、お互い様なんだから、気にしないの」
二人とも、なんという聖人なお答えかっ!
どこかの公爵に見習ってほしいものだよ。
「でも、お金とか大変じゃないですか?」
「国から」
「あと教会からもね」
「「お金が出てるから大丈夫」」
子供が気にするな、だそうです。
ありがたやありがたや。