第25話 ユリユリ先輩は国政を熱く語る
アンヌさんがペントハウスのドアノッカーを鳴らした。
「はあい、ようこそおいでくださいました、おはいりくださいませ」
取り次ぎをしてくれたのは、実に可愛い、ぷにぷにした幼女メイドであった。
うわ、おまわりさん、この家です。
ゆりゆり先輩のメイドさんと知ると、超絶犯罪臭がするなあ。
まさか幼女監禁とかの事案ではないだろうなあ。
「マコト、大丈夫、ハーフリングのメイドさんよ」
よっぽど私が変な顔で幼女メイドさんを見ていたのだろう、カロルがフォローを入れてくれた。
ハーフリングというのは、大人になっても子供にしか見えない、合法ロリショタ種族であるよ。
初めて見たー。
「あぶないあぶない、思わず護衛女騎士さんを呼ぶところだったよ」
「あはは、ほんとうによばれたこと、ありますよー」
「さもありなん」
よちよちと歩く幼女メイドさんに先導されて応接室に入る。
ゆりゆり先輩はそこにいた。
「いらっしゃいませ、マコト様、カロリーヌ様、我が家に来ていただいてとってもうれしいわ」
「こちらこそ、私の派閥に参加の検討をしていただいて、ありがとうございます」
「あら、お礼なんていいのよ、こちらとしても渡りに船でしたのよ」
「そうなんですか? 私は、私の事を気に入っていただけたからかと思ってましたが」
「マコト様の事は気に入ってますわよ、でも、公爵家として動くなら、それだけでは弱いのですわ」
そう言って、ユリユリ先輩はにっこり笑った。
確かに公爵家として派閥に入るなら、私を気に入った程度で動く訳はないか。
派閥参加は一族全体の問題な訳だし、ご当主の公爵さまの考えもあるだろう。
では、なぜアップルビー公爵家が聖女派閥に?
「理由をお聞かせねがえますか?」
「一番の理由は、ポッティンジャー公爵の二代目、ジェームズ・ポッティンジャー前公爵が昨年亡くなったからですわね」
「??」
「少々長くなりますけど、ジェームズ・ポッティンジャー公爵という希代の英雄のお話を聞きねがえますか?」
あの脂ギッシュなオヤジのオヤジは、そんなに凄かったのかと思って聞いていたが、たしかに、それは英雄の功績であった。
学生時代、ジェームズ君は当時、伯爵位の令息でありながら、自分の派閥を一から立ち上げ、喧嘩に、勉学に、スポーツに、武道に、魔法にと、大活躍! まさにワルかっこいい、男気のある魅力的な奴だったそうな。
あれだ、織田信長とか、曹操とか、野心キャラだ、梟雄みたいなー。
当然、ご令嬢たちにはモテモテ、ちぎっては抱き、ちぎっては抱き、最後には王女様を口説き落とし、妻にめとるというハーレムっぷりだった。
強引に迫ってくるハーレクイーンヒーローか、乙女ゲーのおらおら君かという感じの英雄だったそうだ。
ポッティンジャー家が、伯爵から侯爵へ、侯爵から公爵へ、出世したのも大体ジェームズ翁のおかげらしい。
隣国との戦争で大戦果をあげ、王女をめとり、ライバルを蹴落とし、傘下に加え、派閥を大きくして、どんどん出世であるよ。
いるよねえ、なんだか天に愛されているような、天然物チートキャラって。
お養父様が大好きそうなキャラだけど、死後一年では、まだまだ政治の枠の中で、歴史にはなっていないのだろう。
もう、謀反待ったなし、ポッティンジャー王家誕生と、現王家はびびっていたのだが、ある日を境にジェームズの王位簒奪への運動はピタリと止まったそうだ。
その頃に死んだ奥方さまの命をかけた諌言があったとも、その歳で王になっても残り時間が少なすぎると気がついたとも、言われている。
その後は、孫娘のビビアンをかわいがり、ポッティンジャー公爵家が外戚となって、王家を飲み込む方向へ政策を変更したという。
現ポッティンジャー公爵の脂ギッシュぷりでは、王は無理と判断したのかな。
うーん会って見たかったなあ、ジェームズ翁、きっといかしたじじいだったんだろうなあ。
「ビビアン様のお父様とビビアン様の評価はどうなんですか?」
「ジェームズ様からすると、現当主のドナルド様は何段も落ちると言われてますわね。ビビアン様も成績もよろしくありませんし、魔術の腕も並ですわね」
ビビアン様は、あれで武道の才能はあって、戦闘力は高いのだが、貴族的な評価点は、やっぱり成績と魔術なんだなあ。
「ビビアン様の政治力の方は」
「おほほ、入学式直前に、聖女候補さまへ、目障りだから退学しろと強要してくる方に、政治力もカリスマも期待できませんわね。上手く行けばそれでも良かったのですけれど、マコト様が返り討ちにしてしまいましたし」
ああ、入学前の難癖事件は、ビビアン嬢の大失敗、私の大金星となったわけか。
「女子寮での毒殺未遂も悪手でしたわ。なぜ即日、致死性の攻撃を仕掛けるのか、そして、致死でいくならば必殺を狙うべきでしたわ。聖女に毒が効かない事を知らなかった、というのは何の言い訳にもなりません、そんな事も調べないままに毒殺を計画するだなんて、二流の証ですわよ」
なるほどねえ、政治力というのは、基本的に勝たないと駄目なんだな。
いや、失敗してもいいんだろうけど、良い負け方、良い引き方をするのも実力のうちか。
「二度も稚拙な失態を重ねたことで、ポッティンジャー家に恐怖していたビビリの国王派閥の貴族たちが動きだしましたの、今なら、怖い怖いポッティンジャー公爵家を潰せるかも、いや、悪くても力を削ぐことができるかもと。そこで、渡りに船で生まれたのは、聖女様派閥ですわ」
「偶然、というか、防衛的な集まりなんですけどね」
「防衛的、本当に理想的な派閥スタイルでしてよ。天の采配としか言いようがありません」
「それは、攻撃は王家派閥がやるから、敵の攻撃は聖女派閥があまんじて全部受けとめろ、という事ですか?」
「そうではありませんわ、敵の陰謀を聖女派閥が一手に引き受け、跳ね返す、その隙を突いて、他の派閥、王家派閥と弱小貴族派閥の連合ですわね。が、絡め手から襲いかかるというわけです」
うわ、えげつねえ、聖女派閥を囮に、包囲殲滅するつもりか。
派閥闘争とはこんな物か、仁義なき戦いだぜい。
完全に公爵家を没落させる気で動いてるなあ。
ジェームズ翁はそれだけ怖かったんだろう。
「たぶん、あと一回、何らかの攻撃がありますわ。それを乗り切れれば、まず一年は大丈夫ですわよ」
「そうなんですか?」
あと一回ね。
「今、学園に居るポッティンジャー公爵家の暗闘部隊は、いわば予備の兵なのですわ、あと失態を一回繰り返したら処分されるでしょう。そうすれば、わたくしという重しが取れる一年後までは大丈夫だと思いますわ」
「ああ、そうですね、アップルビー様はご卒業なされますものね」
「ですので、マコト様、カロリーヌ様、一年後までにしっかり派閥を育ててくださいましね」
「わかりました、ありがとうございます」
一年後には、隠しキャラの毒殺執事を筆頭にして、ジェームズ・ポッティンジャー前公爵が育てた暗闘部隊が来るんだよな。
それまでに派閥の力を上げておけということか。
なるほどなあ、会話主体の乙女ゲームでは解らない裏事情だな。
主人公が二年生になったら、急に襲撃イベントが増えてくるわけだよ。
ゲームでは惚れたはれたで動いていたら、奇跡的にポッティンジャー公爵家が自滅していくという、あり得ない動きだったのね。
どうりで、他の乙女ゲームにくらべて、悪役令嬢のイジメの手段が、毒殺や暗殺という血生臭い物ばかりだったわけだ。
あと、ゆりゆり先輩の事も見誤っていたな。
もっと脳内お花畑キャラかと思ったら、分析力も高いし、すごく切れる人だね。
「本当は、子飼いの貴族さんたちを動かせば、アップルビー公爵家の本体が動く必要も無かったのではないですか?」
「うふふふ、わたくし、ちょっと怒ってますのよ。エステルと私が監督する場所で毒飼だなんて、ビビアン嬢は西女子寮をなめきっていましてよ。政治をあまりやらないアップルビーが自ら動く事で、あなたがたは、古参貴族にも喧嘩を売ったんですわよ。と教えてさしあげたかったの。おほほ」
いいねえ、いいねえ、肝も太いし。
素敵だ。
ガチゆり趣味が玉に瑕だけどなあ。
聖女派閥は私が盟主だけど、アップルビー家は大きな後ろ盾になってくれそうだね。
安心感があるよ。




