第229話 聖女候補はアドルフ・ピッカリンを治療する
重厚な馬車は王都をがたごとと音を立てて走る。
音はうるさいがあまり揺れない。
軍用みたいな馬車だな。
馬車が止まって降りてみると、そこは王都の南にある、国立病院であった。
アップルトン王国一の大病院だね。
この世界の医療は、はっきり言って進んでいない。
錬金術で作る各種治療薬の効果が凄すぎるんで、病人を泊めておく場所ぐらいの発展度だね。
病院に入れる人は一握りで、あとは各地の教会で神父さんに治癒魔法を掛けて貰うか、錬金薬を買って自宅療養が多い。
錬金薬って奴は、外科治療にも内科治療にも、抜群の効果を発揮するので重宝がられているだけど、呪矢みたいな魔法絡みの疾病だと、どうにもならないんだよね。
あくまで効果があるのは、自然な傷と病気に限るのだ。
国立病院の中に入る。
大きくて綺麗な建物で、看護婦さんも美人揃いだね。
一日いくらぐらいであろうか。
馬鹿高そう。
「こっちだ、マコト」
「おじいちゃんの病室知ってるの?」
「ずいぶん長い間入院してるからね」
そんなに具合が悪いのか。
建物の真ん中にあるエレベーターにみんなで乗る。
学園長とバッテン先生、カトレアさんに私だな。
しかし、こういう閉鎖空間に入ったらダルシーはどうやって付いて来ているのだろうか。
空でも飛んで付いて来てるのかな。
あの子は謎であるよ。
チン。
ドアが開くと最上階である。
うへえ、さすがはポッティンジャー派閥の重鎮だ、男爵家の隠居だというのに、良いところに入院してるなあ。
奥の方のドアにカトレアさんの後をついて入ると、そこには大きい爺さんがいた。
ベットの上で、寝て居るようだ。
しっかし、爺さんなのに良い筋肉だな。
「んー、おお、カトレアか、よう来たな。お、おおっ、フランクッ久しぶりだのう、何年になるか、ん、くっ、ぐぐぐっ!」
爺さんはいきなり苦悶の表情を浮かべ、ベットの脇にある薬を飲んだ。
「ちょっと、まっておくれよ、カトレア。今、じいちゃんはちょっと痛いでな、ぐぐぐっ」
しかし、痛そうだな。
体の中心に呪矢でも受けたかな。
足とか腕ならともかく、体幹に近い部分に呪矢を受けたら社会生活は営めないよなあ。
「痛いのはどこですか?」
「ん、あんたは誰じゃ? カトレアの友達かい?」
見てられないのでベットに寄って声を掛けた。
しょうが無い、勝手にやらせてもらうよ、アドルフじいちゃん。
ピッ。
光分析魔法を打って、私は驚愕した。
何本呪矢を受けてるんだ、この爺さん。
五本、六本、七本、八本か。
よく痛みで死ななかったな。
「アドルフはジェームズを庇って呪矢を受けたんじゃよ」
「まあ、あのとんまはメカケをこますときに、片手をやられおったがなあ、まあ、ジェームズらしいわい、わはは……、いたたたたっ」
背中、足、腕と沢山残ってるな。
「お爺さん、治療するから動かないでね」
「な、なんじゃいったい」
私は子狐丸を抜き、活性化している腕の呪矢の鏃をたたき切った。
カチャンと鏃が実体化して床に飛んだ。
「な、何をする、いきなり切りつけるとはっ! 返事によっては……、おろ、痛くない」
立ち上がりかけたアドルフ爺さんの前に手の平を出した。
「私はマコト・キンボール、大神殿の聖女候補です。これは治療刀の子狐丸。いま、お爺さんの体にある呪矢を全部切り飛ばして無効化させますから、じっとしていてください」
「聖女候補? それじゃあ、おまえさんがビビアン様を虐めてるっていう悪女なのかい、俺はそんな奴に治療されるのはまっぴらだなっ!」
私は爺さんの言葉を無視して、腕にあるもう一本の呪矢を切り飛ばす。
カーン。
鏃がはねて床に転がった。
「切られたのに、痛くねえ、なんだ、その刀は」
「治療刀ですよ、つぎは足に行きます」
「お、おう、しかし、アレが長年の痛みの元かい?」
「呪矢と呼んでます」
「私もね、マコト君に治療してもらったんだ、膝が治ってね、走ることもできるんだよ」
「ほんとうか、フランク、そりゃすげえな、しかし」
うるせえ、足を早く出せ。
私は毛布越しにアドルフ爺さんの足を切り、呪矢を叩き出した。
次は左太もも。
「と、とりあえず、聞きたい事はあるが、治してくれんなら、ありがたく受け入れる」
「左にちょっとずれて、はいっ」
スパーン。
カンカン。
しかし、子狐丸はすごいな。
切ってるのに血が一滴も出ないし、痛みも無い。
もうすこし高度に使えば、神経だけ切断するとか、血管だけ切断するとかも出来る。
けど、今回は体の中にある呪いの鏃を壊せば良いだけだから、楽な物だ。
ベットで体の向きを変えて貰って、背中の呪矢も切る。
まあ、切ると言うよりも刺して、呪いを壊す感じだけどね。
背中は多いな。
四本も刺さっていた。
でっかい体で若いジェームズ翁を抱えるように守ったんだなあ。
忠誠心が凄いな。
肝臓にちょっと疾病があったので、合わせて切って直しておく。
病の方は、ポーションの種類を特定して飲まなければならないから、症状が出ないと治されないんだよね。
鏃は八本、床に並べると壮観だね。
「痛くないっ!! なんともないっ!! これは凄いっ! すごいぞ、マコトちゃん!!」
「いや、あははは」
アドルフ爺ちゃんは満面の笑みで私に抱きついて、高い高いと持ち上げた。
いや、私はあんたの孫娘じゃあないんですが。
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