第21話 午後の授業は、エルマーの父ちゃんに。めちゃくちゃ実験される
五時限目の予鈴が鳴って、A組から潮が引くように生徒がいなくなって、私は一人でありますよ。
ぐぬぬ、昨日と一緒かいっ。
と、思ったら笑顔のアンソニー先生がやってきた。
「キンボールさん、魔術実験室に行ってください、魔術省の高位の魔法使い様が、色々と教えてくださるそうですよ、良かったですね」
「そうですか、わかりました向かいます」
「いってらっしゃい」
よしよし、何を教えてくれるかは知らないけど、とりあえず講義だ講義。
魔法省というのは、王都の東にそびえ立つ巨塔に入ってるお役所である。
あまりにでかい塔なので、学園からも姿が見える。
その塔の中で、魔法使いさんたちが日夜魔法の研究をしているらしい。
ごくろうさまです。
日本で言うと、国立科学研究所みたいなものかね。
とりあえず、そんな偉いお役所から、やってきたのだから、さぞやためになることを教えてくれるのだろう。
「こんにちわー、キンボール家のマコトでーす」
と言って、ドアを開けたのだが、中にはエルマーと、エルマーによく似たおじさんが居た。
「やあやあ初めまして、マコト嬢、お会いできて光栄だよ、私はクレイトン。ジャンポール・クレイトンだ。魔法省の長官なんかをやっている。気軽に、ジャンおじさんと呼んでいいよ」
「は、はあ、クレイトン卿、これは、なんなんですか?」
「おーう、エルマーに聞いていたのと違う。マコト嬢は誰とでもため口をきくときいて楽しみにしてたんだよ」
「そんな失礼な人間はこの世に存在しませんよ」
一応、私だってTPOは心がけているんだよ。
ただ、ちょっとずれているかもしれないけどさ。
「それは残念だね、気さくに、ジャンおじさんと呼んでほしかったのに」
「父さん……、脱線」
「おっと、そうだね、ありがとうエルマー」
「アンソニー先生に、今日はここで、魔法省の高官に講義してもらえると聞いたのですが」
「うむ、魔法省の長官は一番偉い高官だね。つまり、君を呼んだのは僕だ」
「そうですか、では、授業お願いします」
エルマー父は、やれやれという感じに首を横に振った。
「何を言っているんだい、マコト嬢、光魔法の講義なんか、魔法省の長官でも出来ないよ、使えないんだから」
「じゃあ、何のためにここにお呼びになったのですか?」
「最近エルマーが良くしゃべるようになってね、同じクラスの女の子の話を嬉しそうにしてくれるんだ」
「父さん……」
エルマーが渋い顔をした。
「そして、長年水魔法使いをやっていた僕でも思いつかないような低魔力で高威力の水魔法まで教えて貰ったという。興味が出てくるというものだろう。ねっ」
ねっ、じゃないよ。
エルマー父。
「聞けば、彼女は光魔法の講師がいないため、午後の魔法実習では一人で寂しそうにしていると聞く。せっかくの希少魔法系統がもったいない、そこでだ、僕は考えた」
「暇なんですか、エルマーのお父さん」
「暇ではない、暇ではないよ、魔法省の長官だからね、とても忙しい、でも、光魔法には興味がある。そこでだ」
「はい」
「実験だ。光魔法を実際に行使して貰い、その各種データを収集し、研究しようではないか、という、そういう魔導学者冥利に尽きる行動だね」
「平たくいうと、暇にさせてるぐらいなら実験させろと、そういう事ですか?」
「マコトと一緒に……、光魔法を解き明かす……」
「エルマー、自分の魔術実習は良いの?」
「学校で覚えられる水魔法はもはや無い……。暇」
結局、教える事はできないが、実験させろ、という訳ね。
んまあ、図書室で本を読んでるだけよりはましかなあ。
「協力してくれるかね」
「良いですよ、魔導学者の研究方法にも興味がありますし、暇にしてるよりはましでしょう」
「おう、ありがとう、マコト嬢」
「感謝する……、マコト」
魔術馬鹿親子は、棚から実験器具を、いそいそと取り出して設置していった。
魔力計、空間伝導計、温度計、振動計測器、いろんな測定器具があるなあ。
「それでは、基本のライトから発動させてくれたまえ」
「はい『ライト』」
魔術実験室にLEDライトみたいな光の『ライト』の魔法が輝きわたる。
「ほうほう、綺麗に光るね、魔力消費量はと、おお、小さい、生魔力からの変換率が高いのかな」
「四大魔法属性の……、基礎投射魔法は……、生成、変換、維持、投射と四ステップ~五ステップの手順を踏むけど……、光魔法の場合、発動ステップ数が少ないのかも」
「そうだね、だが、『ライト』は攻撃力はほぼ無い、基礎投射魔法ではないのかもね」
「ライトボールの……、魔法が失伝、もしくは未開発……、なのかも」
うん、こいつら魔法オタクだ。
それからも、ライトを沢山出せだの、崩壊させて閃光にしろとか、ヒールや、キュアポイズンを掛けてみろとか、魔術オタクどもの興味は尽きる事が無い。
「面白い、面白い、やはり光魔法は、四大属性魔法と、かなり違うね、同じ希少魔法属性の闇魔法と共通点を調べてみたいね」
「明日は……、闇魔法の資料を持ってきて、比較実験……」
「そうだね、エルマー」
五時限目のチャイムが鳴った。
「ふむ、時限は終わったが、引き続き……」
「お茶を飲んで休みましょう」
「いや、だがね」
「お茶を飲みましょう」
「は、はい」
オタクを突っ走らせると、休む暇も無くなり、鼻血を吹いて倒れるよ。
私は、実体験として知っているぞ。
私は、魔導実験室のコンロを使ってお茶を入れた。
ひよこ堂のクッキーをお皿にざらざらと並べる。
「ああ、懐かしい、ひよこ堂のクッキーだね」
「クレイトン卿も学園の卒業生なんですか」
「そうさ、あの塔にいる魔術師はみな、ここ出身だよ。うーん、変わらぬ美味しさだ」
まあ、王立魔法学園だしね、魔法塔に居るのは、ここの卒業生ばかりなのか。
「魔法省の研究機関って、どんな感じですか?」
「気になるかいっ、良いんだよ、大神殿なんかうっちゃって、うちに来てくれても」
「考えておきますよ」
魔術の研究職に進むのも面白そうではあるんだよね。
ちなみに魔術はパーツごとに分かれているので、術式の組み方で新作魔法は作れる。
ただ、高度で高効率な術というのは熟練の魔法使いが組まないと完成しないね。
「ははは、あの塔の中では、千人を超える魔術師が、楽しく魔導の研究をしているよ。広域攻撃魔法から、生活魔法、下水治水魔法、治癒魔法、アップルトン王国三百年のすべての魔法研究が詰まっているのさ」
「それでは、聖女ビアンカ様、聖女マリア様の残した光魔法の資料なども」
「あ、それはない、教会が聖女さんたちをがっちりガードして、魔法省に関与させてもらえなかったんだ、まったく残念だよ」
えー、魔法省つかえないなあ。
ビタリ共和国にある、聖心教会の総本山に期待するしかないか。
六時限目の予鈴が鳴ったので実験再開。
結界障壁を張ったり、それをエルマーがハンマーを使って壊してみたり。
手持ちの光魔法を全部網羅する勢いで実験は続いた。
「やあ、有意義な実験だった。これから、週末まで。毎日午後に寄せてもらうよ」
「まあ、午後は暇なので構いませんけど」
「色々……、解った」
実験体にされていた私は何が解ったのか解らないなあ。
「それと、聖女派閥の件なんだが、派閥の大人の方のとりまとめは、僕に任せておいてくれたまえ」
「え、助かりますけど、良いんですか」
「うん、最近ね、エルマーが楽しそうなんだよ。こんな生き生きしているエルマーを見るのは初めてで、親として嬉しくてね、マコト嬢が良くしてくれたお礼もかねてね」
「ありがとうございます、私もエルマーには仲良くしてもらってて」
「ありがとう、エルマーは研究者気質で、社交的でなくてね、これからも色々構ってあげてくれたまえ」
「今後ともよろしく……」
エルマー、君は魔獣かっ。
みんなで、実験器具を片付けている間に六時限目終了の鐘がなった。
「それでは、マコト嬢、また明日」
「はい、また明日、ジョンおじさん」
「ふふふ、いいね、いいね、君」
エルマー父は含み笑いを残して帰っていった。
魔法省長官なのに、気さくな人だったなあ。
エルマーも大人になったら、ああやって、ぺらぺら喋るようになるのかね。
「さ、A組にもどろう」
「そうだね……」
「どしたの?」
「知り合いに……、親を見られるのは……、こんなに恥ずかしいのかと……」
「あはは、何言ってるの、良いお父さんだったじゃん」
「そうかな……」
ほっとしたように微笑むエルマーと一緒に、私はA組に向かって歩いていく。




