第205話 第三層で闇落ちしそうなベロナ先輩を治療する
アントーン先生に先導されて、また階段を上がる。
後一階上がると甲板だね。
一等船室って書いてあるから、偉い貴族が泊まる部屋が並んでいるのだろう。
もっともガドラガ迷宮まで四時間ぐらいだから、船内に泊まる事は無いんだろうけどね。
「ここだ、片腕を無くしたぐらいだから、聖女さまがお疲れなら後日でも……」
「いえ、面倒くさいので今治しますよ」
ドアをノックして返事を待ち、部屋に入った。
ベロナ先輩はソファーに座って暗くて遠い目をしていた。
「だれか、君は?」
私は答えずソファーの隣に座った。
「そうだなあ、まずは話しからしよう」
「……なにも君と話す事は……」
「何日間頑張った?」
「……二日だ、二日が限界でっ」
ベロナ先輩は頭を腕で抱えた、右手が肘の所から無く、包帯に血がついている。
「よく頑張ったね」
「が、がんばってなんかいないっ! 僕がもっと的確な判断をしていればっ、ボルヘも、コリンヌも死ななくてすんだっ、俺はっ、俺は」
私はベロナ先輩の頭をゆっくりと撫でた。
アントーン先生がこちらを見てハラハラした顔をしている。
「最初は上手くいってたの?」
「ああ、そうだ、本当に俺たちは良いパーティで、仲良くやっていた、迷宮実習の成績もトップクラスだったのに、五階、五階滑り落ちただけで……」
「五階層は大きいよ、しかも大物がいたんでしょう」
「い、一日目の夜に、奴が、キメラが現れて、スカウトのボルヘがやられて、な、なんとか、隘路に逃げて……」
斥候から倒したか。
パーティの目が斥候だ、これが居なくなると、パーティ全体の持久力がぐっと下がってしまう。
このキメラはずいぶん狡猾な奴のようだな。
「俺はボルヘを救いに行けなかった、悲鳴が、悲鳴がだんだん小さくなって、それで、途絶えて……」
「つらいな……」
きついなあ、私だったら立ち直れないだろうな。
「それでも、ベロナ先輩は逃げたんでしょう」
「ああ、そうだ、ボルヘを見捨てて逃げた、俺は、俺は……」
私は、彼の背中を撫でた。
辛かったなあ。
悲しいよなあ。
「キメラは何回も襲ってきた、俺たちはどんどん深い方へ押し込まれるようになって……」
「狡猾だね」
「ずいぶん年取った個体みたいだ、後から思うと追い込まれていたみたいだ」
斥候がいなくなったから、判断がつかなかったんだろうな。
「眠れない夜を過ごして、朝にまたキメラがやってきて、コリンヌを捕まえて、それを助けようとしたスーザンに火を吐きかけて。俺は、俺とイルッカはスーザンを引きずって逃げるので精一杯で、コリンヌが食べられてっ……」
ベロナ先輩が嗚咽を漏らした。
極限状態で、誰かを助けて、誰かを見捨てる。
どんだけ辛かっただろうね。
あ、涙出てきたよ。
「スーザンも、もう死んでるだろう、イルッカも寄生魔獣にたかられて……」
「あの寄生魔獣はどこで?」
「キメラから逃げ込んだ穴の奥に居て、イルッカがたかられて、悲鳴を上げて、その頃にはキメラも穴に頭をつっこんで、俺の腕を食べて……」
ベロナ先輩は泣いた。
私も可哀想で泣いた。
「その後、救援隊が来て、キメラを追い払ってくれて、俺は助かった。でも、俺は一人になってしまった。もう、俺のパーティには誰もいない、誰も居なくなってしまったんだ」
「スーザン先輩とイルッカ先輩は私が治しました」
ベロナ先輩は目を見開き、私を見た。
「うそ、だろ……」
「聖女候補なんで」
「君は……、金的令嬢の……、マコトくん……」
「死んでしまった二人は無理ですが、スーザン先輩とイルッカ先輩は生きてます」
「せ、聖女さまがね、五体満足まで直してくれたんだ、ベロナくん、だからね、もう、ね、泣かなくてもいいんだ……、大丈夫だよ」
「あああ……、あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ーっ!!! うあああああっ!!」
ベロナ先輩は私に抱きついて泣いた。
涙が胸元にばたばた落ちて熱かった。
私は彼の背中をぽんぽんとたたき続けた。
しばらく泣いたあと、ベロナ先輩は顔を上げた。
「取り乱して悪かった、聖女さま」
「聖女候補です」
「噂は聞いているよ、学校に通うために聖女候補にしているだけで、本当は聖女なんだって」
「それでも、候補は候補です」
「奥ゆかしいんだな、当代の聖女さまは」
「聖女になんかなったら、教会の仕事を山ほど押しつけられますからね」
ベロナ先輩は小さくくすりと笑った。
「僕を治してくれ、聖女さま、いや、キンボールさん」
「マコトで良いですよ、ベロナ先輩」
「うん、マコトくん、おねがいだ」
「そのために来てますから」
私はベロナ先輩の欠損した右腕に手を当てた。
『エクストラヒール』
みるみるうちに新しい手が生えてくる。
「すごい……」
光の診断魔法を彼に掛ける。
ピッ。
ふむ、いくつか傷ついてる所があるね。
『ヒール』
『ハイヒール』
よし、これで傷は無いぞ。
「はい、終わり」
「治療費は、どれくらいかな、マコトくん」
「んー、適当に大神殿に行って、好きなだけ女神さまに奉納してください」
「君は取らないのかっ? これだけの技術を使って?」
「ええ、べつに、光魔法は女神さまから預かってる感じなので、自分の利益はあんまり~」
「そ、それでは、病人が殺到しないかね、聖女さま」
アントーン先生が心配そうな声でそう言った。
「ええ、ですので、只だってのは黙っていてくださいね、病人を追い返すのは面倒なんで」
「マコトくん、君って子は……」
「聖女さま……」
いや、拝むなよ、おまえらっ!
私は女神さまじゃねえぞっ!
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