第189話 カロルの部屋にヒールポーションの相談にいくんだぜ
ペントハウスを出て、エレベーターホールに向かう。
「では私はここで、傷心の痛みをミーシャでいやしますわ」
「あんまりミーシャさんをおもちゃにするのは……」
「あら、ああ見えてミーシャは意外に……」
「わーわー、聞きたくありませーん、では、おやすみなさいっ」
私は小走りで逃げ出した。
あんな生臭そうな話は聞きたくないですよ。
まったく。
ガチ百合はこまるな。
エレベーターの中に逃げ込み、レバーを五階に合わせた。
下級貴族がエレベーターを使っちゃいけないんだけど、舎監に呼ばれた時ぐらいはいいだろう。
チン。と音を立てて、エレベーターは五階で止まった。
カロルにさっきの話を伝えておかないとね。
人気の無い廊下をぱたぱたと歩く。
もう、錬金販売所のシャッターも閉まっているな。
カロルの部屋のノッカーをカンカンとならす。
「はい?」
アンヌさんが現れた。
「カロルはもう寝ちゃったかな?」
「いえ、まだ錬金室で作業中です。どうぞ」
というか、よく働くね、私の嫁は。
「あら、マコト、どうしたの」
「エステル先輩に呼び出されちゃってさ。地下大浴場の件で」
「ああ、ヒールポーションを一瓶いれたって話ね」
「で、大好評だから、一週間に二本欲しいって。ここで作らせてくれる?」
「ええ、良いわよ、そんなに凄い効き目なの?」
「そうだよー、お肌つやつやで、万病に効く感じ」
「キュアの効能もあるみたいだし、確かに入浴剤にしても凄いかもしれないわね」
カロルは錬金釜の前で、混ぜ棒で中身を混ぜながら思案顔だ。
考え込んでいるカロルも、賢そうで可愛い。
ボワンと、桃色のケムリが上がって、黄色っぽい薬液ができていた。
そんなに量は無いね、釜に四分の一ぐらいだ。
「それは何の薬?」
「軽いキュアポーションよ、まだ寒いから風邪にかかる生徒も多いから、保健室からの注文なのよ」
おお、学園の薬剤を一手に引き受けてんなあ。
アンヌさんに瓶詰めを頼み、カロルはスカートの中に手を入れた。
手品のようにヒールポーションの瓶が出てきた。
半分ぐらい残っている。
「まだ残っていたんだ」
「甘くて美味しいから、たまに舐めてたのよ」
うひひ、カロルが私の作ったポーションを舐めていたと聞くと、ちょっと恥ずかし嬉しい。
そのまま、カロルは奥の扉を開けた。
おお、ここが錬金室のバスルーム。
カロルは猫足のバスタブにお湯をはり始めた。
そして私に近づいてくる。
はあはあ、これは。
一緒に入ろうと言われるだろうと期待していたのだが、カロルは私が外した制服のボタンを止め直してくれただけだった。
「なんで脱ぐの?」
「え、いや、せっかくだから」
カロルは渋い顔をして、ヒールポーションのキャップを開けた。
「どれくらい入れたの?」
「大浴場に瓶一本分ぐらいかな」
「このサイズだと、ちょっとで良いわね」
猫足バスタブのお湯にカロルはヒールポーションをちょっとだけ入れた。
あまい香りが漂ってくる。
「良い匂い、一瞬白濁してそれから透明になるわね。水と反応してるのかしら」
「そうだね、一緒に入ろう」
「一人用のバスよっ、狭いわ」
「私はちっともかまわないよっ」
「……ま、また今度ね」
「ちっ」
カロルは腕まくりをしてお湯をかき混ぜた。
「あ、本当だ、すっごいつやつやするね」
「つやつやなんだよ、うん、じゃあ、一緒に入らないからカロルがお風呂に入るところを見ていていい?」
「は、恥ずかしいから駄目っ」
「ちっ」
もう、カロルは聞き分けがないなあっ。
私は辛抱たまらなくなって、カロルに抱きついた。
うひゃあ、柔らかいっ。
「じゃあ、ちゅーしよう、ちゅーっ」
「ちょ、マコト、脈絡が、何を言ってるのーっ!」
「ちょっと、ちょっとだけだから、ねっ、ねっ」
「やーめーてーっ、怒るよっ」
「ちゅーぐらいいいじゃんようーっ!!」
ふっと、カロルの体の感触が消えた。
あ、後ろに気配が。
これは……。
股間に後ろから手を入れられて、担ぎ上げられた。
ぐわああっ、前よりもずっと上手になってる。
「さすが、お嬢様、素晴らしい人間発電所でございます」
いつのまにかアンヌさんが出ていて、小さく拍手をしていた。
「いたーーいっ、いたいいたいー、ひーんっ」
「ほんとうにもう、マコトはー」
「カロルの事、愛してるからーっ、ちゅーしたいんだよーっ!」
「そ、そのうちにね、もう、ムード無いんだから」
カロルは私を肩に乗せてゆっさゆっさ揺らしながらバスルームを出て、応接セットのソファーに投げ下ろした。
「あんまり強引だと、マコトの事嫌いになるからねっ」
「うえーん、やだよう、カロルが聞き分けがないようー」
「もう、マコトの事でしょっ、聞き分けが無いのは」
私はアンヌさんが入れてくれたカモミールティーをこくりとのんだ。
ああ、美味しい。
「つやつやになるのは良いけど、よく眠れるようにカモミールと、バラの香料を入れましょうか」
「おお、それは良いね、入浴剤特化のヒールポーションね」
「材料は用意しておくわ、何時作るの?」
「日曜日の夜に納品だから、日曜の朝かな?」
「そうね、日曜のお昼はどこかに遊びに行きたいし」
「どっか行く?」
「うん、お芝居みたから、今度の日曜は美術展でも行こうか」
「わあ、いいね、なんか良い企画展やってるの?」
「王宮美術館で『勇者の時代』って、勇者の絵を集めた展覧会をやってるわよ」
「行こう行こう、たのしみ」
「うん、楽しみね」
カロルはふんわりと笑った。
さて、名残惜しいが205号室に戻るか。
「じゃあ、おやすみ、カロル」
「うん、おやすみ、マコト」
戸口の前で、カロルが体を寄せてきて、私の頬にキスをした。
ふおおおおおおおおおおおおおおっ!!!
「じゃ、じゃあ、お休みっ!!」
そう言って、カロルは乱暴に私の肩を押し錬金室から追い出して、ドアを閉めた。
うほおおおおおおおおおおおおおおおおおお。
私は頬に手を当てて、カロルの唇の感触を何回も思い出した。
階段を歩いて降りて、205号室に戻るまでずっと。
ふおおおおおおおおおっ!!