第17話 学園には二つの壁新聞があるんだぜ
コリンナちゃんにドン引きされましたな。
うう。
だが、正直に言う訳にもいかんのですよ。
将来的には、いろんな人に布教して、この目の前に広がる腐女子坂へ一緒に駆け上がる気はあるのですが、いまはまだまだ、時期尚早。
大丈夫大丈夫、ホモが嫌いな女子はいないんですから。
中期目標としては、同人誌の生産かなあ。
植物紙は出てきたし、あとはオフセット印刷機かあ。
うむ、なんだか、ものすごく遠い気がしてきた。
秘密の肉筆回覧誌でも作るかな、墨汁一滴だ。
(墨汁一滴:石ノ森章太郎先生が発行した肉筆回覧誌。ちなみに生原稿を綴じて本にするのが肉筆回覧誌で、その性質上、一冊しか存在しない)
最初からハードなベットシーンとか入れると令嬢どもをドン引きさせちゃうから、こう、男同士の友情から一歩踏み込んだ恋愛感情ぐらいで押さえてですな、徐々に様子を見てレベルアップさせていく感じで。
クライマックスは、チューだね、チュー、イケメン同士のチュー。こいつで、何も知らない令嬢を胸熱にさせて、沼に引きずりこむって寸法ですよ、うん。
しかし、私が死んだ時に描いていたのは、カーチス兄ちゃん×ジェラルド本ですよ。
はははは、まさか、本人と異世界で会うとは思いもしませんでした。
時々、カーチス兄ちゃんの顔を見るのが面はゆいぜ。
そんな事を考えながら登校していたら、入口の向かいの壁に人混みが……。
また、何か、またトラブルでもあったのかな?
と、思ったけど、人混みの前に人は居ない。
そして、壁になにやら大きな紙が貼ってある。
なになに?
『魔法学園新報:今年期待の新入生!! あの黒豹マイケル卿を一撃で葬り去る、暴れん坊聖女候補! 金的令嬢ことマコト・キンボール男爵令嬢特集!!』
ちょっとまてや、なんで、本人に無断で壁新聞の記事にしてんだよっ!
しかも二枚も。
あれ、よく読むと、二枚目は記事が違う。
魔法学園新報と書いてある方は、誇張はあるけど、大筋は正しく、かといって、私寄りという訳でもない中立的なかんじだな。カロルの件も、プライバシーに配慮して、ぼかして書いているし。文章力もあって読ませる良い記事だなあ。
かたや、新貴族速報と書いてある方は、今朝のメリッサ嬢の認識のような、私を悪鬼令嬢で、はしたなく、堕落した偽聖女、思い上がったレズビアンのパン屋の娘として全力攻撃で書いてある。
カロルの件も、面白おかしく、彼女が誘惑したから悪漢が来たみたいな書き方だ。
文章も、二ちゃんのまとめサイトのようで品位がないよなあ。
くそ、新貴族速報、許さんぞ。
なんなら、教会の最悪戦力のリンダさんを、けしかけてやっても良いんだぜ。
「しかし、なんで、壁新聞が二つあるんだろ」
「新報は公式な新聞部の物で、速報は上位貴族有志の物だ」
「そうか、速報はC組の暇つぶしで作られているのか」
「ふっ、言い得て妙だな、聖女候補」
隣で偉そうに腕組みしているメガネが、勝手に情報を教えてきたが、よく見ると、ジェラルドだった。
ゲームでも偉そうだが、現実で見るとますます偉そうだな。
「な、なぜ、嫌な物を見たという顔で僕を見るのだっ、失礼だぞ、キンボール嬢っ!」
「あ、ごめん、ちょっとね」
そうそう、私が、ゲームの陰険メガネのジェラルドが嫌いだからって、現実ではまだ迷惑かけられていないんだから、しかめっ面をするのは失礼だったな。
このくそメガネはジェラルドといって、攻略対象者の一人だ。
ケビン第一王子の好感度がある程度上がると、勝手に出てくる。
こいつが、もー、小言小言で、ウザい事しか言わないのだ。
やれ「貴君は王子とお付き合いするには品位がたりない」とか、「君は一国の王子に気安いのではないか」とか、「勉強も出来ない者は遊ぶ資格はない」などとグチグチグチグチ言ってくる。
ヒカソラファンの間で、ついたあだ名が「陰険メガネ」である。
そんな小姑な彼も、主人公との好感度があがると、くるっと手のひらを返す。
あんだけイヤミを言っていた相手に「あなたは、僕がみこんだ通りのすばらしい人だ」だの、「ああ、あなたの慈愛はさすがは聖女といわざるを得ないよ」とか、「君の隣で笑える王子が正直妬ましくもある、ああ、なぜ僕は宰相の息子なのだろうか」などと、寝言を言い始めるのだ。
おまえ、最初の方と言ってた事と、全然ちがうやんかーっ!
ジェラルドルートになると、奴お得意の政治陰謀戦で敵を罠にはめて圧勝、公爵家を滅ぼし、ビビアン嬢を孤島の修道院へ送る。ジェラルドと主人公は、公爵位を叙爵して、ポッティンジャー領を領地として貰い、再建して、幾久しく王国の発展に尽力しつづけるのである。だそうだ。
けっ。
私はジェラルドと将来幸せにやってく自信がまったく生まれなかったね。
手のひらくるっくるでさあ。
ツンデレで可愛いのよって言ってた友達もいたけどなあ、私は駄目だったなあ。
というのは、乙女ゲームでの感想であって、BLのジャンルになると、奴はインテリなんで、けっこう使い勝手が良い。
前世のヒカソラの同人ジャンルでは、カーチス兄ちゃん×ジェラルドが流行ってたなあ。
野生的なカーチス兄ちゃんに、惹かれて行く知性的なジェラルド。
自らの想いを隠して、カーチス兄ちゃんの失敗を口汚くののしったジェラルドは、逆上した彼に性的に襲われてしまう。
野獣のようにボーイズラブの限りをつくすカーチス兄ちゃんに、最初は反発していたジェラルドなのだが、官能の嵐の前に、胸の奥に密やかな喜びが……。
僕が本当に望んでいたのは……。
というのが、描きかけていた私の本であった。
いまでもネーム覚えているから描けるぜー、だれか、パソコンとクリップスタジオEXを持ってきてくれ。
あと、ペンタブとプリンターと電源。
「……あっ、はじめまして、私はキンボール男爵家のマコトと申します、お見知りおきを、マクナイト様」
「ジェラルドでいい、どうせ、敬語はつかわないのだろう」
「……いえ、侯爵家のお方に恐れ多い、お戯れはおよしになってくださいましね」
「い、いつもは、はすっぱで下品な言葉遣いではないか、なぜ僕にだけ、そんなにかしこまるんだっ」
「まあ、淑女として、初対面のお方に、そのような言葉遣いはできませんわ、おほほほほ」
「エルマー卿とも、カーチス卿とも、ため口ではないかっ、嘘をつくんじゃないっ」
「あらあら、みなさまに注目されてますわよ、マクナイト様。そのように声を荒げられては、私、怖くて泣いてしまいそうですわ」
ジェラルドを敬語でからかっていると、回りの群衆が、私たち二人に注目しはじめた。
「なんだ、普通の令嬢らしい、礼儀正しい対応もできるんだ」
「人によって切り替えているみたいだね」
「かしこまると、元の素材が良いから、楚々とした素晴らしい令嬢に見えるねえ」
ジェラルドの広めのデコに青筋がうかんでおるな。
けけけ。
「ふ、普通にしたまえよ、キンボール嬢」
「正直にもうしあげてもよろしいかしら、マクナイト様」
「なんだねっ」
「私のため口は親しい人にしか使わないよう心がけておりますの。マクナイト様に丁寧に対応させていただいているのは、そういう事ですのよ」
意訳:おめえなんかと親しくする気もないから、だまっとけ。
「ぐぐっ」
ジェラルドの顔が怒りで赤黒く染まりましたですわ。
「すごいな、礼儀正しいように見えるだけで、心がこもってない分、過剰に失礼だ」
「礼儀的には正しいから、なんら問題はない、だが、彼女にああ言われると、言われた方はとてもむかつく。すごい攻撃だな、さすがは金的令嬢」
サスキン頂きました。
ふっと、ジェラルドが力を抜いた。
「まあいい、君はそうやって、気ままに暴れ回るのだろう、大神殿が後ろについてるということは、身分としては、小国の姫君と同等だ。多少の無礼なら文句を言う者もいまい」
えっ、そうなの?
「なんだ、その顔はっ、まさか気がついて無かったのかっ」
「うん」
はあ、とため息をついて、ジェラルドは頭を抱えた。
「聖心教は我が国の国教だ、多大な信者の数、巨額の資金の流れの太さ、聖堂騎士団をはじめとする膨大な武力、しかも、国外にも多数の信者、資金、教会組織を持つ。言ってみればアップルトン王国国内にある、別の小さな国だ。その頂点に立ち、女王として君臨する予定の姫君が、聖女候補である、君だ」
「おお、そうだったのか、私、えらーい」
「君を見ていると、馬鹿なのか、利口なのか、わからんな」
「私は、あんまり利口ではないんじゃないかな」
ふむ、確かに、斬新な視点だね。
そう考えると、上位貴族が私に変に寛容なのも解るな。
教会の後ろ盾ってチートだなあ。
さすがはジェラルドだ。
憧れもしびれもしないけどさ。
「ふん、少しは僕に興味を持ってくれたようだな。たしかにため口をきかれると、その、ほんのすこし嬉しい気がする」
「そんなもんかな」
「天然自然にやっているから、邪気を感じないのだろうな、男性の気をひくために、作為的にため口をたたいていたら、それはそれは見苦しい印象だったろう」
ジェラルドは流れるように分析するなあ。
さすが、攻略対象者一の陰謀専門家だ。
いわば、政治闘争オタクだな。
「じゃあ、今後ともよろしくジェラルド。だけど、あんま近寄ってくんなよ、王家派閥の奴が、聖女派閥に近づくと、どっかの別の派閥が緊張するから」
「ふむ、意外に状況が見えてはいるようだな。感心した。いいだろう、君との接触は最低限にしよう」
「こっちへの接触は、私に、ちょこちょこ、ちょっかいをかけてくる、王家派閥の奴にさせれば良いと思うな」
「キンボール嬢にちょっかい? ……あっ! ぷっ、うぷぷぷぷっ」
おお、珍しい、ジェラルドが吹き出した所なんか見たことないや。
口を手で押さえて肩をゆらして、くくくと笑っておる。
「不敬だなあ、君たちは」
あ、私に、ちょこちょこ、ちょっかいをかけてくる、ケビン第一王子が人混みから出て来た。
にげろっ。
「それでは、私は教室にむかいますわ、おほほほほほ」
「まったく、キンボール嬢はフリーダムだなあ」
ケビン王子のあきれたような声が、私を追いかけてきたが、知らぬっ。