第174話 諜報メイドは夜中の学園で暗躍する(ダルシー視点)③
ヒュウンッと、夜が鳴きました。
アンジェリカの鞭が宙を斬る音です。
私は、右手の重量を重拳で軽くして、感覚器のようにして使います。
鞭が空気を斬る圧が、軽くした手を押し、薄暗い月明かりの中での方向を知らせてくれます。
アンジェリカの武器は長鞭です。
身の丈の二倍ほどもある鞭を縦横無尽に使います。
鞭の表面はうろこ状になっていて、当たれば肉を引きちぎっていくのです。
その痛みは三発で人生を諦めるほどだといいます。
森の中の腐葉土を蹴って高速で移動します。
体重は半分ほどに減らしてあります。
アンジェリカが目をすがめてこちらを見るのです。
夜の闇は平等に私たちの視界をふさぎます。
パアンッ、パアンッ!!
鞭が私を捉えようと襲いかかりますが、そこにはもう私はいません。
間合いを半分、私が詰めました。
ととっと、アンジェリカが下がります。
シュッと音がして、私の頭上でアンジェリカの鞭が変化してまっすぐ降りてきました。
残念、そこにも私はいません。
高速で横にすかしました。
アンジェリカは舌打ちをします。
いけませんよ、メイドが舌打ちなんかしては。
あと半歩で重拳の間合いに入る、瞬間に私は振り返り、鞭を迎撃します。
アンジェリカがひゅっと息をのむのを後ろ頭で感じました。
追ってきた鞭を上から平手で叩くのは楽な作業です。
ズン。
重さを加えられた鞭の先が腐葉土に食い込みます。
私は振り返り、アンジェリカに向けてにやりと笑います。
「な、なによっ、まだ終わっていないわっ!」
「続けてもいいですけど」
先だけに三倍近い重量を掛けられた鞭を振り回す事ができたなら、ですけどね。
力任せに振り回そうとしたアンジェリカがバランスを崩しました。
「勝者ダルシー。敗者アンジェリカは見習いのまま」
「ま、まだ戦えるわっ! 接近戦に持ち込めばっ」
マルゴットが呆れたような顔をアンジェリカに向けました。
「拳の奴と接近戦? あなたは頭がどうかしてるんじゃない?」
「くっ! なんて奴っ、里ではこんな事できなかったのにっ!」
「相性が悪かったわね、長鞭じゃなければもう少し戦えたでしょうに」
「そ、そうよ、武器の相性が悪かっただけよ、覚えておきなさいっ、ダルシーっ!!」
「はいはい、アンジェリカも腕を上げたわね、鞭の速度がすごく速くなってるわ」
「ふ、ふん、褒めたって何にも出ないんだからねっ」
相変わらす、アンジェリカは解りやすい子です。
彼女は、口では生意気な事を言うけど、根が素直なので、先輩や、教官にかわいがられておりました。
『緊急速報:現在学園の西側の外壁を賊が越えました。脅威度はC、盗賊とみられます』
耳元で耳長さんの甘いささやき声がしました。
「マルゴット、西側で盗賊が侵入」
私はそのまま、マルゴットに伝えます。
彼女はおやと眉を上げ、そのままニタリと笑います。
「おやおやおや、学園に忍び込んで盗難を働こうとは、物知らずな盗賊さんだこと。みんな、行きますよ」
「「「「「かしこまりました、メイド長」」」」」
諜報メイドが音も鳴く森の中を駆けて行きます。
さすがは王国一の学園に集う諜報メイド達です。
練度という物が違いますね。
私は自分に重拳を掛けて空を行きます。
さえざえと光る満月だけが私の道連れです。
西側の外壁が遠く見えてきました。
小さく、二人の盗賊がロープを伝って降りてくる所でした。
「へへっ、難攻不落の魔法学園だっていってもたいしたことねえじゃねえか」
「まったくですね、兄貴、さっさと金目の物と、女生徒をいただいちまいましょうぜ」
「ああ、まったくだ、女生徒を犯して実家から金をひっぱろうぜ、なあ」
「たまりませんね、げははは」
私が着地するのと、マルゴットが弟分を、洗濯ロープでくびり殺すのが同時でした。
「な、なんだ、おまえ……」
アンヌが冷たい目で兄貴分をナイフで刺殺しました。
悲鳴も上げず、ズタ袋のように兄貴分は地面にくずれおちます。
七人の諜報メイドは冷たい目で地面に転がった二つの死骸を見ています。
「こいつらどこから?」
「さあ? 服装的には貧民街の住人ですが」
「しまったわ、ウザい事を言ってたからカッとなって二人とも殺しちゃった。しっぱいしっぱい」
マルゴットがぺろっと舌を出してお茶目感を出してますが、死骸を踏みつけていては台無しです。
『カラス横町のゴロツキです。侵入前に町の仲間が驚くぞとのんきな事を言っていました』
さすが、耳長さんは優秀です。
「マルゴット、カラス横町からのようです」
「ふーん、そう、ミラン、悪いけど、首にして」
「はい……」
ミランという国王派のメイドは剣客です。
スカートの下からくの字に曲がった蛮刀を出して、二人の盗賊の首を落としました。
「アンジェリカ、悪いけど、カラス横町の門扉にこの首を飾ってきて~」
「わ、私は王都に来たばかりで……」
「私がつきあおう、アンジェリカ」
「え、あ、その悪いな、ダルシー」
「気にしないで、そのかわりに公爵家の現在の体制を教えてくれればいいわ」
「ちっ、ただじゃないか、しょうがない。わかった」
アンヌが亜麻袋を出して、首を包んでアンジェリカに渡した。
アンジェリカが首を二つ肩に吊した。
「さ、行こうか、ダルシー、道々愚痴を聞いてもらうよ」
「愚痴はいらないわ、情報よ」
「情報なんかないよ、愚痴だけ」
やれやれ、公爵家の内情は未だにぐたぐたらしいですね。