第173話 諜報メイドは夜中の学園で暗躍する(ダルシー視点)②
お二人は205号室へお帰りになりました。
さて、私も仮眠をいたしましょう。
私は207号室へ向かいました。
鍵でドアを開けて、静かに207号室へ入ります。
ラクロス部の皆さんはすやすやとお眠りになっています。
ミリアナさまのベットのカーテンが開いて、彼女の腕がお布団から出ておりました。
お布団を直して、カーテンを閉めます。
このお部屋の三人は二年生でラクロス部で活躍なさっている活発な令嬢さまがたでございます。
これまで付き合った事が無い感じの方々で、楽天的で開放的な、とても素敵なご令嬢さまがたです。
このお方がたから頂いたハンカチは、私の一生の宝物です。
私は、寝間着に着替えて下段のベットに体を滑り込ませました。
おやすみなさい。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
目を覚ましました。
時計を見ると、夜光塗料が深夜零時を指しています。
音を立てないように、ベットを抜け出し、新しいメイド服をチェストから出して着ます。
よし。
音を立てずにドアを開き、静かになった女子寮の廊下を行きます。
目指すは学園の裏庭の森です。
重拳を体に当てて体重を軽くして素早く歩きます。
階段の踊り場の窓を開けて、空中に身を躍らせます。
ああ、今日は満月、月が怖いぐらいにさえざえと光っております。
ふわっと重力操作で着地し、そのまま地を蹴って空中を飛びます。
この特技のおかげで高速移動が出来て、幾多の危機を乗り越える事ができました。
マコトさまを悪辣な公爵家の騎士団からもお救いできました。
重拳があるからこそ、私のような他の技術が未熟なメイドがマコトさまのそばにいられるのです。
学園の裏庭の森には、先に何人か気配があります。
私はアンヌを気配の中から見つけて近寄りました。
アンヌは黙ってうなずきます。
彼女とはメイドの里の同期で、いつも成績優秀なアンヌを仰ぎ見ていた物です。
なにか思う事があるらしく、彼女は全ての訓練に全力で励んでいて、その頑張りにいつも憧れを抱いていました。
アンヌはメイドの里で首席を取り、王家のスカウトを蹴って、元のご主人たるオルブライト伯爵家に戻って行きました。
お互い色々な経験を経た後に、また肩を並べて戦う事になるとは思いもしませんでしたね。
月明かりの下に、メイドが六人たたずんでおります。
通称、猫の集会です。
諜報メイドが日曜の夜に集まって、勝負をしたり、情報交換をする場ですね。
国王派閥の諜報メイドが四人、聖女派閥の諜報メイドが二人ですね。
猫の集会のメイド長、マルゴットの奴が、大石の上で猫のように丸くなってニヤニヤ笑っていやがります。
なんで、あんな怠惰な奴が、よりにもよってマコトさまと同室なのでしょうか。
理不尽でなりません。
ジャリと土を鳴らしてアンジェリカが現れました。
これで、七人、現在学園にいる諜報メイドが全て猫の集会に集まりました。
あと二人、学園には諜報メイドがいるのですが、二年生の迷宮実習旅行に付き添って不在です。
「全員参加とはめずらしいわね、なにか報告のある人はいるかしら?」
マルゴットの問いかけに、諜報メイドたちは口をつぐみます。
各派で、何か情報共有をしたい場合にここを使うのですが、毎回特に報告はないものです。
「アンジェリカよ、自己紹介しておくわ、ポッティンジャー公爵家派よ」
「知ってるわ、ようこそアンジェリカ、私がこの集会のメイド長、マルゴットよ」
「あんたが……、不遜のマルゴット……」
「古い二つ名だわ」
そう言ってマルゴットは薄く笑います。
「さっそくだけど、階級闘争を申し込むわマルゴットっ!」
そう言って、アンジェリカは腰から鞭を取って構えました。
「まあまあ、あんたは来たばかりだから見習いメイドよ、メイド長への挑戦権はないわよ」
「くっ! この私が見習いメイド!」
「だれでも新しい職場では見習いよ。一般メイドを三人倒したら、一流メイドよ、メイド長に挑戦出来るのはそこからね」
「ダルシーは何メイドなの?」
「ダルシーは一流よ、この前シンシアを下したからね」
「じゃあ、ダルシーを倒したら、一流ねっ!」
「倒せたらね、ダルシー、やってみる?」
マルゴットが面白がるようにこちらを見ました。
やりましょうとも。
「アンジェリカとは久しぶりです、やりましょう」
私は前に出ました。
「面白いわね、では、ダルシー対アンジェリカの階級闘争を始めます。両者死力を尽くして相手を打倒してください、致命傷を入れた場合は負けです。階級闘争ですからね」
階級闘争というのは、猫の集会の順列を決めるための模擬戦です。
死力を尽くして相手を打倒するが、怪我をさせるのは御法度なのです。
戦闘技術が物を言うので、私にとってはかなり有利な制度です。
とはいえ、マルゴットには何度かかっても勝てないのですけどね。
「メイドの里での恨みを晴らさせてもらうわよ」
「やってみなさい、泣き虫アンジェリカ」
「言ったなあっ」
すぐ頭に血が上るのが、アンジェリカの欠点ですね。
諜報メイド達が私たちを囲うように立ちます。
アンジェリカの気合いは十分のようです。
私も革手袋を直して、ファイティングポーズを取ります。
「それでは、階級闘争、はじめっ!!」
メイド長たるマルゴットが仕合開始の合図を発しました。