第169話 観劇の帰りにマイルズさんをこらしめる
カロルがボロボロ泣いている。
こ、困ったなあ。
「ん、カロル、胸を貸してあげるよ」
「あ、ありがとう、マコト」
カロルが私の胸に顔を押しつけ泣いている。
私は胸がほっこりして、カロルの頭をなでなでした。
「なんでそんなに悲しいの?」
「な、なんか、すごく、昔を、思い出しちゃって、ごめんね……」
「いいよいいよ、泣きたい時は泣こうよ」
「うん、ありがとう、ごめんね……」
カロルの涙が私の胸をぬらしていく。
色々と辛いことがあったんだろうなあ。
お芝居の流れで過去の記憶が戻ってきたのか。
劇団の皆がカーテンコールで挨拶をしている間、カロルは私の胸で泣いていた。
ああ、そうか、そうか。
女神様がなんで腐女子の私をこの世界に呼んだのか、解った気がする。
カロルを救うためなんだろうなあ。
処女の潔癖症の子が送られてきたら、悪漢に乱暴されたカロルを軽蔑してたかもしれない。
私は性経験は無いけど、腐女子で性知識も豊富だからね。
カロル、もうちょっと世界が近代になったら、処女性とかは、あまり問題にされないからさ。
だから大丈夫。
世界がカロルを排除しようとしても、近代になるまで、ずっと私があなたのそばにいて支えてあげるよ。
大丈夫大丈夫。
私はそんな事を考えて、泣くカロルの頭をなで続けた。
よしよし、よしよし。
「ありがとう、私は学園でマコトに出会えて、良かったわ」
「私も、カロルに出会えて嬉しかったよ。おたがいさまだよ」
「うん」
カロルはそう言って、顔を私の胸から離して、笑った。
ああ、カロルの笑顔は可愛いなあ。
チューしたいなと思ったが、劇団の挨拶も終わり、あたりが明るくなったので、ちょっと無理であったよ。
観客が帰り始めた。
私たちも席を立って、人の流れにそって歩く。
なんだか良い映画を見た後の開放感みたいな感じが胸に宿っている。
「面白かったね」
「そうね、すごく感動したわ。ごめんね泣いちゃって」
「いいっていいって。気にしないでよ親友なんだから」
「ありがとうマコト」
劇場を出て、街を歩く。
もうすっかり夕方で空が赤い。
「さあ、学園に帰ろうか」
「うん、誘ってくれてありがとうマコト」
「なんのなんの、楽しかったねカロル」
「お芝居をなめてたわ。こんなに心を揺すぶられるとは思わなかったわ。オルブライト領にも劇場を建てようかな」
「お、良いですねえ、文化振興だね」
「演劇の勉強をして、何が必要なのか調べないとね」
「がんばって」
私たちは夕暮れの街を喋りながら並んで歩く。
足取りは軽く、心はポンポンと跳ねている。
また、カロルとお芝居を観にいきたいな。
王都のお芝居は季節ごとに変わっていく。
それぞれ、攻略対象者によって好むジャンルの演劇があるのだが、まあ、私には関係がないや。
恋よりも、親友との交流の方がずっと大事だ。
うんうん。
私たちが大神殿の前までくると、王都中央広場の方から、品の良い紳士が沢山のヤクザ者に追いかけられてこちらへやってきた。
「はわわはわわ、た、助けてくださいっ、聖女マコトさまあっ!!」
「だ、誰?」
「そいつですよっ! 聖女さんっ! あんたを拐かすように依頼した奴はっ!!」
お前は、誠実な不良の一人ではないか。
「助けてください、助けてくださいっ、皆が怒って私に乱暴をしようとっ」
「俺らを騙して、聖女さんを襲うように言った落とし前を付けろって言ってるんだっ!!」
「そうだそうだっ!! 聖堂騎士に組をぶっ潰される所だったぞっ!!」
身なりの良い紳士は顔をゆがめて、ぺこぺこと私に頭を下げる。
「お許し下さいっ、どうか、どうかっ、この者たちを鎮めてください」
「えー」
さすがに気が進まないが、この紳士が怒り狂ったヤクザの群れにボコられたら死んでしまうかもね。
「お名前は?」
「そ、それは、そのっ」
「きちんと白状しろやっ!!」
「この野郎、この後に及んでっ!!」
「だまれ、おまいら」
「「「「へいっ!」」」」
ヤクザ集団はかしこまった。
こいつらは観劇の前に絡んできた組のやつらだな。
「名乗りもしない奴は助けないけど」
「ワ、ワイエス家の家令のマイルズと申します。お、お助けくださいっ」
やっぱりデボラ嬢のお家の人かあ。
どうしようかな。
「人を拐かすようにヤクザに依頼するような人を助ける事ないわよ、マコト」
カロルが珍しく、ぷりぷり怒りながらそう言った。
「本当に反省しております、申し訳ありません、もうしませんっ」
「申し訳ありませんで済んだら、警邏の役人はいらねえんだよっ!」
「そうだなあ。じゃあ、ワイエス家として、謝罪の文を王都広場の掲示板に貼ってくれるかな」
「そ、それは、その、当主と相談してみませんと、そのっ」
「タウンハウスの家令ならば、それくらいの権限はあるよね」
「は、はい、ですが、その」
「デボラさんも解ってくれるよ、大丈夫大丈夫」
「そ、そうでしょうか、こんな、家名を貶めるような行為を……」
「彼女が計画したんだから、しょうがないよ」
「そ、そうですが、はっ!」
マイルズさんは、はっとして口を押さえた。
まったく、家令さんも頭が回らないな、あの家は。
「デボラさんが文句を言ってきたら、聖女候補生がタウンハウスに聖戦かけるって脅かしてきたって言いなさい」
「は、はいっ!」
「実際に掛けてはいけませんか? マコトさま」
いつ出てきやがった、リンダさん。
君は諜報メイドか。
まあ、大神殿の前だしなあ。
いつの間にか、私とカロルを守るように、聖堂騎士が包囲しておるよ。
「そ、それはやめて下さい、おねがいしますっ、おねがいしますっ」
「だけど、あんた、うちの聖女様にそいつらを金でけしかけたんでしょう。タウンハウスが更地になるぐらいの覚悟はしてたはずだよなあ」
「やめなさい、リンダさん。コワイから」
マイルズさんがリンダさんの殺気で気絶寸前だよ。
「王都広場に、明日の昼までに謝罪状を張って下さい。あとまあ、マイルズさんが責任をとって、道化師の格好をして、特産のゆで卵でも広場で配ってくださいな」
「そ、そんなっ! 屈辱的なっ!!」
「マコトさま、こいつは、更地の方が良いと言ってますよ」
「やります、やりますから、お許しくださいっ!!」
ついにマイルズさんは泣き出した。
「みんなもそれで良いかな?」
「おーう、俺たちは、聖女さんがそれで良いなら良いぜ」
「まったく、賠償金も取れる案件なのによう、聖女さんは慈悲深いぜ」
「偉いな、やっぱり、あんたは」
ヤクザさんたちの了解を取ったので、この解決方でいこう。
「では、一件落着でっ」
「「「「おーっ!」」」
歓声と共に拍手が巻き起こった。
「では、謝罪状とゆで卵配布は私たちが責任を持って、こいつにやらせますね」
あーあ、リンダさんがマイルズさんを威圧した。
マイルズさんは泣いた。
一件落着!




