第168話 演劇、氷結湖悲歎を見るぞ
うっとうしいヤクザどもを追っ払った後、私とカロルは劇場までの道を歩く。
王都中央劇場。
ここだここだ。
大きいなあ、ここは初めて来るよ。
観劇は人生で三回目かな、男爵家のブラッド義兄様が年に一回ぐらい連れてきてくれてたんだな。
その後、たいていは高級レストランで夕食をおごってくれた。
ブラッド義兄様は、気前が良いイケメンなのだな。
綺麗な男爵家のご令嬢の彼女さんもいて、秋には結婚だそうな。
なによりです。
入場係のお兄さんに木札を渡す。
ポンと赤いスタンプを押してくれて、木札は帰ってくる。
「案内係がお席にご案内いたします」
そう言うと、格好いいハンチング姿の女性の案内係の人が私たちを先導していく。
大きくて綺麗な劇場だね。
ホールの手前には紳士淑女がたまっていておしゃべりをしているな。
こういう所でも社交をするんだね。
このクラスの大劇場は貴族か大金持ち以外は入場できない、庶民はもっと小さくて切符の安い劇場にいくんだよ。
「シャルロットさま、お待ちになって~」
「はやく行くのですわベレンヌさま、お芝居がはじまりましてよ~」
二人組のご令嬢が急いでホールの中に入っていった。
「もう始まるの?」
「まだ少し時間がありますよ」
なんだ、ビックリした、二人のご令嬢が慌ててただけか。
私たちもホールの中に入る。
おー、高級映画館みたいだね。
まあ、映画館が昔の劇場を踏襲してるのだけれどさ。
案内係の人に、席まで案内してもらう。
割と真ん中の良い席だな。
ダルシーでかした。
カロルと並んで座ると、だんだんと席が埋まっていき、楽団が所定の位置について、客席が暗くなり、お芝居が始まった。
ハゲた恰幅の良い燕尾服のおっちゃんが出てきてこちらにぺこりと頭を下げた。
「さて、ご来場の皆さん、今日の出し物は『氷結湖悲歎』です。王都の皆様を感涙の極地に運ぶ悲恋の物語であります。どうぞ最後までごゆっくりごらんください」
そう言って、座長さん、かな? のおじさんは舞台の袖に引っ込んだ。
緞帳が上がって、お芝居が始まった。
『氷結湖悲歎』のあらすじはこうだ。
伯爵令嬢のグレースは北方のレタン湖畔の領地で生まれ育った。
彼女はとても活発な少女で、冬に氷結湖の上で遊んでいて、氷が割れ水中に没してしまう。
命の危機を救ったのは、森の狩人ヨエルであった。
狩人ヨエルがこの劇のヒーローなんだね。
役者さんもイケメンで、緑のタイツを履いて、とてもイケボであるよ。
グレースお嬢様もとても綺麗で良い感じ、金髪碧眼で北方っぽい美人だな。
窮地を救われたグレース嬢と狩人ヨエルの恋が始まる。
春の森へ遊びに行き、ヨエルとアウトドアを楽しむグレースお嬢様。
二人の恋はだんだんと盛り上がっていく。
さすがに、森番と伯爵令嬢の恋が実る訳もなく、二人とも別れは予感していたが、それでも燃え上がる気持ちに嘘はつけない。
さて、三幕目から、悪役家令イサクが登場、太って憎々しいぞ。
彼はお嬢様のため、お嬢様のためと言って、二人の恋路の邪魔をする。
イサクの娘、メイドのマーヤは同情的で、二人の逢瀬を援助したりする。
三幕目は大体、この四人が舞台上で活躍して、邪魔をしたり、出し抜いたりとハラハラする展開になるよ。
三幕目が終わると休憩だ。
「ふー、面白いねえ」
「そうねえ、良く出来てるわ、メイドさんの動きもプロっぽいね」
「うんうん、マーヤ可愛い。二人の恋の行方はどうなるのかなあ」
「悲恋物っていうから心配よね」
森の狩人と伯爵令嬢の身分差はもの凄いからなあ。
庶民と貴族の差は激しいというか、ほとんど違う民族みたいに距離がある。
心配だなあ。
四幕目が始まる。
急展開だ。
イサクの罠にはまった狩人ヨエルは国王の禁猟地での狩りをした事で処刑されてしまう。
えーーーっ!
捕まって即処刑ですよ。
処刑シーンの瞬間、観客席がどよめいたですよ。
普通、捕まったらグレースとマーヤが助けるでしょうに、それも無し。
なんでー?
グレースはイサクを憎み、ナイフを持って執務室で彼を襲う。
ナイフが刺さる瞬間、イサクの身代わりに刺されたのはマーヤであった。
「お嬢様、父を許して下さい、ヨエルは私の腹違いの兄なのです」
「なんですってっ、マーヤ、しっかりしなさいっ」
介抱もむなしく、マーヤは死んでしまう。
イサクは泣きながらグレースに打ち明ける、ヨエルはグレースの負担になっている事に悩んで居たこと、そして、自ら罠に掛かり死んで行った事。
そして、自分もグレースの手に掛かり死ぬつもりだったこと。
「お嬢様、時に愛は人を殺す毒になるのです。さあ、私もマーヤとヨエルの元に送ってください」
イサクは悪役に見えたが、本当は真にグレースと伯爵領の事を考えていた義人だったのだ。
グレースは涙をふいてナイフを鞘に収める。
「イサク、あなたが死ぬ事を私は許しません、死んで行った二人の分まで、伯爵領に仕えなさい、これは命令です」
お嬢様、と言って、イサクはグレースの足下にひざまづき、涙を流すのであった。
その後、グレースは婿も取らず、立派な女伯爵として、領地を治め、富ませたという。
そして、その傍らには、必ず老いたイサクが付き従っていたという。
あー、そうだったのかあ。
さすがに、この時代の演劇では、ヨエルとグレースが手と手を取って駆け落ちはできないわなあ。
悲しい結末だけど、なんだか、心に来るなあ。
イサクは悪役を演じていただけの忠臣なんだよなあ。
かっこいいよなあ。
視界が潤んで、涙がこぼれたよ。
あちこちからすすり泣きの声が聞こえてきた。
ふと、カロルの方を見ると……。
うわあっ、ぼろぼろとガン泣きしてるぅ~!!!
どどど、どうしたーっ!!