第16話 諜報力不足の子爵令嬢メリッサが現れた
朝である。
今日もまた、朝食はまずいポリッジである。
もはや、これは、なにかの修行だなあ。
まずいまずい。
ひたすらまずい。
向かいに座っているコリンナちゃんもしかめっ面だ。
ポリッジをいやいや処理していたら、隣に誰かが座った。
青いドレスを着た、勝ち気そうな銀髪のご令嬢だ。
「昨日は、うちのメイドが世話になったわね、パン屋の娘さん」
「あ、これはご丁寧に、恐れ入ります」
私はご令嬢に向けて、頭を下げた。
カリーナさんの雇い主の、子爵令嬢メリッサ・アンドレア様だな。
「あなたのお家のパンは、とても美味しいのね、褒めてあげるわ」
「ありがとうございます。子爵さまのお嬢様にお褒めにあずかるだなんて、家族が泣いてよろこびます」
「ふっ、そうでしょうね、平民のパン屋が、子爵に連なる者に直々に褒められるなんて、滅多に無い事よね」
よせやい。ひよこ堂には、学生だった頃の国王陛下の書状だって飾ってあんだぜ。
『ひよこ堂の店内では、身分を振りかざし列に横入することを堅く禁ずる』ってな。
皇太子時代の陛下が、学園の生徒が店の中で頻繁にトラブルを起こすのを見て、一筆、書いてやろうと、くれた物だ。
それ以来、地位を振りかざして列に横入する奴は激減した。
「本当にありがとうございます」
「それでね、すこしお願いがあるのだけど、カリーナを毎日校外に出すのは大変なのよ。一日一回、パンを寮まで配達してくれないかしら」
「ええ、構いませんよ、欲しいパンがあれば、私が兄に知らせて配達させます」
「そう、あなた、気が利くわね、気に入ったわ、ひいきしてあげるわよ、ありがたく思いなさいな」
「はい、嬉しいです。ありがとうございます」
配達実績があれば、学園内にある食堂からの注文もくるかもね。
地道に実家のパン屋の営業に、いそしむ私であるのだ。
「本当に、ここの食堂はまずくてこまっちゃうわ、あなた、よくそんな豚の餌のような物が食べられるわね」
「平民にとっては、普通の食事でございますよ」
メリッサ嬢は、こちらを見て、見下したように嗤った。
「ところで、この女子寮に聖女候補さまがいるらしいの、あなた何か知らないかしら」
「……、さ、さあ?」
「おかわいそうに、養子先が男爵家になったせいで、聖女候補というのに、下級貴族扱いで、下層の部屋にいるらしいわ。きっと、とてもご不自由で、お辛い気持ちを抱いてらっしゃるに違いないわ」
コリンナちゃんの肩が震えておる。
笑うなよ、絶対笑うなよっ。
「私の家はとても信仰心の厚い家系なの、だから、聖女候補さまに会ってお気持ちをお慰めしたいの。きっと喜んでいただけるわ。是非とも、私とご親友になりたいと思ってくれるでしょうね」
聖女候補的に、ノーサンキューでございますよ。メリッサ嬢。
「きっと、聖女候補さまは、おきれいで、おやさしくて、女神のような方なんだと思うの。そんな聖女候補さまと、ご親友になれれば、このつまらない学園も少しは楽しくなると思うのよ。だってこの学園、授業はつまらないし、ご飯は美味しくないし、なんだか、凶暴な、その、ふしだらな二つ名の令嬢もいるらしいのよ」
「さ、さようでございますか、ふしだらですか、コワイですね(棒)」
「入学式の前に、立派な紳士の二年生のお兄さまを卑怯な真似で辱めた、悪い悪い、悪鬼のような令嬢がいるらしいのよ、あなたも目を付けられないように気を付けなさいよ」
「そうなんですか、コワイですね(棒)」
「女子寮の歓迎晩餐会でも、その悪鬼令嬢が大暴れして、途中で中止になったと聞いたわ。なんだか、毒が入ってると給仕のメイドに難癖を付けて、注意した二年生のお姉さまを無礼にも大声で怒鳴りつけて、失神させたそうなの。あなた、その現場にいらしたかしら。私は家族で食事に行っていたから、見てないのよ」
君の諜報力の乏しさが怖いわ、大丈夫かアンドレア子爵家。
「なんだか、あなたとは気が合いそうだわ、パン屋の娘さん。そうだっ、私、アンドレア子爵家のメリッサが、あなたの後ろ盾になってあげても良くってよ。この学園には怖い人も多いのだし。子爵家の後ろ盾があれば、平民でも安心よねっ。もし聖女候補さまとお知り合いになれたら、あなたにも特別に紹介してあげても良いのよ。こんな厚遇、普通はありえないのだから、ありがたく思いなさいよねっ」
「は、はあ」
下々の者に情けをかける私は寛容ね、とか思ってるんだろうなあ。この子爵令嬢。
しかし、なんだか、ぐいぐい来るな、メリッサ嬢は友達が少ないのだろうかね。
「その必要は無いですよ、アンドレアさま、あなたの話に出てる聖女候補も、悪鬼令嬢も、全部こいつの事ですから」
コリンナーッ!!!!
ばらすんじゃねえですよっ!!
「は?」
メリッサ嬢は呆けた。
んもう。
「自己紹介がまだでしたね、アンドレア様。私は、キンボール男爵家のマコトと申します。平民の上がりの、聖女候補で、人は金的令嬢とも呼びます」
メリッサ嬢は、ぽかんと口を開けた。
そして、口を閉じると、みるみるうちに顔が真っ赤になった。
「あ、あなたっ、私を、だましたのねっ!!」
「自分で勝手に勘違いしておいて、その言い分は困りますよ」
メリッサ嬢は、ハンカチを取り出した。
そして、一方を噛むと引っ張り、口からキーーーッと超音波を発した。
なんですか、その一連の面白アクション。
「お、覚えておきなさいっ!! マコト・キンボールさまっ!! そのっ、ええと、そのっ、こ、これで勝ったとおもわない事ねっ!!」
様付けなのは、聖女候補さまと仲良くなりたかったのにー、という気持ちの表れなんだろうなあ。
メリッサ嬢は両手で真っ赤になった顔を隠すと、ととととと小走りで去っていった。
「アンドレアさま、パンの注文を兄に渡しますから、欲しいパンをメモに書いてカリーナさんに渡しておいてくださいね」
「わ、わかったわよっ! 馬鹿馬鹿、聖女候補さまの馬鹿ーっ」
子供かね、君は。
などと思いながら、走り去るメリッサ嬢を見送った。
コリンナちゃんは向かいの席で、ニマニマしながら、まずいまずいポリッジを食べておる。
「マコトってさ、嫌いな奴ほど口調が丁寧になるんだよね」
「嫌いってよりも、話が通じない感じの相手には慎重に丁寧にはなるよ」
「気に入った相手ほど、ぞんざいにため口だよね、カロリーヌ様とか」
「そうだねえ」
「へえ、じゃあさあ、マコトは、カーチス卿と、エルマー卿、どっちの方が好きなの?」
はあ? 何言ってる、このロリメガネは。
あの二人とは、好きとか嫌いとかの関係ではないのだがよう。
「あの二人とは、友情というか、同病相憐れむというかー」
「同病?」
「あの二人は、オタクじゃん、私もオタクだし」
「……、たしかに、あの二人は剣術オタクと魔術オタクだねえ、で、マコトは何のオタクなの?」
「……」
「ねえねえ、何のオタクなの?」
「……」
美少年同士のホモセックスを愛好妄想する、腐女子という種類の、業の深いオタクです……。
とは、い、言えないなあ。
し、しまったなあ、失言した。
コリンナちゃんが、私のオタク趣味について興味津々だな。
いや、だからといって、異世界の少女に、私の腐敗した趣味を理解して貰えるとは、とても思えない訳で。
こここ、困った困った。
「き、きちがい扱いされるから、い、言えません」
「……え? そ、そんなに酷い趣味のオタク……、 なの?」
私は黙ってうなずいた。
コリンナちゃんは目をそらした。
私は、空になった、まずいポリッジの器を見つめた。
「な、なんかごめん、マコト」
「う、うん、こっちこそ、ごめん、コリンナちゃん」
なんか、いたたまれない空気になったので、私はメリッサ嬢のように、両手で熱くなった顔を覆った。
ううっ、因果応報。