表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/1512

第16話 諜報力不足の子爵令嬢メリッサが現れた

 朝である。

 今日もまた、朝食はまずいポリッジである。

 もはや、これは、なにかの修行だなあ。

 まずいまずい。

 ひたすらまずい。

 向かいに座っているコリンナちゃんもしかめっ面だ。


 ポリッジをいやいや処理していたら、隣に誰かが座った。

 青いドレスを着た、勝ち気そうな銀髪のご令嬢だ。


「昨日は、うちのメイドが世話になったわね、パン屋の娘さん」

「あ、これはご丁寧に、恐れ入ります」


 私はご令嬢に向けて、頭を下げた。

 カリーナさんの雇い主の、子爵令嬢メリッサ・アンドレア様だな。


「あなたのお家のパンは、とても美味しいのね、褒めてあげるわ」

「ありがとうございます。子爵さまのお嬢様にお褒めにあずかるだなんて、家族が泣いてよろこびます」

「ふっ、そうでしょうね、平民のパン屋が、子爵に連なる者に直々に褒められるなんて、滅多に無い事よね」


 よせやい。ひよこ堂には、学生だった頃の国王陛下の書状だって飾ってあんだぜ。

『ひよこ堂の店内では、身分を振りかざし列に横入することを堅く禁ずる』ってな。

 皇太子時代の陛下が、学園の生徒が店の中で頻繁にトラブルを起こすのを見て、一筆、書いてやろうと、くれた物だ。

 それ以来、地位を振りかざして列に横入する奴は激減した。


「本当にありがとうございます」

「それでね、すこしお願いがあるのだけど、カリーナを毎日校外に出すのは大変なのよ。一日一回、パンを寮まで配達してくれないかしら」

「ええ、構いませんよ、欲しいパンがあれば、私が兄に知らせて配達させます」

「そう、あなた、気が利くわね、気に入ったわ、ひいきしてあげるわよ、ありがたく思いなさいな」

「はい、嬉しいです。ありがとうございます」


 配達実績があれば、学園内にある食堂からの注文もくるかもね。

 地道に実家のパン屋の営業に、いそしむ私であるのだ。


「本当に、ここの食堂はまずくてこまっちゃうわ、あなた、よくそんな豚の餌のような物が食べられるわね」

「平民にとっては、普通の食事でございますよ」


 メリッサ嬢は、こちらを見て、見下したように嗤った。


「ところで、この女子寮に聖女候補さまがいるらしいの、あなた何か知らないかしら」

「……、さ、さあ?」

「おかわいそうに、養子先が男爵家になったせいで、聖女候補というのに、下級貴族扱いで、下層の部屋にいるらしいわ。きっと、とてもご不自由で、お辛い気持ちを抱いてらっしゃるに違いないわ」


 コリンナちゃんの肩が震えておる。

 笑うなよ、絶対笑うなよっ。


「私の家はとても信仰心の厚い家系なの、だから、聖女候補さまに会ってお気持ちをお慰めしたいの。きっと喜んでいただけるわ。是非とも、私とご親友になりたいと思ってくれるでしょうね」


 聖女候補的に、ノーサンキューでございますよ。メリッサ嬢。


「きっと、聖女候補さまは、おきれいで、おやさしくて、女神のような方なんだと思うの。そんな聖女候補さまと、ご親友になれれば、このつまらない学園も少しは楽しくなると思うのよ。だってこの学園、授業はつまらないし、ご飯は美味しくないし、なんだか、凶暴な、その、ふしだらな二つ名の令嬢もいるらしいのよ」

「さ、さようでございますか、ふしだらですか、コワイですね(棒)」

「入学式の前に、立派な紳士の二年生のお兄さまを卑怯な真似で辱めた、悪い悪い、悪鬼のような令嬢がいるらしいのよ、あなたも目を付けられないように気を付けなさいよ」

「そうなんですか、コワイですね(棒)」

「女子寮の歓迎晩餐会でも、その悪鬼令嬢が大暴れして、途中で中止になったと聞いたわ。なんだか、毒が入ってると給仕のメイドに難癖を付けて、注意した二年生のお姉さまを無礼にも大声で怒鳴りつけて、失神させたそうなの。あなた、その現場にいらしたかしら。私は家族で食事に行っていたから、見てないのよ」


 君の諜報力の乏しさが怖いわ、大丈夫かアンドレア子爵家。


「なんだか、あなたとは気が合いそうだわ、パン屋の娘さん。そうだっ、私、アンドレア子爵家のメリッサが、あなたの後ろ盾になってあげても良くってよ。この学園には怖い人も多いのだし。子爵家の後ろ盾があれば、平民でも安心よねっ。もし聖女候補さまとお知り合いになれたら、あなたにも特別に紹介してあげても良いのよ。こんな厚遇、普通はありえないのだから、ありがたく思いなさいよねっ」

「は、はあ」


 下々の者に情けをかける私は寛容ね、とか思ってるんだろうなあ。この子爵令嬢。

 しかし、なんだか、ぐいぐい来るな、メリッサ嬢は友達が少ないのだろうかね。


「その必要は無いですよ、アンドレアさま、あなたの話に出てる聖女候補も、悪鬼令嬢も、全部こいつの事ですから」


 コリンナーッ!!!!

 ばらすんじゃねえですよっ!!


「は?」


 メリッサ嬢は呆けた。


 んもう。


「自己紹介がまだでしたね、アンドレア様。私は、キンボール男爵家のマコトと申します。平民の上がりの、聖女候補で、人は金的令嬢とも呼びます」


 メリッサ嬢は、ぽかんと口を開けた。

 そして、口を閉じると、みるみるうちに顔が真っ赤になった。


「あ、あなたっ、私を、だましたのねっ!!」

「自分で勝手に勘違いしておいて、その言い分は困りますよ」


 メリッサ嬢は、ハンカチを取り出した。

 そして、一方を噛むと引っ張り、口からキーーーッと超音波を発した。

 なんですか、その一連の面白アクション。


「お、覚えておきなさいっ!! マコト・キンボールさまっ!! そのっ、ええと、そのっ、こ、これで勝ったとおもわない事ねっ!!」


 様付けなのは、聖女候補さまと仲良くなりたかったのにー、という気持ちの表れなんだろうなあ。

 メリッサ嬢は両手で真っ赤になった顔を隠すと、ととととと小走りで去っていった。


「アンドレアさま、パンの注文を兄に渡しますから、欲しいパンをメモに書いてカリーナさんに渡しておいてくださいね」

「わ、わかったわよっ! 馬鹿馬鹿、聖女候補さまの馬鹿ーっ」


 子供かね、君は。

 などと思いながら、走り去るメリッサ嬢を見送った。


 コリンナちゃんは向かいの席で、ニマニマしながら、まずいまずいポリッジを食べておる。


「マコトってさ、嫌いな奴ほど口調が丁寧になるんだよね」

「嫌いってよりも、話が通じない感じの相手には慎重に丁寧にはなるよ」

「気に入った相手ほど、ぞんざいにため口だよね、カロリーヌ様とか」

「そうだねえ」

「へえ、じゃあさあ、マコトは、カーチス卿と、エルマー卿、どっちの方が好きなの?」


 はあ? 何言ってる、このロリメガネは。

 あの二人とは、好きとか嫌いとかの関係ではないのだがよう。


「あの二人とは、友情というか、同病相憐れむというかー」

「同病?」

「あの二人は、オタクじゃん、私もオタクだし」

「……、たしかに、あの二人は剣術オタクと魔術オタクだねえ、で、マコトは何のオタクなの?」

「……」

「ねえねえ、何のオタクなの?」

「……」


 美少年同士のホモセックスを愛好妄想する、腐女子という種類の、業の深いオタクです……。

 とは、い、言えないなあ。

 し、しまったなあ、失言した。

 コリンナちゃんが、私のオタク趣味について興味津々きょうみしんしんだな。

 いや、だからといって、異世界の少女に、私の腐敗した趣味を理解して貰えるとは、とても思えない訳で。

 こここ、困った困った。


「き、きちがい扱いされるから、い、言えません」

「……え? そ、そんなに酷い趣味のオタク……、 なの?」


 私は黙ってうなずいた。

 コリンナちゃんは目をそらした。

 私は、空になった、まずいポリッジの器を見つめた。


「な、なんかごめん、マコト」

「う、うん、こっちこそ、ごめん、コリンナちゃん」


 なんか、いたたまれない空気になったので、私はメリッサ嬢のように、両手で熱くなった顔を覆った。

 ううっ、因果応報。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] これのはなしの広告がBLでした。草
[一言] まあ教会が力有る世界で同性愛ネタを趣味と吹聴するのは厳しい
[良い点] サブタイで笑ってしまった私は悪くない
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ