第15話 下級貴族用の晩ご飯はとてつもなくまずい
ある意味、悪役令嬢よりも疲れる相手を追い出して気力が萎えました。
机に向かってどんよりしていると、マルゴットさんがベットから起き出して、お茶を入れてくれた。
「ありがとう」
「いいえ、リンダから助けてもらったお礼よ」
「マルゴットさんの本職は? スパイ? メイド?」
「メイド業務をしながら、目についた物を記憶して、ご主人様にご報告するので、どっちも本業ですよ」
「戦ったり、忍び込んだりは?」
「それは、別の職務のメイドですわ」
なんだか、メイドがゲシュタルト崩壊して、よくわからなくなってきたぞ。
この世界のメイドはお茶を入れたり掃除をしたりする職業で、メイド式戦闘術で戦ったり、メイド忍法を使ったりはしないはずだ。
たぶん。
お茶を飲んだら、すこし気力が回復した。
お風呂に行って、もう少しリフレッシュしようではないか。
「お風呂いってくる」
「いってらっしゃい」
下着の替えとバスタオルを入れたポーチを持って、階段を駆け下りる。
女子寮はいつでも大浴場が使えるのがいいな。
という事で、脱衣所で、ぱっぱと脱いで、浴室へ。
今日はコリンナちゃんは居なくて、しらない令嬢さんが二三人入っている。
かけ湯をして、ざっと体を洗い、湯船に入る。
「ふわああああぁ」
ふう、生き返るなあ。
やっぱりお風呂は良いね。
ここがガチ中世の世界でなくて良かった。
夕方の大浴場でのんびり。
お風呂を上がって、バスタオルで水気を取る。
この世界はドライヤーが無いのがなあ、ちょっと不満だなあ。
でもドライヤーを魔法で作ると、火の魔法と風の魔法を合わせたものになるし、開発が大変かな。
魔導具を作るとなると、魔石を組み合わせればいいのかな。
錬金術の分野かな。今度カロルに聞いてみよう。
ドライヤーは欲しい。
新しい下着をはいて、制服を着直す。
なんだか、今世のおっぱいが成長しないな。
いや、前世でも、ちっぱいでしたがね。
今は、ほんの気持ち、ふくらんでいるのかな、程度である。
ゆりゆり先輩クラスとは言わないが、ある程度はふっくらと欲しいなあ。
大鏡を見ると、金髪前ぱっつん後ろロングの、碧眼ぱっちりの極上の美少女が映っている。
ああ、私って綺麗。
というか、容姿もチートだよねえ。
今、16才だから、学園を卒業するぐらいには大人っぽくなっているかなあ。
楽しみ楽しみ。
部屋に戻ると、コリンナちゃんが帰ってきていた。
「マコト、おかえり、ご飯食べにいく?」
「行こうではないか、コリンナちゃん。メイドさんたちはお仕事?」
「それぞれのご主人様の晩餐の給仕だね」
二人で連れ立って、階段をまた降りる。
大食堂に行ってみると、部屋が衝立で二つに区切られていた。
片側に綺麗なクロスをかけた小洒落たテーブル群、片側に、むき出しの無骨なテーブル群があった。
小洒落た方が上流貴族用の席らしい。
下級貴族食の配膳はセルフサービス。カウンターでトレイに自分で料理を乗せていくようだ。
お茶もケトルから自分でカップに注ぐ。
今日の下級貴族食の献立は、チキンシチューと、黒パン、もやしサラダである。
上級貴族食の献立は、ビーフシチュー、白身魚のフライ、コーンポタージュスープ、サーモンのマリネサラダ、白パン、季節の果物であった。
上級貴族と、下級貴族の待遇の差が、笑っちゃうほど凄いな。
まあ、その分、お部屋代がお高いのですけどね。
「最上級の貴族さんたちは食堂に来てないね」
「雲の上の人は自室にキッチンがついているから、料理メイドに作ってもらうのよ」
「寮の食堂に来るのは、伯爵位の下ぐらいまでかな」
カロルも自室で食べてるのかな?
アンヌさん、料理上手そうだしね。
さて、食べようっと。
ぱくり。
もっしゃもっしゃもっしゃもっしゃもっしゃもっしゃ。
「コリンナちゃん、シチューの鶏肉が噛んでも噛んでも柔らかくなりませんっ」
「寮の食事とは、そういう物だわ、がんばりなさい、マコト」
教会のお金で、上級貴族室を取ることを真剣に検討しちゃうね。
まあ、リンダさんが常時近くにいると疲れるので却下だが。
しかし、この料理のまずさは凄いなあ。
料理の腕うんぬんよりも、食材の質の悪さだなあ。
「私、痩せちゃいそう」
「うちのお姉は魔法学園の入学前はふっくらしてたのだけど、寮に入って一年で華奢になってびっくりするほど綺麗になったのだ、美容にはよいのよっ!」
美容にはいいかもだけど、これ以上やせたら、私は、ちっぱいから、まな板になるよう。
まずい物でも食べればお腹が膨れる。
黒パンも、すっぱくて固かったなあ。
なんとか完食。
ふう、なにかの偉業を達成した気分だよ。
「こんなまずい物食べれるわけないでしょうっ!! こんなの家畜の餌じゃないのっ!!」
ドレスを着たご令嬢の一人が、怒鳴って夕食のトレイをひっくり返した。
ガチャンガチャンと音を立てて、床に料理と木皿が散乱した。
「そういわれましても……」
「カリーナ、学園の外に行って、パンでも買ってきなさいっ!」
床にぶちまけられたシチューを片付けているのは、カリーナさんであった。
「何を見ているのっ!! 見世物じゃなくてよっ!」
ぷりぷり怒りながら、ご令嬢は食堂を出て行った。
カリーナさんは一通りお皿を片付けて、こちらに歩いてきた。
「マコト、街のパン屋は、この時間、まだあいてるかな?」
「ぎりぎりかな、どこでも売り切れたら早く閉めるし」
「そうかい……」
私は声をひそめた。
「聖女パンなら、みんなにお土産で買ってあるよ。それを上げたら?」
「それは助かるね」
「私にも、あるのかな?」
「コリンナちゃんの分もあるよー」
コリンナちゃんは輝くような笑顔を浮かべた。
返却口に食器を返したあと、三人で205号室へ向けて階段を上っていく。
「なんで、メイドを付けるような貴族が下級貴族用の晩ご飯を食べてるの?」
「見栄だよ、見栄。子爵令嬢だから、身分的にぎりぎり上級部屋は取れなくて、だけども、うちはメイドを使える身分なんですわよ、と言いたいだけの見栄さあ」
「あほくさい、メイドの賃金で、食事だけ上級にすれば良いのに、お金の無駄遣いだわ」
コリンナちゃんは、無駄遣いに厳しい。
「来月から、上級貴族食を頼むんじゃないの? 子爵さまは末娘に甘いから」
「これからパンを用意するなら、お昼ぐらいまでに用意した方がいいよ、だいたい夕方には売り切れるから」
「わかった。しかし、パン屋の娘が同室で助かったよ」
部屋に入って、チェストから、聖女パンを出して、カリーナさんと、コリンナちゃんに渡した。
「たすかるよ……」
聖女パンを見て、カリーナさんが悔しそうな顔をした。
「本当は私が食べれたのになあ」
「私の分をあげるわよ、後で食べればいいよ」
「いいのかい? 悪いよっ」
「私の朝ご飯用だから、気にしない。パン屋の娘なんで聖女パンは食べ飽きてるしね」
というか、聖女パンの開発者も私だ。
「恩にきるよ、マコト。あんた、良い奴だなあ」
「早く持って行ってあげなよ」
「わかった、あたしの分のパンはベットの上に置いといておくれ」
カリーナさんは、聖女パンを持って足早に部屋を出て行った。
「うまっ! なにこれ、マコトッ!! このパン、馬鹿美味いんですけどっ!」
「へへへ、それは嬉しい、どれ、お茶を入れてしんぜよう」
「ありがたや~」
聖女パンをくわえた、コリンナちゃんに拝まれた。
その後、マルゴットさんも帰ってきたので、彼女にもあげた。
「わ、ひよこ堂の聖女パン、これ、おいしいのよね」
「ありがとうありがとう、お茶を入れてしんぜよう」
「ふふ、こちらこそありがとう」
二人がもしゃもしゃ聖女パンを食べてるのを見ながら、お茶を飲んだ。
カリーナさんが帰ってきたので、彼女にもお茶を出す。
「たすかったよ~、マコト。お嬢様にも褒められた」
「いえいえ、気にしない気にしない、同室だし」
「掃除とか、洗濯でなんか用事があったら言ってくれ、借りをかえすよ」
カリーナさんは、ハウスメイドなんだな。
お仕事は、給仕と清掃と洗濯だ。戦闘とか諜報とかはしないっぽい。
カリーナさんはパンを一口かじって、聖女パン、うめーと、騒いでいた。




