第14話 大神殿の人が生活改善をしにきたぞ
邪魔したね、と言って、爽やかにケビン第一王子が去っていった。
というか、あの男は、いったい何の権限があって、私に干渉してくるのだ?
まだ生徒会長でもあるまいに。
まあ、二年生になったら、第一王子は生徒会に入りますけどね。
書記は宰相の息子ジェラルド。
第一王子ルートを狙うなら、二年生からの生徒会参加は必須なんだよね。
っても、あいつはパラメーターをまんべんなく上げないと攻略出来ないから面倒でさ。
ビビアン様の攻撃も、他のルートの比じゃあ無いほど激しいしな。
王子様なんざ、パスだパス。
カロルは自分の部屋で錬金作業へ、カーチスは剣術部へ、エルマーは魔術部へ、それぞれ散っていった。
残された聖女候補は何をしようかなあ。
部活探すかな。
さすがの魔法学園にも漫画研究部は無かったよね。
美術部で油絵描くのもなあ。
帰宅部で遊び呆けていると、おしゃれパラメーターが上がって、第二王子のロイドちゃんが来るし。
うむむ、やりたいことが特に無いなあ。
「やあやあ、聖女さま、あなたのリンダが参りましたよ」
「……大神殿に帰ってください、リンダさん」
「まあまあ、そう言わずにね、用事があって探してたんですよー」
この人も、ゲームでは大神殿でのデートシーンで、背景にちょっとだけ描かれていたモブの人だ。
女神聖騎士団の三番隊隊長、リンダ・クレイブルさんだな。
くっころせとか言いそうな白と金の重甲冑の女騎士さんである。
神殿での私の護衛兼、お世話係みたいな人なのだが、……けっこうウザイ。
世話好きでいい人なんだけど、私への愛が正直ウザイ。
聖女愛と、聖女信仰が重すぎる。
「聖女さまが、二年のチンピラ騎士の金玉を潰したとか、女子寮の歓迎会で毒飼いされたと聞いて、教皇様以下、上層部がカンカンに怒ってましてね」
「私に、毒なんか効かないから、大神殿が介入することはないよ」
「そうはいきませんよ、教会の至宝たる聖女さまに因縁をつけた、毒を食らわした、それ自体が大罪ですよ。王国の施設で、聖女さまをないがしろにした証拠です。犯人を見つけて斬首してやんないと」
「ちょっと、かってに斬首とかはじめないでよっ」
「だめですかー、現在、金的の相手のマイケル某には、手練れの聖騎士を五人尾行させて、絶賛、威圧中ですが」
「やめてさしあげなさい。スラムの愚連隊ですか神殿騎士は」
「お聖女さまは、おやさしいですなあ。まあとりあえず、女子寮の環境を改善しなさいと、教皇さまの命令で、リンダが参上しましたよ」
「特に、生活に不都合はないんだけど」
「まあまあ、護衛のプロのあたしが見たら改善点とかあるでしょうし、行きましょう、行きましょう」
私はリンダさんと一緒に女子寮に向かって歩き出した。
リンダさんは良く出来る人なんだけど、ずっと神殿にいたので、常識というものに少し欠けるのだなあ。
いやまあ、教会関係者、全員そうなんだけどね。
「もしも、もしもだけど、私が上級貴族に怪我させられたり、殺されたりしたら、教会はどうすると思う?」
「……聖戦っすね」
こわっ!!
「まず、公爵を教皇様の命で教会から破門します、その後、公爵の領地の教会の人員をすべて引き上げ、信徒にも移住命令を下しますね。そして、神殿騎士団全員で、公爵一族を皆殺しにして、領民もすべて縛り首、領地に塩をまいて、五百年、草も生えない土地にしてやりますよ。聖女さまっ」
リンダさんはとてつもない事をニコニコ笑いながら言う。
うーわー、くらくらするなあ。
狂信団体コワイー。
しかも、公爵って、はっきり言ってるし。
「そ、そこまで……」
「聖女さま、あたしらはねえ、マリア様がお亡くなりになってから二十年、ずうっと、聖女さまをお待ちしてたんですよ。その念願の聖女さまを害する? 上等です、そんな反聖女な馬鹿どもは安楽椅子にかけて背をぐんぐん伸ばしてやりますよ」
安楽椅子というのは、両手両足にロープをかけて引き延ばす拷問器具だね。
まじでコワイね、宗教関係者。
「ああ、それと、毒飼いについて、学園の警護騎士に情報を聞いてきましたよ、聞きますか?」
「なにか判明したの?」
「金髪のメイド、サーラは、雇い主の二年生の女生徒、パメラ・ゴーフル子爵令嬢から、金貨を貰い、聖女さまと、カロリーヌ様に毒を盛ったそうです」
「あっさり解ったんだね」
「それが、ふざけた事に、ちょっとお腹を壊すぐらいの下剤と聞いたので、嫌がらせのつもりでやった。致死性の毒とは知らなかったと、サーラもパメラも言い張ってますよ」
「ふむ」
致死性の毒を盛って、知らなかった、いたずらだったでは話が通らないだろうに。
「薬剤を持ってきたのは、ボウガンのメイドで、彼女の事は、どこの誰かとも知らないそうです」
「だれかも解らない人から貰った薬を他人に使うんだねえ」
「笑っちゃいますよねえ。二人ともさらって、神殿の地下で拷問しますか?」
「捜査の邪魔になるから、やめてさしあげなさい」
リンダさんはすぐ拷問したがるからいかんね。
「ボウガンのメイドは黙秘していて、身元は不明です。で、今朝、牢屋で死んでやがりましたよ、死因は刺殺です」
「口封じされたのね」
「学園の代用監獄なんか、ざるですからね」
「パメラ嬢は、誰に頼まれたのか言ったの?」
「あくまで、自発的に、思い上がった聖女さまとカロリーヌ嬢をこらしめるために、いたずら目的としてやった、と、言い張ってやがりますね」
ビビアン様に言われた、誘導された、とは証言しないよねえ。
「で、さらに笑えるんですが、ビビアン嬢が牢屋に現れ、いたずらでやったのだから、かわいそうじゃないと、護衛女騎士に猛烈に抗議して、パメラとサーラを連れていっちまいしました」
「うーわー、これは、パメラ嬢とメイドさんは、行方不明コースかなあ」
この手の人は、後日、どこかに埋まっている遺体が発見されるか、もしくは消え失せる。
ここは乙女ゲーの世界だよねっ、ダーク実録犯罪物の世界じゃないよねっ。
「一応、手の者を監視につけてますが、公爵家には、相当の手練れが隠れてるっぽいです。毒飼い公爵の名は伊達じゃないみたいですねえ」
ヒカソラの隠し攻略キャラ、闇魔法使いの毒殺執事君だな。
あいつも攻略が、超面倒なんだよなあ。
「だから、聖女さまっ、ポッティンジャー公爵領相手に、聖戦しましょうよ、ねっ」
にっこりと明るく笑ってリンダさんは言う。
ね、じゃないよっ。
なに、にこやかに、数百万人単位の大虐殺を勧めてんだっ。
この手のネジが外れた神殿関係者に囲まれていたら、ビアンカ様も堕落しようって訳だよ。
「も、も、もうすこし様子をみましょう」
黄門様みたいな台詞を自分が言うとは思わなかったなあ。
女子寮に入り、管理人さんに頭を下げて、玄関を通る。
リンダさんはあちこちをキョロキョロと見回している。
「いや、懐かしいですねえ、あたしが居た頃と変わらないですね」
「え、リンダさんは魔法学園の出身だったの?」
「ええ、神殿騎士でも多いですよ」
「神殿騎士さんは、みんな教会学院出身かと思ってた」
「いろいろとあるんですよ、神殿騎士と一口にいってもね」
一緒に階段を上がり、205号室に入る。
今はマルゴットさんのベッドにカーテンが掛かっているので、寝てるのかな?
「うわあ、これは聖女さまの住む部屋じゃないですよねえ。メイド部屋ですか」
「メイドさんも居るよ」
「とりあえず、上級貴族の部屋に移りましょう、これでは警備もくそも無いですよ」
「いいんだよ、別に不自由してないし」
カーテンを開けて、マルゴットさんが顔をだした。
リンダさんが、すらりと腰の長剣を抜いた。
「ウィルキンソンの犬までいやがる」
そう言いながら、リンダさんは冷たい凍り付くような目でマルゴットさんを睨みつけた。
「ちょ、何してんのっ?」
「ウィルキンソン伯爵家の諜報メイドですよ。今、排除しますから」
「やめなさいよっ」
「だれかと思ったら、リンダ・クレイブルじゃあないの、久しぶりね」
「五年ぶりぐらいですかね。死んでください」
リンダさんは長剣を構えた。
「聖女の名によって命を下します。やめなさいっ、よしなさい、剣をおろしなさい」
「ちっ」
リンダさんはしぶしぶという感じに長剣を納めた。
「諜報メイドなんざ、見つけた時に殺しておかねえといけないんですけどね」
「やーめーなーさーい」
「聖女さまに、私の正体が、ばれちゃった、悲しいわ」
「諜報メイドってなんですか?」
「メイドの格好をしてうろうろするスパイですよ。マコト様の情報を伯爵家に流してやがったんでしょう。ちなみに、ウィルキンソン伯の派閥は、ポッティンジャー公爵家の派閥ですよ」
「リンダが出てきたということは、教会も本気ね、派閥を国王派に乗り換えるよう、ご主人様には提案しておくわよ」
「どっちでもいいですよ。どうせ派閥ごと皆殺しですからね」
「大神殿の人は洒落が通じないからコワイわねえ」
なんだ、この諜報メイドって存在は、ゲームじゃそんなの影も形もなかったぞ。
カロルの所のアンヌさんがそれっぽいと言えばそれっぽいけど。
「聖女様の情報が、敵に筒抜けになりますから、もっと良い部屋に移りましょう。大神殿から神官侍女を呼んできますから」
「上流貴族部屋なんか、高くて払えないよ、お養父様が破産しちゃう」
「大神殿が出しますよ、使ってない聖女さま予算がたくさん余ってますから。そうすりゃ、あたしも聖女さまの近くで常駐できますし」
リンダさんなんか近くにおいたら、うっとうしい事かぎりないよっ。
「この部屋、気に入ってるから却下」
「諜報メイドがいますよ」
「別に知られたら困ることなんかないよ」
「警備できませんが」
「いらないってべつに」
リンダさんは肩をすくめ両手を上げて、やれやれと首をふった。
「我らが聖女は、清貧で、つつましくていけませんな。いえ、そこも聖女さまの大好きな所なんですがね」
「もう、大神殿に帰ってくださいよ。豪華なお部屋も、侍女も、護衛も、いらないって、教皇さまに伝えてね」
「まあ、今回だけですよ、次に、ポッティンジャー公爵令嬢が何かしたと聞いたら、動きますからね」
「はいはい」
「あと、公爵家の手練れが学園に近寄る気配があったら、無条件で聖騎士隊を駐屯させますから」
「大神殿は大げさなのよ、土曜日の午後に行くから、子供たちによろしくね」
「ちびっ子どもは、みな聖女さまを待ってますので、喜びますよ。あたしらもですけどね、では、一時帰ります」
リンダさんは、部屋から出て行った。
ぷはーと、大きいため息がでた。
「公爵令嬢よりも、大神殿の方が悪質じゃないかしら」
「反論できないねえ。でも大神殿は私の身内だから、私が止めないとなあ」
「聖女さまも大変ね」
「聖女候補ですっ」
「いまさら」
マルゴットさんは、ベッドの上で、くつくつ笑った。
くそう、お茶目系スパイメイドめ。




