第141話 ドワーフ先輩の傷を癒やすのだ
とっとっととカロルと一緒に階段を駆け上がる。
いや、別に駆け上がらなくてもいいんだけど、なんだか階段があると駆けてしまうのは、性格がせっかちだからだろうか。
中央階段を上って四階へ。
展望レストランの横を通り過ぎると、三年生の教室だな。
三年A組のドアを開ける。
結構人がいるなあ。
二歳しか違わないのに、みんな大人に見えるね。
「ミシュコフスキー様はいらっしゃいますでしょうか?」
「バルトロメイか、あいつは鍛冶実習室じゃないかな」
落ち着いた感じの三年生が教えてくれた。
「ありがとうございます」
「気にすんな、金的さん」
「その異名はやめてくださいよ」
「あはは、ごめんごめん」
親切な三年生に手を振って、ドアを閉めた。
「鍛冶実習室ってどこ?」
「集会棟の隣の実習棟ね。錬金実習室があるところ」
「ああ、あそこかー」
一度一階まで降りて、渡り廊下を使って実習棟へ向かう。
まったく、広い学園だぜ。
屋根付きの渡り廊下を通っていると、ぱつぱつと雨が降ってきた。
「ありゃりゃ、降ってきたね」
「明日にはやむそうよ」
「土曜は大神殿だから止んでほしいね」
「夜は男爵家にお泊まり?」
「そうだよー」
「ちょっと寂しいね」
「一晩だけだよー、すぐ帰ってくるから」
「うん、そうだね」
カロルと降りしきる雨の中、たわいも無い会話を交わす。
屋根の下だから濡れないけど、温度が下がって、雨の降り始め特有の匂いがする。
さああああっと強い雨が木々を叩いていった。
幸い、渡り廊下の屋根は実習棟まで続いていたので、雨に濡れる事は無かった。
この世界、傘が無いんだよね。
雨が降ったら、みな打たれっぱなしで走りもしない。
あまり強く降るときはレインコートを着るみたいだけど。
日本人としては違和感しかないけど、そういう文化だからしかたがない。
薄暗い実習棟の廊下を歩き、一階の突き当たりが鍛冶実習室だ。
ドアをあけるとゴオッと熱風が吹き付けてきた。
ぬお、すごいな、この場所。
熱気の元は、火が入れられた大きな炉で、そこで真っ赤に熱した鉄を、マッチョが火ばさみで取り上げ、別のマッチョが、それをハンマーで叩いている。
熱と轟音でくらくらしそうだ。
ハンマーマッチョが近づいて来た。
音が静かになったな。
「なんだい? かわい子ちゃん」
「ミシュコフスキー様はいらっしゃいますか?」
「部長はあそこだ」
そう言って、マッチョは部屋の隅を指さした。
髭の小さい親父がしょんぼりと椅子に座っていた。
また、ガッキンガッキンと、騒音が始まった。
なんとも熱くてうるさい所だなあ。
「ミシュコフスキー様ですか?」
「あ? あんた誰だい」
なんというか、高等三年生なのに、見事なオヤジドワーフであるね。
右手の親指に包帯をしているな。
「学校の錬金薬販売のオルブライトですっ」
「おおっ、おおおっ!! 念願のエクスポーションが出来たのかいっ、どこ、どこだい?」
私が前に出た。
「部長さん、傷はどこよ?」
「え? あ? あんた誰? 傷は親指でもげかけてるんだが」
「もげかけならハイポーションでも大丈夫だけど」
「え、そうなの? 錬金薬の事はよく知らなくってさ。なんとしてもすぐに親指を治療して、夏の作剣祭に出す奴を作りたいんだよっ」
私は、部長さんの右手を取った。
『ハイヒール』
「わ、わああっ、痛みが無くなったっ、凄いぞっ、あんたっ!」
部長は包帯を慌てて取り除き、治った親指を動かしていた。
騒音が止まって、二人のマッチョがこっちを見ていた。
「部長、その人、聖女候補だ」
「金的令嬢だ」
「金的呼びはやめろいっ」
「あ、あんたが、奇跡の聖女さまかっ!! 光魔法で俺の親指を治してくれたのかっ!!」
部長は興奮して私の肩をつかみガクガク揺すぶった。
うえー、体が小さくて、私と背が変わらないのに、力がもの凄く強い。
「ちょっ、はなせ、オヤジ」
「おお、ごめんよ、興奮してしまってなあ」
「指とか残ってればハイポーションで大丈夫だよ、エクスポーションでなくても良いんだ」
「そうか、そうか、良かった、儲かったなあ、治療代はいくらだい?」
「エクスポーションの材料が勿体ないだけだったから、お金はいいよ」
「そうはいかねえ、そうはいかねえよ、教会で治療してもらっても馬鹿高い金を取られるんだ、ただって訳にはいかねえよ」
うるせーな、このドワーフは。
「ハイポーションは二十万ドランクだよ、払いたければ大神殿に寄進しなよ」
「俺はあんたに払いたいんだよ、聖女さんよお」
「私は、マコトだよ、キンボール男爵家」
「俺は、バルトロメイだ、ミシュコフスキー子爵家だぜ」
「わかった、バルトロ部長」
「あんた変わってんなあ、がっはっは、聖女マコトさん」
「マコトだけでいいよ」
「おう、マコトちゃん、俺はあんたに金を払いたい」
金なんかいらねえよ。
こちとら、前世は東北から上京してきた江戸っ子だぞ。
現世でも、誇り高い王都っ子だ。
あ、思いついた。
「じゃあさあ、これを盾剣に改造してくれないかな?」
私はユニコーン柄の短剣をバルトロ部長に渡した。
「おお、結構いいもんだな、誘導体の剣とは高そうだ、だけど盾剣に?」
「メインウエポンにこいつが手に入ったからさ」
私は腰を回して子狐丸を見せた。
「うお、なんだそれっ、見せてくれよ」
「いいけど」
バルトロ部長は子狐丸を静かに抜いた。
キラキラと光の粉が宙へと立ち上がる。
「こいつぁ……」
バルトロ部長は子狐丸を凝視した。
じいっと見つめた後、太い息を一つ付いて鞘におさめた。
「なるほど、こいつがあれば、こっちは盾剣にしたくなるってもんだ。解った、まかせとけよ」
「ありがとうバルトロ部長」
「へへっ、良い物も見せてもらったしよ、気合い入れるぜ」
よしよし、校内で盾剣改造が出来そうであるな。
しかもロハで、うっしっし。




