第13話 午後の実習は、ぼっちの光魔法
午後の一年A組、居るのは私とアンソニー先生だけだ。
「先生っ、私はどうしたらいいのですかっ」
あ、アンソニー先生、目をそらした。
「いや、そのー、光魔法というのは、マコトさん以外使えないのです」
「はい」
「しかるによって、光魔法の魔術教師という者も存在しない訳です」
「はい」
「こまりましたね」
「困ってるのはこっちだよっ!!」
「と、とりあえず、自習とか、していましょう。そうだ、図書室で光魔法の歴史を調べてみたらどうでしょう。週末にレポートを出してくださいね」
むーーー。
「マコトさん、令嬢は口の下にくるみの実を作るものではありませんよ」
口の下のクルミというのは、日本でいうとあごの梅干しシワだ。
「マコトさんは、教会では、誰に光魔法を教わっていたのですか?」
「聖女マリア様の教本で、独学です」
「向こうでも一緒ですか。だからと言って、他の属性の魔法実習に混ざっても何もすることがありませんし」
「魔術の実習テストとか、どうなるんですか?」
「……実質無条件合格ですね」
なんというか張り合いというものがないなあ。
「午後から教会に行って、孤児たちと遊んでようかなあ。あ、冒険者登録してダンジョンに潜るのもありだなあ」
「そ、それは困ります、学園の敷地から出てはいけません」
「やることが無いと困りますっ」
「と、とりあえず、今日の所は図書室へ、明日からは何か考えますから」
「おねがいしますよ、アンソニー先生」
とりあえず、図書室へ行き、光魔法の文献を探してみたのだが、見つけたのは、『せいじょまりあさま』という児童絵本と、『聖女ビアンカ、その光と闇』という伝記本だけだった。
これで、私に何のレポートを書けと。
仕方が無いので、ビアンカ様の伝記を読んだ。
『せいじょまりあさま』は孤児院であきるほど子供に読んであげた本だから、いまさら読む気になれないのだ。
ざっと伝記を読んだ。
ビアンカ様、やらかしすぎ。
以上。
ビアンカ様は旧アップルトン王国の貴族の出身で、最初は良いことをしていたのだが、そのうちおごり高ぶり、イケメンをはべらすわ、おそるべき浪費と贅沢で、旧アップルトン王国を傾かせて、現アップルトン王国(王族が違う)に改革されるきっかけを作るわ、やりたい放題であった。
たぶんなあ、ビアンカ様は寂しかったんだと思うんだよ。
ビアンカ様は、そのあふれるばかりの才能で、死者蘇生の域まで達してたらしいから、自分を本物の女神様か何かだと思ってしまったんだろうなあ。
圧倒的な治癒、死者の蘇生、老化軽減、これらがあったら権力者はビアンカ様を手放すまいよ。
権力は腐っていくという、お養父様の持論通りになったわけさ。
私は、こうならないよう、気をつけなくては。
ビアンカ様の本を閉じると6時間目終了のチャイムが鳴った。
クラスに帰ると、みんなが口々に、魔法の実習の感想を言い合っていて、疎外感を覚える。
くそう、くそう、みんないいなあ。
「マコト、光魔法の実習はどうだったの?」
「図書室で自習」
「お、おつかれさま」
「カロルとか、エルマーは、魔法の実習で覚える事なんか無いんでしょ、何やってるの?」
「先生の補助とかかな」
「なんかの役に立っていて妬ましいなあ」
「マコトもそのうち……、光属性は百年に一人だったわね」
「闇魔法も五十年に一人なんでしょ、そういう人はどうするのかな」
「闇魔法の方は、老人になった術士が、弟子を探して魔法技術を伝えるそうよ」
「私も将来は教本を……。でも、マリア様の教本がよく出来てるからなあ、付け加える所とかあるんだろうか」
「珍しい属性は色々と大変ね」
「午後の過ごし方を考えないと、今のままでは青春の無駄遣いすぎる」
終業のホームルームが始まる。
「皆さんは、今日一日、入学して最初の授業を受けた訳ですが、いかがでしたか? まだまだ、中等舎の復習の部分が多いですが、気を緩めず、予習復習に励んでくださいね。
あと、一部の女生徒が、男子生徒に媚びを売り、風紀が乱れる、との苦情がございました。
先生は、男女交際を必ずしも否定はしませんが、学生らしい、節度あるお付き合いを希望いたします」
誰か、私らの事を、アンソニー先生にチクッたのだな。
面倒な事だ。
「あと、マコト・キンボールさんは、行動をよく考えて、なるべく自重してくださいね」
「名指しですかいっ!」
起立、礼して今日の授業は終わった。
なんだか、この世界は、全体的に西洋風なのに、所々日本の学校風味が混ざっているよなあ。
ともあれ、放課後だー、うぇーいっ。
これから、寮の夕食の時間まで、自由時間であるよ。
本物の西洋の寄宿舎だと、ちょっとでも学校外に出るには、許可証をとったりして大変なんだけど、アップルトン魔法学園は、そこらへん緩いぜ。
寮の門限までなら、王都に出放題、外で夕食を取ることも出来るし、お金があるなら、遊び回る事も可能だよ。
「カロルは何か部活にはいるの?」
「入らないわよ、放課後は錬金活動で、お金を稼がなくっちゃ」
「あれ、自分で学費を出してるの?」
「そうよ、うちの領は貧乏だから、税金を自分のために使うのは心苦しくて」
「偉いなあ、領主さまみたいだなあ」
「お父様は、希少な錬金材料を集めに国中を旅して回って不在が多いから、実質的に私が領主よ」
「カロルは放課後忙しいのかー、一緒の部活をしたかったのになあ」
カロルは堅実で、THE貴族さま、という感じだねえ。
私の親友はカワイイ上に、しっかり者で、偉い奴だぜ。
ちなみに、カロルが、自領のオルブライト領が貧乏と言っていたが、あれは真っ赤な嘘だ。
オルブライト印のポーションに、各種高級薬品の取引で王国でも有数の富裕領で有名だ。
貧乏は超謙遜か、自領の税金は、街道整備とか、治水とか、インフラ整備に使いたいという、責任感からなのだろうね。
金を持ってるから、オルブライト領は治安がすごく良いし、税金も安い。
アップルトン王国、住んでみたい街のトップが、オルブライト領都のファルンガルドに輝いているぐらいだ。
今度、ファルンガルドにも行ってみたいなあ。
「マコト……、暇なら」
「なによ、エルマー?」
「魔術研究部に……、入らないか? 僕は入る」
「魔術研究部かあ、どうしようかなあ」
「たのしいぞ…た、多分」
「まてよ、マコト、俺と一緒に剣術部に入ろうぜ」
カーチスは毎日、なぜA組に遠征してくる?
そんな暇があるなら、婚約者のエルザ嬢をかまってやんなさいよ。
「マコトの今の実力だと奇襲しかできねえから、腕を磨いて、正面戦闘もできるようになろうぜ」
「剣術か~」
たしかに、魔導誘導具にしか使ってない短剣の腕も上げないといけないなあ。
だが、体育会系かあ。
きつそうだなと思ったんだけど、この勝ち組の体力と運動神経だと、剣術も楽しいかもしれぬ。
「俺と一緒に、王国最強を目指そうぜっ」
「僕と一緒に……、魔法の深淵を解き明かそう……」
まったく、声をそろえおって。
カーチスも、エルマーも、方向は違うが一極集中キャラという共通点がある。
剣術馬鹿と、魔術馬鹿だな。
「ちょっと良いかな」
お、ケビン第一王子が来た。
遠くの令嬢の群れの目つきの温度がどんどん下がっていく。
エターナル・ブリザード。
マコトの心は死ぬ。
「なんですか?」
「キンボール嬢、光魔法には魅了の魔法があるのかい?」
「ないですよ」
あるかい、そんなもん。
「マコト・キンボール嬢が、魅了の魔法を使い、カーチス卿、エルマー卿を虜にしたのを見た、との証言がビビアンに届いたんだ」
「事実無根です」
「だが、中等舎の頃は、女生徒に何の興味の無かったカーチス卿も、エルマー卿も、このように、君相手に、でれでれした醜態をさらしているではないか」
「醜態だって、カーチス、エルマー」
「心外ですね、ケビン王子」
「これは、いわれなき……、誹謗中傷」
「しかし、これはどう見てもおかしいではないか。たった一日で男女がこのように仲良くなれるものだろうか。しかも王国一の武偏者と、王国一の魔術マニアがだ、何かあったと思うのが自然だろう」
カーチス兄ちゃんが頭を振った。
「恐れながら、王子、こいつを女子と見るから、いらない邪推が生まれるのです。マコト・キンボール嬢は聖女、いわば女神の眷属です。いってみりゃあ信仰の対象ですよ、おもしろ天使様枠ですな」
「ふぁっ?」
「わが侯爵家も……、敬虔な聖心教信者の一族……、聖女と親しんでもおかしくない。なにより……、マコトは面白い、……生き物枠で、女子枠、ではない……」
お前ら、なに、しれっと人を女子枠から外してんだーっ!
そして、笑うなー、カロルっ!
「うぷぷぷぷ、ごめん、マコト」
「では、男女の間の気持ちは無いということか」
「まったくありませんよ」
「……女子だが、友情」
「珍獣枠、なのか……」
お前ら三人とも失敬だなっ!
そして、カロルは口を押さえて、ぷるぷる震えるなっ。
「まあまあ、お二人はそのようにお考えでしたの」
「なんだ?」
「どうした……、マコト」
「それでしたら私も考えがありましてよ」
「や、やめろ、マコト、なんか気持ちが悪い」
「だ、駄目だ……、それでは、まるで……、普通の令嬢のようではないか」
いらっ。
「私も、念願の魔法学園に入学できて、すこし舞い上がっていた所がございましたわね。このまま、令嬢らしく卒業まで過ごすといたしましょうか」
意訳:てめーら、あやまってこなければ、卒業までずっとこのまま、令嬢口調で接するぞ。
目で威圧しながら、にっこり笑ってカーテシーだ。
「あ、ごめん、俺が悪かった、ちょっと言い過ぎた、あやまる」
「やめてほしい……、そんな態度のマコトは、僕は……、なんだか悲しい」
「マコト、それ、私にもやるの?」
「あー、カロルにはやんない、親友だし」
「よかった。私もいつものマコトが好きよ」
「つまりだ、カーチス卿も、エルマー卿も、ため口でぽんぽんやりあえる女子というのが珍しくて、気に入ってしまったと」
「そうですよ、こいつ、初対面で、辺境伯令息の俺を呼び捨てですよ、呼び捨て、この世にそんな奴はこいつしかいませんよ」
「なれなれしい……、という感じはある、のだが……、無垢な子供のように邪気がないので、気にならないんだ……」
「ふむ、君たちの仲が良くなる速度を、よそから見ていると、まるで魔術のように見える、という事か。オルブライト嬢、君も、キンボール嬢とは昨日が初対面なのだろう、親友というには早すぎないだろうか」
「マコトとは、なんだか凄く昔から友達みたいな気がしてましたけど、確かに、昨日、出会ったばかりなんですよね」
カロルは苦笑した。
私はもっと前からカロルの事、親友と思っていたけどね。
いや、ゲームの中で出会ってからの話だけどさ。
「でも、私が、昨日、凄く困っていた時に、助けてくれたのはマコトだけだったんですよ、ケビン王子。その上に、あの二年生の剣豪のマイケルさまを一撃で倒したあと、マコトは、小声で「ざまあ」と言ったんですよ。その瞬間に、私は心が震えました。なんだかドキドキして、わくわくが止まらなくなって、ああ、この子と、お友達になりたいって、自然にそう思ったのです」
そう言って、カロルはふんわりと笑った。
ざまあ、を聞かれてたー!
ひいいっ。
恥ずかしいっ。
ちなみに「ざまあ」発言は、マイクーのゲロがビビアン嬢のスカートに掛かった時の事だが、訂正するほどの事では無いね。
「そうだったのか、ふむ、急速な友情の深まりを見た皆の誤解という訳だね。失礼した」
「まあ、仲良くなるのが早いだけで、私なんぞは、しょせん珍獣枠なんで、皆さんが思ってるような色っぽい事にはならないでしょうから、ご安心ください、ケビン王子」
「いや、すねるなって、マコト、悪かったから」
「ゆるして……、ほしい」
「ふむ、失礼ついでに聞いておくが、オルブライト嬢とキンボール嬢は同性愛者なのかい?」
「ちがいます」
「……、違う気がします」
私は同性愛者ではありません。
男性の同性愛者を鑑賞するのが大好きな、どこにでもいる腐女子でございますよ。
カロルの返事が、ちょっと濁ったなあ。
これは、私に気があるのか、そういう事なのか。
うむむむー。
なんだか、おらドキドキしてきたぞ。
頬が熱い感じがする。
でも、カロルとだったら、カロルとだったらーっ。
性的に、いろいろな事ができるかもしれない、しれないっ。
あんな事やー、こんな事やー。
ああ、アレな表情を浮かべたカロルは可愛いだろうなあっ。
ギューギュー抱きしめたいなあ。
たまらんっ!
「あの顔は、またなにか変な事を考えているわね」
「令嬢のして良い表情ではないな」
「なんだか……、いやらしい、顔をしている」
「……魅了魔法とか、いらない心配していた、私が愚かだったと思えるよ」
ふー、ふー、ふー。
だ、だめだ、だめだ、自重しよう。
私の表情を見て、なんだか、みんなドン引きだしっ。
ちょっと、私は、カロルが好きすぎて、しゃれにならない気がするよ。
ふおーっ!