第133話 ロザミア=アリスさんを天に還すのだ
パアンと手を叩いた。
「では、アリスの昇天の儀を行います」
昇天の儀は聖心教のお葬式の最後に行われる儀式だな。
魂を女神様に返し、昇天させるためのものだ。
私は子狐丸を抜き、地下室の石畳に突き刺した。
なんの抵抗もなく、刀は石を貫いて立つ。
「信者アリスの魂を、女神様の御許にお送りいたします。地上におり立ちて苦難や喜びを経てここに、この者の魂は成長いたしました」
私が聖典を暗唱すると、子狐丸が唱和するようにりんりんと鳴る。
刀が刺した地下から光が溢れだし、地下室に満ちる。
「これは……」
「なんという聖なる魔力……」
「魂に刻まれた喜びや悲しみを女神様に奉納し、純真無垢な魂となりて、アリスの根源を天に送り返します」
生き人形のアリスは立ち上がり、光を迎え入れる。
本来は、光に包まれる事はないのだけれど、魂が呪いで汚れているからね。
光にて浄化してから送り出すのだ。
はたりと、人形が倒れ、光の玉が浮かび上がる。
「全ての迷いを捨て、悲しみも喜びも、愛も憎しみも、全てを脱ぎ捨て、根源として、あるがままの姿に戻れ」
私の聖典の暗唱もいつもよりもずっと声が出る。
子狐丸の出す光が私の背筋を支え、声帯から大きく響く声が強く張る。
光が珠を浄化していく。
汚れが落ちて、輝きが強くなる。
珠は大きくなり、白く輝く少女の形を作る。
「アリス……、アリスーッ!!!」
ジュリエット嬢が泣いた。
「悪かった、私を許してくれっ、アリスッ」
アリスの幻影はキャンベル教授を見て、すこし首を横にふった。
そして、ぺこりと二人に向けて頭を下げた。
「ご唱和おねがいします! 『光の空へ、祝福を!』」
「「「「「光の空へ、祝福を!」」」」
地下室にいる全員が声を揃える。
ゲームのタイトルは、聖典の結びの言葉から来ているのだよ。
ああ、いまなら解るよ。
光の空って、魂が巡る成層圏の空の事なんだ。
そこへ向けて、全ての人間が祝福を打ち上げるのだ。
両手を開いて、空に向けて。
祝福を。
アリスの光球がすごい勢いで空に昇っていく。
目をつぶる。
それでも光は見える。
どこまでもどこまでも昇っていく。
「ああ、アリス、アリスーッ!! うわあああああっ」
「ああっ、ああっ、ロザミア、あああっ」
光の珠は成層圏に達すると、ぴかりと一度光って、そして消えた。
「女神様の御許へ、そして次の旅へ、アリスに良い風が吹きますように」
「「「「良い風が吹きますように」」」」
みなで、お別れの言葉を唱和して、昇天の儀は終わった。
ジュリエット嬢は泣き崩れ、ロイドちゃんが抱きしめて、背中をぽんぽんと叩いていた。
私は子狐丸を床から引き抜いて納刀した。
「ああ、なんてことだ、私は死霊術で生死を超えた存在になれると思い込んでいた。だが、女神の天然自然のスケールに比べたら、死霊術なぞ児戯に等しい。なんて自然は大きく、人は矮小なのか」
キャンベル教授が胸を押さえながら絞り出すように言う。
まあ、そうだね、アンデッドなんか碌なもんじゃないよ。
死を持たない存在は、無限に放漫になり、人とは外れた存在に変わって行くのだ。
死後、悔いを持たない人ならば、アンデッドとなっても、一時的に生前と同じ人格が持てる。
だけどね、生きていて悔いをもたない存在は居ないので、だんだんと瘴気を生み出すようになり、呪いの塊になってしまうのだな。
俺だけは大丈夫、とか言って、死霊術の人が百年に一回ぐらい高位アンデッドになったりするのだが、当然のごとく堕落して都市一個飲み込むような死霊災害を巻き起こして、勇者やら聖女やらに退治されるわけさ。
「聖女マコト様、ありがとうございました。私は目が覚めました。私は教会に帰依いたします」
「そうですか、それは何よりです。でも、敵国とか、死霊術を使う人はいますので、研究はお続けくださいね」
「わかりました、死霊術のカウンター方法をこれからは研究いたします」
キャンベル教授は両膝をついて私に頭を下げた。
「それは朗報ですな。魔法塔でアンチ死霊術の部門を打ち立てますか」
「そうしましょうクレイトン大臣。教会とも協力して、死霊術の弱点を暴きましょうぞ」
まあ、死霊術はやっかいなので、対抗策の研究が活発になるのは良い事だね。
ジュリエット嬢が目を真っ赤にして、鼻をぐずぐず言わせながらやってきた。
「聖女さま、ありがどうっ。アリスをおぐってくれて、ありがどうっ!」
「別にお礼とか要らないわよ、司祭の仕事だし」
私は手を伸ばし、ジュリエット嬢の頭を撫でた。
「よく決心できたわね、偉かったわよ」
「ロイドさまが、ロイドさまが背中を押してくれてー、ひどりだったら絶対に、決心できなかったーっ、うわあああん」
よしよし、泣くな泣くな。
「ロイド王子も立派だったわね。ちょっと見直したよ」
「そうかい、僕に惚れちゃったかな、ふふふ」
「調子にのんな」
ロイドちゃんの頭をつかんでぐりぐりと回した。
「い、痛いっ、一国の王子になにすんだーっ」
ジュリエット嬢がじっと私を見ていた。
また嫉妬されるかな?
「聖女さま、わたくし、聖女派閥に入りたいの」
えーっ。
「マコトっち、渋い顔しない」
「だ、だめかなあっ、わたくしはお友達がいないから、聖女さまとお友達になりたいー」
そりゃまあ、これまで呪いの瘴気がでてたから、ジュリエット嬢に近寄る令嬢はいなかったんだろうけどなあ。
というか、呪い掛かってなくても、格好が中二病だしなあ。
「それはいい、ジュリエット、私も賛成だ。聖女さま、わがキャンベル家は聖女派閥に加入を希望しますぞ」
「おお、そうかねキャンベル教授、聖女派閥の大人の窓口は私がやっていてね、大歓迎だよ」
「これは、なんとも幸運な事ですな」
おおい、ジョンおじさん、領袖に無断で話を進めんなよー。
「じゃあ、僕も正式に聖女派閥に」
「ロイド王子は駄目だよ」
「えーっ」
侯爵家と第二王子が入ったら、国王派を超えちゃうよ。
いくらなんでも、国内第一派閥になるわけにはいかないからなあ。




