第132話 生き人形アリスの正体とは③
アリスの光球はお屋敷の内外をくるくるとうごきまわる。
――ジュリエットお嬢様、お嬢様が好き。見ているとドキドキする。
アリスの小さい声が喜びに満ちている。
――楽しい、嬉しい、侯爵家で働けて、私はなんて運がいいのかしら。
あかるい笑い声が屋敷内を走り回っていた。
そうかそうか。
幸せだよね、前世の亭主と娘の近くで働けるんだから。
くるくると回るのはジュリエットとじゃれついている所なのか。
そして、アリスの光球は、屋敷の外の小屋で、動きを止める。
だんだんと光が弱くなっていく。
――苦しい、悲しい、体が辛い。お嬢様にも、旦那様にも会えない。
疫病だ。
二年前に王都に酷い疫病が流行って沢山人が死んだ。
うちもパン屋だからびびってたんだよねえ。
――旦那様、私の魂を人形に入れて、お嬢様といつまでも一緒に居られるようにしてくれるって。うれしい。ありがとうございます。
魂の光がくすみ小さくなる。
ああ、人形になったんだね。
――じゅりえっとおじょうさまといっしょ、いっしょ、いつまでもいっしょ。
ずっと一緒に居たいという願望は、妄執になり、存在自体が瘴気を呼び、呪いを生み出し始める。
これはアンデッドの呪いだ。
くすんだ小さな光は王都を動き回り、そして、キャンベル教授のスーツのポケットで止まった。
私は大きく息を吐いて目を開けた。
キャンベル教授とジュリエット嬢がこちらを凝視している。
「ロザミアさまの魂は、メイドのアリスとして新しい生を受けました」
「なんだとっ!」
「アリスがお母様の魂をっ」
キャンベル教授がへなへなと床に座り込んだ。
ジュリエット嬢も後を追うように座り込む。
「ああ、なんてことだっ、こんなに身近にロザミアが、ロザミア、許しておくれっ」
キャンベル教授はポケットからアリスを取り出して抱きしめて、子供のように号泣した。
『だんなさマ~、くるし~』
「ああ、アリス、あなたがお母様の生まれ変わりだったのね」
『よくわカんない』
ジュリエット嬢も教授が抱きしめたアリスにすがりつくようにして泣いた。
アリスだけが、事態が飲み込めないのか、きょろきょろしていた。
「なんてことだ、そう解っていれば、万難を排して疫病に効く薬を取り寄せたのに」
「ああ、だからアリスと居る時はあんなに安らげたのね。アリス、アリス」
『ふたリとも、ないてはだめ~』
アリスがぱたぱたと二人の肩を叩く。
私は二人の前に近づいた。
「アリスが瘴気を生み出しているのは、ジュリエットさま、キャンベル教授、ふたりといつまでも一緒に居たいという妄執からです」
「そうだな、思いを残したアンデッドは怨霊を孕んでいく。ああ、私のせいなのだ」
「アリス、アリス~~ッ」
「アリスを浄化します」
「いやよっ! いやいや、私からアリスを取らないでっ!!」
「このままでは、アリスは無限に呪いを生み出しつづけますよ」
「呪いなんかっ!! 誰かに押しつければいいじゃないっ!! アリスと別れるのはいやよっ、うわああああああんっ」
ジュリエット嬢は号泣した。
「あなたが、人に呪いを付けていたのは?」
「だって、アリスが瘴気で苦しそうだったから、可哀想じゃないっ」
「定期的に呪いを、そう、罪人にでも、なすりつければ、そうすれば……」
「キャンベル教授……」
ジョンおじさんが首を横にふった。
『なかないで~、なかないで~、ジュリ~』
アリスが手を伸ばして、ジュリエット嬢の肩をぽんぽんと優しくたたく。
ジュリエット嬢は顔をゆがめて泣いた。
さて、ここがたぶん運命の分岐点だ。
ジュリエット嬢とキャンベル教授の運命がここで決まるのだろう。
アリスと別れ、浄化させる事ができれば、幸せに暮らせるのだろう。
あくまでアリスに固執し、生き人形として存在させていくならば、彼女たちは教会の敵になる。
瘴気に包まれて、呪いに体が順応して、アンデッドを生み出す事を疑問にも思わず、素材を集め、リッチと化すのであろう。
ロイドちゃんのルートのジュリエット嬢のリッチ化の始まりは、きっとここなのだ。
私はジュリエット嬢の選択を強制はしない。
他人の選択だ、何を選んでも彼女の自由だ。
彼女が、アリスを現世に残すならば、我々は引いて、将来の本当の異端審問に備えるだけだ。
はあはあとジュリエット嬢は過呼吸を繰り返す。
頭ではアリスを天に返すのが正しいと解っているのだろう。
抵抗しているのは、愛情だ。
愛情は我々の喜びの源だが、ときに死ぬほど苦しめる。
さあ、どうするのだ、ジュリエット嬢。
「また、会えるからさ、ジュリエット」
「ロイドさま……。ロイドさまあっ」
「大丈夫、一度会えたんだ、きっとまたお母さんにも、アリスにも、出会えるよ、世界って、そうなってるんだからさ、だから、だからね」
ロイドちゃんも目に涙を浮かべていた。
「僕も、きっと、いつか、エルトンに会える、だから、ジュリエットも、ねっ」
エルトンというのは、死んだ第三王子の名前だね。
そうか。
ロイドちゃんも悲しい思いをしていたのだな。
また、会えるといいね。
ジュリエット嬢は大きく息を吸い込んだ。
すっくりと立ち上がる。
目に力がはいり、私をまっすぐ見つめる。
「おねがいっ、聖女さまっ、おかあさまを、アリスを天に返してっ!!」
よーし、よく選んだっ、ジュリエット嬢!!