第131話 生き人形アリスの正体とは②
「ジュリエット、この人形は問題がある、解決するまで預かっておく、いいね」
「は、はい、お父様、その、早く直してあげてください」
「わかっている」
キャンベル教授はうぞうぞ動くアリスを上着のポケットにつっこんだ。
「マコトさま、助かりました、娘を呪いの瘴気で汚染してしまう所でした。感謝いたします」
「いえ、異端審問をいきなり掛けて、こちらこそ申し訳ありませんでした、事態が急を告げておりましたので」
「迅速な判断、痛み入ります。聖心教教会にも感謝を」
キャンベル教授がリンダさんにそう言うと、彼女は黙って小さくうなずいた。
……これは、荒事にならなかったので不満に思ってるな、リンダさん。
そうそう、荒事ばっかりしてられないだからね、教会は宗教団体なんだから。
「ああ、そうだ、聖女候補さまに相談したい事がありまして」
「なんですか、キャンベル教授」
「マコト様は、蘇生は覚えられましたか?」
「蘇生は光魔法でも最高峰の秘奥義なのです。ビアンカさまは覚えられましたが、マリアさまは覚えられなかったと聞きます。私はまだまだ中級程度なので、蘇生は使えませんよ」
キャンベル教授はがっかりした顔をした。
なんだよ、だれか蘇らせたいのかな?
「お見せしましょう、こちらへ」
キャンベル教授は大階段の裏へ私をいざなった。
みんなその後にぞろぞろとついてくる。
大階段の裏には地下に続く階段があった。
空気がヒンヤリと冷たい。
キャンベル教授について降りていくと、大きな部屋があり、その中央に水晶のような結晶に閉じ込められた美しい女性がいた。
「妻です。ジュリエットを生んだあと産後の肥立ちが悪くて死にました」
「はあ」
「私の悲願は、妻、ロザミアを復活させることです。マコトさまの魔法で将来なんとかならないでしょうか? ロザミアが生き返るなら、私は何でもいたします」
キャンベル教授は深々と私に頭を下げた。
ジュリエットも頭を下げる。
「お母様を蘇らせてください、聖女様」
……。
いや、無理やろ~。
「ビアンカ様の蘇生については知ってますか、教授?」
「はい、老若男女、全ての人を蘇らせたと聞きます」
あの人時空間魔法の使い手だからなあ。
蘇生も、そこら辺をなんとかすると、死と生の谷間を飛び越えられるんだろうけど……。
「誰でも蘇らせましたが、死にたてじゃないと駄目なんですよ」
「は?」
「死後三日までとビアンカ様の伝記には書いてありましたね、その後は無理と」
「な、なんですって、それでは、ロザミアは、もうっ」
「はい、これは、ただの綺麗な、ご遺体です」
「なんて事だっ、それでは死霊術しかないのか……」
「キャンベル教授、それは……」
ジョンおじさんが小さい声で突っ込んだ。
教授め、奥さんをアンデッドとして蘇らせて見ろ、マジで異端尋問してやるからなっ。
私が怒気を発すると、リンダさんがそれを読んで剣に手をかけた。
おっとっと、平常心平常心。
「魂は三日で体から離れると言われてるんですよ、だから、その後は蘇らないのですね」
「そう、ですか……」
「おかあさまの魂はもう消滅してしまったの?」
「消滅はしませんよ、魂は不滅で輪廻転生をくりかえしますので……」
腰に下げた子狐丸がリンッと鳴いた。
おろ?
柄が光っておる。
柄を握ると、視界に光る球が現れた。
ロザミアさんの遺体の胸あたりにあるな。
んー? 視覚じゃなくて、幻視してるっぽいな。
なんだあれ?
光が空を目指して上がっていくのを見て、解った、魂の軌跡だなこれ。
魂の軌跡を見る魔法か。
光の球は空へと上がっていく。
「どうした……、マコト?」
「魂追跡魔法、を、覚えたっぽい」
覚えたというよりも、子狐丸に入ってるのか。
なんだね、ファミコンのカセットかね、君は。
光の球は遠く空の彼方まで上がり、そこで動き始める。
わあああっ、無数の光の球。
魂の群れが動いている。
ロザミアさんの魂はひときわ輝いて中心にあるので見分けがつく。
なんだろう、天空の上でさまよってる感じ?
時間も早送りっぽいね、これ。
ああ、成層圏を巡ってる、のか? というか成層圏あるのか、この世界。
目をつぶった闇の中を、遠く無数の光の点が巡っていく。
ロザミアさんの魂は、空を巡っていき、下へ下へ、南半球へ、ぐるりと地球を一周して、また頭上に戻ってくる。
すごいな、この世界は惑星だって、今、実感できた。
あ、地上に降りてくる。
王都にくるかなと思ったら、少し離れた場所に落ちた。
「生まれたのかな?」
「そちらの方角は……」
「お母様は生まれ変わりましたのっ?」
「そうみたい、あっちの方角」
「キャンベル家の領の方角だな」
生まれたらしい光る玉はしばらく止まったあと、くるくる動き回る。
子供に成長したのか。
あまり都市らしい所から動かないね。
「探しに行こうっ、今すぐにっ」
「そうね、お父様っ、お母様の生まれ変わりを迎え入れましょう」
「あれ?」
この屋敷に向かって移動しておるぞ。
なんだろう、まさか……。
光球がまた近くに来た。
頭上の屋敷の中を動き回っている。
――ジュリエットお嬢様付きになったわ。
光球に近くなったからか、声が小さく聞こえてくる。
――旦那様もお優しそう、でも、見てると涙が出そうになるのはなぜかしら。
小さな下働きの少女の声。
あー、そうかー、そうかー。
ロザミアさんは、メイドのアリスに転生したんだなあ。




