第128話 ビビアン様に啖呵を切ってみる
さて、お昼を食べ終わったので、ジュリエット嬢を確保するかと思ったら、どこか別室からケビン王子が、ビビアン嬢とデボラ嬢を連れて、こっちにやってきたぞ。
なんだろう。
ビビアン嬢は私の前に来たぞ。
「ケビン王子からお話は聞きましたわ、キンボールさま、あなたが、どうしてもと頭を下げるならば、剣弓毒禁止の条約を結んであげてもよろしくってよっ」
何言ってんだ、こいつ。
「はあ? 頭を下げるのはそっちだと思うのですが、ビビアン様、脳みそ腐れてやがりますか?」
「なっ、なんて言葉使いをっ!! たかが男爵家の娘がっ!」
「そうですわそうですわ、自分の身分をわきまえなさいっ、キンボールさまっ」
うるせえよ、鶏女めっ。
私は立ち上がり、二人に相対した。
二人の後ろには取り巻きのご令嬢が十人ほどいる。
でも、大丈夫、私の後ろにも、心強い派閥の仲間がいるしさ。
「いますぐ、黙って条約を結べば恥をかかなくてすみますよ」
「何を言ってらっしゃるのかしらっ、あなたの派閥が、こちらの武力行使を恐れて泣き言をいいだしたのでしょうっ!!」
「そうですわっ、負け犬の分際で生意気ですわよ」
ああ、そうかい、では、上級レストランという派手な場所で、ビビアン様に大恥をかいてもらおうかっ。
ビビアン様の面子を保つために、ケビン王子に仲介してもらったというのに、なんにも解って無かったんだな。
「今現在、私は聖女派閥の長として話しております。我が派閥は急成長を遂げ、現在は国王派に次ぐ、第二位の派閥となりました」
レストランのお客さんは、みな私とビビアン様に注目しておられる。
なるほどなるほどと、みなさんうなずいておられる。
さて、ここからが詭弁の始まりであるよ。
「で、なんですか、その態度は、ビビアン様。それが目上の派閥の長に対する態度なのですか? 武力暴力に溺れすぎて、礼儀も吹っ飛ばしていらっしゃるのかしら?」
「なっ、なんですってーっ!! へ、平民上がりのパン屋の娘がっ!! 生意気なっ!!」
「口を慎みなさい、下位派閥の長のビビアン様、わが派閥にはアップルビー公爵家の方もご在籍しておりますのよ」
ゆりゆり先輩はニマニマしながらこちらを見ている。
彼女が片手を上げると、おおーと、お客さんたちからどよめきが上がる。
「お、おのれ~、ゆ、ゆるしませんよっ、王家に連なるポッティンジャー公爵家になんという無礼なっ」
怒りのあまりビビアンさまが右手に鉄扇を構えておるな。
くけけ、そんな物で殴ってみろ、舌戦でかなわないから暴力を振るう野蛮令嬢と呼ばれて大恥だぞ。
「そんなんだから、諜報のウィルキンソン家も、暗闘のマーラー家も派閥から離脱されるんですよ。ビビアン様は統率力に欠けますわっ」
「下郎っ!! そこに直りなさいっ!!」
バリーンッ、ガッシャーン!!
ビビアン様が怒りにまかせて振った鉄扇はバリアを砕いて止まった。
「な、なんなの、これは……」
「魔導具に出来ない光魔法、マリア様のお得意の結界障壁ですわよ」
「あ、あなた、本当に光魔法を使えるの……」
「私は光の聖女候補ですよ」
ビビアン様の顔が青ざめた。
「あなたは、私が偽聖女とデボラさまに吹き込まれて、それを信じた」
「そ、そんな、本物だったなんて……」
「だけど、私は本物の聖女候補なので、聖心教教会が全面的にバックアップしてくれます」
ビビアン様は息を荒くして、一歩下がった。
デボラ様も顔色が紙のように白い。
「剣と弓と毒の条約を結ばなくてもかまわないけど、困るのはビビアン様ですよ」
「こ、困らないわっ、あ、あんたなんかっ」
「あなたは、派閥の実行部隊が指を落とされた事もしらない」
「え、そ、そんな事が?」
「デボラ様が止めていたのよね」
ビビアン様はデボラ様を見た。
デボラ様は目をそらす。
「ど、どうしてっ! 派閥員が怪我をして、それで、わ、私の為に怪我……」
「派閥の為の負傷者をねぎらいもしてないし、補償金も出してませんよね、そんな事で組織を統率していると言えますか」
「デボラっ!!」
「ち、違います、二三人ですよ、しかも騎士爵位ですしっ、ご報告には」
「少人数でもっ、派閥の為に働いて、怪我をした者を慰労しないなんてっ、公爵家のやることではないわっ!!」
ビビアン様がデボラ様を怒鳴りつけた。
「二三人じゃありませんよ、十人以上いましたし」
「うそよっ、そんなっ、あなたが治したって報告があったけど、そんなの不自然だわっ!!」
デボラ様が激高してこちらを指さした。
「何言ってるんですか、不自然でも私が治しましたよ」
「敵対派閥のそれも剣を抜いて斬りかかってきた人間をなぜ治すのっ!!」
「恩着せておけば、次の時迷うだろうし、あなたたち上層部に不信感も持つでしょうし」
デボラ様の口がぽかんと空いた。
ビビアン様が目を見開いた。
「ちがうだろ、マコトがお人好しなだけだ」
「……まあ、そうだが……、謀略にしておいた……方が利く」
うるさいよ、カーチス兄ちゃんにエルマー。
「あ、あなたが怪我を治したの?」
「治しましたビビアン様」
ビビアン様は歯をかみしめた。
そして、頭をちょっと下げた。
おろ?
「あなたの事は大嫌いだわ、でも、派閥員の怪我を治してくれた事は、その、ありがとう……」
「ビビアンさまっ、こんなパン屋の娘にっ!!」
ビビアン様がデボラ様の頬を音が出るほどひっぱたいた。
「黙りなさいっ!! あなたの不正確な情報のおかげで、どれだけ私が恥をかいたと思ってるのっ!!」
「し、しかしっ、しかしーっ!!」
デボラ様の目から涙がぼろぼろと流れた。
まあ、こんなもんかな。
これ以上やると聖女派閥の勝ち方がイヤミになるね。
「では、双方文句はないね、この書類にサインで、条約の締結だ。要項をよく読みたまえよ」
ジェラルドがケビン王子の署名が入った羊皮紙の書類を出してきた。
ゆりゆり先輩がやってきて、要項をチェックした。
「問題ありませんわ、領袖」
「ありがとう、ユリーシャ先輩」
私はケビン王子の下に、マコト・キンボールと署名した。
ビビアン様も悔しそうに、その下に署名した。
よっしゃ、これで、来年まで酷い攻撃は来ないだろう。
めでたしめでたし。
「私はあなたを許さないわ、マコト・キンボール。あなたをパン屋の娘だなんてあなどった私が馬鹿だったわ、聖女候補として強敵として、私があなたを叩き潰させてもらうわっ」
「剣と矢と毒以外でね。だったら問題は無いわよ」
「デボラ、行きますわよっ」
「は、はひっ」
まだ泣いていたデボラさまと困惑顔の取り巻きを連れてビビアン様はレストランを出ていった。
うぇーい、勝った勝った。
「ざまぁ」
わあっとレストラン全体から歓声があがった。
うっひっひ、ありがとうありがとうっ。