第12話 みんなでひよこ堂へ行こうぜ
令嬢様たちの冷たい視線を浴びつつ、イケメン二人を連れて学園の門を出る。
カーチス兄ちゃんとエルマーから、私にぐいぐい寄ってきたというのに、私とカロルがエロ仕掛けで二人をたらしこんだ、みたいに言われて納得がいかん。
君らの目は節穴か、と、令嬢方を糾弾したい所なんだけど、この世界のマナーとして、紳士に令嬢が、ため口の時点で、殿方を誘うはしたない売女、という事になってしまうらしい。
しょうがないだろう、紳士どもが私のため口を面白がって寄ってきてんだからさあ。
まったく。
よく晴れた青空の下、王都の中心街を、四人で歩く。
「女子寮で、また騒ぎがあったそうだな」
「おうとも、毒殺メイドが出た」
「マコトは、テーブルの上で仁王立ちし、毒杯を一気に飲み干して「毒なぞきかんっ!! カロリーヌ嬢は私が守る!!」と、犯人に向けて大見得を切ったそうだな」
「……似てるけど、かなり違う」
「そ、そこまでは、やってなかったかな、さすがのマコトも」
「マコトは……、かっこいい……」
「してないちゅーのっ!」
興味しんしんの紳士二人に、昨日の事件の顛末を詳しく話した。
「入学一日目で、どこまで、大暴れなんだ、マコトは」
「別にしたくてしたわけじゃないよっ」
「マコトに毒は、効かないのか……、便利」
「ケビン王子も同じ感想をいってたよ」
「毒は……、そうだな、毒は怖いからな。お前に毒が効かなくて少し安心だ。カロリーヌ嬢も錬金術師だから毒消しを常備してるだろうし」
「持ってるわ。念のため、カーチス様と、エルマー様も持ってて」
「そうだな、無いとは思うが」
「助かる……、ありがとう、カロリーヌ嬢」
カロルが、カーチスとエルマーに、青い試験管を渡した。
「効かないと解れば相手も毒は使ってこないだろう」
「毒は下手をすると、関係の無い人を巻き込むからさ」
液体も飛び散ると汚染されるしね。
ちなみに、あのスープは一さじ飲むと二時間で死ぬ濃度の猛毒が仕込んでありましたよ。
あれだと、こぼして揮発したガスでも健康被害がでるぞ。
「それで、毒が効かない所を……、敵に見せつけたのか……、マコトは偉い」
「へへ、ありがと、エルマー」
「分析魔法に、範囲感知魔法か、光系統には便利な魔法があるな」
「かなり、高度な……、術式」
「マリア様ご謹製の魔法だってさ」
「ふむ、攻撃魔法は無いのか?」
「光の禁術には、マリア様が魔王様ぶったおした奴があるらしいんだけど、中級までには、ほとんど無いね、治癒魔法ばっかり」
まあ、その分、中級魔法には失った手足が生えてくるほどの超強力な治癒魔法があるんだけどさ。
「手軽な投射型攻撃魔法が無いのが痛いな、魔法戦闘になると少し厳しいか」
「なぜ、あなたたちは、うららかな景色の下を歩きながら、物騒な話をしてるのかしら」
あきれたように、カロルがつぶやいた。
「魔法の話は……、楽しい」
などと話していたら、ひよこ堂の前についた。
うわあ、やっぱり混んでるなあ。
下級貴族生徒半分、メイドさん半分ぐらいか。
「あれ、マコト、どうしたい?」
おっと、店の前でクリフ兄ちゃんが客の列の整理をしている。
「お昼買いに来たよ、クリフ兄ちゃん。自分ちにお客でくるのは変な感じ」
「そかそか、聖女パンが焼きたてだぞ。そちらは……、お友達かい」
「うん、昨日できたお友達、カロルに、カーチスに、エルマー」
「そ、そうですか、妹をよろしくお願いします」
「はい、よくしてもらってますよ、クリフさん」
「それはよかったです、カロルさん」
びきっと、身分差で空気が固まるのが解った。
並んでる下級貴族生徒や、メイドさんたちが動きを止めた。
「兄ちゃん、親しくないお貴族さまに愛称は駄目だよ」
「あああ、ごめんなさいっ」
「カロリーヌ伯爵令嬢さまだよ」
「い、いえ、悪いのはマコトですから、私は気にして、ああああっ」
クリフお兄ちゃんは躊躇無く地面に土下座をかましていた。
「知らぬ事とはいえ、ご無礼を、伯爵令嬢さま、平に、平に~」
「あ、頭を上げてくださいクリフさん、私は何も気にしてませんから。マコトなんとかして~」
「カロルが困ってるから、面を上げな、兄ちゃん」
「ごめんなさい、ごめんなさい。マコトが気安いから、騎士爵さまあたりかと」
「カーチスは辺境伯令息で、エルマーは侯爵令息だっけ」
「……マコト、兄ちゃん、また土下座していい?」
「耐えろ、兄ちゃん」
「あれが、普通の庶民の反応だよなあ」
「マコトが……、おかしい」
クリフ兄ちゃんが、角度90度でぺこぺこお辞儀をする機械になってしまった。
「それほど気にすることはない、クリフ兄」
「無礼講だ……、問題無い」
「そう信じてはっちゃけると打ち首の流れですね」
「うむ」
「解っているな……、クリフ兄」
威圧すんな、上流貴族二人。
「しかし混んでるね、兄ちゃん」
「新学年だからなあ、これから生徒の口コミでもっと増えるよ」
「私の連れてるのは、お偉い貴族の子息たちだな」
「うん、予想外の雲の上の大物お貴族さまたちで、兄ちゃんの心臓は破裂しそうだよ」
「だから、特別扱いして、パンを売れい」
クリフ兄ちゃんは晴れやかな笑顔で最後尾札を渡してきた。
「王様でも王子様でも特別扱いは無し、それがひよこ堂だ」
「ちえっ」
ちなみに、最後尾札はコミケのアレを思い出して、私が作った物だ。
パン屋にいるときは、コミケ伝来の列さばきスキルで、昼休みの行列をコントロールしたものだ。
「ちょっと並ぶよ」
「かまわんぞ」
「興味深い……、庶民のパン屋」
「マコトとクリフさん、なんか似てるわね。あなたの面白さの源はひよこ堂なのかしら」
ひよこ堂が四分の一、男爵家の礼儀作法が四分の一、聖女教育が四分の一、前世のオタク活動が四分の一かなあ。
というか、私は別に面白い人じゃないよっ。
割と早くひよこ堂に来たので、列に並ぶといっても、それほどではなく、お父ちゃんのいるガラスケースまではすぐだった。
「お、マコト、来たのかい、聖女パンが焼きたてだよ」
「聖女パン五個に、卵サンド、あと、蜂蜜パンをちょうだい、聖女パン四個は別に包んでね」
「はいよー」
「何が美味しいのだ、マコト」
「やきたての聖女パンを押さえて、あとは興味のある物を」
「ふむ、それでは、店主よ、聖女パン、そして、そのベーコンのパン、シチューのパンを」
「はい、わかりました」
「僕は……、聖女パン、あと、マヨコーンパンとやらを……」
「かしこまりました」
「うーん、聖女パンと、ハム卵サンドをください」
「はい、どうぞ」
お母ちゃんに会計をしてもらって、パン屋を出る。
「マコト、これ、もってきな」
「兄ちゃんありがと」
クリフ兄ちゃんは、ソーダの入った瓶を四つ、亜麻袋に入れて渡してくれた。
気が利くなあ。
ありがとうな。
「今日は良い天気だし、学園の中庭で食べましょうか」
「そうだねー」
「良い匂いだ、すぐ食べたいぞ」
「初めて……、自分でパンを買った、い、意外に楽しい……」
カーチスも、エルマーも、カロルも、良い笑顔だなあ。
中庭の芝生にカロルが敷物を引いた。
どこから出してきたのだろう。
カロルは、チェーン君も巻いてるはずだし、薬剤も沢山持っているはずだ。
錬金術師、あなどりがたし。
芝生に座って、みんなにソーダを配って、パンにかぶりつく。
んー、焼きたての聖女パンは、ほかほかサクサクで、たまりませんなあ。
「わ、なに、この食感、すごく甘くて美味しい。皮はパリパリしてるのに、中はしっとり」
「わはは、なんだこれ、揚げたパンの中にシチューが入っている。これは面白美味しい、わはははは」
「マヨコーン……、不思議な食感だ……、ツブツブ美味しい」
「そうでしょうそうでしょう」
マヨコーンパンとか、シチューパンとかは、私が異世界知識で開発したものだ。
この世界、コーンはあったのだが、カレー用のスパイスが手に入らなかった、のでシチューの揚げパンである。
ピロシキになるのかな。
チョココロネとかも作りたかったんだけど、この世界、チョコが高いんだよね。
パン屋の品物にしては馬鹿高くなるので、断念したのだな。
バレンタインイベントはあるのだから、ひよこ堂でチョコチップクッキーでも開発するかな。
めちゃ売れしそうだよ。
あまいーとか、うまいーとか、みんなのパンへの賞賛の嵐が、誇らしくて嬉しい。
「はあ、美味かった。また買いにいこう」
「おいしいわね、アンヌに食パンを買ってきてもらおう、朝食もひよこ堂のパンね」
「三食……、マヨコーンパンで良いかも」
エルマー、他のパンも食べようよっ。
どれだけ気に入ったのっ?
美味しい物を食べた後のまったり感が私たちを包む。
空は晴れ渡り、日はさしてぽかぽかと暖かい。
軽く風が、カロルの髪をゆらす。
遠くの校舎で生徒がわきゃわきゃはしゃいでいる声が、小さく聞こえてくる。
「さて、午後は魔法の実習授業だな」
「それぞれの属性ごとに分かれて、クラス移動よね……。マコトは?」
「どうなるんだろう、光は一人だしねえ」
「マコトの……、光魔法、研究したい」
「研究されてもさあ、使えるの百年に一人だしねえ」
「魔法の……、根源に近づけるかも、しれない」
エルマーは、本当に魔術オタクだなあ。




