第1209話 どこまでも流されていく(ベルモント視点)
Side:ベルモント元司祭
スラムではいつも腹を空かせていた。
どこまでも暗く汚い路地裏で私の一家はうごめいていた。
南の気候の良い国だった。
神の座に近い総本山があり、まばゆい信仰の世界が遠くにあった。
その光は私の住んでいた場所には差しては来なかった。
私は頭が良かった。
知恵を付け、本を読み、人を騙し、信仰の道へと入った。
いつか神の膝元へ、神秘的な体験をして人より高い存在へ、人に尊敬される人間になれるのだと信じて神学校で勉強をして頭角を現した。
総本山を上がって行くんだ。
どんな手でも使った。
微笑みを見せながら、知り合いを陰謀ではめて破滅させる方法を覚え、上司にごまを摺って有能な奴として、使える奴として出世していった。
スラム出の平民の子供としては破格の地位、司祭になることが出来た。
だが、そこまでだった。
この上の枢機卿になるには貴族でないと推薦を受ける事が出来ない。
だから、異端審問官として戦いと陰謀と拷問の腕を磨いた。
いつか貴族の養子となれば、枢機卿への道も開ける、そうすれば教皇の地位も目指せる。
聖女だ、聖女か勇者が必要だ。
聖女か勇者を擁立する立役者となれば、私も教会権力の頂点に立てるのだ。
総本山内部の魔族に繋がった組織と手を組むこととした。
女神? 女神などは実在しないし、勇者や聖女というのも人が作ったしろものだ。
その証拠にアップルトン一国に三代続けて聖女が出た。
そんな確率はあり得ない。
人為的に作れる証拠だ。
だとすれば、私たちが作って何の支障があろうか。
どうせ大神殿でやっている事なのだ。
そして私たちは孤児院を研究所に変え、何百人ものスラムのガキどもを使い潰し、人工聖人を作る研究をした。
唯一の成功例がシルビアだった。
可愛らしく小さな光魔法であったが、光魔法に変わりは無い。
私たちはシルビアを旗印に偽善に満ちた大神殿を粉砕するのだ。
それが女神のご意志なのだ。
――それなのに、あの聖女が、もの凄い光魔法を使う聖女マコトが。
閃光、障壁、治癒魔法、そして光テイム。
本物、なのか、と一瞬疑った。
女神は実在するのか、と柄にも無く思ってしまったぐらいだ。
だがちがう、あれはきっとアップルトンの聖女に伝わる伝説魔導具群なのだろう。
たぶん、女性にしか扱えず、小型で体に埋め込む事ができる。
閃光と障壁が使える物だ。
治癒とテイムはたぶん手品のたぐいだろう。
右腕の激痛で私は目を覚ました。
「どこだ、ここは?」
暗い、頭上には無数の星……。
いや、違う、夜光虫か、不規則にうごめいている。
波の音が聞こえる。
「地底湖?」
ズキズキと痛む右腕に『癒やしの水』の魔法を掛けた。
ああ、右腕は肘から無い。
あの激流を生き残って、ここに打ち上げられたのか。
水属性でなければ死んでいたな。
もちろん、ここから出られなければ死ぬのだが。
水の灯魔法『蛍光水』を足下の水に掛けた。
ぼわりと辺りが青白い光に包まれた。
広い。
見上げるほどの高さに天井。
地底湖の対岸が見えないぐらいだ。
どこか出口は無いだろうか。
私は立ち上がり、地底湖の浜辺を歩き始めた。
水は辺りにある。
だが、食糧も武器も無い。
隷属の首輪でテイムしたキメラたちの気配も無かった。
くそっ、聖女マコトに全滅させられたか。
どこか出口を見つけて地上に出なければ。
残された時間はそう多く無い。
よろよろとおぼつかない足取りで浜辺を歩いて行く。
本当にこちらに進んで良いのだろうか。
反対側に出口があるのではないか。
そんな疑惑が浮かんでは消える。
大きい社のような物が見えて来た。
太古の建造物だ。
あそこにいけば何か解るかも知れない。
私は足を引きずり、亡者のようになって歩を進めた。
「先史魔導文明の遺跡……、封印の社か?」
歴史書で見た事があった。
何か禍々しい存在を封じた遺跡だ。
千年前の大国が、遺跡を開いたことで出て来た災厄に滅ぼされたという伝説があった。
境内に入った。
社の中には暗い炎が灯っていた。
《お前、良い煤け方をした魂だな》
「だれだ、お前は」
《さて、古いことでわすれたのう、大悪魔、と呼ばれていたような、そうでないような》
「はっ、悪魔なぞ」
《おうおう、合理思考という奴か、目で見た物しか信じない堅物よ、お前の望みはなんじゃ》
不意に胸の奥から真っ赤に煮えたぎる怒りが湧いて来た。
「私の願いは、世界を人の腕の中に戻すことだ! 女神の化身も、魔神の現し身も世界には要らない! 私だ、私が世界の全てを統べ、世界の人間全ての上に君臨する!! 人間の時代を始めるのだ!!」
《うわっはっはっはっ!! 良きかな良きかな、この欲張りめ、世界を食い尽くす飢えた獣よ、良く言うた!! われ大悪魔ウトゥックが汝に力を貸してやろう》
力が、力の奔流が体の中に入ってきた。
あああ、悪魔の力だ、汚れて腐った魔力の奔流だ。
この力さえあれば、私はにっくき聖女マコトの体内から伝説魔導具を奪い取り、世界を我が物と出来よう。
あっはっはっはっは!!
世界は我が手に落ちた!!
私は笑い続けた。
失った右手に真っ黒な魔力で出来た腕が生えた。
ああ、とても良い気分だ。
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