第1182話 涙、涙の帰還
じゃあ、帰るかな。
(ゴブ蔵、終わったわよ)
《おお、これは我が主よ、ご無事でしたか》
《お、おお? なんだろうこれ》
《おや、主様の新しい従魔ですな、私はゴブ蔵と言います、今後ともよろしく》
(コリンヌさん、念話に入ってこないでよ)
《念話なんだ、すごいー、ゴブ蔵さんよろしくね~、私は聖女さまの新しい従魔のコリンヌです》
コリンヌさんが邪魔するので念話しにくいなあ。
(抜け道に入った所から出るから、カロルたちに伝えておいて)
《解りました》
「聖女さまってこんなことも出来るのね、凄ーい、あ、私も出来る」
《イチロー、聞こえますかどうぞ》
《がうう?》
洞窟ライオンのライ一郎が、なんだよという顔でコリンヌに振り返った。
「やったやった、便利ねえ」
「コリンヌさん、やっぱりテイムを外してちょうだい、私は人間をテイムしたくないわ」
「嫌です、イヤイヤッ! ご主人様に捨てられる~~! ひーん!」
「ひ、人聞きの悪いっ! やめてようっ」
「ひーんひーん」
ああ、ストライト隊の奴らの目がだんだん冷たくなっていく。
なんという事なのか。
まあ、蘇ったばかりで混乱してるのだろう、落ち着けば他人にテイムされてるという状態が不自然と思うだろうから、それからでも良いか。
「とりあえず地上に戻りましょう」
「そうだな、ケリー立って」
ジェルマンにうながされると、ケリーさんは黙ってよろよろと立ち上がった。
こっちも重症だなあ。
時間が解決してくれるとは思うのだけれども。
ロデムを本当に愛してたんだろうなあ。
「ロペス、抜け道の扉を開けるのはどうやるの」
「こちらのコインに呪文を唱えると開きます」
ロペスは懐から古びた金属のコインを出した。
キーとなる物は複数あったのかな。
ベルモントも持って居たはずよね。
「では、行きましょう、元の二十階の出口から出たいわ」
「かしこまりました、聖女さま」
ジェルマンは黙って命令さんを背負った。
意外に良いところもあるじゃないの。
みなでぞろぞろとホールの出入り口をくぐった。
――ベルモントは濁流に飲まれたけど……、ああいう奴は悪運が強いから生きてるかもね、水属性だし。
捕まえられなかったのは残念だが、まあ、もうガドラガに影響力は発揮できないでしょう。
私はミランちゃんを中継してクヌートに念話を入れた。
(クヌート、リンダさんに伝えて、終わったわ)
《無事か、そりゃあ良かった》
(二十階の滝の近くに出るわ)
《解った、俺達は三十階だ、急いで登る》
《わ、人間とも通話できる》
《だ、だれ?》
(コリンヌさん、割り込んでこないでよ)
《聖女さまの新しい従魔のコリンヌです、よろしくね》
《は、はあ、聖女さん、これ、人間じゃ》
(色々と複雑な事情があるのよ)
《わかった、後でくわしく》
コリンヌさんはライ一郎と一緒に階段を上がりながらニマニマしていた。
「凄いのね、聖女さんは人とも念話できるんだ」
「クヌートの従魔が私の従魔でもあるから、中継してるのよ」
「彼はテイマーの人なんだ、良いなあ、私もピクシー欲しいかも」
あんたは三匹も接続してるからいらんだろう、とは思ったが黙っていた。
コリンヌさんの状態は、古式テイムとも言えないし、光テイムでも無いしなあ、一時期同じ体の魔物だったから、ライ一郎とも、ヤギ次郎とも、ヘビ三郎とも自意識が共通化されてパスが通ってる感じだ。
コリンヌさんは、魔物でもあるし、人間でもある状態だな。
やっこらせと階段を上っていく、ヘビ三郎は階段をのぼれないのか、ライ一郎の首に巻き付いている。
(ヒューイ、今帰るよ、カロルに教えて)
《わかった》
イメージの中でヒューイがカロルの背中を引っ張って背に乗せた。
私が居なくなった後も滝上の展望台近くで待っていたようだ。
オーガーとかオークの死骸が転がっていた。
近くに腰蓑オガ太郎と、腰蓑ゴブ蔵、カマ吉がいた。
合流して、二十階の抜け道入り口あたりに移動している。
《沢山従魔がいるのね》
「うん、成りゆきで増えちゃった」
「私もがんばらなくっちゃ」
がんばらんで良いのに、とは言えないなあ。
ロペスとパブロは二十階のドアに着いた。
彼はコインを握りしめて、
『開け金色の扉』
と古語で唱えた。
扉がするりと音も無く開いていった。
「マコト!!」
「ただいま」
私が外に出るとカロルがヒューイから跳び降りて抱きついてきた。
ただいま~、カロルは暖かいね。
「マコト、ベルモントは捕まえたのかっ!」
「地下水脈に落ちて流れていった、生きてるか死んでるかはわかんない」
「そうか、面倒な奴め」
ヒルダさんが、ジェルマンの背中でぐったりしている命令さんを見て眉を上げた。
「キンボールさん、お帰りっ、上手く四人を助け……」
ベロナ先輩がにこやかに声を掛けてきて、声を詰まらせた。
「ベロナさま、帰ってまいりましたよっ」
「コリンヌッ!!!!」
「コリンヌ、どうしてっ!!」
「生きていたのかっ!! コリンヌッ!!」
ベロナ先輩、スーザン先輩、イルッカ先輩がコリンヌさんを取り囲んだ。
「ど、どうしてどうしてっ?」
「ベルモントの作った偽キメラの中に脳だけになって入ってたから、治しました」
「そ、そんな事が!」
「奇跡、奇跡だっ!! ありがとう聖女さんっ!!」
ベロナパーティは思わぬ生還をしたコリンヌさんを抱きしめて、泣いた。
喜びの涙だった。
「コリンヌ! コリンヌ僕は、僕は~~!!」
「苦しいですよ、ベロナさま」
「ああ、なんて事かしら女神様の奇跡だわっ」
「よかった、よかったよ~~」
よかったね、みんな。
ふと顔を上げると、命令さんがベロナパーティを見ていた。
「どうして、どうして、私だけ……、私だけが……」
「ケリー、駄目だよ」
「ロデムちゃんが……、ロデムちゃんが死んだのに……」
うわ、なんだ、命令さんの背後に赤黒い呪力が立ち上がって無いか、なんだ、あれ?
「あれ、なんかポップするよ」
コリンヌさんが振り返って指さした。
パリパリパリと空間が魔力で歪んでいく。
魔物のポップの予兆だ!
初めて見るぞ。
オガ太郎以下の腰蓑組に緊張が走った。
出現した魔物は、黒豹だった。
え? 黒豹の出現ポイントは三十階あたりだろう。
かなりの強敵だぞ。
まあ、なんとかなるけど。
「ロデムちゃん!!」
命令さんが悲鳴をあげ、ジェルマンの背中から跳び降りて黒豹に向けて走った。
え、ロデム?
あ、確かに耳はあんな風に欠けてたけど、え? なんで?
再ポップ? 死んだばっかりだろ、早くない?
違う個体じゃない?
「ロデムちゃん、生きかえったのねっ!!」
黒豹は威嚇の表情を一瞬浮かべ、命令さんの顔を見て、動きを止めた。
記憶が、ある?
「両手の間に魔力を作ってっ!! そして呼びかけて!!」
「ロデムちゃん!! ロデムちゃん!!」
命令さんは両手の間に魔力の玉を作り、黒豹を抱きしめた。
パスが繋がった。
「がおんっ」
「ロデムちゃん、ロデムちゃん、よがった~~、よがった~~、うわああああん!!」
命令さんは、ロデムを抱きしめて大声で泣いた。
ロデムは彼女の頬をぺろぺろと舐めた。
「ご主人様ががんばったから、ご褒美じゃないかな?」
コリンヌさんがそんな事を言う。
この迷宮の支配者が死んだロデムを再ポップしてくれたのかもしれないね。
――何事の おわしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる
ふと前世の西行さまの短歌が心に浮かんで、私は迷宮の奥に向かって両手を合わせていた。
どこの誰かは知りませんが、ありがとう、心より感謝します。
よろしかったら、ブックマークとか、感想とか、レビューとかをいただけたら嬉しいです。
また、下の[☆☆☆☆☆]で評価していただくと励みになります。




