第101話 ジェームズ視点:二年前。老いぼれた英雄には価値がないぜ
Side:ジェームズ翁(二年前)
あー、歳はとりたくねえなあ。
体中、あっちこっちが痛みやがるぜ。
イテテテテ。
普通の老化だから、錬金薬も利きやしねえしよ。
「お目覚めですか、ジェームズ様」
「おう、起きたぜ、ヴィクター、今日はなんとか動けそうだ」
ヴィクターに介添えして貰って、服を着替え、杖を突いて立ち上がる。
ふうう、まったく、無敵のジェームズも老いぼれたもんだ。
「今日もひよこ堂へいらっしゃいますか?」
「そうだな、マコトの顔を見てから、城を見て、帰るか」
これは日課の散歩だ。
医者に少しでも体を動かせってうるさく言われててな。
日や天気によっては、ベットから起き上がれねえときもあるんだが、今日は大丈夫だな。
杖にすがるように邸内を歩く。
ポッティンジャー公爵家第一公邸には、俺しか住んでねえ。
ドナルドも、ビビアンも領地に居る。
ここには、俺と、執事のヴィクターの二人だけだ。
ときどき、昔の仲間が訪ねてくるが、まあ、そいつらもずいぶん墓の下に行っちまった。
愛した嫁も、妾も、墓場行きだ。
ああ、一人だけ、妾が生きてるな。
「リエラはまだ元気なのかよ?」
「母は元気ですよ、この前、里に帰ったら、こってり絞られました」
「ちっ、あいつもいいババアだろうによう」
「蓬莱人は老けなくて、気持ちが悪いぐらいですね」
「ちげえねえ」
肩で息をしながら、屋敷を出る。
ああ、いつまで自分の足で歩けるかねえ。
老いぼれた、老いぼれた。
隣に立つヴィクターを見る。
若えなあ、まだ十代だ。
なんで、こいつがもっと早く生まれて来なかったかなあ。
そうすりゃ、ドナルドの馬鹿に当主の座なんざやらなかった物をよお。
リエラは最初は俺を殺しに来た。
まだまだ元気があった十年前の事だ。
凄腕の刺客だったが、なんとか殺さずに捕まえる事ができた。
左腕に障害が残るほどの大けがを負ったけどな。
舌を噛んで自害しようとしたリエラを無理矢理抱いたのは、なんでだろうなあ。
まだまだ元気だって、みんなに見せたかったのかもしれねえな。
で、妾にして、生まれたのがヴィクターって寸法よ。
リエラが蓬莱の忍びの技を全部仕込んで、一流の暗闘屋に育てた。
そして、俺の執事にしやがった。
認知して、俺んちのガキとして育てようぜ、と言ったら、あの糞ババアめが、鼻で笑いやがった。
俺が死んだあと、ビビアンを守るのに、ヴィクターが必要だとか言ってやがった。
まったくありがてえ事だぜ。
涙がでらあ。
ヴィクターは、死んだ長子のリチャードと同じぐらい、俺の血を継いでると思う。
つくづく、早く生まれてくれなかったのを恨むぜ。
せめて、あと十年早く生まれてくれれば、ドナルドを分家にして、本家を次がせたのになあ。
リチャードが死んでなければなあ……。
ああ、いけねえ、死んだ息子の歳を数えるみてえな真似はよくねえな。
ドナルドだって頑張ってんだしよ。
爺は繰り言が多くていけねえな。
背中を丸めて王都を歩く。
もうすぐ冬だな。
今年の冬は越せるだろうか。
つらつら考えながら歩いていたら、ひよこ堂が見えてきた。
今日はマコトはいるだろうかな。
ちっちぇ聖女候補は最近の俺のお気に入りだ。
お、居やがった、店の前をホウキで掃いていやがる。
今日は実家でお手伝いの日らしいな。
「お、じじい、来たかー」
「おう、来たぜ、マコト」
マコトは笑顔がいいやな、邪気がなくて可愛らしい。
本当になあ、ビビアンと友達になって欲しかったんだが、ドナルドの馬鹿めが怖がらせたおかげで、台無しだ。
聖女候補を取り込めと言ったんであって、家に連れてきてしつけをしろとは一言も言ってねえし、鞭で性格をたたき直すだとか、どの口で言うんだ。
まったく、ドナルドをたたき直してやりたいよ。
教会を敵に回すのが、どんなに怖いか解ってねえんだよなあ。
「今日は何を食べるの?」
「今日も聖女パンだ、ほら、お金だ」
「おう、ちょっとまっててな」
マコトは銀貨を受け取ると、店の中に入っていった。
前に店内に入って、気分が悪くなってうずくまってから、マコトは俺を見ると、パンを買ってきてくれるようになった。
ああ、まったく、歳は取りたくねえな。
店の前にはベンチがある。
小さいテーブルもあって、ひよこ堂で買ったものをすぐ食べられるようになってんだな。
ヴィクターが椅子とテーブルを拭いてから、俺をいざなった。
わりいな、世話をかけて。
そんな顔をすると、奴は密かに笑って頭を下げた。
まったく、出来た息子だぜ。
マコトが、聖女パンとソーダを持ってきてくれて、テーブルに置いた。
「はいよう」
「おう、ありがとうよ、釣りはとっときな」
「いらねえよ」
ふはははっ、いいよなあ、こいつ。
生意気でよう。
聖女パンをかじる。
あめえなあ、だが、一本調子の甘さじゃなくて、複雑な甘さだ。
ああ、食う速度も落ちた。
歯もすくねえしな。
やだやだ。
最初はなあ、聖女候補を見るだけのつもりだったんだがな。
俺が店の中でうずくまった時に、マコトが治癒魔法を掛けてくれてな。
それから、動ける時は朝飯がてら、ひよこ堂でマコトをからかいながら聖女パンをかじるのが楽しみになっちまってさ。
やだやだ、歳は取りたくねえよな。
はあ、なんとか菓子パンを一個食い終わった。
まったく食も細くなったぜ。
「いくのか、じじい」
「おうよ、今日は城の方に行ってみるんだ」
「そうか、気をつけていけよ、もうすぐ寒くなるからさ」
「ありがとうよ、マコト」
ヴィクターに飲み残しのソーダの瓶を預けて、俺は歩き出す。
ああ、いつまで、ビビアンと、マコトを見ていられるかな。
まったく歳は取りたくねえよなあ。
俺は秋空にため息を吐き出した。
「死にたくねえよなあ」
「何時までもお元気で居てください、お舘様」
「ああ、そうだな」
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ジェームス・ポッティンジャーが死亡したのは、これより三ヶ月後であった。
葬儀は国葬に準ずる形で王都にて盛大に行われた。