第100話 実は私は昔にジェームズ翁と会っていたらしい
「なぜ、目をうるうるさせているのだね?」
む、ZLに感動したとは言えない。
学園長、ごちそうさまでしたっ。
「あ、いえ、貴重なお話に興奮してしまいました。ありがとうございます」
やはりイイネ、BL話は尊い。
「身勝手かもしれないが、われわれ、ポッティンジャー公爵派閥は、どうしてもジェームズの血を残し、英雄が歴史に刻んだ想いを後世に残したいのだよ」
「ジェームズ翁はそんな事を望んでいますかね?」
「それは……、解らないが……」
私はパン屋に来ていたイカした爺の事を思い出していた。
「パン屋の常連に気っ風の良いじいさまがいましてね。『自分の事でもねえのに、業績を残すとか、血を尊ぶとか、みんなうるさくてよ、俺様ちゃん本人はさあ、ただ生きて、あがいて、楽しんでいただけで、後の事なんざちっとも考えてもなかったんだぜ』って、聖女パンをかじりながら笑って言ってましたよ」
「……その老人は赤い髪では無かったかい?」
「だいぶくすんでましたけど、赤髪で左手が御不自由でしたね」
学園長は顔を手で覆った。
「ジェームズ、君は……。ああ、ジェームズ、われわれは……」
学園長は泣いているようだった。
あれ、あの爺さんがジェームズ翁だったのか?
気っ風が良くて、楽しい爺さんだったけど。
そういや、ひよこ堂に来なくなったのも、去年ぐらいだったな。
そうすると、介添えに来ていた黒髪の若い執事が、隠し攻略対象の毒殺執事か。
知らない間に会ってたんだなあ。
「ポッティンジャー公爵家の全てを手放せとは言いませんが、暗殺行動だけは控えてもらえませんかね? そちらが攻撃してこなければ、こちらから攻撃する事はありませんから」
「わ、わかった。私は学園長として、どちらの派閥にも中立としてふるまおう。ビビアンは怒るかもしれないがね」
「わがまま者は怒らしておけば良いんですよ。領地と同じ権力を学園内でふるえると思うほうがおかしいです」
よしよし、奇跡的に学園長を説得できたな。
説得というよりも、恫喝のようだった気もするが、結果オーライだ。
学園側は中立、学園長から言質を取ったぞ。
「もう、こんな時間だ、すまなかったね」
「いえいえ、午後は授業がありませんので」
「なんだね? 魔術の実習は無いのかね?」
「光魔法は私しか使えないから、教えてもらえないんです。いまはクレイトン親子に実験されている日々ですよ」
「ああ、それでクレイトン氏は毎日、学園に来ているのか」
学園長は立ち上がり、こちらに向けて手を差し出した。
握手かなと、思ったら、学園長は、そのままバタンと床に倒れた。
は?
「ぐぬぬううっ!!」
学園長は右膝を押さえて苦悶している。
「ど、どうしました?」
「す、すまない、昔、戦場で膝に矢を受けてしまってね、ぐぬぬうっ」
古傷なのか、治せるかな。
学園長から点数を稼いでおいても損はあるまいて。
リンと鈴の音のような音が、ビアンカさまの小太刀からした。
見れば柄が淡く光っておる。
ふむ、なんだろう、使えってか?
倒れた学園長の膝に、ピッと光学診断をする。
毒は残ってないが、この黒い感じは、呪いか?
鏃に呪いを付与して打ち込んだのか、戦場とはいえなんて汚い事を。
小太刀を抜いてみる。
刀身が白く淡く光る。
「ちょっと荒っぽい事をしますよ、動かないで」
「な、なにを?」
学園長の右膝に小太刀を当てて、突き刺す。
「ぐっ、む? 痛くは無い? なんだねその剣は」
「ビアンカさまの小太刀ですよ、今、呪いのコアを斬ります」
刃先に当たる呪いの塊に光の魔力を打ち込む。
ジュウと音を立てて呪いは霧散した。
よし。
あとは、小太刀を抜いて、切り傷を『ヒール』と。
ガランと音を立てて、床に鏃の破片とおぼしき金属片が転がった。
「終わりましたよ、もう大丈夫」
「痛くない……、五十年もの間悩まされていた膝の古傷が」
「鏃に呪いを付与して打ち込んだようですね。汚いまねをする奴がいますねえ」
「戦争だったからね、そうか、呪いが掛かっていたのか」
私は小太刀を納刀した。
おまえは、便利だなあ。
治療具にもなるのかあ。
学園長は立ち上がり、ぴょんぴょんと軽くはねていた。
「膝が、痛くない。なんという事だ、ありがとうキンボールくん」
「気にしないでください、困ってる人を助けるのは聖女の本能みたいなもんですから」
よしよし、学園長から点数かせいだぞ。
けけけ。
「ありがとう、なんとお礼を言っていいか、治療費を払わねばならないね」
「いりません、気になるなら、大神殿へ寄進してあげてください」
「ばかな、こんな高度な治療をしておいて」
私は笑って肩をすくめた。
学園長は驚いた顔をしたあと、顔をくしゃくしゃにして泣き笑いみたいな表情を浮かべ、深く深く頭をさげた。
頭の中に、ふわっと小太刀の名前が浮かんできた。
子狐丸。
なるほど、小太刀の子狐丸なのか。
同じシリーズの大太刀は、親狐丸なのかな?
とりあえず、こんごともよろしく、子狐丸。