2 悪の助長と斧戦士の贋物
「ほう、これが噂のミスティックオーブか。美しい輝きを放っている……」
「あんたの言ってた通りの場所に安置されてたぜ」
ミスティックオーブを欲しがっている組織そのいちである。
クロマティック解放団という名前の、いかにも裏社会に両足突っ込んでそうな組織だ。
目の前の人物は一応幹部の地位を持つらしいが、解放団にとって幹部がどのぐらい高い職なのか分からないので、まったく信用できない。
こんな効能もよく分からない黒い玉を幸せそうに見ているのも、それに拍車をかける。
「どうでもいいけど、報酬はくれるんだよな?」
「ふむ……報酬か。そうだな……これをくれてやる」
と言うと、男は急に空へ飛びあがり、スカイアドベンチャーに巨大なレーザービームをお見舞いしてくれたのだ。
突然のことに、身を守ることしかできないスカイアドベンチャー。
魔法使いがマジカルバリアを展開するが、もう遅い。
組織の男が放ったビームは、不意打ちであることを差し引いても、すさまじかった。
まず斧戦士が、次に舟長が、アサシンが、魔法使いが、そして最後に残った剣士も、誰一人として生き残ることなく消滅した。
焼け焦げた地面を満足そうに見つめる幹部。
地面に降り立ち、誰もいないことを確認した男は、堂々と森を去っていった。
黒く輝く、ミスティックオーブを大事そうに袋に入れながら。
一方、そのころブツニの村では、全滅して転送されたスカイアドベンチャーが、宿で遅い昼食をとっていた。
「あいつ……せめて素材よこせよ!」
「まあまあ。ボクたちが本気で掛かれば一撃なんだし」
「そうかな、あのビームを攻略しないと正面突破は難しそうだけど……」
「やだなあ、魔法使いちゃん。寝込みを襲って即死で片付ければ一発じゃない」
「なるほどー」
「アサシンのヤツ、結構キレてるな」
「あの根太ビームが悪い」
なんだかんだで、死んだことは気にしていないスカイアドベンチャーである。
何故なら、彼らは加齢による老衰でしか死を与えられない特殊な冒険者だからだ。
今もこうして元気に会話したりご飯食べたりできるのは、とあるシステムが原因なのだが……これはまた別の話。
とにかく、スカイアドベンチャーは死なない。
しかしこの事実を知っているのはごく一握りの人物――以前アサシンを勧誘しに来たアサシンギルドの長とか、たまたま目の前で転送されてきたのを目撃した冒険者のみなさんとか――とパーティー内だけである。
基本的に秘密主義である冒険者の性質が幸いして、多くの人は知らないでいるのだ。
助かるね。
「はあ……」
「舟長は何に落ち込んでるんだ?」
「いや……世界平和から一歩遠ざかってしまったことを思案してな」
「つまり、悪役にオーブを渡しちゃったことが悔やまれるの?」
「ぐ、ストレートに言うな!」
「舟長、意外とピュアなんだね」
「おいおい、今までに悪の道を手助けしてきたこと何回あると思ってんだ」
「悪かったな、感傷的で! 今回はもう一つ選択肢があったからさ」
むくれる舟長。
付き合いの長いアサシンと剣士はちょっと面白がってるみたい。
魔法使いは感心し、斧戦士は表情の読めない顔のまま舟長を見ている。
「じゃあ、あっちの組織にもミスティックオーブ、渡してみる?」
斧戦士のセリフに固まる舟長。
あっちの組織ってもう一つの……。
いや、しかし待てよ? いま、こいつなんつった?
「なにを言って……」
「実は、舟長が渡したミスティックオーブは偽物なんだ。本物はここ」
斧戦士が左手を持ち上げると、なにがどうしたのか、さっきクロマティック解放団の男に渡したのと、そっくりな宝玉が現れたではないか。
黒い輝きも、吸い込まれそうな不思議な文様も、遺跡で見たミスティックオーブそのままだ。
いや、斧戦士の言葉を信じるなら、その形容は間違っている。
それそのものに対してそっくりだなんて、なんと馬鹿にした評価だろうか。
マジックのように現れたオーブに、魔法使いが興奮する。
「どんな手妻を使ったのだね? 斧戦士さん」
「ふふ、魔法使いさんが驚いてくれて嬉しいけど、ただ取り出しただけだよ」
斧戦士は自分用の布袋をちらりと見せる。
スカイアドベンチャーは、パーティー用の共有バッグのほかに、個人個人でよく使うものを入れておくクロースバッグがあるのだ。
魔法使いや斧戦士はよく使う武器を入れているようだし、基本装備の変わらない剣士は汎用アイテムを多めに入れている。
「本物ってどういう意味だ?」
ようやく立ち直った舟長が、斧戦士に問いかける。
斧戦士は少し考えて、訂正した。
「誤解を招く表現だったな。遺跡に置いてあったオーブのことさ」
「あれが本物か偽物かは分からないんだな?」
「どれが本物であるかってデータがないのに判別できるもんか」
「それもそうか」
舟長は、こいつならできそうだが……と思ったが、それ以上の追及はやめにする。
今はそんなことより大事なことがある。
さっき組織の男がウキウキして持っていたのはなんだったのか、確認せねばならなかった。
「あいつは偽物をつかまされたってことか?」
「そうだよ。偽物なのにウキウキしちゃって可哀想だよね」
「よくバレなかったな」
「舟長たちは本物だと思ってたからだろう。人の嘘は見抜けても、本物かどうかは確かめようがないんだ、ウキウキしても仕方ないか」
「ウキウキに触れるのやめてやれよ」
やはりあのミスティックオーブは偽物だったようだ。
ジョブがシーフであり、数々のお宝を見極めてきた舟長にとって、その事実はほんの少しばかり屈辱的であった。
見抜けなかったとは……。
斧戦士のしでかしたことなら仕方がないと内心を慰めるが、それでも舟長の苦い思いは消えない。
とりあえず、もてあそばれるウキウキ系幹部に触れて話題をそらす。
「でも、いつの間に……? 舟長は本物を共有道具袋に入れたよね?」
「確かに。あんときは本物が入ってた」
「舟長たちが怖がってミスティックオーブに触れなかった間に、偽物のミスティックオーブは作っておいたんだ。それをあとで本物と入れ替えた、それだけだよ」
「これがサスペンス映画なら、笑っちゃうぐらい簡単なトリックだね」
「簡単だけど、誰も気づかなかったんだからすごいよな」
「さすが斧戦士さん!」
魔法使いに称賛されて嬉しそうな斧戦士。
舟長は疑問を彼にぶつけるかどうか悩んだ。
これ以上ないくらいにウキウキしている斧戦士に。
「なあ、斧戦士。作ったって素材はどうしたんだ?」
「ん? ああ、共有倉庫からいくつか貰ったよ」
「……なにとなにを?」
「ブラッドオーブとオニキス」
「どっちも有り余ってる素材だからいいけどよ、使ったって言えよ!」
「きゃー、舟長のシュセンドー」
斧戦士の黄色い声が舟長の怒りを削ぐ。
しかし、舟長は止まらない。
その程度で止まる守銭奴魂ではないのだ!
「と悲壮のしずく」
「なにレア素材使ってんだ! 言えー!」
「必要だったから」
「正直すぎるわ、ボケ!」