第三十六話 虐殺
村へ降りて、すぐ黒い雨に降れた人々が次々と倒れて行きました。それだけでおそらく五十は死んだと思います。中には、竜王山に登る直前に心配してくれた人がいました。中には、時間の戻る前、モイメさんを預けた優しそうな夫婦もいました。
けれど、何も思いませんでした。
その後、家の中に逃げ込んでいった人たちが可哀そうだなと思ったので、家を襲撃し、闇に食わせました。中には半狂乱状態になって、外へ飛び出し、雨に触れて消えていった人もいました。どちらの最後が彼ら彼女らにとって幸せだったかはわかりません。
全身血だらけになりましたが、その血すらも闇がすすってしまって、私の身体には殺人の跡など残りませんでした。
それと、どうやら私の体は本当に悪魔になってしまったようで、食事を必要としませんし、睡眠も必要としません。まあいっぱい人食べたんで、おなかいっぱいなだけな気がしますけど。
とにかく、とりあえずは人がたくさんいるであろう戦争中の二つの大国、アイタリアとテラムスアにでも行こうと思います。戦争なんてやめにして、私と遊びましょう。
大体、生きてるから傷つくんです。そう思えば、虐殺も救済ではありませんか。
――そうやって、自分を肯定しないと、何もできないから。
私が決めたんです。凛さんと二人きりの世界にするって。
――本当は誰も殺したくない。
「うるさい!」
誰も居なくなった血だらけの村で叫び声だけが木霊しました。
「うるさいだ? 音なんて立ってねえだろ」
後ろで声がしました。その声の主は黒髪黒目の男。その横には比較的背が高く、同じく、黒髪黒目の大人びた女性が一人立っていました。
「転移者」
「君が、シュワイヒナ・シュワナ……ね。ここの村の奴らも全員お前がやったのか」
「……」
無言の肯定。
「じゃあ倒すしかないわね。これ以上、被害を増やさないようにしなきゃ」
「そうだな」
大賢者のところに向かっているはずの残りの転移者ですか。
「死んでください」
瞬間、私の体から大量の闇が噴き出し、目にもとまらぬ速度で二人の方へ飛び出していきました。
死体も確認せずに、そろそろ動こうかと、羽を広げた途端、
「どこ行こうとしてんだよ!」
とすぐ近くで叫ばれ、少し耳が痛んだのち、背中にもぴりっとした痛みが走りました。
翼をもがれたようです。まあ、すぐに生えてくるんですけど。
「なんで生きてるんですか?」
吹き飛んだ首がそう言葉を発したので、相当向こうも驚いたようで、
「は?」
と間の抜けた声を出していました。
瞬きをすれば、もう首はくっついています。
どうせ、私を倒せやしないんですから。
「こいつ、やばいわよ!」
「わかってら!」
「だから、私はなんであの闇を避けれたのか聞いてるんですけど」
「教えるわけねえだろ!」
「まあそりゃあそうでしょうね」
首が飛んでも生きている化け物相手に余裕を感じれる人間なんてそういないでしょうし。
「召喚! 爆ぜる槍!」
男が叫んだ次の瞬間、彼の手には槍が握られており、それが私へと一直線に投擲されました。
それほど速くはありません。十分、避けれる速度です。
しかし、単に面倒くさかったので、避けませんでした。逆に、闇を噴出させ、男の体を狙います。
「絶対不可侵の盾!」
が、それはいとも簡単に、防がれてしまいました。突如として現れた巨大な盾が彼の身を守ったのです。
それに驚くのもつかの間、私の体に槍が突き刺さりました。しっかり、心臓の部分を射抜いています。
「だから、無駄なんですって」
そう言いながら、その槍を抜いた時、槍が急に変な音を立てたかと思うと
「――ッ!」
爆発しました。私の体を一瞬でばらばらにしてしまうほどの圧倒的破壊力。
一秒も経たぬうちにまた繋がっていく私の身体へさらに、
「勝利の剣!」
「エンドレスナイト!」
目の前の男は剣を振るい、いつの間にか後ろにいた女は固有スキルを発動させました。
超高速で、放たれる無数の斬撃。何度も、何度も、何度も、私の命を奪っていきました。明らかに普通の人間にできる所業ではありません。肉体強化の限界すらも超えています。
しかも、私は全く反撃できません。この至近距離なら、瞬きの間に殺せるはずなのに、闇を放出することができないのです。
間違いなく、「エンドレスナイト」とかいう女の固有スキルの力を受けています。しかし、それがどんなものなのか皆目見当がつきません。発生している異常事態があまりにも多すぎるのです。
「なんで、なんで死なない!」
男は叫びながらも、剣を振るう手を止めません。まるで、全く疲れていないかのように見えます。そんなはず、あるわけないでしょうに。それとも、これも固有スキルの力とでもいうのでしょうか。
五分間。
そんなことがそれほどの間続き、ようやく、
「邪魔!」
ついに闇を放出することができました。が、それをまるで予知していたかのように
「絶対不可侵の盾!」
また巨大な盾が展開され、私の攻撃は防がれます。
しょうがない。
「どっちにしろあなたたちが死んで、私が勝つという結果は変わらないんですから、楽に終わらせてくれませんかね!」
地面を強く蹴り上げ、一瞬のうちに空高くへと飛翔しました。
「逃げる気か!」
「逃げませんよ。あなたたち、殺さなきゃいけませんからね!」
敵は本当に強い。それだけは間違いありません。
それでも、私には勝てない。絶対に!
絶対不可侵の盾なるものも、固有スキルによって生み出されているものであるならば、必ず使える回数には制限があるはずです。つまり、
「なんだ……あれ」
おそらく、誰の目にも映ったことのないほど巨大な闇。それをここら一帯に、常に噴出し続ければ、絶対に相手を殺せます。
「早く死んでください!」
辺り一帯全てが闇に包まれていきます。いかなる生命も生き残ることのできない圧倒的な力。
草木が枯れていき、鳥の鳴く声も、消えていきました。そこにはただの死の空間だけが広がっていきます。
「ふざけるなーーーッ!」
その闇すらも、飛び出し、男と女は私の元へと迫ってきました。
イライラが止まりません。絶対的、圧倒的力で、抑えつけたはずなのに、それすらも超えてこようとするなど。
なぜ、そこまで足掻くのでしょうか。なぜ、そこまで私を倒そうと必死になるのでしょうか。別に私は竜王山の頂上など、行く気はなくなっていたのですから、上にいれば、あの人たちは生き残れたでしょうに。なのに、なぜ。
わかりません。昔なら、分かったかもしれないことだったのに、少しもわかりませんでした。
「消えろ!」
男と女の首を同時につかみ、もぎ取りました。血が噴き出し、命が消えていきます。
後に残ったのは二つの死体と、血まみれの悪魔だけでした。
死の雨を引き連れながら空を飛ぶ悪魔。目下に映る戦場は第三者の手によって強引に終わらせられていく。
完全に地獄絵図でした。
さてさて。
どうやら、大量殺人事件の衝撃は大きく、アイタリアとテラムスアは休戦協定を結び、突如として出現した化け物を始末するため、連合軍を編成したようです。さらに、ニュースは半月の間に多くの国へと知れ渡ることとなり、私の元へと数多くの軍が出動させられていました。
しかし、そのほとんどは成すすべなく、死の雨にやられ、死亡。生き残った者も、闇に食われ、死体も残さずに消えていきました。
これにより、軍の九割を失った二つの大国では暴動が起こり、ついには滅亡しました。
そして、三月を迎えました。
八つの点。
違和感を覚えました。軍は被害が多くなるにつれ、送る人間の数を増やし続けていました。しかし、今回は八人のみ。
何か、作戦でもあるのでしょうかと、疑問に思いましたが、人間の考えることくらいで、私を倒せるはずもないので、そのまま、雨で死んでもらおうと思いましたが、一人たりとも倒れません。
けれども、この雨を見て、彼らは止まりました。そして、空に浮かぶ私の姿を確認しました。
「――」
何かを叫んでいます。
胸がざわつきました。
地面へと降り立ちました。暴動の後、焼かれた都市。元は相当栄えていたのでしょうけど、今や見る影もありません。
その中で、目の前にいるのは八人の男女。そのリーダーであろうものが、私の元へと歩いてきていました。
「シュワイヒナ。久しぶり」
透き通るような声。その声は低く、中性的でした。明らかに私の知っているそれとは性格が違いましたが、だからといって、判別のつかないものではありません。
「り……凛さん」
髪を短く切り、鎧に身を包んだ姿は男にしか見えませんでしたが、明らかに凛さんでした。
間違うはずがありません。何度も、何度も、何度も、会いたいと願った念願の相手であるのですから。
夢じゃない。これは現実世界。ついに、私は凛さんと出会えたのです。
「凛さん!」
しかし、彼女の顔は少しも笑っていませんでした。全くの無表情。
「先輩! もしかして、この子が先輩の――」
そう一人の男が、凛さんの側へと駆け寄ってきました。
邪魔だ。
闇が噴き出し、一瞬にして、命を奪いました。
「えっ……」
「先輩! やっぱ対話なんて無茶です! やりますよ!」
「待て!」
凛さんの制止を振り切り、六人同時に飛びかかってきます。
「合体魔法!」
「ファイヤーストーム!」
「ガイアインパクト!」
魔法使いが四人。剣を振るうものが二人。
相手になりません。
全ての攻撃は通用せず、逆に私の体から放たれた闇が彼らの体を飲み込み、その姿すらも消してしまいました。
「凛さん、これで二人っきりですよ」
笑いかける私を見ても、彼女は表情を崩しません。それでいて、怒っているとも、喜んでいるともとれない淡々とした口調で語り始めました。
「シュワイヒナ、今合計八つの国が滅び、死者は既に五百万を超えている」
「そうですね」
「これも確認済みというだけで、予想では二千万を超え、全世界の二十五分の一が死亡したと考えられている」
「そうなんですか」
「どこで、こんな事態聞いたかは知らないけど、リデビュ島シュワナ王国の王、桜井祐樹はこれを機に、海を越え、侵略を開始。ヴァルキリアは既に落とされ、ドラゴン山脈からこっち側の大陸はもはやレベリアとエゴエスアしか残っていない。そのどちらでも、不安を元に暴動が起こり、早急に危険を排除することが求められている」
話す凛さんの目元からは気づけば涙が流れていました。
「五千人の部隊が送り込まれ、帰ってきたのは三名。その証言によれば、仲間は降っている雨に触れただけで死亡したと。僕――私には心当たりがあった。シュワイヒナ・シュワナが闇覚醒したときに発現する能力死の雨。もちろん、違うと信じたかったよ。ねえ、本当にシュワイヒナなの?」
「はい」
「どうして? どうしてそうなっちゃったの?」
「別にいいじゃないですか」
「よくないよ!」
「いいんですよ。素敵だとは思いませんか。私と凛さんしかいない世界。作りましょうよ」
「そんなの……。ねえ、何があったの。なんでそうなっちゃったの」
「だから、そんなのどうでもいいんですって」
「どうでもよくない。シュワイヒナ。前はそうじゃなかったでしょ。本当は優しい人だって私は信じてたんだから」
「いいえ。私は最初から悪魔だったんです」
「なんで」
「私はもう人を殺しても何も思わないんですよ。悲しくなることもなければ、罪悪感もありません」
「違う」
「思えば、昔から私は人を殺すのに抵抗がありませんでしたから。そして、ようやく気付いたんです。そんなの普通の人間じゃないって」
「違うよ。その力のせいでそう思っているだけ」
「凛さんは私の何を知っているんですか?」
「……」
「凛さん、なんで私だけが悪魔が襲来した中で生き残っていたのか知らないんですよね」
「……」
「あの王宮にいた人たちはただ単に悪魔に殺されただけじゃないんです。いえ、間違っていませんね。あの人たちはもう一人の悪魔に殺されたんです」
「そんなこと……」
「生き残るために必要でした。私はそう自分にずっと言い聞かせていたんです。けれど、ようやく気付いたんです。ただ、生き残るためだったら協力する方法もあっただろうにって。でも、凛さん。それでも、私は真っ先に邪魔だから殺すという選択肢が頭の中に湧いたんですよ」
その言葉だけで全てを察した凛さんは唖然としていました。
「でも、凛さん。そんな私をあなたは好きになってしまったんですよ」
拳を握り締め、わなわなと震えていた凛さんはその言葉を聞いて、意を決したように私の顔を見ました。そして、早足で私の元へと来たかと思うと、腕が振り上げられ、
「えっ」
私の頬が強く痛みました。




