第二十九話 子供
「シュワイヒナさん、顔色悪いですよ。どうしたんですか?」
「別に」
「寝不足ですよね。なにかあったんじゃないんですか?」
「なにもありません」
「何かありましたよね」
「何もないって言ってるじゃないですか」
「しかも、そんないきなり丁寧語なんか使って」
「……早く、張り紙出しに行こう」
朝起きたら、シュワイヒナさんがやけに具合悪そうにしていたので、話しかけると、以上のようなことをしゃべられた。どうも様子がおかしい。
私の獣の勘というか、女の勘というか、そんな感じのものの言うところにはきっと、シュワイヒナさんはかなりの不安を抱えている。
けれど、絶対にシュワイヒナさんは教えてくれない。そう、私ははっきりと感じた。
なんだか胸が痛い。
シュワイヒナさんに信用されていないような気がして。
どうしたらいいかなんてわからない。ただ、私に残された道はひたすらにシュワイヒナさんの代わりに戦うだけ。
そんなこと、ずっと前からわかっているのに、胸の疼きは止まらない。
この街には頼めば広告を出してくれる店があって、私たちはそこに向かうことになった。竜王山まで行くのに護衛が欲しい人を探すらしい。
絶対にシュワイヒナさんには言わないけれど、私はこの方法は好きじゃない。お金ならかなりあるはずだし、誰かを守りながら戦うのは難しい。それに、なによりシュワイヒナさんと二人きりの時間を奪われるのは嫌なのだ。
だけど、シュワイヒナさんの言わんとすることもわかる。
私たちに土地勘はないし、何より信頼のない私たちが馬やらを借りて、しかも、返せないだなんて許されるはずがない。だから責任者を人にうつすために用心棒として移動するのは納得できる。
ただ、その方法だと、竜王山まで行って帰りはいらない人を探す必要があるのだ。
正直な話、私はそんな人見つかるとは思っていない。大体、どういうシチュエーションでそんなことが起こり得るというのだろうか。私の頭じゃ思いつかない。
それはそれと。
「これ、お願いします」
とシュワイヒナさんが店に行って、プリンシア王女の証明書とともに、広告書を見せると、
「これ、本当かい?」
と店のおばさんから疑いの目を向けられた。
「はい。聞いてませんか? プリンシアは少女二人が護衛としてついていたって?」
「噂にはなっているねえ。君たちなのかい。ほう、そうかい。まあ確かにサインは間違っているように見えないからね」
「なら、お願いします」
「わかったよ」
思ったより、すんなりといった。おばさんは物分かりのいい人らしい。常套句的なものだったようにも思える。
その日からは、私たちの元へ尋ねてくる人が多くいた。けれど、みんな、行きかえりまでサポートしてほしいという人ばかりだ。ちゃんと広告の方には行きだけと書いていたはずだが、読んでいないのだろうか。正直、うんざりするし、実際、シュワイヒナさんもうんざりしていた。
五日も経てば、私も我慢できなくなり、
「シュワイヒナさん。もう、馬でも買って、地図買って、出発したらいいんじゃないんですか?」
と尋ねた。シュワイヒナさんはうーんと悩まし気に首をひねると、
「確かにもう出発したいし……、けど、途中で倒れるのは意味ないし……」
と答えた。
どうして、こんなに優柔不断になっているのか。私には少しもわからない。少し前の夜にあったことが関係しているのかもしれないけど、いまいちつかめない。
「……ごめん」
シュワイヒナさんは私の顔をみると、そう謝った。とても、いつものシュワイヒナさんとは思えないような声。
なんだかこちらが申し訳なくなった。
そんなことをしているとき、扉が開き、
「シュワイヒナさん、テールイさん。客人です」
と宿の人が言ってきた。
「通してください」
とシュワイヒナさんが言うと、後から、客人が姿を現す。
「お邪魔します」
かしこまった様子で現れたのは一人の少女だった。長く伸ばしたブロンズの髪を後ろで一つに結び、顔立ちはまんま村娘と言った感じの風貌。服も茶色のどこかみすぼらしさを感じさせるもので、お金はあまり持っていなさそうだ。それでも、足腰や腕などは鍛え上げられているようで、それなりに戦闘をしてきたかのような形跡もある。
不思議な少女だ。
彼女は入ってくるや否や、私の隣にいる人の顔をみて、目を輝かせた。
「あなたがシュワイヒナさんですね!」
そう嬉しそうに言う彼女はまるで、長い間探していた人に会えたかのような表情だった。
「えっと……誰、ですか?」
とシュワイヒナさんは困惑の色を浮かべながら尋ねる。
「ま、そりゃそうか。私の名前はモイメ。佐倉凛に救われた人」
それを聞いたとたんにシュワイヒナさんは口を半開きにしたまま、動かなくなった。そして、誰も何も言わないまま、時だけが流れる。
鳥のさえずり、パレードの歓声。それだけが響く中、モイメさんが、
「おーい、大丈夫……ですか?」
「あっ……今、佐倉凛って、佐倉凛って言いました!?」
「えっ、ええ」
「それは本当に……本当ですか!」
「もちろんですよ。凛ちゃんは本当にすごい人だった。本当に」
「凛さんは、凛さんは、元気なんですか?」
「さあ、今はどうしてるか知りませんけど、元気なんじゃないんですか」
「よかった」
ほっと、シュワイヒナさんが落ち着いたように胸を落とす。
なんだか、胸が痛い。
佐倉凛と言えば、シュワイヒナさんの想い人であり、そして、世界の災厄、滅びをもたらすもの。幼いころから、脳に焼き付けられてきた恐怖そのものだ。
それが、本当に存在する。
胸の奥がざわついて、苦しい。
このシュワイヒナさんとの二人旅はいつまでもは続かない。どこかで、事態は解決して、どこかでシュワイヒナさんは佐倉凛に出会う。
はっきり言おう。
そんなことあってほしくない。
このまま、二人でずっと旅を続けて、二人で、幸せに暮らしていければどれだけいいだろうか。
しかし、そんな私の感情など、この場では誰も必要としてはおらず、モイメさんとシュワイヒナさんの二人だけで話は進む。
「それで、モイメさん。あなたは竜王山に行きたいんですか?」
「はい。あのね……じゃなかった。私――」
「別に丁寧な言葉使わなくても大丈夫ですよ」
「あ、そう。ありがとう。えっと、私、小さいころに両親が竜王山に向かったの。大賢者様に会いに行くって。で、そこに住むって。だから、両親に会いに行って、一緒に暮らしたいんだ」
とてもニコニコしながら、明るく話していましたが、果たしてこれは明るく話していいことなのだろうか。どうも、私にはその両親が子供を置いて、身勝手にどこかへと行ってしまったかのように見える。おそらく、仮にその両親が生きていたとして、彼らに会うことができても、モイメさんはきっと拒絶されるだろう。そうなったとき、モイメさんにはいよいよ居場所がなくなる。
モイメさんはそのことに気づいていないのだろうか。それとも、気づいているのに、気づいていないふりをしているのだろうか。
どちらにせよ、彼女に現実をその目で見させるだなんてあまりにもかわいそうだし、彼女の用心棒をするなど、私たちにはできない。
きっと、シュワイヒナさんもそう思っているはず。
だが、シュワイヒナさんの口から出た言葉はどっちとも違った。
「へえ、違いますよね。あなたの目的はそれじゃないんですよね」
少しのコーティングをすることもなく、シュワイヒナさんは突き付ける。
あまりに残酷ではないか。
が、それを聞いたモイメさんの反応も私の想像を遥かに上回ってきた。
「やっぱ、わかるんだ」
気づいてるのに、気づいていないふりをしていたのか? いや、違う。ハッタリか? でも、なんのために?
次々と頭に浮かんでくる疑問にモイメさんは答えるように話し始める。
「私も、凛ちゃんにそう言われたんだ。いつか、両親に会いに行きたいって言ったら、どうして? って。いないってわかっているのに、どうしてって。ハッとした。誰も私にそんなこと言わなかったから。村のみんな、私は頭のおかしい両親に捨てられたかわいそうな人だと思っていたから。本当は、私は全部わかっているのに。そして、シュワイヒナちゃんもそう言うんだね。さすが、凛ちゃんのこの世界で一番大切な人」
もう意味が分からない。モイメさんはシュワイヒナさんが佐倉凛のことをどれだけよく理解しているかはかるために、ああいう言い方をしたのか。
「本当のところは、両親をそこまで惹きつけた大賢者を見てみたいと」
「どうせ、私の帰るところなんてないから。それなら、私は大賢者様のところで暮らしたい」
「もう戻ってくることはないとわかっていても、ですか?」
「ええ」
「わかりました。行きましょう。あなたの用心棒になります」
すんなりと、決まってしまった。あっさりと。お金の話など一切せずに。
頭がぐちゃぐちゃして気持ち悪い。
どうして?
ただ、疑問符だけが頭に浮かんでくる。
シュワイヒナさんが何がしたいのか微塵もわからない。こんなにシュワイヒナさんの感情がつかめないのは初めてだ。
一体全体、なんのためにシュワイヒナさんは用心棒なんてやっているのか。
プリンシアの件で貰った礼金で馬車を買い、保存食を集め終わり、私たちはもう明日にでも出発する。突然、こんな風に準備が終わっていくのだから、やはりシュワイヒナさんの行動力はすさまじい。私も振り回されている身だ。
夜、シュワイヒナさんがお風呂というものに入りたいというので、私もついていくことにした。
服を脱いで、熱した水につかるという。水浴びくらいなら、たまにするけれども、熱い水につかるだなんて、生まれてはじめてだ。そもそも、シュワイヒナさんの前で裸になることが既に恥ずかしいというのに。
「はやくしなよ」
少しもシュワイヒナさんが気にしていない様子を見ると、なんだか悲しい。
「はわー」
シュワイヒナさんは惚けたような声を出した。かくいう私も、想像以上にお風呂たるものが気持ちよくてびっくりしている。
体の芯へ優しい温もりが伝わってきて、私の心も暖めていく。そんな感じだ。欲を言えば、毎日入りたいほど気に入った。
「どう、気持ちいい?」
「はい」
シュワイヒナさんも最近のどこか苦しそうな表情は消え、その顔は安らぎに満ちていた。
無防備に肉体を晒す彼女を私はなるべく気づかれないように横目で見る。
本当にきれいな体だ。傷らしき傷はどこにも見当たらない。回復魔法の力か、それとも単に治りやすいだけなのか。
それに、美しい曲線美だ。身長なんて、私とはたいして変わらないはずなのに、全身がきれいに引き締まっていて、お世辞にも大きいとは言えないが、出るところもちゃんと出ている。もっと、成長すれば、それは見る者の心を一瞬で奪ってしまうような美しい肉体になるだろうが、今のままでも、十分だ。
それに比べて、私はどうだ。
彼女の美しい白い肌と比べて、私の肌はどこか汚くて、しかも部分的に毛に覆われているため、他の客と比べても大きな違和感がある。
直線かと思うほど胸はないし、シュワイヒナさんよりもさらに子供っぽい貧相な体つきをしている。いや、子供であることに間違いはないのだが。
最近は大人になりたいと、切に願うようになってきた。
けれど、大人になったところで、何もないような気がする。
「こんな、しなしなになっちゃってー」
私の尻尾を嬉しそうにつかんで、シュワイヒナさんは笑う。
時々、シュワイヒナさんを見ているときに思うことがある。例えば、今、この時。
ああ、子供だって。私とおんなじだって。
なんだかくらくらしてきたので、私はもう上がることにした。すると、シュワイヒナさんもそろそろというので、後ろからついてくる。
体を拭いて、尻尾を振って乾かす。けれど、なかなか水は落ちない。今夜は重い尻尾を抱えたまま寝るのかと、宿の人に申し訳ないなと思った。
すると、シュワイヒナさんが、私の尻尾をタオルで優しく拭いてくれた。
「あ、ありがとうございます」
そう言って、後ろを向くと、
「――!」
声が出そうになるのを抑え、動揺したのを必死で隠した。
シュワイヒナさんの背中、そこには黒い紋様が浮かんでいた。
それは薄く、遠くから見れば、気づかない。だが、当然闇覚醒など発動していないにも関わらず、だ。
そして、その瞬間、私は悟った。ここ数日シュワイヒナさんが何かを気にしていた、その何かの正体を。
悪魔化が進んでいる。
私がこの間、闇覚醒を使わせてしまったせいだ。私のせいだ。私が悪いんだ。
私が守らなきゃ。私が戦わなきゃいけないんだ。
私にばかり責任が押しかかっていく。そのことをシュワイヒナさんはわかっているのだろうか。
私がこの世界の誰よりもシュワイヒナさんのことを守りたいと思っているって、シュワイヒナさんはわかっているのだろうか。




