第二十七話 王女
さて、それからの旅路はアレウスさんと一緒の時とは違ったベクトルで苦しいものでした。
プリンシアはびっくりするくらいのわがまま王女で、なにかと肩をもめやら、マッサージをしろやらで要求が多いのです。
「私たちの仕事は用心棒です。面倒を見ることではありません」
そう言うと、プリンシアはふてくされたような顔をして、
「はあ? あんたたち下々は私の言われるままにしなさいよ!」
ととんでもないことを言いだします。正直いらいらしますが、だからといって、説得するような言葉が微塵も浮かばないので、黙っていました。すると、テールイが、
「しゅ、シュワイヒナさんだって元王女なんですよ! ですよね!?」
とやけに興奮しながら、そんなことを言いました。あんたの話じゃないだろ、と突っ込みたくなる気持ちを抑え、
「まあ。はい、私だって元王女ですよ」
そう言うと、プリンシアは実に興味深そうな顔をして、
「へえ、王女。あんたみたいな用心棒がね。言われてみれば、あんたもそんな感じの顔してんね。ああ、シュワイヒナ・シュワナっつったっけ」
「はい、シュワナ王国の元王女です」
「つっても、元王女じゃん。私のほうが上だよ、へっ!」
こいつ絞め殺してやりましょうか。
まあ、私が言えたことじゃありませんが、こんな小娘に手をあげるほど、私も子供じゃないので。ここは我慢です。
「ま、私のほうがかわいいし。当たり前か」
「は?」
口に出してしまいましたが、ご愛嬌ってことで。
旅は全部で三週間と少し。最初の五日間は何事もなく終わりました。まあ、私がイライラし続けていますけど、大したことではありません。たぶん。
結局、私は途中から王女の言っていることは無視していますから、旅路は少し雑音が多いことを除けば、あまり変わり映えしないものでした。それはそれでいいかななんて思い始めてきた六日目の正午を過ぎたあたり。
事件が起きました。
森の中を進んでいたところ、突然馬車が止まりました。
「ちょっ、なに!」
プリンシアが大声で叫び、テールイは、
「ちょっと、私馬車の上に行ってきます」
テールイは窓から出て、馬車の上に乗りました。そして、「えっ!?」という驚くような声が聞こえたのち、戻ってきます。
「固有スキルによる攻撃?」
「おそらく」
「わかった」
私が剣を持ち、馬車から降りようとすると、テールイが、
「ダメです。私が行きます」
その澄み切った瞳に押され、私はそれを許さざるを得ませんでした。
そのとき、馬車の扉が勢いよく開いたかと思うと、一人の男が姿を現しました。
「やあ」
爽やかそうな見た目をした男が快活な返事をしたと思うと、
「本能覚醒」
次の瞬間、テールイは既に飛び出していました。そして、男の体を掴んだかと思うと、
「なっ――!」
テールイの体はまるでなにもない空間を通り抜けたかのように、男の体を通り抜けていきました。
かなりの勢いで飛び出したテールイはそのまま、馬車の外に投げ出され、そして、依然として男は私たちの前でどこか気持ち悪い微笑を浮かべていました。
「わあ、女の子がいっぱいだ。用心棒なんてついてないんだね」
「私が用心棒なんですけど、喧嘩売っているんですか?」
「やだなあ。そんなふうに捉えられるとは思ってもなかったよ」
「あ、そうですか」
剣を構え、プリンシアを背後に置きました。
「僕はねえ、その子に用があるんだ。君みたいな小さい女に興味はない」
「残念ですね。仕事を受け持った以上、私は守らなきゃいけないんで。意地でも私に興味を持ってもらわないと」
「ここにいる時点で、もう君の存在なんて無意味なのに」
と、
「無意味なのはあなたのほうでしょ」
テールイが、男の後ろから、そう言いました。
「実体もなしに、幻覚だけそこに置いたって、意味はありませんよ。早く、姿を現してください」
「ほう、ばれたか」
ああ、そういうことか、と私は理解しました。
この男は何らかの力を用いて、自らの姿だけを私たちの目の前に映していた。だから、テールイが、突っ込んでもそのまま通り抜けただけだった。
ということは、本物は別の場所にいます。それも、私がどのような行動をとっているのか見える場所であり、さらには、馬車を開けることさえもできる場所。
考えられ得る場所はごく近辺に限られます。ならば、
「相手が悪かったですね」
テールイはそう言うと、とんでもない速度で駆け出しました。
馬車の扉を開けることができた時点で間違いなく、実体は存在しており、さらにはテールイの速度を活かした最も良い作戦は、ローラー作戦。
そう、テールイはこの近辺をすべて通るように走り出したのです。
が、一分経っても、二分経っても、テールイは走り続けていました。
「そんなところ探したって意味はないよ。君たちは僕の能力をよくわかっていない」
さらに続けて、
「ほーら、後ろを見てごらんよ」
そう言われた瞬間、直感的に何が起こったのかを理解してしまいました。
「まさか……」
私は後ろにいるはずのプリンシアの姿に触れました。そして、何の感触もないことに気づきます。
「いつの間に……」
プリンシアは既に敵の手の内にあります。何の音もなしに、私に全く気付かれずに。一体、どうやって……。
その時、テールイが戻ってきて、
「シュワイヒナさん。ここら、一帯五十メートル四方だけが、特殊な空間になっているようです。そして、ここに人がいません」
「は? そんなわけ……」
「いないんです。ここら一帯全てをくまなく探したのに、人間なんていないんですよ!」
何がどうなっているのか全く分かりません。
しかし、早急に解決しなければいけない緊急事態に陥っていることは変わりないのですから、なんとしてでも、すべてが手遅れになる前に解決する必要があるのです。
情報を整理していきましょう。
敵は自分の姿を別の場所に映すことができる。また、私に気づかれずにプリンシアをさらうことができた。加えて、テールイの情報から、五十メートル四方に特殊なフィールドを展開できる。
おそらく、能力はその特殊なフィールド上でしか、発動しないのでしょう。
それに、もし複数発動することができるのならば、王宮からプリンシアを誘拐することが可能なはずですから、複数発動することはできないのでしょう。
さらに、もし能力を解除すれば、間違いなく彼の姿は私たちが捉えることができるはずですから、間違いなく、彼らは私たちを殺しにきます。今のこの静寂はその作戦を練っているところでしょうか。
完全な膠着状態が三十秒ほど続いたのち、ひとまず、テールイは二人のおつきの人につくことにして、私は馬車の外に出て、上にのって、辺りを見渡しながら、思考を巡らせていました。
あんなにうるさいプリンシアの声が少しも聞こえないと言うのも妙な話です。能力により、操作していると言うのが最も妥当な考えでしょう。
聴覚と、視覚。
音をとらえるか、光をとらえるか。
違う。何かを見落としている。何かを……。
と、その時、首に激痛が走りました。それから、追って、意識は遠のき始め、反射的に首元を抑えると、出血しているのが確認できます。
「ちっ……」
辺りを見渡しても、何の違和感も感じることができません。
相手がどこにいるのかわからない恐怖。しかも、相手は剣を持っています。今、速く反応できたからいいものの、致命傷になりかねません。
「シュワイヒナさん!」
「ダメ! あなたはそこにいて!」
相手が何を考えているかわからない時点で、戦闘力のない付き人の方は守らなければいけません。だから、テールイを戦闘に参加させるわけにはいきません。
神経を研ぎ澄まし、剣を構えました。
「闇――」
もう闇覚醒を使うしかない。そう判断した直後、私の耳に、
「助け――」
プリンシアの声が飛び込んできました。そして、その瞬間、頭に電撃が流れるかのような感覚に襲われました。
能力がどういうものかなんてどうでもいい。
ただ、そこに人間がいる。それを別のところに映すと言う能力ならば、確実にそこにおかしなところは存在する。もっと具体的に言えば、相手がいるところと全くおんなじ場所に物を存在させれば、それはおかしな歪み方をする。
「テールイ。チャンスは一瞬です。よく見といてください」
そう言って、私はこの状況を一発で打破する「能力」を使いました。
「マジカルレイン!」
天から光り輝く雨が降り注ぎました。それは、確実に五十メートル四方を覆いつくし――
「消えている……!」
一か所だけ、敵のいる場所だけその光は消える。
「修正されるよりも前に!」
私とテールイはその場所へ同時に飛び出しました。いえ、飛び出したと言う表現はおかしいかもしれません。上へ、跳びあがりました。
そう、木の上。そこだけに、光り輝く雨は消えていたのです。
「なんだと!」
そこに、確かに人の体がありました。気絶しているプリンシアと男。
男の体を掴んだ瞬間。
パンッ!
そんな何かが弾けるような音と同時に、辺り一帯を覆っていた違和感は消滅し、二人の姿をはっきりととらえることができました。
「くそが!」
男は跳ぶように逃げますが、テールイに一瞬にして、蹴り上げられました。
「があっ!」
地面に叩きつけられ、男は苦しそうに悶えました。
「さあ、白状しなさい。あなたがどこの誰なのか。なんのためにこんなことしたのか」
剣をのど元に突き付け、脅しをかけました。すると、男は狂ったような笑みを見せ、
「プリンシアは俺の嫁だ! 俺と運命を一緒にしなきゃいけねえんだ! あんな王子なんかに取られてたまるもんか!」
どうやら、関わらないほうがいい奴です。それにあきらめも悪そうです。これは殺しておいたほうが良い。
「なあ、知ってるか? 俺の能力はな。周囲五十メートル四方に特殊な空間を発生させ、その空間内で、音波と光波を操ることができる。それがどういうことかわかるか!?」
何がそんなに余裕そうなんでしょうか。
「わかりませんけど。もう関係ありません」
「この空間はまだ消えちゃいないんだよ! そして、俺のマジックポイントはある程度回復した! 俺とプリンシアの邪魔をする奴なんてぶっ殺してやる! くらえ、俺の奥義!」
半ば本能的に私はその言葉に恐怖を覚えました。そして、こいつを始末しなければいけないと、確信しました。
しかし、
「バーンレーザー!」
そう男が叫んだ瞬間、目の前がカッと明るくなったかと思うと、目の前の全ては消え、光が全てを覆いつくしました。
「ああああああああああ!」
想像を絶する激痛。が、それも一瞬のことで、次の瞬間には痛みなどなく、一気に意識は遠ざかっていきました。
「シュワイヒナさん!」
私を呼ぶテールイの声。
「はははははは! 頭、半分吹き飛んでやがるぜ! ひゃははは!」
死ねない。殺さなきゃ。
「なんだ!」
「シュワイヒナさん……?」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
私の手に入れた力は、あまりにも強大すぎる。
「ごっめーん、テールイ。やっぱ、これやめらんない」
圧倒的快感。この「闇」に包まれた途端に、まるで全知全能であるかのような優越感に浸れます。
「悪いね。君。私、死なないんだわ」
吹き飛んだ頭半分が一瞬にして再生されていく。
「約束したじゃないですか! 私に任せるって! なのになんで!」
「えっ、でもさ、テールイが早くこいつ殺せなかったから、私がこうなっちゃったんだよ。しょうがないよね」
「…………」
言葉に詰まるテールイを放って、私は男に向き直りました。
「ねえ、どんなふうに殺されたい?」
「あ……あ……」
男にはもはや答えるほどの余裕はないようでした。
「精一杯叫んでね」
まずは、一発。遥か上空へと蹴り上げ、そのまま、そこに行き、叩き落す。面白いくらいに跳ねたその体をつかみ、腕を引きちぎる。
「うあああああああああ!」
痛みに悶えながらも、男にはまだ息がありました。
「ほらほらほらほら」
腹をぐりぐりと踏み込み、内臓が破裂する感触を味わいました。思った以上に気持ちの良いものです。
男は涎をたらし、その目はもうどこにも焦点があっていませんでした。これは、もう駄目なようです。
「じゃあね」
男の頭を踏み潰しました。
骨の砕ける音と、脳のひしゃげる音。それから、噴き出す大量の血。
なぜだか、ひどく美しい光景のように思えました。




