第二十四話 盗賊
ついに、旅は残り一週間ほどに迫っていました。案外ここまでくると、短いもので、この重ぐるしい空気から解放されると思うと、それだけでわくわくしてきます。魔獣もだいぶ、少なくなってきましたし、私の中ではほとんど旅は終わったような気分でした。
が、事件のないまま、滞りなく進んでいくかと言うと、そんなわけはなく。
「囲まれています」
テールイが、突然そう言いました。馬が、突然恐怖に怯えはじめ、動かなくなります。
魔獣の時と同じ反応ですが、囲まれている、というのは妙な話です。というのも、魔獣がそのような行動をとったことは今までありませんし、そんなこと考えられるようなイメージすらないのです。
「何に囲まれているかわかる?」
「たぶん、人間だと思います」
人間――魔獣の巣食う森にいるというのは、不思議な話ですが、ここは、もう魔獣がだいぶ少なくなってきている場所ではありますし、それに、アレウスさんの話を思い出せば、確かこの辺りに盗賊がいたと言う話でした。
「降りますか」
怯えている馬を無理矢理動かすと言うのは酷な話ですし、危険因子は排除しておいたほうが安全です。
馬車から降りても辺りに人は見えません。つくづくテールイの察知能力には頭が上がりませんね。
まあ、時間帯がだいぶ日も沈んできたころというのもあると思いますが。
「おい! お前ら、どこから来たんだ!」
深い森の暗闇の中から、声がしました。足音がどんどん近づいてきて、その声の主の正体が明かになります。
現れたのは身長二メートルほどの大男でした。とても大きな斧を持っており、非常に体格の良い男です。
「忠告します。喧嘩を売る相手を間違えていますよ。命が惜しかったら、今すぐ逃げることです」
私は質問には答えず、そう声を張りました。一瞬であたりに緊張が走り、鳥の羽ばたく音が響きます。
「なんだ、小娘か。まあいいや。おい、お前ら。上物だぜ。行け!」
そう大男が叫んだ途端に辺りに男たちの叫び声が響き、一斉に走る音が聞こえました。
「テールイ、何人?」
「十四人です」
「わかった」
「闇覚醒、使わないでくださいね。私も戦いますから」
「……いいよ」
「ありがとうございます。本能覚醒」
テールイの放つ気迫は一瞬にして、大きなものへと膨れ上がり、相手を怯ませるには十分なものとなっていました。
それを合図に私も走り出しました。相手の姿が見えませんから、足音で相手の場所を判断していきます。
「うらああ!」
そう叫んだ男の腹に回し蹴りをして、さらに、それを土台にして、もう一人の頭に飛び膝蹴りを送りました。
「まずは二人」
振り下ろしてきた剣を避け、顔へ肘を叩き込む。さらに、相手を投げ飛ばし、もう一人にぶつける。
そうこうしている間に、テールイはそれ以外の全てを倒し終わっており、男たちの苦痛に悶える声も既に消えていました。
「は?」
斧を持った大男は腑抜けたような声を出しました。
「どういうことだよ!」
「こういうことですよ」
肉体強化を使うまでもありません。一人一人の実力があまりにも低く、相手にするのすらかわいそうに思えてくるほどです。
「ちっ、ただの小娘だと思っていたのに……。まあいい。俺には勝てないからな!」
負けると決まっていそうなセリフです。
「めんどうくさいですね」
男は自慢の斧を振り上げ、私たちの元へと振り下ろしました。
その速度は、あまりに遅く、止まって見えます。
テールイは目にもとまらぬ速度で動き、男の手を蹴りつけました。
「うがああ!」
男は叫び、斧を落としてしまいます。
それを私は拾い、
「いいですか。どれだけ鍛えていたとしても、そんなふうに痛みにも耐えられないほど弱かったり、道具の扱いも知らなかったらこうなるんですよ」
斧は思ったより、軽く、私のような見た目ひよわな女でも扱えるほどです。あくまで私基準なんで重いものなのかもしれませんけど。
「お、お前らなんか、うちのカシラに比べたら大したことねえんだからな!」
「負け犬の遠吠えですか?」
私は斧を男の腹へと振り下ろしました。
人間が出たというのはそれだけ街が近いと言うことです。なんなら、もう残りは一週間もないのかもしれません。そう思うと、あの遭遇も少し嬉しく思いました。
そして、特に何もないまま、何かあったら、起きれるだろうなという希望的観測の元、私たちは寝床につきました。
幸運なことにその晩は何事もなく、安心しきった私たちは特に警戒意識もないまま、ひたすらに進み始めました。
しかし、出発から、一時間。まるで、道を塞ぐかのように、大きな街が目の前に広がっていました。見た瞬間に、治安の悪さがわかってしまうようなその街は私たちの目指している街ではないと、主張してきています。
門の前には二人の素行が悪そうな男が立っていました。
盗賊の根城。
そう、私の中では結論を出しました。しかし、周りに馬が通れるような場所はなく、どうやら、先に進むには突っ切るほかないようです。
「お前ら! どこから来たんだ!」
決まり文句なのかもしれません。面倒くさくなってきたので、アレウスさんの街の名前を伝えると、
「じゃあ魔獣たちのいる森を通ってきたってことか……?」
と困惑していました。
「そこを通してください」
私は馬車から降りて、彼らにそう伝えました。
「わ、悪いな。俺たちの城をただで通すわけにはいかないんだ。通行料を払ってもらわなきゃな」
「いくらですか?」
「そうだなあ、お前たちの命だ」
「どうして、そんなに好戦的なんですか? そんなに死にたいんですか?」
「なんだと?」
「私たちとは戦わないほうがいいって言ってるんですよ。魔獣たちのいる森を通ってきたってことがその証明です。それとも、あなたたちは魔獣を倒せるほどの人間よりも強いというのですか?」
「うっ……。だ、だが、ただで通すわけにはいかねえんだ! じゃねえと、カシラに殺されちまう! うちのカシラは魔獣相手にも簡単に勝ててしまうやつなんだぞ! あんたらも、カシラに殺される!」
「そんなの関係ありません。二度目はありませんよ。通さないと、死にますよ」
「……わかった」
門は大きな音を立て、開きました。
中に入っていきますと、明らかに私たちを敵視してきているものが数多くありました。
だからといって、私たちに危害を加えてきたわけではありませんので、無視して、私たちは進みました。
そして、街を半分ほど進んだころ。
中央にある大きな城のような建物から、たくさんの人々が降りてきました。人数は二十を超えています。
「おい、お前ら。俺たちの街を我が物顔で闊歩しやがって、なんのつもりだ?」
男たちの中でも特に派手な格好をしたものが、私たちへと話しかけてきました。
「私たちの目的地へ行くにはここを通ることが必要なんですよ」
「それは知ってる」
「私たちがあなたたちに危害を加えることはありません。何か物資を求めたりすることはありません。だから、何もしないほうが吉ですよ。私たちと戦ってもあなたたちは何も得られません」
「脅しのつもりか?」
「じゃあ、もっとはっきり言いましょうか。黙って通らせろ。もし、邪魔するなら、殺します。どうせ、あなたたち違法集団なんでしょ? じゃあ殺したって誰も文句言いませんし、むしろ喜ばれますよ」
「舐めてんのか、現実教えてやるよ。小娘」
「だから、やめたほうがいいですって。どうしてもって言うのなら別ですけど」
「お前ら! 新しい獲物だ! ぶっ殺しても構わねえ! やれ!」
「馬鹿な人たちですね」
「本能覚醒」
躍りかかった四十名を超える盗賊たちは十秒もしないうちにテールイの手によって気絶させられました。
正直、わたしもびっくりです。昨日よりも明らかに速くなっています。攻撃力、という面ではこれでもかなり低いほうではありますが、この速度はもしかしたら、今まで出会った中でも最高クラスかもしれません。
「獣人、しかも、なかなかに強い血筋を持ってるな。やべえやつだ。面白くなってきたじゃねえか!」
そう言って、男は何かを取り出しました。
初めて見るものでした。持ち手のようなものと、その物体をささえるものがついていて、先の方は、一本の筒のようになっています。どうやら、鉄でできているようで、ガチャっと、音がしました。
男はその筒の先を私のほうへ向け、
「なあ、見たことあるか。これ、ないよなあ。何をすると思う?」
にやにやしながら、言いました。
「テールイ、あれはまずいかもしれません。下がって」
全身があれは危険だと叫んでいます。
盗賊から奪った剣を引き抜いて構えました。
あれが、なんなのかわからない以上、むやみやたらに近づくことはできません。しかし、早く決着をつけなければ、まずいことになると直感が訴えかけていました。
その一瞬の葛藤が一番まずいことには気づいていませんでした。
「さあ、初めての感覚を味わってみろ! うなれ、俺のフォーチューンストリーム!」
そう男が叫んだ瞬間、その筒の中から、猛スピードで金属の塊が飛び出しました。
半ば反射的に私は剣を振るい、それらを弾き飛ばしていきます。強引に肉体強化を使い、腕を振るう速度を上げ、一秒につき十発放たれた金属の塊のほとんどを落とすことに成功しました。
「ほう、なかなかやるじゃねえか」
「まあ、そう簡単に殺せませんよ」
明らかに初見殺し。少しでも反応が遅れていれば、あの金属の塊が何発も私の体を貫いていたと考えるとそれだけでぞっとします。
それに、全てを払い落とせたわけではなく、私の腹に一発、太ももに一発、塊が貫いていました。
「これは、なあマシンガンって言うんだ。そして、これと俺の能力フォーチューンストリーム。これで、俺は銃弾を永遠に連射しつづけることができる。すげえだろ? 今、お前は全てを払い落とすことに成功したが、果たしてそれがいつまで持つかな? 今、降参すれば、お前ら二人は一生かわいがってやる。残りの奴は殺すが、まあいいよなあ? 俺もちょうど、強い味方が欲しかったんだ」
アレウスさんがひぃ、と情けない声を上げ、その場に尻もちをつきました。
「まるで、自分が勝てると思ってるかのような口ぶりですね。その自信どこから、湧いてくるんでしょうか。正直、その技を止められたの初めてだったんじゃないんですか? それが怖いから、自分を鼓舞してるんでしょう?」
「つくづく、お前は俺をいらいらさせるなあ。お前の泣きわめく声が楽しみだが、それも聞けないかもしれないな。お前は二度と喋れねえからよ!」
そう叫び、男はまたもや、弾幕を張りました。
実は、非常に困った状態で、闇覚醒を発動してしまうと、体があまりに脆いがために、銃弾はあまりにも簡単に私の体を貫通してしまい、銃弾は減速することなく、馬や、アレウスさんたちに、当たってしまいます。
だからといって、このまま、相手の攻撃をはじき続けるだけでは埒があきませんし、押し切られてしまいます。
既に腕ははち切れそうなほど痛み、また、自分がなぜ立てているかもわからないほど、脚はぼろぼろになっていました。
「シュワイヒナさん、私に任せてください」
テールイが後ろでそう言いました。
「この弾幕の中で動けるっていうの!」
「大丈夫です」
テールイの小さな体ではあんなの一発でも食らえば致命傷です。それが、私の中ではひどく恐ろしく感じられました。今、任せたら、彼女が死んでしまうような気がして、しまったのです。
しかし、彼女の言葉には強い自信がありました。彼女はとんでもない速度で打ち出されていく弾を見て、そう言ったのです。
テールイが先ほどよりもさらに動けるとするならば――希望が確実に見えてきました。
「……任せた」
「はい!」
テールイは私の横から、飛び出しました。その姿を男は認めると、
「二人がかりってか! だがな!」
そう言って、男は懐から二本目を取り出し、動き始めたテールイのほうへ銃口を向けました。
しかし、テールイはまるで、そのことが何の問題もないとばかりに、顔色一つ変えずに走り始めていました。
「がああ――ッ!」
テールイが獣のような叫び声をあげたかと思うと、彼女はとんでもない速度で加速を始めました。
あれが獣人族。あれが最強の血筋。
あれが本当の本能覚醒。
テールイは、男の銃弾をすべて避けていました。本能覚醒を発動しているにも関わらず、小さな体のまま、駆けていき、銃弾の間をすれすれで通り抜けていました。
そして、テールイはついに、男の真正面へと到着しました。
その間、わずかに一秒。とんでもない衝撃波で周りのボロボロな家は壊れ、私たちも吹き飛ばされそうになります。
そして、とんでもなく大きな音が辺りに響き、
「ぐるあああああ!」
テールイはその拳をまっすぐ男の腹へと叩き込みました。




