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異世界チーレム主人公は私の敵です。  作者: ブロッコリー
第二章 愛の方向
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第十八話 馬車

 夜にも拘わらず、火によって明るく輝き、悲鳴で騒がしく思える街ももう遥か後方へと過ぎていきました。

 アレウスさんとテールイはすっかり眠ってしまい、馬も、執事さんもまた眠ってしまいました。私もうとうとしてきましたが、なんだか全員が眠ってしまうと言う状況が怖くて眠れません。

 夜は案外静かでした。鳥の羽ばたきも、風の音も何もない無音。虫の鳴く声すら聞こえません。この辺は雪は積もっていないようですが、かなりの寒さなのでそれも当然と言えば当然でしょう。

 また、この場所は平地が広がっていて、森の中というわけではありません。こんな場所を襲ってくるような輩はいないように感じます。それに、猛獣が住んでいるという雰囲気もありませんし、寝てもいいような気がしなくもないです。

 しかし、漠然とした不安が確かにそこにはあるのです。それは果たして直近に起こることでしょうか。それとも、この先の道中で起こることでしょうか。それすらも曖昧なものですが、それは私を怯えさせるには十分でした。

 厚めの布を引っ張り出して、くるまりました。それだけで、少し安心できたような気がしました。

 私たちは何かを捨てて生き残らなければいけない。何を選ぶかは私たちの自由、とはいかないようです。

 きっとよく眠れないのだろうな。

 そう思いながら、私は重い瞼を閉じました。


 馬車に揺られ、私は目が覚めました。既に朝ごはんも皆済ませていたようで、

「シュワイヒナ、だったかな。起きるの遅いな」

 とアレウスさんに言われました。露骨にテールイが嫌そうな顔をしていましたが、それはそれで

任せるとして、私も少し嫌な気がしました。

 確かに私は用心棒なんで文句は言えないんですけどね。

 ただ、昨日あったことに関して、私が何もダメージを受けずにいると思ったら、それはそれで大間違いだって言ってやりたいとは思いました。

 しかし、余計な争いは何も生みませんから、私は何も言い返さず、ただ一言「すみません」と謝っておきました。

 道は案外きれいで、ちゃんと道らしくそこに存在しています。

「この道がずっと続くのなら、いくら遠くたって、何人かは逃げられるような気はしますけどね」

 そう、私がつぶやくと、アレウスさんは、

「ああ、本来ならばな」

 と、応えました。

「本来ならば……ですか」

「ここから、隣町までの道はおよそ千三百メートルだ。しかし、これは昔からそうだったわけではない」

「やはり、そうでしたか。私たちが必要な時というのは街を出る時よりも、この道中だったというわけですね」

「ああ、そうだ。もう二十年も前の話になる――」

 彼は語り始めました。

 まとめると、今から二十年前、大陸の真ん中ドラゴン山脈から飛来したドラゴンがこの近辺に住み着いた。それはその辺りの街を焼き尽くし、根城とした。それ以来、この辺りには数多くの魔獣が住み着き、人が寄り付かなくなった。そのため、仮に隣町に行こうとするならば、一旦ヴァルキリアを通ってから、いかなければならないらしい。だから、そもそも戦争が始まった時点で、あの街は孤立していた。

 じゃあ、どうやって戦争していたんですかと尋ねると、あの街の人々が兵は出していたそうです。それで、あの街の強い人もほとんど戦争に使われて行っていたから、ますます脱出不能になっていたようでした。三年間も持ったと言うのはそれだけあの街の人々が屈強だった、あるいは、ドラゴンがいると言う地方にヴァルキリア兵が安易には攻め込めなかったか、と言った感じでしょう。もちろん、ヴァルキリア方面にもまだまだ街はあって、それらが順に落ちていっただけかもしれませんが。

 それから、その周辺には盗賊の根城があるという話です。迂闊に手を出せる場所ではないので、彼らにとってはぴったりの場所だとか。

「とにかく大変な場所だということだけはわかりました。でも、問題はありませんよ」

 私たちが強いから、とここで言い放てるような自慢はとうの昔に砕け散りました。

 問題がないと言うのは、私たちにとって、と言うことで、困ったときはアレウスさんを殺して、私たちだけ逃げればいいだけの話です。もちろん、極力そんなことにはならないように努力くらいはしますが。私もまだ死にたくありませんからね。

 まっすぐの道がただひたすらに続いています。しかし、前を見れば、今までのような草原は姿をなくし、まるで巨大な壁のように森が姿を現し始めていました。

「ああ、そういえば、賢者の話をしなければならないのだったな」

 アレウスさんが思い出したように口を開きました。

「そうですよ。早く聞かせてください」

 場合によってはここであなたの必要性は無くなってしまうかもしれませんが。

「さっき、ドラゴン山脈の話はしたな。あそこはこの大陸を半分に分断している超巨大山脈だ。そして、その山脈の中にある世界最高峰の山、通称、竜王山。山頂には、最強の竜が鎮座していると言われている。そして、その竜とともに、その山頂に住んでいると言われているのが、大賢者だ。というのは君たちも知っているだろう?」

「いえ、初めて知りました」

「かなり有名な話だと思っていたんだがな。世間知らずなものだ。本当に君は王女様かもしれないな!」

 アレウスさんは高々と笑いました。やはり、私のことを本物ではないと思っているようです。別に信じてもらわなくても、関係ない話ですので、いいんですけど。

 ニコリともしない私とテールイを見て、アレウスさんも少し気まずくなったのか、

「おーい、セバス、そろそろ休憩にしようか。君も疲れたろ」

 と叫びました。どうやら、昼ご飯の時間のようです。

 私たちの後ろからはもう一台の馬車が来ていました。そちらのほうは、非常時の食料などが積み込まれています。なにしろ、長い旅になる予定ですから、たくさんの荷物が積み込まれているのです。

 馬に飼料を食べさせながら、私たちは乾パンを食べました。そんなにおいしくありませんでした。

 それから、すぐに出発しました。休憩と言っても、馬の休憩としか思えないのですけどね。さっきから、私たちは座って、喋ってるだけなのですから。体がなまりそうな気がします。

 アレウスさんは話を再開しました。

「さて、その大賢者だが、なにもずっとその竜王山にいるわけではない。まあ、誰も来ない場所でドラゴンと二人きり、というのも寂しいだろうからな。さて、これからは僕しか知らない話になる」

「アレウスさんしか……知らない話」

 とても興味をそそられるワードです。

「彼には特別な能力がある。瞬間移動だ」

「瞬間移動……!」

 葦塚桜さんの使う固有スキル「ワープ」と似たような能力を持っていると言うのでしょうか。

「僕が大賢者と会ったのはもう二十年ほど前、僕がまだ十代前半だった頃の話だ。僕は一人ぼっちだった。親も友達も例のドラゴンの件で村ごと死んだ。僕はたった一人で、生きていたんだ」

 この人は親のコネであの街の地主をやっていたと思っていましたが、どうやらそうではないようです。

「そんなとき、突然僕の前に大賢者様が現れたんだ。目の前に突然来たもんだから、本当にびっくりしたよ。そして、生きていくことに絶望していた僕に言ったんだ。君には役目がある、だから生きなさい、って。でも、そんなこと言われたってやる気なんて出ないだろう? でも、なぜだか、やる気が出たんだ。生きてやろうって。そのまま、何かに導かれるように僕はあの街の地主になった。でも、地主になった途端に、今までのやる気は全て消え失せたんだ。不思議なことにね。何か特別な力を使われたような気がしてたまらない」

 ただの固有スキルではない。その話を聞いて、すぐにそれを察しました。固有スキルであれば、能力は一つだけのはずです。しかし、最低でも能力を二つ以上は使うことができる、そう考えることができます。ですが、大賢者は固有スキルを所有していると言う話でした。

 想像を遥かに上回る力を持っている。

「ああ、あと、大賢者の元に行くと言っていたな。それなら、覚悟したほうが良い」

「えっ……覚悟ってどういうことですか?」

「竜王山の標高は約九千メートルと言われている。しかし、ただそれだけではない。あの山の勾配はあまりに急すぎる。人間が登れるような代物ではない。それこそ大賢者様、のようなお人でなければな」

「でも、そこに登れば、大賢者には確実に会えるんですよね」

「ああ」

「それならば、全然問題ありません。登れる人がいるというのなら、私たちにもきっとできます」

「その自信はどこから湧き上がってくるんだ?」

「自身があるわけじゃありません。やらなければならないことってだけですよ」

 ふと、辺りは暗くなっていきました。森の中に入っていったようです。ここからは、一つ目のなだらかな山のなかに入っていきます。

「そもそも、なぜ大賢者様に会わなければならないんだ?」

「話しても、信じてもらえる気はしませんけど。アレウスさん、ずっと私のこと疑ってますし」

「君の素性が疑わしいんだ」

「私は、シュワナ王国元王女シュワイヒナ・シュワナ。それだけです」

「一国の王女がなぜ、それほど高い魔力を持っているんだ?」

「私は生き残るために強くならざるを得なかったんですよ」

「強いと願う人は多々いる。僕だって、その中の一人だ。それに、君はまだ幼い少女だろう? 強さには上限がある」

「はあ」

 私は短くため息をつきました。

「私にはマジックポイントを扱う才能があります。そして、私には固有スキルも、特別な力もあります。恵まれているんですよ」

 ただし、痛覚を殺して、戦っているんですけどね。

 私の肉体強化は他の使い手のそれを遥かに上回っているという自信があります。それこそただの人間には絶対に超えられないくらいの。その代わりに体は傷つけられていきます。しかし、ベースになる部分の力が弱いだけに、そこまでしてようやく他と肩を並べられるのです。

「素直に信じてもらいたいのですけれども」

 と、テールイが

「しゅ、シュワイヒナさんの強さは間違いないですから、信じてください」

 とフォローしてくれました。

 とは言ってくれましたが、魔王城で一瞬見せてくれたテールイのあの姿はおそらく私の力を上回っているのですよ。

「テールイも頼りにしてるよ」

 そう言うと、彼女は嬉しそうに笑いました。

 しかし、アレウスさんの気持ちもわかるのです。命がかかっていることなのですから、藁にもすがる思いだとしても、不安になるのはしょうがないことです。私だって同じ状況に置かれたら、そう思うでしょう。

 自らの拳を握り締め見つめました。細く、か弱い拳です。

 この拳で剣を握ってきた。

 その事実は赤の他人からすれば、きっと嘘だと思うでしょう。なんなら私だって嘘のような気がします。体だって依然として小さく、身体的スペックの差を思い知らされます。

 なんだか不安が伝染してきたような気がして頭を振りました。

 まずは、自分を信じなくちゃ。少し前の私ならそれが出来ていたでしょうに。

 と、その時でした。

 突然、地面が揺れ、セバスと呼ばれていた執事が大きな声で叫びました。その声にびっくりしたのか多くの鳥が空へ飛び立っていきます。

「何が……」

 私は馬車から飛び出しました。

 きれいに舗装された道。その道を塞ぐかのように、「それ」は目の前に立っていました。

「ぐるあああ――ッ!」

 高さはおよそ二メートル五十。四つの足のうち、前二本を持ち上げ、こちらを威嚇していました。見た目は大きな熊。リーベルテ一番隊隊長ライン・アズベルトさんの「ビーストモード」を想起させます。

「魔獣だ!」

 アレウスさんが叫びました。

 いつしか出会った巨大なオオカミも魔獣だったと言うのでしょうか。そして、この熊もまた、あのオオカミと同様、もしくはそれ以上の強さを持っていると言うのでしょうか。

「関係、ありませんね」

 なぜだか、笑みがこぼれました。

「そこ、どいてくれますか? とか言ったって、伝わりませんよね」

 行く手を阻むと言うのならば、倒すのみ。邪魔者は排除するだけ。

 自分のため、それでいいじゃないですか。それに、この場合は後悔することなんて何もありませんよね。

「マジカルレイン!」

 そして、肉体強化。

 薄暗い舞台に光が降り始めました。

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