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異世界チーレム主人公は私の敵です。  作者: ブロッコリー
第一章 リーベルテ
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第七話 事件

 次の日、私たちは湊さんに呼び出され、王宮の会議室に来ていた。

「今日から、この部屋で午前中は会議をする。午後は凛、君にはアン君が剣術について指導をつけたいそうだ。広場で待っているから来てくれということだ。いいな?」

「え……あ、はい。分かりました」

 唐突に修行をつけられる流れになっているが、少し怖い。それも当然だろう。だって、私はまだ十六なのに昨日あったばかりの男の人に二人っきりで修業をつけられるなんて怖い。ただ、そんなに怖がることじゃないのかもしれない。あの人そんなこと出来なさそうだし。

「さて、シュワナについて情報を教えてもらおうか」

「え、じゃあ何から言いましょうか」

「祐樹と言うんだっけか。彼についての情報を教えてもらおうか」

 それから祐樹についての性格を話した。そして、

「彼はレベルが九百九十九です。それに全てのステータスが九千九百九十九で、マジックポイントに関しては無限大だそうです」

「そ、そうか……」

 ここに来て、初めて湊さんが動揺した。そんなところは初めて見た。まあ会って二日だからあんまりよくは分からないけれども。

「彼の固有スキル分かるか?」

「いえ、それは……」

「私も分かりません。聞き出そうと思ったことはあるんですけど、教えてくれなかったんです」

「固有スキルがないというのは厄介だな。しかし、私の固有スキルがあれば、レベルを下げれる。それが対策の最たる方法になりそうだな」

 まあ、そりゃあそうだろうなと思った。

「あ、あの湊さん、お願いがあるんですけど……」

「なんだ?」

「戦争を止めたいんです」

「止める……か」

「はい」

「出来ることならそうしたいが、シュワナがそれに応じるとは思えないな」

「それは私も同感です」

「なら、出来ないだろう?」

「じゃあ、せめて、せめて死者の出ないように出来ないんですかね」

「分からないな」

「そこでお願いなんです。私たちに戦争で死者の出ないように、最大限の努力をお願いします」

「そんな夢物語を……」

 そう言って、湊さんは私の目を見つめた。逸らしたくなったが、逸らすわけにはいかない。私も湊さんの目を見つめる。

「分かった。約束しよう」

 湊さんは溜息をついて、そう言った。

「夢物語だって、出来るかもしれないしな」


 そのあと、私たちは昼食をとって、私は一人で広場に向かった。シュワイヒナは部屋に戻って、もらった資料の整理をしてくれるらしい。

「ちゃんと来てくれたな。佐倉凛」

 アンさんが広場の中心に立っていた。

「じゃあ、特訓を始めようか。私が教えるのは、君が死なない方法だ。まずは姿勢からだ。そこに立て」

 そう言って、指さしたのは柱だった。

「そこに立て。一時間、そこに背中と頭、尻をしっかりくっつけて立て」

「え、一時間もですか?」

「これでも譲歩してるほうだ。ほらやってくれ。暇ならおしゃべり位には付き合ってやる」

 現代日本ならもっとましなトレーニングあるだろと思ったが、考えるだけ無駄だ。言われた通りのことを私はした。


 これが結構きつかった。まず、くっつける段階できつかったのに、そのあとも異様にきつかった。アンさんがおしゃべりには付き合ってやるとか言ってたくせに途中から無言だった。十分も喋っていない。その間、アンさんはじーっと一時間、私を見つめていた。そして、私がそろそろいいかなって心の中で思っただけで、アンさんは、残り時間を正確に答えてきた。正直怖い。

 最初の方のアンさんの話によるとこの国の兵士のほとんどは戦いを経験したことがないらしく、実際は警察のようなことをしているらしかった。若い人が多いらしい。三十のアンさんが年の方というのだからかなりなのだろう。

「一時間が経った。じゃあ、そこから離れていい。姿勢は崩すな」

 そう言われて、離れようとすると、体が上手く動かない。そして、背中がすごく痛い。

「姿勢は基本なのだ。その姿勢をこれからの日常生活でも崩さないようにしろ」

「分かりました……」

「じゃあ、次はこれを持て」

 そう言われ、渡されたのは西洋剣だった。長さは一メートルと少し。刃が両方についており、そして

「重っ!」

 すごく重かった。予想とはぜんぜん違う。投げれるほどではあるが、あまり詳しくはないし、イメージでは軽々と扱っていたのでそれだけずっしりと腕に来た。

「それで重いだなんてとぼけるな」

 アンさんはいちいち言ってくることが辛い人だった。

「それは片手でも両手でも使えるが、まあいいだろう。ただ、片手で扱うのは覚悟しろ。両手の方がいい時もある」

 らしい。

「私は特訓を付ける側としてどうとは思うが、正しい剣術についてはよく分からない。今までの経験で洗練させてきた剣術であるからだ。だから、教えられることは少ない。ただ一つ言えるとするならば、生き残るためなら、相手に切られる前に相手を切り伏せろ。それだけだ」

 雑っ! いや、それが出来たら苦労しないと思うんだが。というかそれならなぜ、姿勢をやらせた?

「雑と言われてもそれしかないのだから仕方がないだろう」

「それでも、それは……」

 待てよ。私は一度も雑だなんて口に出していないのになぜ、分かったんだ。

「教えてやろうか」

 まただ。まるで心を読まれているかのような。

「これが私の固有スキル『見透かす目』だ」

 あ、初めて英語じゃない固有スキルだ。いや、そんなことはどうでもいい。

「この能力は常に発動している、相手の心を読む能力だ。これで私は相手の攻撃をほぼ確実に躱すことが出来る」

 じゃあ、この人に隠し事出来ないじゃん。

「そういうことだ。だから私は君の指導をしようと思ったのだ。シュワイヒナは何か君について隠し事があるようだからな」

「な、なんですか、それ」

「さあな。そこまでは分からない。だが、隠し事をしているのは事実だ」

 私についての隠し事? 少しも心当たりがない。

「心当たりがないなら、まあいい。とにかく修行を続けるぞ。その相手よりも先に相手を切り伏せる練習をな」


 この日から午前中は会議をして、午後はアンさんに修行をつけてもらう日々が始まった。アンさんの指導はもはや私を殺しに来ているものもあったが、アンさん曰く、戦場ではもっと殺されそうなところがあるのだからこんなものは大したことがない、だそうだ。そして、リーベルテ軍というのは基本的に治安維持を行う警察のようなことをしているらしい。ただ、特殊部隊だけは別らしく、他の特殊部隊らしき人も暇そうだった。そして、アンさんに言われたシュワイヒナの隠していることについて、私は結局何も聞けなかった。何か知らなくていいことのような気がしたのだ。

 そして、そうこうしているうちに約一か月が経った。その間、シュワナにも特に動きはなく、平和な日々が続いていた。

 五月六日、向こうではゴールデンウィークが終わったころだななんて思いながら、会議室に向かうと、そこにはいつものメンバーと共にアスバさんがいた。相変わらず眠そうな人だ。そして、会議室にはなにやら異様な空気が流れていた。

「どうしたんですか?」

 シュワイヒナが聞くと、湊さんは

「さっき、伝書鳩が来て、昨日の夜から東のアレル村で謎の男が現れ、村人を殺しているとのことだ。かなりの実力者らしい。それでだ。アスバに行ってもらおうと思う。それに二人ともついていってくれるな」

「は、はい」

「分かりました」

 それから桜さんがやってきて、

「まだ、眠いのに、どうしたの?」

「行けば分かる。この三人と一緒にアレル村に行ってくれ」

「はいはい、分かりましたよ。私の手を握って」

 そう言われ、三人とも手を握る。

「ワープ!」

 桜さんが叫んだ瞬間、またあの奇妙な感覚が押し寄せた。目をつぶり、吐き気に耐える。目を開けると、そこはのどかな村だった。だが、明らかにのどかではない光景が広がっていた。あたりに血が飛び散り、びくびくと痙攣して血まみれの男が倒れていた。

 せっかく我慢していたのが無駄になりそうだった。

「大丈夫!?」

 桜さんが近づいて回復魔法をかけた。

「あっち! あっちにやばい人がいるんです」

 その男はそう言っていた。

 言われた方向に向かう。角を曲がると、そこではちょうど大男が一人の男の首を大きな斧ではねていた。

「ぎゃあああああああ!」

 アスバさんが叫んだ。ものすごい大きさの悲鳴で一周まわって恐怖が消し飛んだ。

「何をしているんだ!」

 桜さんが叫んだ。

「お、お前らが軍の奴らか。弱そうだな。一人、報告用に生き残らせてやる」

「なめてんの?」

 桜さんは全く動じることなく言った。

「私たちに敵うなんて思いあがっているなんてかわいそうな人ね」

「な、なんだと!」

 男はかなり怒ったようだった。そして、

「ふざけるなあああああ!」

 男は叫びながら、走り出した。

「ひいいいいい! 近づくなあああああ!」

 アスバさんが叫んだ。本気で怖がっているようだ。さっきの眠そうなキャラはどうした。かくいう私もかなり怖くて、足の震えが止まらないのだが。

 対してシュワイヒナと桜さんはまったく動じていない。桜さんに限ってはあくびをしている。

「もらったああああああ!」

 大男が斧を桜さんの首に当てようとしたとき、アスバさんが言った。

「アイス・ダンス」

 その瞬間、空中に大量の氷が現れた。そして、その氷は猛スピードで大男の体へと突っ込んだ。

 大男は人の耳を壊してしまうような悲鳴を上げながら、バランスを崩し、その場に倒れた。そんな大男をアスバさんは見下ろして、

「あ、あなたは何人を殺したんですか?」

 と聞いた。

「知るかあああああ!」

 男はいきなり飛び上がって、斧でアスバさんを切りつけた。しかし、それはアスバさんの手だけで弾かれた。斧は宙を舞い、大男の後ろの地面に突き刺さる。

「くそおおおおおお!」

 大男はアスバさんの腹を殴りつけようとするが、

「アイス・ダンス」

 また現れた氷に防がれる。

 ここまで来ると私にも恐怖はなくなっていた。さっきから大男はアスバさんに指一本触れられていない。

「もう知らねえからな」

 大男はアスバさんを睨み付けた。

「あなたは殺してはいけないと言われてきました。もう僕に勝てないのは分かったはずです。おとなしくついてきてください」

 それは仲間である私が恐怖を抱いてしまうほど、冷たい声だった。

「な、なんだと! 俺がお前に勝てないだとふざけるな! 固有スキルが使えないだけでどいつもこいつも俺を弱いって思いやがって、思い知らさてやる!」

 大男は後ろに距離を取り、手を向けて叫んだ。

「ファイヤーストーム!」

 向けられた手から炎が噴き出した。

「そんなものは効きません。『アイス・ダンス』」

 アスバさんもまた、右手を大男の方へ向けて言った。すると、アスバさんの右手から氷の渦が噴き出した。それは炎を巻き込んでも勢いが衰えることもなく、炎をかき消した。

 男は予想だにもしない光景に呆然としていた。

「な……ど、どういうことだ!」

「見た通りです」

 そう言ってアスバさんは大男の方へと歩き始めた。

「やめろ、やめろ!」

 大男は叫び、アスバさんに殴りかかった。しかし、未だ空中に残っていた氷によって男の拳は貫かれた。

 またも彼は悲鳴を上げた。痛そうだ。なにしろ十円玉位の大きさの氷が手を貫いたのである。だが、これはまだましな方だろう。

「いつまでもおとなしくしないならこうするしかありませんね」

 アスバさんの拳に宙に浮いていた氷が集中していく。気づけば拳は氷におおわれていた。

 そして、アスバさんはその拳で大男を殴りつけた。

 大男は白目をむいて倒れた。

 アスバさんは溜息をついて、

「桜さん、気絶させました。あとはお願いします」

「分かったよ。お疲れ様」

 そう言って桜さんは大男の体を持ち上げた。

 今日はびっくりしっぱなしだ。アスバさんは急に性格変わるし、桜さんは大男の体持ち上げちゃってるし。これが隊長級の強さなのかと本当にびっくりした。

 それから私たちは桜さんの固有スキルで王宮に戻った。

「お疲れ様。特に苦戦は無かったようだね」

 と湊さんが出迎えてくれた。

「さて、ちゃんと生け捕りにしてくれたね」

 大男を桜さんが柱にしばりつけた。しばらくして大男が目を覚ます。

「離せ! 離せ!」

 と男がわめいている。

「黙れ」

 湊さんの声はそれはもうさっきのアスバさんとは比べ物にならないほど怖かった。

「君はシュワナから来た。違うかい?」

「ああ、そうだ」

 男は簡単に認めた。そして、こう続けた。

「この国には既に二人俺の仲間がいる。あとからもう六人来るそうだ。覚悟しろ、はっはっはっはっは!」

 そう男は笑うと、私たちの方を睨み付け、舌を突き出した。そして、

「じゃあな」

 男は舌を噛み切った。血が噴き出した。

「ぎゃああああ!」

 アスバさんが叫んだ。どうやら彼は血が苦手なようだ。

 かくいう私も足の震えが止まらなかった。

「嘘……」

 男はそのまま、口を閉じた。誰も動くものはいない。誰も助けようとはしない。湊さんは溜息をつき、桜さんは欠伸をして、シュワイヒナは目を逸らしていた。アスバさんは悲鳴を上げているだけでなにも出来ない。

 私は助けようとして、手を伸ばした。

「やめとけ」

 湊さんの冷たい声が響いた。

「今、助けたら苦しむだろ。じき、死ぬ」

「そんな……」

「こいつには死ぬ覚悟があったんだ。それを尊重してやれ」

「そんなこと言われても……」

 男はしばらく苦しそうにしていたが、数分経つと動かなくなった。

「なんで……なんで、みんなそんなに冷たいんですか! 人が死んだんですよ!」

 思わず、叫んでしまった。でも、我慢できなかった。

「慣れてるんだよ。みんな」

 桜さんが落ち着いた声で言った。

「凛ちゃんは祐樹に守られていたから分からないかもしれないけどこの世界では人が死ぬなんてそんなに珍しいことじゃないんだ。特に私たちにとっては」

「だからって……」

 こんな世界おかしい。人が死ぬことに慣れてるなんて……

「人はいつか死ぬんだよ。彼の死ぬ時が今だっただけさ。それに君は人殺しに同情するのかい? 人を殺した時点で自分が死ぬ覚悟は出来てる。そうあるべきさ。彼は人殺しだけどそれが出来ただけまだましだ」

「でも……」

「でも、なんだ?」

「いや、なんでもないです」

 私が全く知らない人が殺されて、私に人が死んだという感覚がなくなっていただけだ。おかしいのは私の方かもしれない。

「まあ、目の前で人が死ぬのは嫌だよね、凛ちゃん。でも、そんなんじゃ、自分の命は守れないよ」

 一か月前のことを思い出した。あの時、決心したはずなのに、私は……

「まあ、いい。今日はもう休んで、気持ちを切り替えてくれ。いい加減、人が死ぬのにも慣れないと、この世界じゃ生きづらいぞ」

次回更新は九月二十六日です

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