第十五話 出発
「大賢者を探せば、何かがわかるかもしれない……ねえ。賢者とかいうくらいだから、そりゃあ何でも知ってそうだけど、その場所わかるひといるの?」
桜さんが尋ねてきました。
「桜さんがわからないとワープで飛ぶことすらできないじゃないですか」
「だから聞いているのよ」
「うーん。賢者の情報が少なすぎます」
「そもそもそんな言葉遊びみたいなの……」
「でも、大賢者なら頼れるでしょう。レベル九百九十九でしたっけ。おかしな力ですよ」
「そうだね。解決策を知っている可能性は十二分にあり得る」
玲子さんが頷きます。
「だが、仮に大賢者が見つからなければ、佐倉凛は殺すほかないわ」
「それは……」
「それに、大陸で人探しなど途方もない話でしょ」
「でも、魔王化が防げるものじゃないのなら、凛さんを助けるにはそれしかないじゃないですか!」
「難しいってだけよ」
やっぱり私は短気な人間でした。反省すべし。
「とにかく、凛さんにも会いたいし、大賢者にも会いたいし……。せめて、アンさんの力で凛さんの居場所だけでもわからないんですか」
「無理ね。遠すぎる」
「でも、早く見つけなきゃいけません。突然起こるってことは明日起こるかもしれないんですよ!」
「情報がない時点で暗闇の中を突き進むしかないのは変わらないわ。手を伸ばして、たまたま、つかむことが出来たらいいくらいの話よ」
玲子さんはいかにも冷静そうに話を進めます。
冷静沈着なのに、嫌なとこ突かれたら、殺意を覚えるほどに怒ってしまう。やはり精神が限界まで追い詰められてしまっているのでしょうか。
「何、人をかわいそうなものを見る目で見てんのよ」
「別に……なんでもありません」
「シュワイヒナと玲子は相性悪いみたいね」
「悪いなんてもんじゃありません」
「まあいいわ。とにかく、有名人なだけ、賢者のほうが幾分か探しやすい気はするけど。凛の場所も最初送った場所くらいはわかるけど、最初いたところから動いていないとは思えないし、一か月もすればそれなりに動いているはずだわ」
決めなきゃいけません。時間がないのです。ここで、立ち止まっているよりも探すのに多くの時間を割くしかありません。
「それにあまりにも長い生活をしてたら直にじり貧になるわ。冬になったら、それこそ何も手に入れられなくなる」
「稼いで、そのお金で何かを買いつつ、都市を転々としていく……。そうと決まれば、私はもう今すぐにでも大陸に行きたいです。とにかく、凛さんを下した場所に」
「待て。シュワイヒナ。そもそも佐倉凛が既に死んでいる可能性もある」
「そんなこと言ってられないんですよ!」
玲子さんは一体全体何が言いたいのかわかりません。やっぱり心の中では凛さんが死ねばいいと思っているのでしょうか。
そうはさせません。絶対に凛さんには生きてもらいますし、世界も滅ぼさせません。
私はそう心に誓ったのですから。
そもそも死んでいるかもしれないなんて考えるのは全くの時間の無駄です。
「そう。じゃあ決まりね。シュワイヒナ。頑張って。私は一緒にはいけないけど」
「えっ、なにかあるんですか」
「ええ。やらなきゃいけないことはまだまだ山積みよ。祐樹の独裁政権については不満を持っている人もたくさんいることだし、犠牲者がこれ以上増えないようにしなきゃ」
「……いろいろあるんですね」
「でも、今大事なのは凛を助けることだから。そのためにはシュワイヒナ。それにテールイ。あなたたちに頑張ってもらわなきゃ」
「そう……ですね。私とテールイしかいませんもんね」
実を言えば、仲間は欲しいです。大陸と名の付くのですから、そこは想像を絶する広さでしょう。ですから、見つけられる自信なんて本当はありません。でも、やれるのは私たちしかいないのですから、やるしかないのです。
まずは大賢者――世界の全てを知る者。
神の作り出したレールにのったまま、滅びの道を突き進む。そんな人生があってたまるものですか。
「じゃあ……私にはこんなことしか言えないけど。頑張って。凛を下した場所は大陸の最西端にほど近い場所だわ」
リデビュ島に戻ってきてまだ数時間。まだ半日すら経っていません。もちろん生まれ育った王宮の様子など見に行くこともできません。思えば、王宮を離れて三か月ほどたったのでしょうか。なんだかんだいってあの場所には良いものも、嫌なものも含めて思い出がたくさんあります。それも含めて、私は王の血族としてあの場所に帰らなければいけません。
しかし、今はそんなこと二の次。私は凛さんのいるシュワナしか受け入れたくありませんから。
「ワープ」
目の前がぐにゃりと曲がり始めて、体までもが無理矢理曲げられてしまっているかのような感覚を覚えます。
こうして、私のリデビュ島への帰還は終わってしまいました。
地の感覚が足元に戻ってきたのを確認して、私は目を開きました。それとともに、
「おえー」
というテールイの情けない声が聞こえてきました。戻す、とまではいかなかったようですが、その場にうずくまってしまいます。
「船酔いはしなかったくせに、ワープには酔うんだね」
「いや……あの、今のは船酔いとかと違って……そうですね……なんか自然じゃないっていうか……」
自然じゃないと言う感覚自体は確かにわかります。それに、この能力に関してはどう考えても仕組みが見当つきません。空間でも捻じ曲げているのでしょうか。
兎にも角にもこれが自然に行われていると言うことはありえません。ですから、自然じゃないと言う感覚は正しいものだと思います。
さて、辺りを見渡してみると、そこは見渡す限りの木、木、木。
またまた森の中にいるというのは少し憂鬱な気分になります。そして、寒い。私たちは元々薄着でしたので、かなり辛いものです。
ぶるっと体が震えました。
「寒いですね」
テールイがはあっと息を吐きました。白い息が空気の中へとすーっと消えていきます。すると、彼女の尻尾が彼女の体自身に絡まっていき、テールイが大きな毛玉のように見えました。ついついもふもふしたくなるようなかわいさです。それに温かそうには見えました。
「ちょっと私も暖めて」
テールイをおんぶすると、彼女の尻尾が同時に私の体にもまとわりついてきました。想像よりも温かくはなかったのですが、寒さをしのげると考えるととてもよかったですし、何よりテールイの体はとても暖かいものでした。それこそ毛皮のコートのようです。
しかし、こんなに寒いと言うのは少しも想像していませんでした。場所的には近くの海を越えれば、リデビュ島に戻ることができますので、そんなに遠くはないはずですが、私の知っている世界地図はリデビュ島が最東端に位置していまして、世界は球形であると言う話を聞いたこともありますので、本当はかなり遠いのかもしれません。
桜さんは冬になったら気を付けないといけないなんていっていましたけど、こっちが冬ならそれは早急に解決すべき課題でもあります。
そのまま歩き始めました。雪が降った後なのか、地面は白く染まり、歩くたびに靴が少しだけ沈み込みます。シュワナは雪が降ること自体、毎年起こることでもなく、このような感覚は珍しいものでした。
時折、風が吹き、雪を舞わせ、白いそれらが足付近に付着します。思わず声を上げたくなるような冷たさで、雪が氷でできているのだと意識させてきました。
「シュワイヒナさん、重くないですか?」
「寒いのと重いのだったら私は重いほう取りますよ。それとも、迷惑?」
「いえ、幸せです」
「ならいいけど」
徐々に木の量は減っていっていますが、それでも日差しは入ってきません。空が曇っているのです。今現在雪が降っているわけではありませんが、それで雪がまだ完全には解け切れていないのでしょう。無論、どんどん解けていき、雪の量は減り続けてはいますが。
三十分ほど歩いたでしょうか。
依然として曇り空は続いていますが、私たちはようやく開けた場所へとたどり着くことができました。しかし、それは私たちの望んでいたものではなかったのです。
思わず大きく息を吸ってしまいました。
ここで何があったのか容易に想像がついたのです。
そこは村であって、村ではない場所。
「ここで何が……」
家は焼け焦げ、木々は根元から吹き飛ばされていました。畑なども元の形をとどめていません。しかし、不思議な点として死体は一つとして転がっていませんでした。
何があったのか予想はできます。
風魔法使いと炎魔法使いによる戦闘。このような事態に陥るのなんてそれくらいしかありません。それにしても、炎魔法使いの方はよほどの手練れだったのでしょうか。風による被害を受けた場所よりも炎による被害が圧倒的に多くなっています。
そして、風魔法の火力を被害から推理するに、それは明らかに凛さんによるものと思われます。つまり、凛さんと何者かがここで戦闘をした。その結果がどうなったかはわかりません。しかし、人がどこにもいないというのは不気味です。さらには村全体が炎によってやられた後である時点で、あまりよくない結果であったのは間違いありません。
胸の奥がチクリと痛みました。
凛さんなら生きている。そう信じています。しかし、生きていたとしても重傷を負っているかもしれない。そう思うと心配でたまらないのです。
「シュワイヒナさん……これって」
「……先に進もう」
結局私たちは何かを確認することもなく、その焼けた村を後にしました。
それからまた歩いて、八時間ほど経過したころ。
雲は少なくなってきましたが、空はすっかり暗くなり月明かりだけが頼りになってきました。食料や水はリンバルト王国でレイナさんに貰ったので問題はないのですが、ただひたすらに森の中を進んでいるにもかかわらず、情報が何もないので、そろそろ休みたいところですが、どこかに獣がいるかもしれない、どこかに盗賊がいるかもしれないという恐怖をどうにかしない限りには安心して眠りにつくこともできません。
と、
「シュワイヒナさん。囲まれています」
テールイの耳がぴくっと動いたかと思うと、そう私の耳元で囁きました。
「囲まれてるってどういう……?」
できるだけ声を潜めて言うと、
「文字通りです。十の人とオオカミがそれぞれ私たちの周りを囲って、少しずつこちらへと迫ってきています」
「距離は?」
「今二百メートル前後です」
「迎え撃つか」
逃げたところで意味はありませんし、ひっ捕まえればこの辺の状況を聞き出せるかもしれません。
「走り出しました。十五秒後に全員がここに来ます」
「分かった」
なんでそんなことまでわかるんだと突っ込みをいれたくなりましたが、それは二の次。今は全員を相手にするのが先です。
「動くな!」
男の叫び声。
「お前たちをレベリア国軍事令違反で連行する」
「レベリア国軍事令……? なんですか、それ」
「つべこべいうな!」
何かの軍隊のようですが、説明もなしに連行するとか言って、しかも女二人を囲むような真似までして、何をしたいのでしょう。
「大した戦闘能力もなさそうじゃねえか。なのになんでこいつらは怯えてんのか」
おそらくリーダー格である男は笑って言いました。
「連行して、私たちをどうするつもりですか?」
「聞かずともわかるだろう?」
にちゃあという音がこちらまで聞こえてきそうです。
「対話の意思はない、ということですね。それなら無理やりにでも説明してもらいましょうか」
「俺たちとやりあう気か? なめるなよ」
「こちらのセリフです」
リーダー格の男が剣を抜き、こちらへと向かってきました。
「なめたガキが。お前ら大事な上物だからよお。楽に殺してやるよ」
しかし、
「やめてください!」
と先ほどの男の右側から声がしました。
「あ? お前さっきから怯えてよお。そんなに怖いのか?」
「い……いえ。ただ相手が……」
「黙ってそこで見てろ。雑魚め」
散々フラグを建ててこの人は何がしたかったのでしょうか。
十秒後、彼は木に叩きつけられ、意識を失っていました。
「さて、他には?」
私がそう言うと、八人の男が同時に襲い掛かってきました。動きは鈍く、戦闘経験がほとんどないことがよくわかります。きっと訓練も行き届いていないのでしょう。
赤子の手を捻るがごとく、彼らを気絶させるのは容易いことでした。そして、オオカミたちは逃げ出し、あとに残されたのは九つの物体と三つの意識。
「さて、残ったのはあなただけですよ。どういうことか説明していただきましょうか」
怯え、震える少年兵はおそるおそる口を開きました。




