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異世界チーレム主人公は私の敵です。  作者: ブロッコリー
第二章 愛の方向
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番外編 異世界チーレム主人公は私の親友です

 この世界に来てから一年が経った。相変わらずこの世界のことは少しも分からずじまいだけど、楽しいから問題はない。

 私の一日は朝食を作るところから始まる。少し前に元の世界のレシピを持ち込んで、料理をカリアたちやシュワイヒナに振る舞うとやけに人気を博して、それから毎朝料理は私が作ることになった。正直、面倒くさいけど、みんなすごく喜んでくれるので、作り甲斐はある。

「はーい。できましたよ、と」

 今日のメニューは卵焼き、ごはん、小魚の塩焼き、漬物。王道の和食メニュー。この中の卵焼きがこの世界にはないらしい。お母さんに教えてもらったレシピだが、随分と好評だった。それからよく作るように迫られるようになったのだ。正直悪くない。人に頼られているって実感が持てるし。

 で、朝ごはんを作った後は、シュワナ王国の復興のための仕事をこなす。でも、リーベルテの葦塚湊さんの協力もあって、これは直に終わりそうだ。魔王軍襲来で深く傷ついた国だけど、国の人たちの笑顔が戻ってきているのを見ると、頑張った甲斐もある。

 昼ご飯を食べ終えたとき、祐樹が話しかけてきた。

「なあ、凛。少し話があるんだが」

「なに?」

 と聞いてはみたが、大体予想はできている。

 告白だ。

 というもの、この世界に来てから、一か月に一回くらい彼は私に思いを伝えてくる。私にとって祐樹は親友であり、異性としての意識を向けることはできない。だから、その思いに応えることはできないと毎回答えてはいるのだが、彼はそれでも諦めてはくれないようだ。せっかく、カリアやアリシア、シトリアと言った魅力的な女性たちが祐樹のことを好きなのだから、そちらに行けばよいだろうとは言うのだが、そんなことでは気持ちは変わらないらしい。随分と熱心に思ってくれるものだから、応えてやればいいと思う人もいるだろうが、そういうわけにはいかない。

 私には既に恋人がいるのだ。それも、誰にも話すことのできない秘密の関係。

 シュワイヒナ・シュワナ。

 それが私の恋人の名前だ。そう、シュワナ王国王女、れっきとした女。

 人に話すわけにはいかない。明らかなるアブノーマル。日本ではある程度受けいられてきているようだが、それでも差別的な感情は残っているわけだし、明かすのは明らかな悪手だ。

 だから、私は祐樹の気持ちに応えることはできない。正直、こういう話は迷惑だ。早々に切り上げることにしよう。

「凛、お前、シュワイヒナとどんな関係なんだ?」

「ごめん……えっ?」

 思っていたのと全然違う話で、つい素っ頓狂な反応をしてしまった。

「……どんな関係ってどういうこと?」

「俺は知ってるんだぞ。シュワイヒナが毎晩毎晩お前の部屋に行っているってこと」

「……それは」

「俺の告白にも一向に動じないし……もしかしたら、お前……」

「いやいやそんなことないから」

「何がそんなことないんだ? 俺はまだ何も聞いてないぞ」

「あっ……」

「恋人です」

 と横から口を挟んできたのはシュワイヒナだった。シュワイヒナは私の腕に自分の腕を巻き付け、続ける。

「凛さんは既に私のです。祐樹、あなたの付け入る隙はありません。残念でしたあ」

 べーと舌を出して、シュワイヒナは楽しそうに笑う。

 祐樹はみるみる顔を赤くして、ため息をついた。

「そんな……こんな失恋なんてありかよ……」

 と祐樹は落胆した声を出したが、すぐに取り戻して、

「だが、俺はお前たちのこと応援するよ。うん。応援する」

 と祐樹は言って、その場を立ち去った。

 正直かわいそうだ。彼だって、いつも勇気を振り絞っているだろうから、その勇気を無碍にするのは私だってつらい。

「ねえ、シュワイヒナ。かわいそうじゃない?」

「いいんですよ。凛さんを取ろうとするやつには痛い目見せて」

「……」

 シュワイヒナの私への独占欲は正直強すぎると思う。ただ、そうやって独占されるのもなんだか気持ちよくて、やめられなくなってしまっているから、私だっていけないとは思っているが、やめられないものはやめられない。体が、心が本能的にシュワイヒナを求めてしまっている。

 今だって、シュワイヒナにこんなこと言われて、安心のような感情を抱いてしまっている自分がいることが信じられない。

 けど、幸せなら、それでいいんだ。

 辛いこともない。悲しいこともない。大切な人たちが死ぬことも、国民たちが悲しむこともない。

 今、私は幸せの絶頂にある。しかも、それが全く終わる見込みもないのだというのだから、私も神から愛されているのではと思ってしまうくらいだ。

 祐樹もかわいそうだけど、あいつはあいつで楽しそうだ。なんだかんだいっても、かわいい女の子三人に囲まれて生きるのも楽しいのだろう。

 しかし、そんな私にも抱えている問題はある。早急に解決しなければならない問題だ。

 それが、海の向こうの隣国リンバルト王国との国交回復である。

 リンバルト王国とシュワナ王国は長い付き合いらしく、魔王襲来以前までは普通に国交が開いていた。しかし、魔王襲来のニュースがリンバルトにも来てから、シュワナは今、世界で一番危険な場所と認定され、国交も閉ざされたのだ。だが、既に魔王は打倒された。だから、国交は回復できるはずだ。

 そのはずだったし、最初はそうだった。しかし、私、佐倉凛の名前を付けくわえて、文書を送ると、状況は一変した。リンバルト曰く、こうだ。

「佐倉凛がそちらの国にいる限り、国交を開くことはない」

 と。

 私としては意味不明だ。自分の名前が向こうに既に知られていると言う状況がすごく気持ち悪い。

 と思っていたら、向こうの将軍ケダブさんがこちらの国にやってきて、事情を説明してくれた。

 私の名は向こうの大陸で伝わる神話に出てくる名前らしい。その神話ではサクラ・リンなる人物世界を滅ぼすと言う記述があるという。出すならサクラ・リンじゃなくて、リン・サクラだろうよとかいろいろ思いはしたのだが、大事なのはそこではない。

 世界を滅ぼす? ふざけるな。私はシトリアたちのように固有スキルも使えないどころか、ステータスなる自らの能力のパラメータを見ることもかなわないし、魔法だって使えない。そんな人間が世界を滅ぼせるわけないだろう。

 そう訴えたのだが、リンバルトは聞く耳なしだ。どれだけ私に世界の脅威となるような力は持っていないと説明しても、信じてくれない。

 だから、私はリンバルト国トップの佐藤昭さんと直接会うことにした。明日にはもうシュワナを出発することになる。祐樹とシュワイヒナと一緒だ。祐樹もシュワイヒナもこの国の政治について頑張ってくれている二人だし、当然と言えば当然だろう。

 そのための準備を私たちは午後することになっていた。内政はシトリアやアリシア、カリアに任せることになっている。どんなことをすればいいか、こんなことが起こったときにはどう対応すればいいかなどをまとめたマニュアルをあらかじめ作っておいたので、それらをシトリアたちに渡して、説明した。彼女らも物分かりはいいようで、すぐに納得してくれた。

 ちゃんとやらないと、大変だから、と釘を刺しておいて、それから、今日の最後には私たちに会いたいと言ってきた人と面会をすることになっていた。

「楽山玲子です。よろしくお願いします」

 と名乗ってきたのは日本人女性の方だった。日本人と会うのはこれでリーベルテの葦塚夫妻、リンバルトの佐藤夫妻についで、五人目になる。

「今回はどういうご用件で?」

「あなた、佐倉凛ですよね」

「はい。なら――」

 玲子さんは少しも表情を変えずに、私の目の前から、消えた。

「――は?」

 理解不能。何が起こっているのか、分からない。次の瞬間、私の目の前で衝撃波がまき散らされ、私は後ろのほうへ吹っ飛ばされてしまった。

「凛には手を出させない」

 見ると、祐樹が玲子さんの腕をつかんでいた。そして、玲子さんの手には銀色の剣が握られている。

「凛さん!」

 シュワイヒナが私の体を抱き起してくれる。

「あっ……ありがとう。それより――」

「どういうつもりなんですか!」

 シュワイヒナは玲子さんに向かって叫んだ。

「凛さんを傷つけるだなんて、大罪です。今すぐ死にますか?」

 シュワイヒナは剣を抜き、構える。

「その必要はない」

 と祐樹がシュワイヒナを制し、

「で、どういうつもりなんだ?」

 と祐樹が玲子さんに詰め寄る。

「そいつは……じきに魔王になるのよ!」

「魔王……だと?」

「ええ、あの子は世界を滅ぼす悪魔よ。魔王になるくらいなら、今のうちに殺しておいたほうがいいわ」

「気が狂っている」

 祐樹はそれだけ言って玲子さんの手を離した。

「お引き取り願いたい」

 それを聞いた玲子さんは激昂し、

「ふざけるな! グラビティクラッシュ!」

 そう叫んだ。

 その瞬間、私は不思議な感覚に襲われた。私は突然立ち上がることができなくなってしまったのだ。まるで、私の上にある空気が突然重くなってしまっているかのような感覚。

 見ると、シュワイヒナも、同様の感覚に襲われているようで、彼女も立ち上がることができなくなってしまっている。

 しかし、そのような状況下でも、祐樹は平然とそこに立っていた。

「玲子……といったな。お前は俺に勝つことはできない。俺が今ここに立っている。それが何よりの証拠だ」

 そう言われた玲子さんは絶望のような表情を浮かべ、そこに座り込んでしまった。それと同時に私たちを襲っていた不思議な感覚も消えていく。

 そうだ。祐樹と対峙した人間はこのようになる。今までも、彼の玉座を狙う国民たちが彼を襲ってきたが、誰一人としてかなわなかった。みんな祐樹の圧倒的な強さを前にして、怯んでしまう。この国で彼とまともに話ができるのだなんて、私たちくらいだ。それ以外の人は恐れ多くて、できっこない。

 あの魔王を倒したのだから、それもそのはずだ。彼は世界最強なのである。

「じゃあ、玲子。家に帰ってもらおう」

 祐樹は座り込んだ玲子さんにそう言った。しかし、彼女は動かない。

「待って。せめて話を聞いてほしいの」

 玲子さんは祐樹の双眸を見つめた。

「話すことなど――」

「待って、祐樹。私は彼女の話を聞きたい」

 口をついて、その言葉が出てしまった。

 私は彼女の話を聞きたい――自分を襲ってきた相手だ。それなりの理由があるはずだろう。その理由が私は知りたかった。

「凛がそういうのなら……」

 祐樹も私の申し出を認めてくれるようだ。

 それから、玲子さんは話し始めた。

 ざっとまとめると、彼女は夫の楽山海斗と一緒にこの世界にやってきた。そして、シュワナ王国にやってきたとき、海斗さんの体は突如として変化をはじめ、魔王化してしまったようだ。彼女は怖くて、そこから、逃げ出し、魔王が退治されたと言う話を聞いて、またこの国に戻ってきたらしい。

 つまり、祐樹の倒した魔王は元人間と言うことになる。

 衝撃的な事実だった。

 そして、彼女が言うには神話の記述は魔王化の様子に酷似しているらしい。だから、私が魔王カウすると思い、それを防ぐために、私を殺そうと思い立ったのだ。

「嘘……だろ」

 祐樹はその事実を受け止めるのに時間がかかった。

 直接的には変わりないが、殺人だ。それを知らず知らずのうちに犯してしまったと言うことが人の心にどれだけ暗い影を落とすかは私に想像がつかない。

 しかし、祐樹はすぐに立ち直った。

「世界を救うためだったんだ。しょうがない。それに、俺は神話なんて信じない。だから、凛が魔王化するだなんて信じない」

 彼はそう言い切った。

「ダメよ! 世界が滅んじゃう!」

 なおも、玲子さんは叫ぶ。

「世界は滅ばない。俺が滅ぼさせない」

 祐樹ははっきりと言い切った。

 彼のその言葉の裏にある決意が見えた。

 私が魔王化した際には私を殺す。それが、彼の決意だ。

 私はそれでもいいと思う。私が犠牲になって世界が救われると言うのなら、それでもいい。

 親友の祐樹が。最愛のシュワイヒナが。大事な国民が。みんなが救われると言うのなら、それでもいい。それが私の信念だから。

 でも、私はそれを口に出すことはない。そんなこと言ってしまったら、祐樹の心を動かして、折角の決意を歪ませてしまうかもしれない。だから言わない。祐樹の決意を大事にしたい。

 今日一日は信じられないことばかりだったけど、だからといって、やるべきことは変わらない。幸せも崩れない。それだけで十分だ。



 目を覚ました。随分と幸せな夢を見ていたような気がする。いや、思い出さなくてもいい。幸せは自分の手で手にするのだから。

 もう少しでそのための力を手にできる。この力があれば、あの事件も解決できるだろう。どんな力かはわからないけど。

 私はまた、荷物を背負い、歩き始めた。

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