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異世界チーレム主人公は私の敵です。  作者: ブロッコリー
第二章 愛の方向
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第十二話 船内

 シトリア。アリシア。カリア。

 追跡する弓矢を持つアリシアくらいなら、大した敵ではないので大丈夫なのですが、人を操れるシトリアと単純に戦闘能力の高いカリアは相手としては私一人では難しいくらいには強いです。まあ、実際、私が祐樹の立場ならシトリアを送り込むので確かに気持ちはわかります。

 しかし、シトリアが敵である以上、私はテールイを含む船内の人間全員が敵である可能性を考えなくてはなりません。

 厄介なことになりました。もちろん、何事もなく二週間を終える可能性はなきにしもあらずですが、周り全てが監視の目であるために、誰かがぼろを出してしまえば、一瞬にしてばれてしまいます。大きいと言えど、戦闘には不向きな船上であるため、戦う危険性は避けなければなりません。

 と思っていましたが、何も起きることなく、一週間と六日が経過しました。船はあと二日で航海を終えるとテールイが話していました。

 さて、船内の様子はというと特に変わったことはありません。私自身初めて乗る船だったので、実は内心とてもわくわくしていたのですが、船酔いを繰り返して、気分は最悪です。そのせいで、船内では自室でずっと眠るだけの生活でした。テールイに迷惑ばかりかけてしまって申し訳ないです。

 まあ外は危険ですし、悪いことではないんですけどね。ただ一つ、どこまでも広がる海をこの目に焼き付けておきたかったという気持ちはあります。窓からは一部しか見えませんもの。

「ていうか今更だけど、テールイは酔わないの?」

「はい……全く。むしろフォーさんがそんなに気分悪そうなのが不思議ですよー」

「何が違うんだろうね」

「さあ。でももう船酔い、なくなったんですよね」

「うん。もうだいぶ楽だよ」

「ならよかったです」

 自分よりも幼い相手に世話をされているという状況そのものが屈辱的でもありますし、できることなら逃げ出したいくらい羞恥の気持ちでいっぱいです。

 別に文句ではないんですけどね。

 で、航海十二日目に突入しました。リデビュ島まではもうすぐです。

「嵐が迫っています」

 と早朝、テールイが言いました。

「嵐?」

「はい。嵐です。さっき外に出てみると、進行方向に雨雲が見えました。それもかなり大きいものでしたし、船長さんが随分と慌てていました」

 シトリアが慌てていた――と。

 そして、テールイの言葉通り、本来なら明るくなっていくはずの空の色はむしろ暗くなりはじめました。

 船が壊れないかと心配に思っていますと、部屋の扉をたたく音が聞こえました。

「シトリアです。話をさせてください」

 断ろうかと思いましたが、断れば疑われるのは必至ですし、部屋に迎え入れることにしました。

「確か商団長フォー・アルビスだったわよね」

「はい。こちらフォー・アルビスです」

 テールイが答えます。

「雨対策に下の部屋全てを締め切るわ。よろしくて?」

「はい。お願いします」

「ありがとう」

 シトリアはそれだけ言って、部屋を出ました。とりあえず何も疑われなかったことに今はほっとするしかありません。

 嵐はいよいよ勢いを増していきました。外は真っ暗になり、海は荒れ狂い、私たちに牙を剥いてきます。しかし、この船は丈夫に作られているようで、どこも壊れそうな雰囲気はありません。

「この調子なら、大丈夫そうだけど……ちょっと気分悪い」

「わ、私もこんなに揺れるとさすがに気分悪いですよ……」

 テールイも弱っているようでした。それくらい船は激しく揺れているのです。おそらく外に出ていれば、何かにつかまってでもなければ外に投げ出されていたでしょう。

 こんなに激しく揺れている船内で、眠れる気がしませんが、眠れば酔いもなくなると思いまして、私たちは眠ることにしました。


 それから夢を見ました。

 真っ暗闇の世界で、激しい頭痛と耳鳴り、そして吐き気がありました。実際夢の中で何度も何度も吐きました。それに息が詰まったような感じがして、呼吸に困りました。

 そして、何者かが私を見て、笑っていました。私を嘲笑っているようでした。その人が私をこんな苦しみに追いやっているような気がして、憎しみが沸き起こりました。しかし、体は動きません。私の体が私の体じゃないような感じがして、自由が効きませんでした。いら立ちと憎しみで頭がおかしくなってしまいそうでした。しかし、闇の力は湧き起こりません。当然です。

 夢、なんですから。


 目が覚めました。先ほどのような強い苦しみではありませんでしたが、吐き気がしました。それに耳鳴りと頭痛がありました。まだ酔っているようです。

 起き上がってテールイの様子を見ますと、彼女も苦しそうに眠っていました。そして、私が見始めてから、一分も経たないうちに彼女は起き上がりました。

「なんですか……これ」

 テールイが苦しそうに言葉を吐きます。

「これは船酔いとかではありません……何か、また別の何か」

 テールイは私の瞳をじーっと見つめて、

「何かの攻撃を受けています」

 と訴えました。しかし、攻撃と言われても、シトリアにこのような能力はありません。

「どうあるの?」

 と聞きますと、

「なんだか、頭が痛くて、耳鳴りが激しいんです。それから、吐きそうで」

「えっ……」

 先ほどの私の夢の中での症状、それから私の今の症状と相違ありません。しかし、船酔いでもこのような症状はでるものですし……。

「シュワイヒナさん……今、船ゆれてますか……?」

「えっ……揺れてるじゃ――」

 そう言いながら、私は外を見て、言葉を失いました。

 強い日差しが窓から船内へとすーっとさしこんでいました。海は穏やかでした。

 そう、嵐は過ぎ去っていたのです。この船は揺れていません。

 つまり、

「揺れているのは私たちの方……」

 酔いが強すぎましたか……。

 いえ、なんだか違うような気がします。テールイが「船酔いとかではありません」と言っていた意味がようやく分かり始めました。

 しかし、思考ができません。頭が動かないのです。それは寝起きだからとかそういうのではなく。

 呼吸も苦しくなり始めました。呼吸回数をどれだけ増やしても、追いつきません。

「シュワイヒナさん……このままじゃ……」

「わかってる。……とにかく、この部屋を出て、デッキに上がろう」

 私は扉を開けました。それから、テールイの手を握り締めて、壁に手を這わせながら、廊下を歩きます。しかし、足元はふらつき、一歩進むことすらままなりません。それから全身を襲う激しい倦怠感が邪魔をして、体を動かすことすらも難しくなってきました。

「シュワイ……ヒナ……さん。これ……」

 テールイが何かを指さします。首を回すことすら難しい中、それを見ますと、

「――ッ!」

 テールイが指さしていたのは他の部屋の中でした。ちょうど一緒にこの船に乗ってきた商人たちの部屋です。

 見たまんまに言いましょう。彼らは部屋でうつぶせに倒れていました。手を部屋の扉のほうへ伸ばしていますが、届かなかったのでしょう。

「やっぱり……これは船酔いとか……じゃ……ない……これは……」

 でも、シトリアの能力ではそんなことはできないはずです。何かがおかしい。何かが何かが……。

 意識が朦朧として、私はついに膝をつきました。

「シュワ……イ……ヒナ……さん。ダメ……です」

 分かっています。このままじゃ死んでしまうことくらい。でも、体からは何も力が出ません。

 回復魔法を一気に放出し、私はまた立ち上がり、歩き始めました。しかし、一歩進んだところで、また倒れてしまいます。

「シュワ……」

 横でどさっという音が聞こえました。テールイも倒れてしまったのでしょう。

 ようやく何が起こっているのか分かってきました。

 私は今、低酸素状態に陥っています。

 シトリアは嵐の来る前、下の部屋全てを締め切ると言っていました。換気のできない船の下部を締め切られてしまえば、酸素量が下がります。しかし、それだけではここまでの状態に陥るなど起こり得るはずがありません。

 ここからはシトリアがフォーなる人物がシュワイヒナであるということを疑っていると言う前提で話を進めます。

 まず、シトリアは私の顔を無理矢理見るなどということはできません。なぜなら、私とシトリアでは実力差があるからです。私なら、シトリアを一撃で気絶させることができると言うことは先の戦争で証明済みですので、その危険は避けたいはずです。

 では、私が誰であるかを確認するにはどうしたらよいでしょうか。

 方法は二つあります。

 まず一つ目は商人の五感を支配し、私たちの誰かがぼろを出すのを待つことです。しかし、私はテールイにすら、顔を見せずに日々を過ごしていましたので、仮にシトリアがこの方法をやっていたとしてもそれは失敗に終わったことでしょう。

 二つ目が重要です。

 私の顔をみればいいのです。私を無力化して。

 私を無力化してしまえば、抵抗なしにシトリアは私の顔をみることができます。しかし、この作戦には落とし穴がありました。それは商人やテールイも私の顔をみることを防ぐであろうと言うことです。

 ここからシトリアの作戦が絞り込めていきました。そう、シトリアは私たち全員を無力化させればいいのです。

 ここまでは私も既に考えていました。しかし、その方法などないと思っていたのです。でも、あったのです。

 それが低酸素状態を人為的に発生させることでした。きっと何かを燃やしたかなんかしたのでしょう。木造の船内でそんなことをするのは危険極まりないことですが、それを心配するのはまた別のことです。

 低酸素状態の症状は吐き気やら頭痛やらと案外船酔いと近いものです。ですから、ごまかしつつ、症状を引き起こさせることができます。もちろん、限界はありますが、そもそも空気には酸素たるものが含まれていて、それの存在量が減ると人体に影響を及ぼすこと自体がほとんどの人が知らないことで、私も凛さんから教えてもらったから、知っているだけなのです。ですから、それがなにかわからずに気絶してしまいます。

 しかし、慣れないものでしたから、気づかなかったのです。まさしく時すでに遅し。

 私とて諦めたくはありません。死ぬわけにはいかないのです。

 なのに、苦しくて、辛くて、何も考えられなくて、ひたすらに絶望だけが私の心を支配して、生きたいと言う人間の基本的な欲求すらも消えていきました。

 いえ、何も考えられない私ですらできることが一つだけありました。

「マジ……カル……レイン」

 光り輝く雨が降り始めました。

 これで足りる。

 私はテールイの手を絶対に話さないように握りました。

 テールイ、少し痛いけど、ごめんね。

 もう声を出すことすら難しかったので、私はテールイに心の中で謝りました。

 肉体強化。今、あるすべてのマジックポイントを足に集めて。

 一時的に人間離れした力を身に着けて。

 私は跳びました。本来なら、はるか上空へと行ってしまい、地面に無事に降り立つのが難しくなるくらいの勢いで、私は跳びました。

 一瞬の出来事でした。私の体は天井へとぶつかり、そのまま貫通しました。木造の天井を無理矢理に破壊し、私と、テールイの体はデッキへと投げ出されます。貫通する際に、全身を打ち、さらには木で切られ、体中に切り傷が生まれました。

 しかし、それよりも空気が美味しいことに感動しました。体が生き返っていくのを感じました。

「なっ、はあ!?」

 素っ頓狂な声が聞こえました。シトリアの声でした。顔をみて確認するまでもありません。

「さすが、シュワイヒナ。頭おかしいわ。無理矢理、天井を壊してこっちに来るなんて。でもね、もう終わりよ。あなた。その体がすぐに全快できると思う? 無理よ」

 シトリアは諭すように言い、私へと近づいてきました。

「シト……リア。あなたは……間違って……ます」

 酸素が全身に巡っていくのを感じました。しかし、確かにシトリアの言う通り、このペースだとシトリアにやられる前に、全回復しません。

 ですが、そこがシトリアの思い違いなのです。

 私は私へと伸ばしてきた手を引っ張り、地面に倒しました。それから、シトリアの体に馬乗りになって、首に手をあてがいました。

「全快しなくたって、あなたくらい簡単に倒せるんですよ。残念でしたね」

 首を絞めて、いけば呼吸がつらくなって、直気絶する。

 シトリアは口をパクパクさせて、酸素を欲しがりますが、私は首を絞める力を弱めるどころが、一層強くしました。

 その格好のまま、どれくらい過ぎたでしょうか。シトリアはついに意識を手放しました。しかし、そこがまた、私の限界でもありました。

 テールイの体に生まれた切り傷に回復魔法をかけて、私はデッキに倒れこみました。

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