第十一話 獣人
「どうしてわかったんですか」
テールイは心底驚いたようにレイナさんを見つめました。その強い赤色を帯びた双眸にレイナさんは
「おお、怖い目で見てくるねえ。簡単よ。私の能力を使ったの」
と怯えることなく答えました。
「能力……」
「私の固有スキルはね、相手の過去を知ることができる力なの。だから、シュワイヒナ。君が凛ちゃんのことをちゃんと好きだってことも分かってたし、テールイちゃんのお母さんやお父さんがどういう人かもすぐにわかった。お父さんが人間ってこともね。それにそんな赤い目をした獣人族自体限られているんだし、あなたのお母さんが獣人族最強の血族だってこともよくわかるわよ。そして、あなたがちゃんとその力を受け継いでいるか確認するために私はシュワイヒナちゃんの耳元で囁いた。ただそれだけよ」
「……なんでそんなことするんですか」
「かわいそうだったからよ。シュワイヒナが。テールイ、あなた自分が守られる側だっていう立場と自分の年齢に甘えて自分で戦おうとはしてなかった。傍にいたいって願うくらいだったら、そのくらい明かしてやらなきゃダメよ。信用を勝ち得りたかったんでしょ」
「……」
「いーや、逆ね。あなたは本当は――おーっと……やめておきましょうかね。テールイ。自分で話すといいわ」
テールイの体からは殺気がにじみ出ていました。それは人を脅すような殺気で――でもやはりどこか弱い殺気でした。
「シュワイヒナさん。お話があります。一回部屋に戻って話しましょう」
本日二回目のセリフ頂きました。
部屋に戻って、テールイのお願い通り、背中合わせに座ってから話し始めました。
「シュワイヒナさん。大体レイナさんの言っていた通りです。私はシュワイヒナさんに守られる生活に満足していました。ボリチェの国から助けてくれた時もシュワイヒナさんがやられているところを見て、その隙に逃げようと思ったくらいです。私には力があります。でも、力を使うのは最悪の時だけでいい。それが私のポリシーでした。誰かに守られているのは楽でいいんです。許してください」
テールイの表情は見えません。何を思っているかなんて当然わかりません。しかし、それを話す口調はどこか晴れやかでした。
「でも、シュワイヒナさん。親でもないのに、シュワイヒナさんには何の利益にもならないのに、約束したから、ただそれだけの理由であなたは私を守ってくれました。ずっとずっと不思議なんです。シュワイヒナさんが私のお母さんの生まれ変わりだなんて錯覚してしまうくらいですよ。そんなことあり得ないのに。でも、シュワイヒナさんがあんなにも大きなものを背負っているとは思わなかったんです。シュワイヒナさんの前に世界が、神が敵として立ちはだかっているだなんて思いもしませんでした。それに大好きな人がいて、その人のために頑張っているってことも、私は知りませんでした。
でも、そんなシュワイヒナさんのことが信用できませんでした」
「強大な敵がいて、世界を滅ぼす存在の味方で。そんなシュワイヒナさんが怖かったんです。いつか私も使われる。最初からできなかった信用がどんどん消えていきました。でも、分かっているんです。シュワイヒナさんはそんなことしないって。でも私の中の何かがそれを拒み続ける。許してくれないんです。ごめんなさい。自分のことも制御できない、わからないポンコツで」
声は悲哀に満ち始めました。今にも泣きだしそうで、さっきの晴れやかな口調とは全く違います。
「それに、私には奥の手があります、と言いましたがそんなにすごいものではありません。確かに私は獣人族最強の血を引いていますが、人の血も混ざっている時点でそんなに強くないんです。どんだけ力を使ってもあのジョイマスにすら全く適いません。だから、そんなに期待はしないでください」
獣人族――それは単純な身体能力が私の知っている種族の中では魔人族の次に高い種族です。しかし、マジックポイント適性がほかの種族に比べ、低く、また固有スキルも使えない種族。さらにはいくら単純な身体能力が人族より高いと言っても、肉体強化を使用できる一部の人間よりかはやはり低いものです。そのためにそもそも獣人族最強でも人族のトップ層には戦闘において適うことはありません。それは分かっていました。
「それでも……それでも、シュワイヒナさん。こんな私の傍にいてくれますか?」
今までのは罪の告白だったのでしょうか。それとも私を見捨てないでという訴えだったのでしょうか。
そんなことを考えるのは全くの無意味です。私はただ、最後の質問にだけ答えればいい。
「テールイ。ごめんね」
「えっ……そんなシュワイヒナさんが謝るようなことは……」
「私はテールイの安心できる場所に行きたいっていう願いをかなえてあげるつもりでした。それに私はその時、自分の心に誓ったのです。せめて、私の傍にいる間だけでも安心させてあげようって。でも、私のこと怖いですよね。気持ちはわかりますよ」
「……」
「でも、テールイは言ってくれましたよね。私の傍にいたいって。私の傍が安心できるって。私のこと怖いけど、安心できるってそれって一見矛盾しているようでもありますけど、別に矛盾なんかしてませんよ。変なことでもありません」
「……」
「もし、テールイが私と一緒にいたいのに、私から離れたいと言うのならば、離れることをお勧めします」
それが、私の願いだったから。一人の方が楽だから。
「いや……私は……離れたく……ない」
テールイは途切れ途切れに言葉を紡ぎました。途切れ途切れでしか言葉を紡げませんでした。
「それがテールイの願いなんでしょう。いいですよ。力なんて使わなくたって。テールイ。今、本当に自分がしたいことはなんなのか考えるんです。理性とか、そんなもの全部消してしまって。他の人なら嫌っていうかもしれませんけど、私になら迷惑かけていいですから」
私は約束を破りたくはありませんでした。約束を破ったら私が人間として終わってしまうからかもしれません。いえ、約束を破ったこと自体私は今まで幾度となくありましたから、それが理由ではないのでしょう。
そんなことどうでもいい。理由なんてどうでもいいのです。私は今、テールイを救いたい。一人ぼっちになってしまった少女に居場所を作ってあげたい。
ですが、あくまでそれは私が一番やらなきゃいけないことじゃありません。
「テールイ。私はどんなに死にそうな時でも絶対にあきらめません。だから、約束してください。あなたの命を守るために」
「……約束……?」
「はい。じゃあ言いますよ」
一つ目。
「逃げてって言われたら素直に逃げてください。自分の命を一番に考えてください。私は絶対生き残りますから」
二つ目。
「私にもうついてこれないというのなら、素直に諦めてください。私もそんなに余裕はありませんから」
三つ目。
「できる範囲でいいですから、生活のこととか、いろいろ協力してください。夜眠るときに交代で眠るとか。お金稼ぐための仕事を手伝うとか。まだまだ長くて苦しい旅が続くでしょう。私ひとりじゃどうにもならないことだってあるんです」
四つ目。
「隠し事はしないでください。情報は生命活動の次に大事なことです。情報がなければ、何もできません」
これだけ。
「そう、これだけでいいんです。それ以外ならさっき言った通り、迷惑かけていいですから。ついて行きたいって言ったからにはこれくらい守ってください。約束、してくれますか」
泣き声が聞こえました。そして、笑っているような声も聞こえました。
「本当にそれだけでいいんですか」
「いいよ」
「シュワイヒナさん……」
ごそっと物音が聞こえました。私はびっくりして、後ろを振り返りました。
「シュワイヒナさあん!」
テールイは私に飛びかかってきました。私のことをぎゅうっと抱きしめて、胸に顔をうずめて、泣きじゃくりました。
「シュワイヒナさん! シュワイヒナさん!」
なんだか小動物のようでした。ふさふさの尻尾をなでてやると、テールイは嬉しそうに笑いました。
人に頼られるのなんて面倒くさいだけだと思っていました。私には時間がないのですから、早く、早く動かなければいけないのです。そのためには一人で動くしかないと思っていました。
しかし、人に頼られて、こうしてなつかれてみると、案外悪い心地はしません。むしろ気持ちいいくらいです。
それに一人じゃできないことも解決できます。そもそも守るだけじゃだめなんです。テールイだって獣人族と言えぞ同じ人間。意思があって、動く。だから、一緒に協力していくことができるはずです。
「テールイ。よろしくね」
私は初めて、この子に心からの笑みを見せれたような気がしました。
次の日、私たちは言われた通り朝ごはんをとって、準備された商人の格好に着替え、車に乗り込みました。なにやらでかい馬が引いている馬車でレイナさん曰く
「国内どころか世界最速レベルの馬よ。これに乗れば四時間で港につくわ。普通なら道中全力疾走でも丸二日以上はかかるところだから、すごいわよ」
で、本当にすごかったです。景色はめまぐるしく変わり、いくつもの都市を超え、一度も止まることなく、私たちは港のある都市へとたどり着きました。それから、この馬車を言われていたところに引き渡して、私たちは商人たちのところへと向かいました。
レイナさんに貰った手紙を商人たちへと渡すと、すぐに理解してくれて船に乗り込む手筈が整いました。商人は全部で七人いて、シュワナから来た船に乗り込んで、リデビュ島の様子を観察するのが目的だそうです。
船旅は全部で二週間ほど。その間、私はシュワナからの使者に顔をみられずに行動する必要があります。なにしろ、私の顔自体はシュワナの中でもかなり広まっていますし、シュワナからの使者はかなりの大物だそうですから、確実に顔を見られたら身元がばれます。バレるのはどう考えても危険すぎるので、フードの長いものを着て、顔を隠し、私たちは船に乗り込みました。
船はそれなりに大きいものでした。風魔法使いが多く乗り込んでいて、風待ちを限りなく少なくすることで、航海をなるべく早いものにしようとしているそうです。
「なあなあ、あいつの胸やばくね」
「航海中あんなの拝めるだなんて最高だな」
何やら汚らわしい声が耳に入ってきたので、そちらのほうを気づかれずに見ると、彼らはある一人の女性を見て言っているようでした。女性は商人の中には一人もいなかったので、その女性はシュワナ王国からの使者、もしくは風の魔法使いとなります。
なんだか嫌な予感がしました。
私は一度も前を見ずに、テールイに手を引かれたまま、船内を進みました。私の設定は一応は目の見えない敏腕商人。だから、テールイに手を引かれなければ歩けないというものです。これもレイナさんが手紙に書いておいたことの一つです。だから、「商人」は全て私たちのことを分かっています。しかし、それ以外の人たちは分かっていません。つまり疑われてしまうのです。
だから、逆転の発想です。隠れるのではなく、目立つのです。そのために私は商人の親玉のふりをしました。その方法と言うのがずっと私の手を握っているテールイが私の口元まで顔を近づけてから、指示を出すと言うものです。これで相手に私が親玉であるという認識をつけます。それに身長をかなり高く見えるように細工もしてあるので、私――シュワイヒナだとは思われないはずという算段でした。
さて、さらにそれを確固たるものにするために、私とテールイは船長のところへ挨拶に行きました。
「こちら、商団長フォー・アルビスです」
そうテールイが言いますと、
「そう。何、目見えないの?」
と船長は尋ねてきました。聞いたことのある女声です。
「はい。でも腕は確かなんですよ!」
「ふーん。じゃあよろしくね」
「よろしくお願いします」
私はくぐもった声で言いました。
それから、私はテールイに手を引かれ、部屋へとたどり着きました。
「シュ……あっ、フォー、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。気を付けて」
「はい」
「それはそうと、さっきの船長。どんな感じの見た目だった?」
「金髪の大人っぽい女性でした。シュワナの王様の奥さんらしいですよ」
「えっ……じゃあ」
そんな条件に合致している相手は一人しかいません。
シトリア。固有スキルは「コネクトハート」。




