第十話 会食
ケダブさんが迎えに来てくれて、私たちは夕食へと向かいました。部屋に入ると、三人の男と二人の女性がいました。それからケダブさんは彼らがどういう人物なのか話してくださいました。
黒い髪で豪華な衣装を身にまとう男の人がこの国の王サトウ・アキラ。その横に座る美しい女性がサトウ・レイナ。その傍にそれぞれいるのが従者の方で、最後の一人の男がこの国の副将軍ラバージェ、だそうです。
それからテーブルには多種多様な豪勢な料理が用意されており、昨日のとはまた別のベクトルで食欲をそそるものになっていました。
「そこの席に座り給え」
サトウ・アキラさんがそう言いましたので、私たちは言われた通りにそこに座りました。
「話は聞いている。とりあえず食べながら話といこうか」
いただきます、と言って、目の前にあるパンから食べ始めました。
「シュワイヒナ・シュワナとテールイだったかな。獣人族のほうがテールイだな」
「はい」
「そして、シュワイヒナ。おまえはシュワナ王国の元王女だと。で、おまえはシュワナ王国に戻りたいんだな」
「はい」
「もちろん船を貸すことくらいならできる。しかし、向こうの港についた時点で誰が乗っているか検閲が入るのは避けられない。そのとき祐樹にあったらどうする?」
「それは……」
「逃げられないだろ。彼が強いという話は俺も聞いている。すべての能力値が九千九百九十九だってこともな」
「どうにかできないんですか?」
「こんなことを王女様に頼むのはよろしくないと思ってはいるのだが、私たちの商人と一緒に船に潜伏してもらおう」
「そのくらいなら全然大丈夫なんですけど……それで本当にわからないんですかね」
「これは賭けだ。君が生き残れるかどうかのな。これくらいしか俺には思いつかない。すまないな」
そう謝罪の旨の言葉を彼は口にしますが、あまり思っていないようでした。そもそも全体的に態度が高圧的で言葉の端端にそれらが現れています。
彼は声も低く、顔も比較的強面なので、そういうところがそれを助長しているのでしょう。
「まあまあ、アキラ」
レイナさんがそう言ってから、私たちに
「これでもアキラの精いっぱいなの。分かって頂戴」
と言いました。
「お前は俺の親か」
「さあ、それもいいかもしれませんね」
レイナさんが楽しそうに笑いました。この二人の関係性がよくわかりません。
それはそうとして、私にはこの二人に尋ねたいことがありました。
「ちょっとお二人ともいいですか?」
「うん?」
「お二方の名前は家名を下、名を上とするならば、本当はアキラ・サトウ、レイナ・サトウなんじゃないんですか?」
「そうだな」
「その名の順番は前いた世界での順番なんですよね」
「うん」
そうアキラさんが肯定するとケダブさんが「えっ!」と驚きました。それから、
「あ、アキラ様。前の世界とは……どういうことですか?」
「俺はそもそもこの世界の住人ではないということだ。こことは違う世界の日本と言う国から俺と麗奈はやってきた。それだけだ」
「なっ……」
ケダブさんは心底驚いているようでしたが、アキラさんはそれを無視して、
「シュワイヒナ。どうぞ続けろ」
と言いました。
「はい、じゃあそれを踏まえてお願いします。神話に出てくるサクラ・リンは知っていますよね。その人と前の世界で会ったことはありますか?」
サトウ・アキラという名前を聞き、さらには彼の顔をみたとき、私は確信しました。この人は凛さんと同じ世界にいた人だと。名前が祐樹や凛さん、湊さん、桜さんなどと同じような印象を受けますし、風貌もこっちの世界の人々とは全く違う感じでしたので、それらも強い証拠となるでしょう。
また、当然私は凛さんを心の底から愛していますから、過去を知りたいと言う気持ちもあります。前の世界ではどのように過ごしていたのか、前の世界ではどんな風に周りから思われていたのか。
しかし、大事なのはそこではありません。仮に凛さんがこちらの地方に訪れるようなことがあった際に、彼女は間違いなく迫害を受けるでしょう。名前が神話に出てくる「サクラ・リン」だというだけでそんな目に合わないといけないのはあまりにかわいそうではありませんか。
だから、災厄だという人々の意識を根こそぎ変える必要があるのです。考えられ得る可能性と言うのはできるだけ削らなければいけません。それに今目の前にそのチャンスが巡っているのです。
その場の全ての瞳はアキラさんへと向いていました。神話は正しいのか、シュワナ王国の探している佐倉凛は実在するのか。
そのような状況下でもアキラさんは少しも物おじせず、言葉を発しました。
「会ったことはない。だが、親から話は聞いたことはある。非常に真面目で優しく、さらにはかなりのべっぴんさんだったとな。かなりの努力家でできないことはない完璧超人。まあどこまで真実かはわからないけどな。だが、シュワナ王国の探している佐倉凛と神話に出てくるサクラ・リン。それに私の知っている佐倉凛がすべて同一人物であると言う確証はどこにもない。だが……」
はあとため息をついてから、アキラさんは私を見つめました。
「神話に出てくる内容はただの可能性だ。しかし、その内容が今までのこの世界の歴史と合致している以上、そしてサクラ・リンが世界を滅ぼすものだという可能性がある以上、俺たちはそれを排除しなければいけない。佐倉凛にはこの世界の存続のための犠牲になってもらうほかない。それはわかるな。シュワイヒナ」
「なっ……それじゃあ凛さんは……」
「やはりな。シュワイヒナ。君は佐倉凛を知っていると。面識があるんだな」
「あっ……」
やらかしました。私が凛さんと面識があることがばれてしまったらそれはシュワナ王国が探している佐倉凛が存在することの証明になってしまいます。
いえ、むしろハメられました。私が凛さんと面識があることを確認するために、アキラさんはこの世界にいるかどうかわからない佐倉凛が「この世界の存続のための犠牲になってもらうほかない」という言い方をしたのでしょう。
「ケダブ。ラバージェ。この会食の間で出た話は絶対に外に漏らしてはいけない。いいな」
「はっ」
「はっ」
「それと軍を強化しろ。万全には万全を期せ。相手は世界を滅ぼさんとする化け物――」
「化け物じゃない!」
見ていられませんでした。
今度は瞳が私の元へと集中します。それでも、言葉は自然と体の内からあふれ出して来ました。
「凛さんは……凛さんはずっと生きていないといけないんです……」
滅びへの恐怖を、神話への信仰を塗り替えるのにはどんな言葉を出しても無駄だと言うことは先の村の件でわかりきっていました。だから、それしか言えませんでした。
「生きていないといけない……だと。なぜだ?」
「凛さんは……英雄なんです。凛さんがいないと祐樹から私の国を取り戻せなくなっちゃうんです……」
「ほう。祐樹の脅威はケダブから聞いている。だがな、シュワイヒナ。お前は何もわかっちゃいない。リデビュ島の人々を圧政から救うこと。それと世界を滅びから救うこと。天秤にかけたときどっちが重いかはわかるだろう」
「凛さんの命だって……同じじゃないですか」
「俺はこの国の王だ。だから、何より大事なのはこの国の民なのだよ。話は終わりだ。ごちそうさま」
そう言ってアキラさんは席を立ちました。それを皮切りに皆次々と席を立っていき、最後に私とテールイ、そしてレイナさんが残りました。
「シュワイヒナ。だっけ、ちょっといいかしら」
レイナさんはそう話しかけてきました。
「ねえ、今落ち込んでいるでしょう」
「そりゃあ……見たらわかるじゃないですか」
「まあそりゃあそうよね。愛する人を目の前で化け物呼ばわりされたらね。怒る気持ちも分かるし、そうやって涙を流す気持ちもわかるわよ」
「えっ……」
そんなはずはないと思い、目の下を袖で拭いますと、湿りました。
まったく気づきませんでした。感情を読まれないようにするとか、そんな事以前の問題でなんだか笑いがこみ上げてきました。
「シュワイヒナさん……」
テールイが私の手をじっと握りました。温かい体温が感じられて、思わず握り返してしまいました。なんだか傷心中に付け込まれているような気がして、嫌な気はしますが、なんにでも頼りたいという気持ち自体も私にはあるわけで、いや……。
頭がごちゃごちゃして考えがまとまりません。自分が今何を思っているのかすらも不明瞭になっていって、ただ怒りだけが沸き上がっていました。しかし、その怒りも誰に対するものなのかわかりません。
「ほら、このハンカチ貸すから、涙拭いて。それと黙ってご飯を食べること!」
レイナさんはピシッと指を私の顔に突き付けて、額を突きました。なんだか遊ばれているような気がしますが、今はひたすらにご飯を食べるしかありませんでした。
悔しいことですが、ご飯はやっぱりおいしかったです。それに頭が落ち着いてきて、パッと視界が開いていくような感じもしました。
「どう、落ち着いたみたいね」
「……心でも読んでるんですか」
「そんな固有スキル持ってないわよ。やだなあ。違うの。私はいろんな人を見てきただけよ」
「なんかごめんなさい」
「謝ることなんてないのよ。大体アキラだって、あんなことシュワイヒナちゃんの目の前で言わなくたって――」
「私だって分かってるんです。アキラさんから見たら、凛さんを殺すしかないってことも、私には分かってるんですよ……でも」
「好きな人に死んでほしくないなんて普通のことよ」
「えっ……ちょっ」
恥ずかしい。
いつの間にそんなところまで読まれてたのか……。
「大体、私さっき『愛する人を』って言ったじゃない。ちゃんと聞いてないからそうなるー」
「別にちゃんと聞いてなかったわけじゃ……」
「ふふ、動揺してる。かわいい」
そう言って、頬をつんつんとついてきました。
「な、なめてるんですか」
「なめてないよお。ちょっとかわいい生き物見つけたから遊んでるだけ」
「なめてるじゃないですか」
「そんなぶすっとして。今一瞬笑ったくせに」
「えっ……笑ってなんか……」
「その不服そうな顔もいいけど、やっぱり笑っている顔が一番かわいいわ。だからさ、もっと笑いなさいよ」
「そんな笑えだなんて……」
「そんなネガティブなこと考える必要なんてないの。もっと明るく見て。意外と状況は悪くないわよ」
「そんなわけ――」
「あるの。シュワナ王国に戻りたいのだってあてがあるからでしょ。アキラは一言も船を貸さないだなんていってないわ。あいつはこの国の民を守りたいだけ。だから、君の敵になる必要なんて少しもないのよ」
「で、でも……凛さんがこの国に来ちゃったら……」
「じゃあ来させなければいいじゃん」
「来させなければ……」
「あんたが凛ちゃん見つけて、シュワナに連れて帰ればいいの! それでおしまいでしょ」
「あっ……」
そうでした。そもそも私の最初の狙いは凛さんと再会すること。私がいる。私がいれば、凛さんを守れる。
何を弱気になってたんでしょうか、私。私が早く動けばいい、ただそれだけだったじゃないですか。
「今、良い笑顔よ。そう、それでいいの。分かった?」
「分かりました。明日にもこの国を出発してシュワナに向かいます。手伝ってもらえますか」
「ふん、そうこなくっちゃ。でもね。まずはその体あってこそだから、今日はもうゆっくり休みなさい。そして、朝ごはんもしっかり食べて、それから出発よ。大丈夫、港までは最速の車を用意しとくわ」
「ありがとうございます!」
それと――と、レイナさんは立ち上がって、いきなり私の首に抱き着きました。そして、顔をぎゅっと私の耳へと近づけます。
呼吸が耳に当たってなんだか気分が高揚しました。それに柔らかく大きな二つのそれが背中に押し当てられて、敗北を意識させてきます。それから、レイナさんが口を開きました。
「テールイ、だっけ。随分と好かれてるみたいね。全くうらやましい限りだわ。でもね。気をつけなさい。あの子、ただの獣人族じゃないわ。人の血が、流れてる。それに、獣人族でも高位の血が流れてるわ」
それは今にも消えそうなくらい小さな声でした。音の波は私の耳元だけで途切れていることでしょう。
しかし、その一言は味わっていた胸囲の敗北感など一瞬で消し去ってしまいます。さらに、その次に紡がれる言葉は大きな衝撃を秘めていました。
「ふん、やっぱり。今の会話が聞こえるくらい聴力良いものね。ねえ、テールイ」
 




