第六話 出来ること
「じゃあ、みんなを紹介しようか」
湊さんは微笑みながら言った。それとほぼ同刻に
「さて、みんなを連れてきたぜ」
とラインさんが戻ってきた。かなり早かった。そんなに時間がかからないものなのか?
「ここに来る前に言っておいたんだ。今日はお客が来るからなと」
「え……なんで知ってたんですか?」
「桜がシュワナにいたんだよ。そしたら君たちが追放されたという話を聞いてね。それでライン君を迎えに行かせていたんだ。さて、皆に自己紹介してもらおうか」
部屋にはラインさんを含めて六人の男たちが入って来ていた。いろんなタイプの人がいる。
「じゃあ、俺からだ。リーベルテ軍一番隊隊長ライン・アズベルトだ。よろしくな。まあ、さっきシュワイヒナが言ってくれたのだろう? がはははははははは!」
大口を開けて笑った。良い人そうだ。裏表がなさそう。顔は少し怖いけど。
「次は私ですね。私は第二番隊隊長アン・インカ―ベルトと申します。以後お見知りおきを」
そう言って頭を下げたのは、メガネをかけた細身の男だった。髪は黒く、少しだけ長いが、他と比べてというだけで大して長くはない。なんだか苦手なタイプではあるが、悪い人ではなさそうだなと思った。
「つぎゃあ、俺だ! 第三番隊隊長ネルべ・セイアリアスだ!」
小さな男だった。少年のように見える。髪は黄色っぽい。こんな小さい子が軍にいるのかとかわいそうに思えるが、それを吹き飛ばすような明るい笑顔だった。
「僕は第四番隊隊長アスバ・アイスです。よろしく……」
眠そうな青年だった。青っぽい髪はぼさぼさだし、なんだか頼りなさそうだった。
「ん……」
とシュワイヒナが反応した。
「どうしたの?」
「いえ……別に何もありません。私の思い違いですよ」
「そう……」
「俺は第五番隊隊長ファイルス・リスタだ。ふんっ、小娘か。まあ足は引っ張るなよ」
髪は黒く、短く切っていて、体格はがっちりしていて、ラインさんに似てはいるが、こっちの顔は怖そうのベクトルが違う。初対面なのに小娘呼ばわりか。ひどくないか。そういうのよくないと思うんだが。
「うん? なんだ。何、人を睨み付けてんだよ。喧嘩売ってんのか?」
「売ってませんけど」
無意識のうちににらんでいたらしい。感情を隠す練習をしないといけないのかもしれない。
「まあまあ、凛ちゃんだって睨み付けたくて睨み付けたわけじゃないでしょ、ねっ」
「あ、ありがとうございます」
桜さんが間を取ってくれた。桜さんはなんか全て受け止めてくれるお姉ちゃんみたいな感じですごく好感が持てるというか、頼りになる人のような気がする。
対して、このファイルス・リスタって人は冷たすぎませんかね。まあ馴れ合うつもりはないし、別にいいんだけど。
「じゃあ、次はリブル君だな」
「え……僕も……言わなきゃ……ですか……?」
「ああ、君も言ってくれ」
なんだかすごく弱気な少年だった。ぶかぶかの白衣のような服装が意外に似合っている。
「ぼ、僕は特殊部隊副隊長リブル・スカイイアです! よろしくお願いします!」
「よ、よろしく……」
手を差し出してきて、勢いよく頭を下げてきたので手を握ってあげた。
「ふう……言えた……」
なんだか嬉しそうだった。別に嫌いなタイプじゃないんだけど、よく分からないな。
「私は佐倉凛と申します。よろしくお願いします」
「私はシュワイヒナ・シュワナです。よろしくお願いします」
私たちも自己紹介した。
「これで全員だ。ここにリーベルテ軍の固有スキル使いが全てそろっている。彼らの性格を知っていれば戦場で作戦が立てやすいだろう? だから、呼んだのだ。そして、今後もし、事件が起こったとき、彼らと共に行ってくれ。彼らなら苦戦することはないだろう。だから見ておくだけでいい」
「そんなこと言われても……」
さっきから危険な目に合わされそうな気がしてたまらない。どうすればいいんだ。よく分からない。
「分かった。なら君が安心できるようにしておこう」
そう言って湊さんは私に近づいてくる。
「え……な、なんなんですか?」
怖くなって、聞いてみるが湊さんは答えない。それがなおのこと私の恐怖心を倍増していく。
「ちょ、ちょっと、質問には答えてくださいよお」
後ずさるが湊さんは足を止めようとはしない。
「すぐに分かるさ」
そう言って、湊さんは私の肩に触れた。
「ちょ、はな――」
離して。そう言うよりも先に湊さんは静かな声でつぶやいた。
「レべリングコントロール」
その瞬間、私の体に熱いものが流れ込んだ。
「あ、あつっ!」
思わず、声に出してしまったが、それはとどまることを知らないかのようにどんどん流れ込んでいく。
それと同時になぜだか体に力がみなぎっていくような……
「ちょ、何やってるんですか!」
シュワイヒナが湊さんの手を振り払った。すると、湊さんはシュワイヒナの方を向き、
「大丈夫だよ、シュワイヒナ。君の凛を傷つけたりはしないから、安心しなさい」
「え……あ……、え、その、君のって……あ……ちょ……」
シュワイヒナはなぜだか激しく動揺したようでその場に座り込み、顔を手で覆っている。
「え、シュワイヒナ……どうしたの?」
「いや、だ、大丈夫です。はい……大丈夫です」
大丈夫そうには見えないが、これ以上は踏み込まれたくないようだ。
「で、湊さん。何をしたんですか?」
「ステータスを確認しご覧」
言われるまま、右下の方を見ると、レベルが五十七まで上がっていた。
「これが私の固有スキル『レべリングコントロール』だ。対象のレベルを上げたり下げたりできる。まあ上げ幅によってマジックポイントを大量に消費してしまうんだけどな」
って言って笑った。何が面白いのかよく分からないのだが。
「とりあえず、君はレベルが五十七となったのだろう? ならこれで死ぬことはそうそうないだろう。これが私が君にできる保険だ」
それからシュワイヒナにも同じことをした。
「相手にどんな固有スキル使いがいたとしても、ここまでレベルの高い相手は向こうにはいないだろう? なら君が簡単に殺されるようなことはない。だから安心してくれ」
湊さんはまた、見る者を安心させるような笑みを見せた。
「安心って……」
シュワイヒナのその小さな声に耳を傾けたものはすぐそばにいた私を除いて誰もいなかった。ただ、アンさんがシュワイヒナと私の方を見つめていた。
「何か不安なことでもあるの?」
そう聞かれ、シュワイヒナはちょっとびくっとして
「い、いや。ないですよ」
そう言って笑った。
「じゃあ、明日からよろしくな」
そう言って、また微笑んだ。私の性格がひねくれているからかもしれないが、彼の笑顔の裏には何かあるような気がする。ただ、微笑んでいるだけの人間って信じられないよねっていう話なのだ。
「まあ、いいじゃないですか。これで暮らしも保障されましたし、こんな生活もらえてシュワナの情報喋るだけの仕事ですよ。万々歳じゃないですか」
部屋を用意してあるから、そこに暮らしてくれと言われ、そこにシュワイヒナと向かっている途中、彼女がそう話しかけてきた。
「でも……まあ、うん。そうなんだけどさ」
「それにみんな良い人そうですよ」
「それ、なんだよな……」
「どういうことですか?」
「い、いや、いいよ、うん」
「湊さんのことですよね」
「うん、よく分かったね」
「えへへへへ。でもまあ、あの人はそんなに危険な人じゃないと思いますよ」
「どうして?」
「あの人は大事な時には私たちを守ってくれると思いますよ。人使いは荒いかもしれないけど」
「そう?」
「はい、あんなタイプの人間はきっとそうですよ。でも守ってもらわないといけない状況にはなりたくないですよね」
そうこうしているうちに言われた場所にたどり着いた。
「ここが女子寮かあ」
それなりに立派な建物だった。シュワナには王宮以外こんな立派な建物なかったと思う。まあ、あそこは魔王軍の被害ですたれていたから、どうとは言えないけど。
「綺麗な建物ですね」
とシュワイヒナが感嘆の声を漏らしていた。
「いや、王宮暮らしでもそんなこと思うんだね」
皮肉っぽい言い方になってしまって少し反省したのはそれを言った直後のことだった。
「もう、やだな、凛さん。王宮からは廃れた建物しか見えなかったんですよお」
そう言って笑った。笑っていたけれども、私は地雷を踏みぬいた自信があった。やらかしてしまったなと困っていると、
「さ、早く」
シュワイヒナはもうドアを開けていた。
中は外見と同じように綺麗だった。右側の奥に階段があり、二階に部屋がたくさんある。一階には浴場があるようだった。また、人が集まれそうな広間みたいなところがあった。入ってすぐのところにあった受付のような場所ににおばさんが一人座っていて、
「ああ、君たち、新しい入居者ね。話は聞いてるよ。ほらこの鍵取って、書いてある番号の部屋に行きなさいね。綺麗に使うんだよ」
と言われた。私たちは鍵を受け取り、部屋へと向かった。
ドアを開け、中に入った。部屋はすごく綺麗だった。入って右側に二段ベッドがあり、正面に机と窓、左側にクローゼットのようなものがあった。また、その空いた壁のほうに振り子時計がかかっている。
「凛さんと二人っきりですね」
とシュワイヒナが耳元で囁いた。吐息が耳に当たり、びくっとしてしまった。
「ははっ、驚いたあ」
シュワイヒナはすごく嬉しそうだった。
「まったく、シュワイヒナはかわいいなあ」
「そうですか、ありがとうございます。凛さんもお綺麗ですけどね」
「え? 私が綺麗だって? 目大丈夫?」
「全然大丈夫ですよ。凛さんはすごく綺麗です」
そう言って、シュワイヒナは私の首に手を回した。
「凛さんは、暖かいです」
なぜだか心臓が高鳴る。
シュワイヒナの指が私の手に触れた。そこを触られると、脈が速くなってるのばれちゃう、そう思って私は落ち着こうとする。
「凛さん、脈速くなってますよ。ドキドキしてるんですかあ?」
その声がさらに脈を速くする。あれ? なんで私こんなにドキドキしてるんだ? そして、なんで脈が速くなってるのをばれないようにしたかったんだ。
「ドキドキ……してないよ」
そう言ってしまった。すぐにばれる嘘なのに。それを聞いたシュワイヒナは
「そうですか……」
どこか悲しそうな声を出して、私から離れた。それとほぼ同時にぐるるるると私とシュワイヒナのお腹が鳴った。
「あ」
私とシュワイヒナはしばし見つめあって笑った。
それから私たちは部屋に置いてあった地図をもとに食堂に向かった。どうやら注文すれば作ってくれるシステムらしく、お金もかからないらしい。私はこの国のお金を少しも持っていないのでそれは嬉しかった。
「どれ食べますか?」
シュワイヒナが聞いてきた。
「私は……そうだな……どれにしよう」
メニューはなんだかいっぱいあって、迷う。びっくりしたのは元の世界で食べていたものがあるということだ。湊さんか桜さんがつけてくれたのだろうか。
「じゃあ、私はかつ丼で」
「じゃあ、私もそれでお願いします」
かつ丼をほぼ食べたことないから食べてみたくて頼んだ。
「へえ、これがかつ丼って言うですんか、おいしそうですね」
そうだ。シュワイヒナにとっては初めて見るものだった。
この世界にはオオカミもいたのだから、ブタもいるのだろう。育てているのかもしれない。とにかく、普通に豚カツの普通のかつ丼だった。
「「いただきます」」
今更だが、いただきますはこの世界でもある言葉らしい。というかほとんどの日本語はある。シュワナにいた時は寝る前、ずっとなんで日本語なのか考えていたが、答えは思いつかなった。それにあんまり気にすることでもないのだろう。
「うーん、おいしいです」
かつ丼を食べている美少女。写真に撮っておきたいと思った。そういう趣味があるわけではないが。
「うん、本当においしい」
体をたくさん動かしたのだから、かつ丼食べても、誰も文句は言わないと思う。どんな文句だよって感じだけれども。
「いや、やっぱり肉ですよ。本当に肉が一番ですよお」
随分と嬉しそうだった。そう言えば確かにシュワナでは肉が少なかった気がする。
「今日はいろいろあったね」
「そうですね、本当にいろいろありましたね。でも凛さんその半分寝てたじゃないですか」
「確かにそうだけど」
ははははは、と笑った。あの時は本当に死ぬと思ったけど、今こうやってシュワイヒナとご飯を食べられるって幸せだなと心の底から思ったのだけれども、
「戦争かあ」
「現実味を帯び始めましたね」
「嫌だな」
「嫌ですか?」
「そりゃ、嫌だよ。人が死ぬのは見たくない」
「じゃあ、誰も死なないようにしましょうよ」
シュワイヒナはまっすぐ私の瞳を見つめて言った。
「誰も死なないようにしましょうよ」
もう一度シュワイヒナは言った。
「どういうこと?」
「戦争を止めるか、戦場で誰も死なないようにするか――どっちをするかは知りませんけど、私たちは戦場で指揮をとるんですよ。そんなことくらいやってやりましょうよ」
シュワイヒナの声は昨日のように強かった。それは覚悟が決まっている声だった。
私はまた受け身になっちゃってた。私は望んでばかりじゃダメなんだ。自分が変えていかなきゃいけないんだ。
「やってやろう。私たちの手で」
「凛さん、いい顔してますよ」
「え、そ、そうかなあ」
ちょっと照れた。そして顔を見合わせて笑った。