第四話 束縛
というか私はあまりにも判断を見誤ることが多いような気がします。自ら宙に浮いてしまえば、攻撃が避けられないことくらい馬鹿でもわかるでしょう。何度も同じ失敗を繰り返しています。一種の癖ととらえるのがよさそうです。
「ほらほら、まだまだいけるだろお。それだけの回復魔法を使えるんだからさあ」
無詠唱で使っていたのにバレましたか。確かにあんなにざっくり切れていた腕がもうきれいな皮膚に元通りになっているんですから、わかりますよね。
「じゃあこれは見たことありますか?」
この相手には本気にならなければなりません。いや、本気でも厳しい相手かもしれません。ですが、私はここで死ぬわけにはいかない。凛さんに会うその日まで私は生き続けなければならないのです。
「肉体強化」
体に力が沸き上がっていくのを感じます。体温が急激に上昇し、全身が熱を帯びていく。この感覚が私は好きです。ですが、これを使わなければいけない相手とはそりゃあ厳しい戦いになりますので、いくら気持ちよくても、後に残るのは苦しみだけ。
「おー。こう見るときれいな髪してるねえ」
「遺伝ですよ。いい髪ですよね」
髪をさらりと流し、私は走り出しました。
極端な話ですが、相手の攻撃をすべて避ければ私が負けることはありません。だから、防衛線が最も勝てる方法になります。それならば、肉体強化を使う必要はないと一見思いがちですが、防衛線と言うのはなかなかに厳しい戦いになるものです。しかも、ジョイマスの動きは私の想像を遥かに上回る速さでした。ですから、肉体強化を使い、俊敏に動かなければ、すぐにやられてしまいます。しかし、肉体強化は体を傷つけていきます。そのためにあまりに長い防衛線は私が不利になるだけですから、ここが難しいところです。
「マジカルレイン!」
少しでも長く戦うため――相手の隙を作るために、私は固有スキル「マジカルレイン」を発動させました。触れれば、マジックポイントを回復させることができ、肉体強化を長く、また、傷ついた体を直すことができます。
戦う準備は整いました。あとは、殺すだけ。
ですが、相手は少しも動こうとしません。向こうも私のことを警戒しているのでしょうか。それとも、そういう戦闘スタイルなんでしょうか。
「てめえが、どんな技を使っているかはわかんねえ」
ジョイマスはいきなり口を開きました。
「でもな、まだまだ負ける気しないんだよ」
凄惨な笑みでした。人を殺すことになんのためらいもないような笑み。私もあのように笑っていたのでしょうか。
背筋がゾッとしました。なんだかジョイマスという鏡を通じて、自分を見ているような気がして。
だからって止まるわけではありません。止まるのはそれ即ち敗北であり、その先に待つのは終焉のみ。
「そう、私もですよ」
ジョイマスが動きました。両手の短剣を逆手に持ち、襲い掛かってきます。
私はそれを突然走る軌道を変えることでよけきることに成功しました。ジョイマスのすぐ横に来ます。そのまま横腹へ拳を突き付けようとしましたが、そこは流石といったところでしょうか。向こうは目にもとまらぬ速さでそれをよけ、私のすぐ前へと刃を突きつけます。
一旦後ろに退きました。
考え直してみましょう。やはりスピードは私が劣っています。すぐに私の体がもたなくなってしまいます。実際、今の一瞬で既に私の脚はダメージを負ったようです。これ以上すると砕けてしまいます。砕けてもすぐに治してしまえばいいんですけど、一瞬一瞬に必要な行動が多い私とただ避けて、攻撃するだけのジョイマスではあまりに有利不利がはっきりしています。
ただ押していくだけの戦いはやめるしかありません。
私は少しずつ近づいていくジョイマスから少しずつ後ずさっていきました。
頭を使いましょう。どうすれば目の前の相手を倒せるのか。いえ、せめて逃れるだけでもいいのです。逃げ切れる気はしませんけど。
固有スキルが強い相手とかだったら、まだ対策はできます。ですが、ただ単純に強いというのは実際問題一番大きな脅威であると私は知っています。あの男――祐樹のように。
闇覚醒できればこんな相手一瞬で倒せるのにだなんて、思いました。あの真っ黒な力はつかめるようで、つかめません。
私の手に薄く、本当に薄く、文様が浮かびました。気づいた時にはもう遅く、すぐに消えていきます。神からのお達しのように思えてきました。まだこの力を使う時ではないというお達しです。
その時でした。
「よそ見すんなよ!」
その声でハッとしました。完全に隙を突かれていました。
もうジョイマスがすぐそばに迫ってきています。後ろによけても意味はありません。あるなら、迎え撃つしか――
私は拳を強く握りました。痛いのなんか今更怖くありません。命さえあればいいんです。
目の前へ迫った刃物へ私は左手の拳を突き付けました。二つの刃は私の左手の皮膚を削り、肉を抉り、骨を傷つけました。
「なっ……!」
予想外の行動にジョイマスは目を見開きました。その驚愕を見ただけで、してやったりと満足です。
私は右手で、私の拳に刺さった短剣を持つジョイマスの両手を抱え込んで、体をぐるりと回転させました。つまり、最初やられたときと同じように私の体は宙に浮いているんです。でも、あのときと同じようにはなりません。腕を完全に固定されたジョイマスは軸を失ったがために、体を回せないのです。
そして、私の小さな体が役に立ちました。私は足でジョイマスの頭を挟み込みました。もう逃げられません。
――しかし、私は失念していました。相手はまだ体術しか見せていなかったことを。
「岩魔法!」
そうジョイマスが叫んだとき、私の目の前に小石が大量に現れ、それが私の体へ猛スピードで突進してきます。
「あああああ!」
小石は目に入り、私の視界を奪いました。
もう限界が訪れていました。手は激しく痛み、目はつぶれ、顔からも、手からも大量の血を流して、体から力が抜けていくのを感じました。そんな私の体をジョイマスは投げ飛ばしました。何かにぶつかったのを感じます。しかし、何も見えないがために、それはわかりません。
「シュワイヒナさん!」
叫ぶテールイの声に申し訳なさを感じます。守ると約束したのに。私の力が足りないばかりに。
なんで、二日目からこんな苦戦を強いられているんですかね。こんな幼い見た目の少女にここまでできるだなんて、ジョイマスには人の心がないんでしょうか。
「いやあ、いいね。怖いだろ。見えないって怖いだろ。それにそんなにだらだら血流しちゃってえ。痛くてたまらないだろうなあ」
「ジョイマス。脚を折れぼ」
ボリチェがそうジョイマスに命令したようです。逃げなきゃ。そう思い、右足に力を入れた矢先、
「――ッ!」
右足に激痛が走りました。そして、自分の体が崩れ落ちていくのを感じました。骨が砕けた。衝撃に耐えきれなかったと言うことです。
「ふんっ、あと左足だけぼ」
左足をつかまれました。そして、いとも簡単におられました。ちょうどすねの辺りがおかしな曲がり方をしてしまっています。
「マジカル……レイン」
兎にも角にも体を直さなければならないでしょう。前が見えないと、攻撃を避けることはできません。脚を直さないと、歩くことすらできません。
痛みと言うものはなかなか慣れることができないものです。それに、自分の無力さを痛感した今ですと、その痛みはなおのこと強い。
結局私一人ではなにもできないのでしょうか。
そんなことは昔はなかったはずです。昔は一人でいた。昔は一人で戦えていた。凛さんと会ってから、いえ、祐樹と会ってから、湊さんと会ってから、なんだかんだ私は安心しきってしまっていたようです。ですが、久々に思い出しました。恐怖と、孤独と、絶望を。
私の心を満たしていたのはそんなんじゃなかったはず。
脚はだいぶ良くなってきましたので、後先考えずに後ろに退きました。
あとは目を――その時でした。
「バインド」
ボリチェの声でした。しかし、私はその声を知覚するよりも先に別の感覚に襲われました。――
体が動かないのです。何か、紐で巻き付けられているような感覚でした。
「なに……これ……」
疑問の声を口にする私に、ボリチェは
「教えてあげるぼ」
と蔑みの感情が秘められている口調で話し始めました。
「それはわしの固有スキルぼ。そのバインドにかかった時点で、お前は魔法も固有スキルも使えないぼ。それに脚がやられているようなら、動けもしないぼね」
それから、ぐふふふと気持ちの悪い笑い声をあげた後に、
「お前の負けぼ。大人しく、私のものになるぼ」
と冗談のようなことを言いました。
「誰が、なりますか……そんなもの」
「まだ、いうぼか。ジョイマス。そのテールイだったかぼ。殺せぼ」
「了解」
ジョイマスの足音がテールイのほうへ向かって行くのが聞こえます。
トン、トン、トン。
「離して、離してください!」
悲痛な叫び声。心を的確に切り刻んでいくような声。
耳の辺りに体温を感じました。
「まだ、耳は聞こえるんだぼ」
……ボリチェのしたいことが分かりました。
「いや……いや!」
叫ぶテールイの声。
なんだか何かが分かったような気がしました。
「ボリチェ……下種め」
「まだそんな減らず口たたけるぼ」
「あなたみたいな人はさっさと死んだほうがましですよ」
「そんなに追い詰められてそんなこと言うぼ?」
「行っときますけど、私の心折れませんから。私はこんなところで足止め食らわないといけないほど暇じゃないんですよ」
「お前の人生は決まっているぼ。わしのもとで奴隷として働くほかないぼ」
「……人をなんだと思っているんですか」
「わし以外、ただの奴隷ぼ」
「ただの踏み台のくせによくそんなおおそれたこと言えますね」
「踏み台ぼ……? ジョイマス、踏み台とは何か教えてやれぼ」
「…………」
「ジョイマス?」
「踏み台とは何か教えろだったよな」
ガンっという激しい何かを蹴るような音が聞こえました。
「何をするぼ! バインド!」
ひゅるひゅると紐の走るような音が聞こえ、バンっ、と何かが倒れるような音がします。
「お前は人をそんな風に使いやがって! 俺がいないとお前は死んでいた! 俺のお陰でここまで来たんだろが! なのに何が奴隷だ! 俺は奴隷じゃねえ!」
「だが、お前はバインドに歯向かえないぼ。所詮お前も奴隷ぼ。わしのバインドは絶対なんだぼ。お前死ぬぼか?」
言葉に表せないような、ジョイマスのうめき声が聞こえてきました。
「ああ、そうだぼ。わしのレベルは百を超えているぼ。だから、お前にもバインドが効いているんだぼ。結局お前も私の下なんだぼ」
ボリチェの声がすぐそばに聞こえてきました。
いやだ。そんな感情だけじゃ、私は勝てないことを思い知りました。必要な感情はなんなのか。それは考えるまでもないほどはっきりしていることで、今まで、どうしてそれに気づかなかったのだろうかと、心の底から不思議に思いました。……いえ、本当は私はこの感情を汚いものだとして仕舞い込んでおきたかったのでしょう。これまで隠しきれていなかったくせにです。
「ボリチェ。後悔を今のうちに始めておきましょうよ」
「なんだぼ?」
「シュワイヒナさん?」
テールイはなんだか怖そうに、私の声を呼びました。
何が怖いのか、私も分かります。――ボリチェが怖いのではないということは私が一番よくわかっています。
「私の行く道に立つすべての人は私の敵です。敵とみなしたものは私がこの手で直接殺してあげましょう。感謝してください。死ねるんですから」
ああ、これですよ。私が欲していた力は。痛みが急速に和らいでいきます。そして、その代わりに大きな感情が私の心を満たしていきました。
「バインド? 効きません。傷? 失明? そんなもの既に克服しましたよ。この最強の体があるんですから」
殺戮ショーというわけにはいかないようですね。
私は立ち上がりました。そして、目を開きました。わなわなと震えるボリチェとジョイマスの姿が見えます。
「おい、ジョイマス! こいつなんとかしろぼ!」
それを言われたジョイマスは――もう体に染みついているのでしょうか――バインドを解かれ、自由になった体で私へ走り始めました。
「恐怖でおかしくなりそうなはずなのに、かわいそうですねえ」
この感情。いつもならいらない感情のはずなのに、どうして今こんなに気持ちいいんでしょうか。
ああ、憎い。私の邪魔をするやつら、全員が憎い。だから殺したい。今すぐに殺したい。
「楽しくなりそうですね」
反撃開始




