第三話 支配
自分でも今知り合ったばかりの人を助けているっていうこの状況はびっくりですけど、悪いことじゃないですし、別にいいでしょう。
それはそうとして、私は今、テールイを抱えながら、街を突っ走っています。追手は来てないみたいですが、一応です。それにこれは今晩眠る場所を探すことも兼ねているんですよ。
人が来なさそうな場所を探します。ですが、全くと言っていいほど見当たりません。路地裏とかは逆に心配ですしね。穴でも掘りましょうか。
まさか、眠る場所にも困るとは思っても居ませんでした。この国なんですか? お金持っているのに、眠る場所に困るってどういうことなんですかね。
ただ単に宿と書いている場所は信用なりません。
「ねえ、テールイ。どこかいい宿ありませんか?」
と聞くと、テールイは首を全速力で横に振りました。よくよく考えたらあの宿にいるっていう時点でそんなこと知っているわけないですよね。聞いた私がバカでした。
「じゃあ、どこか人が来なさそうな場所ありませんか?」
「あそことか……」
とテールイは指を指します。そこは城壁の一番上。高さが何メートルかはわかりませんが、そんなに高くありません。家の屋根に乗ればもしかしたら向こうまで見えるかもしれませんね。あそこまで跳びますか? 仮に跳べたとして、あそこで寝るのはさすがによろしくないと思います。落ちるのはさすがに怖いじゃないですか。どうしましょう。
それならば、一回外に出てから、そこで野宿したほうがいいかもしれませんが、あそこまで跳んだらさすがに目立ちますね。当たり前ですが、あんまり目立つのはよろしくありません。姿を覚えられるのってかなり困りますもんね。
寝ないのありですね。この国の事情を知らないと、どういうところがちゃんとした宿なのかわかりません。
「あの、宿と売春宿ってどうやって見分けるんですか?」
道行く男の人に尋ねてみました。
「ん? 女二人、か。ないよ。そんな場所」
「え、ないって何がですか?」
「宿だ」
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまいました。
「君たちは外から来たのかい?」
「ええ」
「それなら、知らないはずだ。いいよ。私の家で泊めてあげるから、来なさい」
少し不安ですが、家の中でならいざとなれば人目のつかないところで殺すことができます。私はその男についていくことにしました。
家の中は質素な作りになっていました。そして、妻と思わしき女の人が一人、息子と思われる少年が一人います。
「こっちは僕の家族だ」
男はそう主張します。ですが、それが正しいかどうかはわかりません。ですから、警戒を解くわけにはいかないのですが、まだ危険な香りはしませんので、話を聞くのを続けましょう。
「この国のことについて教えてあげよう。そこに座りなさい」
中心に鍋のようなものがぶら下がっているところを囲むように段差になっている場所に腰かけます。
「この国はある一人の貴族によって支配されている。彼による完全な独裁政権だ。この国自体たいして広いわけではないから、そんなことが成り立っているのだろうが、こちらとしてはたまったもんじゃない。君もこの国の人たちの様子を見ただろう?」
寂しい人たちの関係。そのことを指しているのでしょうか。
「人々の関係が薄い。なぜああなっているかというと、あの貴族様は私たちにある命令を出しているんだ。その命令というのが自分に歯向かうものを見つけたものを告げ口しろというものになる。それを守れば、一瞬で上級階級に上がれるほどのお金を私たちは貰えるのだが、悪口をいっただけでも私たちは連れていかれ、殺されるか、奴隷にならねばならなくなる。それを皆恐れているために薄い関係しか敷けないのだ。みんな心の中ではあいつのことは嫌いだ。政治はうまくないし、税金は日に日に高くなっている。そのくせ、少し美人を見つけてしまえば、すぐに自分の側室にしてやろうとする。それに彼は女のことが好きで、嫌いだ。彼のそんな身勝手な感情だけで、この国の女は誰かの妻になるか、あいつの奴隷にさせられるか、売春宿で身を売るしかない。そこまでくるともはや呆れる」
はあ、とその男はため息をつきました。それから、続けます。
「それにこの国には盗みが多い。旅人を襲って、金を奪う。自分の生活すらままならない人が多いからだ。そもそも淫らな店だって一部の上級階級の人しか利用していない。こんな貧民街まで来て、やることがそんなことだ」
「そんなことなんで私に話したんですか?」
一通り話を聞いて、私は尋ねる。
「君は外から来たのだろう。それなら早くその子を連れて、逃げたほうがいい。その子は獣人族だ」
男はテールイを指さして言います。
「獣人族は特にあいつが憎んでいる種族の一つだ。その子は見つかれば確実に殺されるか、おもちゃにされてしまう。だから、逃げたほうがいい。今日まで泊めてやるから明日には出発するんだ」
その澄んだ瞳は嘘をついているようには見えませんし、そんな嘘をつく必要もないでしょう。善意から来ているのでしょうか。そう言われれば納得のできることではあります。
「分かりました。あなたの好意に甘えさせていただきます」
「そうか。それがいいだろう。その辺で寝ればいい。あんなに走っていたのだから疲れているだろう」
男は優しくほほ笑みました。
「しゅ、シュワイヒナさん」
寝転んでいると、テールイが私の服の裾を引っ張ってきました。
「どうしましたか?」
と尋ねますと、
「本当に大丈夫……ですか?」
と不安そうに尋ねてきました。
きっとテールイの親はその貴族に殺されたのでしょう。それから、逃げてきた、ということでしょう。かわいそうな人だと思いました。それにこの子を心配させるのはなんだか胸がチクチクして嫌なことでした。
「心配しないでください。私がついています」
私はテールイの髪を優しくなでてやりました。
こういうとき、凛さんはどうするでしょうか。同じようにするでしょうか。そうであったら、いいなと思いました。
それから、ようやく私は長かった一日を終えることができました。
「また、あんなの連れてきて大丈夫なの!?」
「いいじゃないか。人を助けるのは悪いことじゃない」
「だから、うちはこんな暮らしを強いられているんでしょ!」
「それはそうかもしれないが……」
「……分かったわよ。今回だけ。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
朝目を覚まして、私たちはすぐにテールイを連れて逃げることにしました。
「ありがとうございます。本当にお世話になりました」
「いやいやいいんだ。無事を祈る」
「ありがとうございます」
私はテールイをおんぶして、走り出しました。そして、昨日入った城壁にたどり着きます。
「昨日ぶりです」
「ああ、昨日ぶりだね」
その人は少し申し訳そうな顔をしました。
「君を外に出すことはできないよ」
そう言ったとたんに、ここから、外へ通じる門は閉じてしまいます。
「えっ、どういうことですか?」
と聞きましても、門番は何も答えません。そして、その代わりに別の声が聞こえます。
「わしが説明してやりましょぼ、ぼ、ぼ、ぼ」
気持ち悪い声でした。そちらのほうを見ると、その声に似あう気持ち悪い姿をしていました。でっぷりとした見た目はいかにも歩きづらそうで、また、どこか見下したかのようなその見た目は下種のそれです。しかも周りにはボディーガードなのか五人のたくましい男がいます。
そして、彼が来た時、朝早く起きて、街を歩いていたものたちは地面に膝をつきました。敬意を表しているようなものに表面的には見えますが、どこか怖がっているようで、震えている様子が見て取れます。
「強くてかわいい女が入ったという話を聞いたんでぼ。貰っとくことにしたんだぼ。それにぼ。幼い獣人族の娘を連れているという話も聞いたんでぼ。わしが直接きたやったんぼ」
変な語尾をつけるのが一番腹立ちます。これほど嫌な相手と言うのもいつぶりでしょうか。
というかテールイと逃げていたところを誰かにチクられたということでしょう。迷惑なことをしてくれました。
「貰うって……人をなんだと思っているんですか?」
「わしに尋ねるぼ?」
そう首をかしげて、それからにちゃりといやらしい笑みを浮かべました。
「この大貴族ボリチェにそういうぼ!」
ボリチェと名乗ったその男は怒鳴り声を上げました。それでも変な語尾は治りませんから、きっと身に沁みついているものなのでしょう。
大貴族――おそらくこの国を支配している王のことでしょう。こんな男に支配されていると考えれば気分が悪いというのも分かります。
本当にうざい。
「あなたと喋るような変わった趣味は生憎私は持ち合わせていません。他を当たってください」
私がそう言い放ちますと、
「なんだぼ! やれ!」
ボリチェはそう叫びました。どうやらかなり沸点が低いようです。頭悪そうですね。
私が言えたことじゃないですけど。
狭い門前の道へ五人の男たちは走ってきます。どうやら、戦わなければならないようです。
「テールイ、私の後ろにいてくださいね」
私は迫ってくる男へ駆け出しました。
男たちは図体は大きいですが、動きはそれほど速くありません。十分に対処可能、といえるでしょう。
と思っていますと、男たちは剣をその手に握りました。どうやら私は全ての攻撃を避けながら、戦わなければいけないようです。
「おら!」
低い声を上げながら、殴りかかってきた男の腹にストレートを一発。意外と男の体は軽かったようで――というより、彼はレベルが低かったようです。簡単に宙を舞い、その後ろにいた男のほうへ倒れこみました。
それからは簡単な作業です。向かってくる男を次々と迎え撃つだけの作業です。肉体強化を使う必要もありません。
向かってくる男はすぐに全て倒れました。
「強いんですね」
とテールイが後ろから声かけてきます。
「私、安心しました」
テールイは嬉しそうにほほ笑みました。さすがの私とて人に喜ばれるのは嬉しいものです。
「さて、いい加減にこの門を開けてくれませんか?」
私はボリチェに尋ねます。しかし、ボリチェはその汚い笑みを崩しません。
「これは単なる小手調べぼ。これからぼ。行け、ジョイマス」
ジョイマス? 人の名前でしょうか。しかし、周りに、それらしき人は……
「――ッ!」
なんだか身震いがして、私は後ろに退きました。そして、その直後、ゴオッという轟音とともに目の前に影が降り立ち、砂埃が舞います。
「おっと、避けられるんだねえ」
上から飛び降りてきた相手。これがジョイマスっていうことですか。城壁が案外低かったのが仇になりました。
「それともたまたまかなあ?」
思わず舌打ちをしてしまいました。せっかくもうこの国から出られる――ボリチェなる気持ち悪い男の前から逃れられると思ったのに、あの時の安堵を返してほしいものです。
「おっと図星ー」
ちゃらちゃらしている男でした。体は細身で、どこか汚い茶髪です。
「ボリチェ様。どうすれば?」
「殺さないくらいに壊すぼ」
「OK、分かりました」
にやにやしながら、短い二本の剣を振り回しながら、近づいてきます。
動きの全てが隙だらけ。お世辞にも強そうには見えません。
先手必勝。
地面を蹴って、私は一気に距離を詰めます。あっという間に間合いに入ることができます。そのまま、彼の腹を殴りつけようとしました。しかし、
「なっ……!」
私の腕に鋭い痛みが走りました。それから、自分の腕を手の短剣で斬られたんだと理解します。ですが、切断されたわけではありません。短剣は肉に食い込んでいますので、私はそのまま回復魔法を流し込みます。すると、傷口は塞がっていきますが、短剣が刺さっているので、それをくわえこんだような形になります。
「ハッ!」
私は足を振り上げつつ、体を回転させ、ジョイマスの顔に回し蹴りを入れました。しかし、それは空を切っただけ。
「いいか! 蹴りってのはな! こうやってやるんだよ!」
宙を舞っている私に攻撃を避けることはできません。さらに、一瞬のうちに私の腕に刺さっていた剣は抜かれ、支えを失った私の体は城壁へと飛んでいき、激突しました。
久々の激痛が私の体を襲いました。血が流れる腕もそうですが、壁にぶつかったときの衝撃はなかなかに強かったようです。だって、城壁がえぐれていますもの。
「クリーンヒット」
気持ちよさそうにジョイマスは笑います。その笑顔が憎たらしいことこの上ない。
「お前の血、きれいだなあ。でも、濁っている」
男は短剣に付着した私のナイフについた血をなめとり、そう言いました。
「憎しみと、愛情の味がする。どんな人生を送ってきたか知りたいなあ」
「あなたなんかに教えるわけないでしょうが……」
「おっとまたまた図星ー。憎い奴がいるんだ。愛している奴がいるんだ」
じゃあ、と男はその言葉を紡ぎました。
「そんな奴らのこと忘れるくらい戦い明かそうぜ」




