第二話 始動
ぐにゃりと曲がった視界が気持ち悪くて、吐き出しそうです。もう何度も味わった感触ですが、慣れる気がしません。でも、もう慣れる必要はない気がしますね。だって、こんなに遠くに来てしまいましたもの。
薄暗い森でした。なんだかじめじめして、不快です。
凛さんと離れ離れにされてしまいました。憎い。桜さんを殺したい。そんな欲望が体の内側から湧き上がってきますが、ここで解放したって意味はありません。
とりあえずは冷静になりましょう。自分の体の状態を確認です。少し熱っぽいですが、取り立てて言うほどでもないですね。足腰もそんなに痛くありません。腕も普通に動きます。体に倦怠感が残っていますが、これも同じように取り立てて言うほどでもないです。
武器はないですね。剣を持ってないってすごく困りそうな気がします。
とりあえず、立ち上がって、私は歩き始めました。
さきほどの調子だと、凛さんも飛ばされるでしょう。でも、ここに来るとは思えません。どうするべきか、私にはよくわかりませんが、とりあえず、ここで生きる準備くらいは済ませておくべきでしょう。
森はどこまでも広がっているように思えて、なんだか絶望的です。こんな場所じゃ情報も集まってきませんし。あてもなく歩き続けると言うのも得策とは思えません。もっとましな場所に落とすべきですよ、桜さんは。
ぼんやりしながら、歩いていますと、ずっと先のほうに、家らしきものが見つかりました。家があるって言うことは誰かが生活している、もしくは誰かが生活していたっていうことです。生活できるってことです。だったら、そこに行ってみるしかありません。
まったく不幸中の幸いでしたね。
そう思って、私は家の中に入ります。人はいません。土足で中に踏み込みますと、そもそも人が現在進行形で暮らしている形跡じたいありません。完全にもぬけの殻です。でも、使えそうなものは見つかりました。
地図です。これで、ここがどうなっているのかわかります。
とは言っても期待していた地図ではありませんでした。ここから森を出るために向かうべき方向しか記されていなかったのです。でも、行くべき方向はわかりました。
そこから出発して、二時間くらい歩いたら、大きな壁が見えてきました。おそらく、その中に街があるのでしょう。森を抜けるまでもうあと少しです。
ここで、予想だにしない事態が発生しました。
「おいおい、お嬢ちゃん。一人かい?」
三人組のガラの悪そうな男が話しかけてきました。人に会えたっていう状況だけを抜き取ったらいいことかもしれませんけど、普通にうざいです。
「一人ですけど。なんですか?」
「いけないなあ。君みたいに小さい子が一人でいたら。ちょっとこっちにおいでよ」
何がしたいのか読めてきました。
良いこと思いつきました。
「はい、いいですよ」
私は三人の男のあとについて行きました。森の深くへまた逆戻りです。しかし、街が見えているのでまあ、大丈夫でしょう。
街がだいぶ遠くなってきたところで、私は出し抜けに殴られました。
「知らない人にほいほいついていったらいけないって習わなかったのかあ」
思ったよりも乱暴にするんですね。
「随分ときれいな顔しているなあ。売れそうだぜ」
汚らわしいことを言ってきます。
「私は売れないとおもいますよ」
そう言ってみると、
「なんだあ? そんなこと言ったって意味ねえよ」
そう脅してきますが、意味ないことわかんないんですかね。
「ほら、お前らやれ」
ずっと喋ってた男はリーダー格の男らしいです。おそらく奴隷売人なのでしょう。
二人の男は私に襲い掛かってきました。どうやら、気絶でもさせたいのでしょう。
だから、殺しました。
首をぎゅっと絞めてやると、案外簡単につぶれちゃって、少しびっくりです。
「襲ってきたのはそっちですよねえ。だから、文句言えませんよね」
殺した男の腰からナイフを抜きとって、その男に突き付けます。
「なっ、て、てめえ。どうなってんだ!」
思った通り、驚いてますね。でも、踏んできた場数が違うんですよねえ。
「さて、えーと、どうしましょうかあ」
と私が何から聞こうかと悩んでいますと、
「うわああああ!」
そう叫びながら、ナイフを抜いて、飛びかかってきました。
「だから、相手が悪いですって」
今の見て、何も学ばなかったんですかね。
とりあえず、逃げられたら面倒なので、足を切り落としました。血が噴き出しますが、服にかかると、嫌なので、とりあえず避けます。
「あ、そうだ。とりあえず、お金稼げそうな仕事ありませんか?」
そう尋ねますと、その男は痛みに絶叫するだけで、全然答えてくれません。
しょうがないので、私はナイフをのどに突き付け、脅します。
「答えないと、殺しますよ」
ですが、その男は
「そんなの知らねえよ!」
って答えてくれません。それに、あんまり叫ぶものですから、私はのどを描き切って、その人を殺しちゃいました。
持っているお金をあらかた、奪って、できるだけ汚れてないバッグに詰め込んで、私はその場を後にしました。
城壁にたどり着きますと、門がなかったので、その城壁に沿って私は歩き始めました。けっこうすぐに門は見つかりました。中に入ると、兵士みたいな人がいて、
「おっと、君はどうしたのかね」
と尋ねてきました。どうした、と聞かれましても、どう答えればいいのかわかりません。
私が反応に困っていますと、
「親はどこにいる?」
と尋ねてきました。親の保護が必要な子供と思われているのでしょう。
「いません。仕事を探して来ました」
と私は答えました。すると、その人はうーんと腕を組んで、考え込んで、
「身寄りのない子供を引き取ってくれる場所があるかなあ」
と言い出しましたので、
「私は子供じゃありません。もう十七なんです」
と答えますと、その兵士は驚いて、
「そうか。この国に来るのは得策とは思えないが……。とりあえず、ギルドくらいには行ってみるのもいいのかもしれないな」
と言いました。
なんだ、それはと思いましたけど、私は言われた通り、そのギルドというところに行くことにしました。
街に入りますと、私は寂しい、という印象を受けました。街を歩く人々の雰囲気がどこか暗いのです。こういう感じですと、おそらく人々の関係も薄いのでしょう。また、それが私の感じた「寂しい」というものの正体でもあるのでしょう。
ここにしばらく住むというのなら、それらは関係のあることではありますが、住まないのであればどうでもいいことです。居心地は悪いですが、少しの辛抱です。
ギルドと言うのは門からそう遠くはないところにありました。文字の読み方に確信があるわけではないので、もしかしたら、違うかもしれませんが、あの兵士さんは「奥」と言っていまして、門から見て、「奥」と思われる場所はそこしかありませんので、おそらく合っているでしょう。
「こんにちは」
一応あいさつくらいしておくべかなと思いましたので、そう言いながら入っていきました。
じろりと除け者を見るような目で見られました。それから、心配されるような目でも見られました。少し不愉快です。
受付らしきところは空いていまして、すぐに応対されます。
「君はいくつかね?」
と尋ねられましたので、答えますと、その人は
「なるほど、金はあるのか?」
と聞いてきます。どこか高圧的な態度です。
「このくらいしか」
と私はさっき取ったお金を見せます。
「ほう。なるほど。レベルはいくつだ?」
「七十です」
「高いな。滅多にいないというほどではないが、そうそう見ない。どこで、そんなにレベルを上げた?」
「それは……まあ、いろいろです」
「まあいい。深くは詮索しないでおこう。君の情報は上に届けておく。どこか眠る場所でも探して、明日まで待ちなさい」
上ってなんなんでしょう。そう思いましたけど、明日にはわかるだろうと思って、私は聞きませんでした。
ギルドを出て、宿を探します。もう夜も更けてきましたので、早く見つけないとって焦っていたのですが、結構すぐに見つかりました。文字も読めてきました。これは幼いころに習ったスーコント語です。
故郷シュワナ国が位置するリデビュ島から西のほうに大陸があります。その大陸と言うのはこの星の半分を覆っている大陸だそうで、相当に広いのです。その大陸の近くに島がぽつぽつあるくらいで、残りは海が広がっているっていうのを幼いころに習いました。その大陸で南東の地方で使われている言語がスーコント語なのです。確か大陸の北西の方ではイゲリティ語と言うのが使われています。全部話す分には同じなんですけど、文字が少し違うそうで、面倒でした。でも、基本は大体一緒なので、ルーツは同じなのでしょう。
宿に入りますと、女性の方が、営んでいるようでした。その方に、
「今晩泊めていただけませんか?」
と尋ねますと、そのお姉さんはにやりと笑って、
「ああいいよ。六コントな」
と言いました。
とりあえず、先ほどとったお金を見ます。銅貨が二十四枚、銀貨が二枚。
銅貨を六枚渡しました。すると、その女性は少し、驚きましたが、
「ありがとよ」
と答えてくれましたので、銅貨一枚が一コントなのでしょう。
「一〇三号室だ。先客が一人いるが、仲良くしてくれよ」
先客? 少し不安ですね。でも、行ってみるしかないでしょう。
できれば、その先客からこの国について話は聞きたいですね。なので、入室したときの第一印象は大事です。弱い相手だと思われてしまっては対等に話すことはできません。ですが、子供っぽい感じになりがちなので、それも避けたいです。私は見た目で舐められそうなので。
いろいろ考えて結局、普通に入ることにしました。入ったすぐそのあとに、睨みを聞かせる算段です。
こうしてみると甘い考えですね。我ながら反省です。
で、入りますと、
「ひゃんっ!」
とかわいい声を上げられましたので、まさかの相部屋は動物かと思いましたけれども、その推測は半分当たりで、半分外れでした。
「……ん?」
その姿は全くの予想外でした。
猫耳の生えた少女。
あどけない顔立ちは彼女を幼く見せるのに一役買っています。また、布切れとしか思えないような服を着ているのが犯罪的何かを感じさせます。ふっさふさの猫耳に山形に曲がった尻尾を撫でたい気もします。
「ど、どなたですか……?」
上擦った声で、彼女は尋ねてきます。なんだか庇護欲を掻き立てられますね。
「私はシュワイヒナ・シュワナ。よろしくお願いします」
握手の手を差し出すと、彼女はおそるおそる手を差し伸べてきます。
すごく小さい手でした。触ったら壊れてしまいそうで、手を差し出した私のほうが怖いです。
「わ、私はテールイです。よ、よろしくお願いします」
どうやら、まだ恐怖心は無くなっていないみたいです。
「私は敵じゃないですよ」
とりあえず、そう言ってみました。すると、テールイは
「本当に……?」
と言ってきます。
「うん、本当です」
そう答えますと、尻尾がゆっくりと降りていきました。緊張が解けたのでしょうか。詳しくないですから、分からないですけど。
「そんなに、怖がってどうしたんですか?」
と聞きますと、
「え……えっと、私、あの人から逃げてきて……ここの人がただで泊めてくれるっていうから……」
と聞いてないところまで説明してくれました。あのお姉さん、私にはお金払えって言ったくせに、この子には払わないでいいだなんていうんですね。なんだか、嫌な感じです。
ていうかこの国のことについて話を聞こうと思っていたのにこの子相手だったら、聞けませんね。
でも、収穫ゼロというわけではありません。「あの人」から逃げてきた、ってテールイはいいました。そのあの人っていうのが一体全体どういう人なのか気になります。
「あの人って誰? この国の人?」
「えっ、知らないんですか……ほら、あの――」
その時でした。勢いよくドアが開かれ、数人の男が入ってきます。
「さて、今晩はお前らか。相手、してもらおうか」
察しました。なぜ、テールイにこの宿がただで提供されたのか。ここは確かに宿です。でも、ただの宿じゃありません。
売春宿。
ハメられました。きっと私もお金を払えなかったらただで泊めてもらえたのでしょう。私たちはまだ若いがために、お金になるから。
目の前の男たちを殺しましょうか。いや、でも殺しは可能なら避けなければなりません。さっき男たちを殺したばかりの私が言うのもあれですが、ここは逃げが最も良い選択肢でしょう。
窓を開けて、飛び出そうとした矢先、テールイが目に入ります。
怯えていました。助けを欲していました。
「行きますよ!」
しょうがない。私はテールイの手を引いて、夜の暗闇の中へ飛び込みました。




