第一話 シュワイヒナ・シュワナ
私が生まれたのは今から十七年前です。えっ、そんなこと分かってるって? そりゃそうですよね。私十七ですから。ちなみに誕生日は一月二十一日です。だから、実は凛さんよりちょっとだけ年上なんですね。わーびっくりだー。あっはっは。
で、まあそれからしばらくはすっごい幸せだったんですよ。私王族の娘ですから、欲しいものはなんでも手に入れられました。かわいいお洋服も、おいしいお菓子も。ただ、教育は厳しかったですね。でも、兄さんよりは厳しくなかったですよ。兄さんは後継ぎでしたから。それにお父さんの固有スキルまで受け継いじゃって。いい御身分ですよね。私なんてお母さんのサポート系の固有スキルでしたから。でも、お母さんと同じってすごく嬉しかったんです。お母さんはよく私に若いころの自分にそっくりだと言っていました。そんなにそっくりなのかなあって思ってましたけど、お母さんすっごい美人で、そんな人と似ているだなんて、言われたら嬉しいに決まってます。
こうしてみると恐ろしいくらいの幸せ者ですね。なんたって王族の娘! たぶん、このシュワナ王国でも最高の幸せ者だったんでしょうね。
はい、そんな昔の幸せな話はこの辺にしておきましょう。あんまり長くしたって意味はないですからね。でも、あんまり楽しかった思い出ってあんまりないんですよね。なんででしょう。
さて、私の生活が一変したのは、ご存じ魔王がこの国に突如として現れたときです。「それ」の正体がなんだったのか今でも不思議です。だって、突然現れたんですよ。なんの前触れもなく。大体、魔王城があったから、そこに現れたと言われてただけで、その様子を見ていた人は誰もいないんですよね。全員殺されただけかもしれませんけど。
逃げてきた生き残りの人が王宮にやってきて、魔王の話を始めたときは本当にびっくりしました。リデビュ島自体大陸と比べたら、特殊な種族がいないですから、そんな存在なんて知らないんです。大陸に悪魔がいるかなんてのは知らないですけど。
とにかく、その人が話したことは私には夢物語のように思われました。童話の世界を本気にしているのかなって心配になりました。でも、お父さんが戦の準備を始めて、軍隊を動かし始めたとき、あれれ? って思いました。戦いにいくんだって少し不安になりました。今考えてみますと、すっごい子供っぽいですよね。これ十六の娘なんですよ。平和ボケしすぎていたのかもしれません。
一か月後でした。お父さんが亡くなったって話を聞いたのは。
何を言っているのかわかりませんでした。兄さんが慌てふためき、お母さんが泣き出したのを見ても、理解ができませんでした。だって、ほんの少し前まであんなに元気だったんですよ。
それから、王宮は一気に暗くなりました。圧倒的強さを持つ魔王。それへの対策をずっと話し合っていました。話したって思いつきもしないのに。なんてたって、シュワナ王国で一番強かったのが私のお父さんだったんです。そんなお父さんを殺しちゃった相手なのに残された私たちが魔王を倒せるわけがありません。
とりあえず、一時的な王権を誰に委ねるかという話がありました。魔王率いる軍勢はもうすぐそこまで迫っているというのにそんなことばっかり考えてたんですよ。呆れちゃいますよね。
私のお母さんはすごく頭が切れる人で、国政も彼女が支えていました。それで、お母さんがとりあえず、王の代理を務めることになりました。もうだいぶ育っていましたけど、その性格が危険視されていた兄さんでは務まらないと思われたのでしょうね。
ここで、突然なんですが、希望が完全に断たれた人ってどうなるか知っていますか? 一概に言えることではありません。ですから、これは全ての人に当てはまることではありません。でも、こうなる人も結構いるんじゃないんですか? 知らないですけど。
ある晩のことです。私はなぜだかまったく眠れず、王宮の中を彷徨っていました。すると、奥の方の部屋から悲鳴が聞こえてきました。嫌な予感がしました。なぜかというと、その部屋はお母さんの部屋だったからです。
私は走りました。そして、中で何が行われているのか想像だにしないまま、扉を勢いよく開きました。バンッという大きな音がして、中にいた人がびくっとして、こちらを振り向きます。
最初に見えたのは「赤」でした。それが、天井に飛び散った血であると理解するのには幾分か時間が必要でした。
中にいたのは男の人でした。私はその人のことを知っていました。王宮で政治に関わっていた人です。
そして、彼の真下にいたのは私のお母さんでした。動きませんでした。
そこで何が行われたのか、今となってははっきりわかります。
お母さんはその男の人に犯されそうになった挙句、殺されたのでした。きっと抵抗したのでしょう。首を斬られていました。それで、天井に血が飛び散っていたのです。
その男の人は先に待ち受ける大きな絶望に耐えかね、ただただ快楽を求めたのでした。単なる性欲か、それとも自分が王様になろうとしていたのか私にはわかりません。
それに優しいお母さんでしたから、自分に襲い掛かるその人を殺せなかったのでしょう。
許せませんでした。私の最愛のお母さんを奪ったその人を。
それから、何が起こったか覚えてません。気づいたら、その人は死んでいました。全身ナイフでめった刺しにされていて、見るに堪えない状況でした。
まったく、動かなくなったその人を見て、真っ赤に染まった私の服や私の手を見て、私はとんでもないことをしてしまったんだと悟りました。それが私の犯した最初の殺人です。
その時です。
「何をしているんだ?」
と声が聞こえました。振り向くと、そこにいたのは兄さんでした。
「ここで何があったんだ?」
そう兄さんは私に詰め寄ります。そして、血に塗れた私の体を見ました。
「お前……なんてことしてくれたんだ?」
「違う」
「何が違うんだ! お前が殺したんだろ!」
「違う」
「よくも、母さんを……」
「違う!」
もちろん、殺したことがばれたくないっていう気持ちもありました。でも、私の中で一番大きかったのは私がお母さんを殺したって思われていることへの否定でした。
その時思ったのです。なぜ、お母さんが殺されなくちゃいけなかったのか。それから、結論にたどり着くまでは早かったです。
情けない兄さんのせいだ。
そうです。兄さんのせいなのです。そもそも兄さんが王になっていれば、少なくとも、権力が欲しかったがために、殺されたという線は消せます。兄さんが王になっていて、お母さんを守ってくれていれば、お母さんが死ぬことはなかったはずです。だって、兄さんには力があったんです。
だから、私は兄さんを殺そうと思いました。
私は手に持っていたナイフで兄さんの腹を引き裂きました。兄さんが悲鳴を上げて、倒れます。
「てめ……化け物め!」
兄さんは反撃をしようとしていましたが、動けませんでした。斬られたおなかが痛むのでしょう。
そのまま、私は兄さんの胸をナイフで刺して、その場を後にしました。
次の日の朝、私は魔王を倒すために一計を案じました。それは王には遺言状があって、それには「魔王を倒したものを次の王にする」と書かれていたということにするというものです。
王になりたいという欲望を持つ若者はそれなりにいると思っていたのです。
私はそれを一人の男に伝えました。それはその人を通じて、国民に伝えられました。
さて、私が二人の人を殺めた件ですが、それは犯人不詳のまま終わりました。そんなわけあるのかといった感じですが、まず一つ目の理由としては、いつか誰かがやると思っていたっていうのがあります。いや、そんな理由では犯人不詳なまま終わるわけないじゃないかと思われるかもしれませんが、もう一つの理由が一番大きいのです。
王の遺言というのを伝えた後、たったの二日で、首都に魔王軍が押し寄せてきました。
悪魔は化け物のような形相でした。とがった翼に、長い牙。そして、青い体。
反抗するものは殺されました。実をいうと、このころには首都の人はどんどんリーベルテ方面へ逃げ始めたいのですが、それでもかなりの人が住んでいて、街は惨状と言う言葉がよく似合う有様でした。
悪魔たちは王宮にも入ってきました。次々と見知った人たちが殺されていきます。もちろん、怖かったです。
でも、なぜだか、私は生き残りました。
大人たちの中には私をおとりにして、逃げようとしていた人たちがいました。そういう人たちを容赦なく殺していったのが幸いだったのでしょうね。お陰で変な目に合うことはなかったです。
危ない場面はいくつもありました。悪魔と向き合ってやりあったこともあります。勝てませんでしたけど、なんとか逃げ切ることはできました。実質勝ちでしょう。
それに、私は自らの身を自分で守るため、密かに肉体強化を鍛え始めました。でも、なかなか成功しなかったので、私は諦めて、食料をもって、地下室に立てこもりました。
見つかっては逃げる。逃げては別の地下室を探して、立てこもる。そんな生活を繰り返していました。私の体発育が悪くて、小さいんですけど、それが役に立ちましたね。
何か月経ったかわかりません。永遠にも等しいほどの時間、私は地獄を味わっていました。そのうち、王宮内で、生きている人間をみることはなくなりました。
でも、私は死にたくなかったのです。
何人も殺しました。本来なら神に裁かれてもしょうがないような人間です。でも、死にたくありませんでした。いつか、この地獄から解放される日が来ると信じていたんです。悪魔が跋扈する国になってもいつか救済が来るって信じていました。
その救済はある時、突然やってきました。
食料が尽きたので、取りに行こうとしたとき、私はこれまでに聞いたことのないような衝撃音と、憎き悪魔たちの悲鳴が聞こえました。何が起こったのか、と私は王宮のほうへ走ります。そして、見ました。散らばった悪魔たちの肉片を。そして、その先にいた人たちを。
「こんにちは。お嬢さん」
そのうち、一人だけいた男の人は私にそう言いました。けれども、私はその後ろにいた一人の女性に目が釘付けでした。
一目ぼれでした。生まれてはじめての恋でした。真っ黒なその髪に、鋭い目。比較的高い身長がすごくかっこよかったです。それでいて、彼女の微笑みは今までの苦しみすべてから救ってくれるような柔和な笑みでした。
ただ、自分には生き残りとして役割がありました。それを一言、その男に伝えます。
「では、父の遺言に従て、あなたを国王に任命します。魔王討伐ご苦労様でした」
それから、私たちは国の復興を始めました。
それをしながらも、私の頭の中にはこの女の人――佐倉凛さんにどうやって私を好きになってもらうかということで頭がいっぱいでした。凛さんがやろうとしていること全てに一生懸命手伝いました。
だから、シトリアとかアリシアとか、カリアとか、そんな人たちが凛さんを都合よく利用しようとしていた時は本当に怒りました。殺そうと思いました。でも、凛さんに私が犯した犯罪は知られたくありません。人殺しと思われたくありませんでした。だから、私は誰も殺しませんでした。
あの時、凛さんが祐樹に歯向かった時、私は凛さんについていくと心にかたく誓いました。私は凛さんが一番必要にしている存在にならなくちゃいけません。私こそが、凛さんの心の支柱になるべきだと信じています。
あの時、凛さんが私を好きになってくれたと言うとき、私はどれだけ舞い上がったことか! 私の思いがやっと通じた瞬間ですよ!
凛さんが死んでしまった時、私に与えられたあの「死の雨」の力を知ったとき、神は私を愛してくれていると確信しました。
なのに、私は桜さんによって、凛さんと離れ離れにされちゃいました。
憎いです。殺したいです。衝動的にそう思ってしまう自分の性格を嫌いだとは思いつつも、しょうがないんじゃないかなって、自らを肯定しています。
凛さんは希望になれるでしょうか。私の希望にはもうなってくれていますが。
兎にも角にも、今は凛さんに会うことが最優先です。凛さんを私なしでは生きられない体にしようと思っていたのに、私が凛さんなしでは生きられない体になっていますね。少し反省です。
さて、始めますか。
 




