第五十五話 運命
全ての兵が一堂に会した朝、私は話を始めた。
「今日は運命の日だ。今日をもってこの戦争は終結する」
そう言うのと同時に兵士たちの間に安堵の色が広がる。それを見て、私も安心し、話を続けた。
「それもすぐに終わるはずだ。私がこの手で終わらせる!」
兵士たちの間で歓声が上がる。本当に私をよく信用しているようだ。素直に嬉しい。
「戦後はシュワナともいい関係を結べれば良いと思っている。そして、長らく途絶えていた海の向こうの大陸の国とも貿易を始めようと思う」
これは私だけの意思じゃない。アンやラインとも話し合って、決めた。
兵士たちは微妙な反応を見せた。知らないものは、逆に今までなぜしてこなかったのだと思っているだろう。知っているものは、俯くだけだった。
だが、反対の声だけはどこからも上がらなかった。みんな受け入れてくれている。そう思い、私は話を早くに結ぶ。
「私の話はこれだけだ。聞いてくれてありがとう」
そう言ってから、私は段を降りる。
「短いわね。でも、悪くなかったわ」
桜が私に声をかけてくれた。
「悪くないくらいがちょうどいいさ」
「そうね。そうかもしれないわ」
なんだかんだ桜にこう言ってもらえるのが一番うれしい。
「ありがとな。桜」
「そんな、礼なんて言っちゃって。まったく」
ニコリと桜は笑った。
「あとどれくらいだ?」
それから一時間くらい経って、ある程度、準備を終えたあと、私は桜に尋ねた。
「そうねえ。あと二十分くらいじゃない」
「行くか」
私は城を出た。
何やら、兵士たちが騒いでいるのが聞こえる。
「あ、湊様! 向こう見てください!」
兵士の一人が声を上げた。なんだか嫌な予感がして、私は走る。
砦の外に出ようとしたとき、声が聞こえた。
「リーベルテに告ぐ! 今更降伏は認められない! 玉砕覚悟で挑んで来い!」
あれが祐樹の声か。
外に出てみてみれば、祐樹は多数の軍勢を後ろに控えて、堂々と立っていた。
「あれが祐樹か……」
ファイルスとアンも来たようだ。そして、その後ろからシュワイヒナと凛、リブル、アスバも来る。また、私たちの兵士も自然と私の後ろに並んだ。
「全戦力集合か……面白くなってきた」
そう祐樹はにやりと笑う。その笑みは私にある種の恐怖を感じさせた。
「さて、どうする? 皆殺しか? でも、それはやめといたほうがいいか。どのくらいなら、死ねる?」
「誰も死なせない」
そんな祐樹のバカげた問いかけに私はきっぱりと言い切る。迷いなど一切ない。
「ふーん、随分と覚悟が決まってるんだな」
「そうでなけりゃ、王なんて務まらないからな」
「分かった。その覚悟を買ってやろう」
彼は私を見下したかのような態度を取った。それから、攻撃準備を始めていた兵士たちを手で制し、やめさせる。
「大将同士の一騎打ちと行こうじゃないか」
「一騎打ちか……」
その言葉に私は高揚感と恐怖を覚えた。
元来男と言う生き物は「一騎打ち」という言葉に胸を躍らせるものだ。私も幼き頃は、画面の向こうのかっこいいキャラが一対一で死闘を繰り広げていたのに憧れていなかったと言えばうそになる。しかし、現実で、となると話は別だ。いくら、ステータスがあって、魔法がある世界だとしても、「死」は現実にある。誰もが免れることのできないものとして、確かにそこに存在している。
私はまだ死ぬことはできない。この世界に来た時、確かに私はこの世界を救うことに生きる意味を見出した。救世主になれる、ヒーローになれる。そんな創作物のような展開の主人公に自分が選ばれたことが誇らしかった。
でも、今は違う。凛も言っていた通りだ。私もささやかな幸せが欲しい。桜と二人で、あるいは子供と一緒に暮らしていくのが、一番の幸せだったはずだ。
ただ、それだけを望んでいた。ただ、それだけでよかった。あの世界には苦しいことはたくさんあっただろう。思い通りにいかなかったことも多々あったろう。しかし、命の危険が伴うようなことは滅多になかったはずだ。少なくとも決闘に敗北すれば死亡するなんてことはなかったはずだ。
私は求めすぎたのか。それとも、これはただの運命なのか。
なぜ、私はこの世界に連れてこられた? 世界を救うためだとか言うが、本当は違う。そんなこと、すでに私はわかっている。
この世界にはきっと何か秘密がある。きっと、それは全てを解明できる秘密だろう。なぜ、どのようにして、私はこの世界に来たのか。私はそれが知りたい。
だが、私の仕事はこの国を守ること。仲間を捨てるわけにはいかない。私は王としての務めを果たさなければならない。
神の与えられたこの力「レベリングコントロール」。この世の法則を完全に無視した圧倒的な力。ゲームのような世界で、相手のレベリングを一瞬にして無駄にしてしまう力。
それがこの能力なのだ。
もしかしたら、彼を倒すために神は私にこの力を授けたのかもしれない。それならば、彼の存在意義はなんだ? ここで倒されることか?
そうかもしれないと思った。彼は魔王を倒し、シュワナを平和へと導いた。しかし、彼にできたことはそこまでだ。それ以上のことはない。逆に彼の行った政治は人を苦しめるものである。したがって、彼はもういなくなったほうがいい、ということであろう。
では、神は最初からこの事態を予測していたのか。それならば、祐樹は殺されるために来たのか。
かわいそうだと思った。救ってやりたいと思った。
「祐樹、君もかわいそうな人だ」
私がそう言うと、
「俺がかわいそうだって? お前何か勘違いしてるぜ」
と祐樹が返す。つくづくかわいそうだ。
ふと、後ろの凛のほうを見た。
俯いていた。何を思っているのかその表情から読み取ることはできない。
そして、桜は手を胸の前で合わせて、祈っていた。目を開けることもなく、祈っていた。
それを見ていると、なんだか悲しいような、申し訳ないような気持ちになる。最愛の桜をこんな目に合わせていることが私の最大の失態のように思えてくる。
ため息をついた。
「どうした? やりたくないのか?」
と祐樹が実に楽しそうに尋ねてくる。
「そういうわけじゃない」
少し苛立った心を落ち着かせて、深呼吸した。
「さあ、始めようか」
その言葉に湧きだった兵士たちの声をBGMに私は構える。
「もう逃げられねえぜ。いや、そもそも逃がさねえや」
祐樹はまっすぐ突っ立ったまま、嗜虐的な笑みを浮かべた。
そうは言っても、やることは決まっている。祐樹はステータスが高い。凛の話によれば、すべて九千九百九十九あるらしい。そこまでくると、一種の笑いがこみ上げてくるものだが、実際に目前にしてみると、少しも笑えない。
一発殴られただけで、体が粉々になってしまうだろう。一度蹴られただけでもまた同様になってしまう。さらには魔法を使われただけで、この城そのものがやられてしまうかもしれない。怖くて体が震えそうだ。
だから、一度も攻撃を受けずに私は終わらせる。
「さあ、いくぜっ!」
そう叫び、祐樹は走り出した。見えないほどのスピード。だから、私は先に行動する。
「レベリングコントロール!」
手を真正面に向け、叫んだ。
私のこの力は、言うなれば波。私を中心として四方八方に広がっていく。そして、対象だけのレベルを確実に下げる。
右下のほうを見れば、マジックポイントが異常な速度で減っていた。そして、あっという間にゼロになる。
慌てることはない。これは攻撃が当たっている証拠。だから――
「おらっ!」
私の目の前に突然現れた祐樹の拳が私の目にも映るようになった。避けれる。
「なっ――!」
少し後ろに下がるだけで簡単に避けることができた。
「なんだこれ……体が重い……!」
祐樹はしばらく視線を一点に固定させた後、
「貴様、レベリングコントロールは触れなくても発動するのか……?」
そう尋ねてきた。
「敵にそんなこと教えるわけにいかないだろう。それより、もうこんな戦いやめにしないか?」
そう私は切り返す。
「やめに……だと?」
「ああ、そうだ。無意味だ。なぜ、そんなに私たちの領土が欲しい? なぜ、そんなに戦うことが楽しい? 私にはわからないよ」
「…………」
祐樹は口をつぐみ、喋らない。
「そうだよ。祐樹! 湊さんの言うとおりだよ! もうやめよう」
凛も後ろから叫んだ。彼女は確か戦争をやめさせようとして追い出されたと聞いている。だから、彼女にとっては願ってもない話だろう。
「さあ、終わらせよう。こんなの何も生み出さない」
私も彼に語り掛ける。届いてほしい。ただ、その一心で。
「ふっ、そうかもしれないな」
祐樹はそう言った。そして、顔を上げた。
「このままだったら、何も生み出さないな」
だがな、と彼はにやりと笑った。
「お前らに俺の夢を教えてやる! よく聞いとけ!」
彼は叫びはじめた。
「俺は覇王になる! 覇道でこの世界全てを掴んでやる! だから、お前ら邪魔する奴らは殺すんだよ!」
完全に力に溺れている。私はそのような印象を受けた。
「そうか。ならば、私は王道だ。誰かを傷つけてまで、自分の欲望を達成したくなどない」
そう言った私を祐樹は嘲笑う。
「何が傷つけたくないだ! じゃあ、なんだ? お前は自分の欲望のために誰かを傷つけたことがないっていうのか!」
「うっ……」
ない、とは言えなかった。
数こそ違うだけで、私もリーベルテに邪魔になるものを排除してきた。だが、
「違う。私は国民のためにやってきたのだ。お前とは違う」
「違うだと! はあ、そうかそうか。なら、うちの国のこと教えてやるよ。魔王に虐げられてきたあいつらは野望に燃えているんだよ。虐げられるより、俺たちが支配するってな!」
「そんなこと……!」
そうか。魔王の統治期間が短かったために、助かりたいという欲望よりも、倒したいという欲望が強かったのだ。だからシュワイヒナもああなっている。
「だが、直に気づく。そんなもの本当の幸せじゃないとな」
「へえ。じゃあ本当の幸せってなんなんだよ?」
私はまた言葉に詰まってしまった。つくづく答えづらいことを言ってくる。それに、答えられない自分も情けない。
「俺も知りたい。幸せってなんなのか。だから、俺は欲望のままに突き進む!」
せっかくそれができる力があるのだから、そう彼は言って、にやりと笑った。
「まさか、お前勝ったと思ってるんじゃないんだろうな?」
体がぶるっと震えた。直感的にわかってしまう。この後に何が来るのかを。
「終わらせるよ。この戦い。それがお前の望みなんだろ?」
それから、彼は体に力を込め始めた。何かが始まってしまう。
「神の力!」
最初に私が感じたのは地響きだった。まるで獣が唸っているようだ。そして、祐樹の体に光が集まっていくのが見える。
「終わるんだよ。お前」
祐樹はそう言った。
「最強な俺にこの世の誰も勝つことはできないんだよ!」
動き始めた。
かと思うと、消えた。
「ほら見えるか! 俺の動きに目すらついてこれないんだろ!」
完全にパニックになった頭を落ち着けながら、事態を整理する。
私のレベリングコントロールは確かに聞いていたはずだ。だから、彼があんな速さで動けるはずがない。しかし、それは現に私の目の前で起こっている。つまり、
「これがお前の固有スキルか」
その言葉に祐樹は答えない。
だが、それ以外のことは考えられない。先ほどのあれが、彼を強化しているのだ。
その時だった。後ろで悲鳴が上がったのは。
後ろを振り向けば、何が起こっているのか、すぐに確認することができた。その事態はあまりにも目立っていたのだ。
「嘘だろ……!」
鮮血だった。首から上が引きちぎられたリブルが、鮮血をすさまじい勢いで噴出させながら、倒れたのだ。
瞬く間に殺された。私は仲間を守れなかった。
後悔か。悔しさか。恐怖か。
私の中にある感情はなんだ? わからない。わからない。わからない。
そんな中でも一つだけわかることがあった。
「用済みになったのは私の方か」
桜の泣きそうな顔が目に映る。ごめん。ごめん。そう私は心の中で何度も謝る。
「ほら、仲間を守るんじゃなかったのか!」
祐樹の声が聞こえてくる。
違う。こんなはずじゃなかった。私は、私は――
「まだ戦える!」
どこにいるともわからない相手に向かい、私は走り出した。もう何も見えない。もう何も聞こえない。ただただやらなきゃいけないという使命感だけが私を突き動かし、そして、そして。
見えたのは今までの景色。笑うリブル。アスバ。アン。ファイルス。ライン。ネルべ。凛。シュワイヒナ。そして、桜。
泣き出しそうで、叫びだしそうだった。
嘲笑う神。
「終わりだよ。湊君」
いや、まだ終わりじゃない。まだ終わりじゃ――




