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異世界チーレム主人公は私の敵です。  作者: ブロッコリー
第一章 リーベルテ
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第五十三話 主人公

 散々抱きしめて、散々あまり声を大にしては言えないようなことをした後、私たちは手をつないで、寝転んだ。反動が来そうなくらい、幸せな時間。

「凛、いる?」

 本当に反動が来た。桜さんが突然ドアを開けて、私の名前を呼ぶ。

「あっ……そこは私も寝るんだから、できればやめてほしいんだけど……」

 半裸の私たちに桜さんはそう忠告した。あまりの恥ずかしさに体温が急上昇するのを感じる。できるなら記憶をリセットしてほしい。

「さ、服着て。行くわよ」

「えっ……どこにですか?」

「聞かなくていいから」

 その声はどこか冷えていて、背筋が凍る。

「凛さんをどこに連れていくんですか!」

 シュワイヒナは臆せずにそう聞いた。相変わらずハートが強い。

「あなたには関係ないわ」

 そう桜さんはシュワイヒナを一蹴する。

「関係ないわけないじゃないですか!」

「そうかもしれないわね。まあいいわ。あなたはここにいなさい。別に凛を取って食おうってわけじゃないんだから」

「……ちっ。分かりましたよ」

 シュワイヒナはすっかり不機嫌状態で、窓の外をじっと見つめて、こっちを見なくなってしまった。

「さて行くわよ」

「……はい」

 逆らうことは許されないようだ。ここで反逆するのも完全に無駄な行為だと思うし、反逆する理由もどこにもない。まさか危険な目にあわされるというわけでもないだろう。

 私は桜さんについていくことにした。

 彼女の後を追っていくのだが、その間特に変わったことはなかった。一つあげるとするならば、一言も会話を交わさなかったこと。

 冷たい。怒っているのかな? でも怒らせるようなことをした覚えはまったくない。言うなら、あんな格好でいたことか? いや、それはどちらかというと動揺で怒りではなかった。だから、もっと別の理由があるはず。

 奥の方の部屋に来て、桜さんが扉を開ける。おそるおそる中を覗き込むと、そこにいたのは湊さん、アンさんの二人だった。

「おっ、来たな。まあそこに座りなさい」

 そう湊さんが微笑みながら優しく言う。桜さんとは全く違うその様子に少し驚きながらも、私は椅子に座った。

「さて、悪いな。もう寝るという時間だろうに。今すぐにでも言いたい急用があったのでね」

「はあ……」

「一応言っておくが、私も君にこんなことを言うのは残酷なことだと理解している。だが、このままではこれからの戦いにも影響を出すかもしれないと思ったのでな」

 そう前置きをしてから、湊さんはため息をついた。それから、口を開く。

「単刀直入に言おう。もうシュワイヒナとは関わるな」

 

 その言葉は重くずっしりとのしかかってくるみたいだった。悲しみだとか怒りだとかという感情はわかない。頭には疑問符のみが浮かぶ。聞き間違いじゃないかなと思った。

「君には無理に優しさを捨てようとした時期があるようだが、それは全くの無駄に終わったようだね。いや、それを責める気はない。むしろそれでよかったと思っている。それはまた別として、君は自分の死――その後の復活について多大なる犠牲の上にあるものだということを理解しているのだろう?」

「……」

 バレている。アンさんに心を読まれていたのか? 隠していたと、私は何も思っていなかったはずなのに。

「少しも隠せていなかったよ。よっぽど気にしているようだな」

 やってしまった。話がつながる。分かっていく。

「君はシュワイヒナのために命を落とし、シュワイヒナにほかの命をもって復活させられた。それがどんなことか分かっているのかい?」

「……」

 返す言葉もない。これでは私が殺したも同然ではないか。

「まあ、そう思うな」

 とアンさんが言う。それを聞いてから、湊さんが続ける。

「知っているよ。神がそう唆したんだろ?」

「……はい」

「本当に困った神様だな。まあそれだけが手だったのだろう。というとこんな口叩いていられないな。私たちの味方をしてくれているようだし、ちゃんと敬わないといけないのかもしれない」

 あんなのどうやって敬うってんだ。めちゃくちゃな奴だし。ただ、私はどこか本能的に嫌っているのかもしれないが……。

「だが、シュワイヒナのあの行動はどう考えてもダメだ。結果、君は生き返り、私の多くの仲間は死んだ。確かに神は君に生き残ってほしいらしいからな、それが最善だったかもしれない。しかし、それでも私はそれを見過ごすわけにはいかない。なぜなら――」

「どう考えたって私一人よりもその仲間たちのほうが大切だし、役に立ちますもんね」

「いや、そういうわけじゃ……」

「そういうわけでしょ」

 隠しているのはバレバレだ。私はもう役には立てない。それよりかは私よりもずっと強くて、私よりもずっと仕事ができる人たちのほうが必要だ。

 そして、私が死んだがために、誰も死なせないという目標を大きく壊すことになった。恥ずべきことであり、あってはならなかったこと。

 でも、シュワイヒナは私を必要としている。それだけで私には生きていく価値がある。私には未来があって、それはシュワイヒナに作ってもらったもの。

「私は彼女から離れるわけにはいきません」

「……だが、シュワイヒナは君のためならなんだってやってしまう。そのうち大きなことが起こってしまう。もっと大きな犠牲が出てしまう。そんなこと起こさせるわけにはいかない。そのためには君がシュワイヒナから離れるしかない――」

 それから少し湊さんは考え込んで続ける。

「言うなれば、シュワイヒナはこの国の癌だ。自己中心的で暴走をする。平和な世の中でささやかな幸せを享受するだけの人生ならばそれでもいいかもしれない。しかし、今は戦争中。ここは戦場だ。身勝手な行動は許されないんだよ」

 幾分か暗くなった表情が彼の真剣さを物語っていた。

 だが、それは私にとっては荒唐無稽な話だ。

「それでも私はシュワイヒナと離れるわけにはいきません。もう決めたんです。国のためだとかそんなのもう私にはどうだっていいんです。私にはシュワイヒナしかいません。私の人生の全てがシュワイヒナなんですよ」

「それは危険だ――」

「危険ですか? 別にいいですよ。危険だって。それに湊さんがシュワイヒナを追い出すというのならば、私は彼女のために戦います。私はそれくらいの覚悟です。要件はそれだけですか?」

「待て、落ち着け。君はシュワイヒナに毒されている。君は丸め込まれようとしているんだよ。なあ、アン」

「ああ、そうだな。悪いが、さきほどの会話をすべて聞かせてもらった――というより、その時、シュワイヒナが何を思っていたのか見させてもらった。シュワイヒナがどう思っていたか教えてあげようか」

 その一言で私の体は一瞬ぶるっと震えた。だが、

「教えてください」

 私はきっぱりとそう言い放つ。

「彼女はひどく喜んでいたよ。君を完璧に堕とせたってね。完全に自分のモノだって。共依存の関係に入れたって」

 分かっていた。知っている。シュワイヒナの半端じゃない独占欲を。でも、そんなの関係ない。私も独占したい。独り占めしたい。彼女をほかの誰にも渡したくないのだ。だから、それはどっちもどっちだし、今更どうってことない。

「堕とされてよかったですよ。心の支えができたんですから」

「……」

 明らかに微妙な雰囲気になってしまった。きっとみんなそれは悪いことだと思っているんだろう。しかし、それが悪いことだとは私には到底思えない。むしろ教えて欲しいくらいだ。なぜ、悪い?

「……君たちはこの国を破滅させる気かね?」

 湊さんの強い眼差しが私の心に突き刺さる。

「これからの行動に私たちが邪魔になるところがありますか?」

「あるかもしれないだろ」

 はあと湊さんはため息をついた。

「お前もシュワイヒナと一緒だったとはな」

 それから、彼はひどく残念そうな声でつぶやく。

 そんな残念そうな声で言われても……じゃあ協力して、シュワイヒナと離れろと? そんなの私に死ねと言っているのと同じではないか。

 そこで、今まで全く口を開かなかった桜さんが口を開く。

「恋は盲目っていうものね。でもねいつかその身を滅ぼすことになるって、知ってるでしょう。分かっているでしょう」

 そう優しく諭すように言う。

 だからと言って何といえばいいのか。そんなこと聞いたってなにも思わない。何も感じない。

「凛、君はそんな人じゃないはずよ。もっと自分のことじゃなくて周りのことを考えられる人でしょう。シュワイヒナの考えにも一理あると思うわ。大事なことよ。シュワイヒナのために生きるっていうのも悪くないと思うわ。でも、今だけ、ちょっとだけ我慢してくれない?」

 そして、ふーっと息を吸って、

「ねえ! シュワイヒナ! 聞いてるんでしょ!」

 そう大声を上げた。

 それからドアがゆっくりと開く。

「へへへ、バレちゃいましたか。しょうがないですね。アンさんがいる時点で無理なこと気づけばよかったですね」

 笑いながら、そうはいってきて、

「笑えないですね。ごめんなさい」

 シュワイヒナはそう言って、また笑った。

「そりゃバレるに決まってる。私たちをなめないで」

 桜さんはそう言う。そして、今度は湊さんのほうを向いて

「あなたもあなたよ。乙女の気持ちはわからないわ。というより、恋する人の気持ちが分かってないわ。若い彼女らにそんなこと言うのはあまりに酷よ」

 それ言うなら、もっと早くとめてくれればよかったのに。

「まあ湊でも解決できると思ったんだけどね。ちょっとだめだったわ。それよりも、シュワイヒナも凛も、終わったら好きにしていいから、祐樹を倒すまで国のことを優先して頂戴。特に、シュワイヒナ。あの力は強すぎる。でもうまく使わなきゃ。シュワイヒナだって私たちの仲間を殺そうと思って殺いしたわけじゃないんでしょ」

「はい、そりゃそうですよ」

 ニコニコ笑って、彼女は言う。

 それを聞いて少し安心した。それならいい。私の命の重みが少し軽くなったような気がして、身にあっているように感じる。

「だがな……」

 まだ湊さんは引き下がれないようだ。

 私もだんだんと分かってきた。確かに国を滅ぼしかねないことをしている。

 明らかなる自己中心的。考えるまでもなくわかる。

 恋は盲目。周りが見えなくなってしまって、目先の利益ばかり考えてしまう。

 少しの間、我慢してればいいだけ。それだけなのだ。

 それだけなのに死の危険がある戦場よりも安心が手に入るシュワイヒナのそばを求めてしまう。人間としては当然のことで、恥ずかしがることでもないかもしれない。

 でも、怖い。「死」を目の前で見てしまったから。

 私のために誰かが死ぬなら私は戦わないほうがいい。主戦力ですらなく、使えるところなんて祐樹との付き合いが一番長いっていうところだけだ。それなら、シュワイヒナと一緒に二人きりで静かに行きたいのだが、生憎シュワイヒナは主戦力で、間違いなく最強の部類に位置している。軍としてはシュワイヒナにいてもらうだけで、安心できるところは増える。

 年は確かにもう十六だが、まだ十六だ。いくらこの世界ではそれが大人だと言っても、私の感覚からすれば、子供でしかない。高校一年生だぞ。同い年の私が子供なのだから――しかし、彼女は一人で生きていく力がある。彼女を子供と呼ぶのは失礼かもしれない。

 見た目は私よりもずっと幼いのに……。

 確かに成長していないところはあるが、私よりはまし。

 でも、私は彼女の傍にいなければいけない。それが私に与えられた運命であり、私がここにいる理由。

 私は「主人公」じゃなくていい。主人公はシュワイヒナでいい。強くて、かっこよくて、その力を誰もが認めている。それなら、私はヒロインか。そんな役与えられちゃっていいのかな。でもまあ、それが必要ならしょうがないか。

 私は心の中で少しだけにやけた。


 次の日。雨が降っていた。どうやら止むのは随分と後になるらしい。大きな雨雲が来ているだとか、そういえば日本では梅雨だなと思った。

 朝、私たちは集められた。しばらく寝込んでいたアスバさん、元気そうなファイルスさんとアンさん。そして、湊さんと桜さん。一同が会す。

「今日は運命の日だ――」

 湊さんはそう始めた。その言葉は士気を上げるための、決まり文句のようなものだったかもしれない。しかし、その言葉は奇麗に的中する。まるで神にでも仕組まれたかのように。

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